表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第三章 屍食鬼
37/62

幻術使いへのメッセージ


 部屋には住人の個性が現れるものだ。それはヴァンパイアであっても人間であっても変わらない。

 しかし、この部屋にはそうした住人の嗜好というべきものが何も感じられなかった。


 唯一、変わったものがあるとすれば健太郎と丑蜜(うしみつ)がやっているゲーム機だけだ。それはおそらく幻術使いが健太郎のために用意したものだろう。

 咲は幻術使いが何を好み、求めているのかを知りたかった。


 咲はリビングの隅に段ボール箱が置かれているのを見つけた。箱の中を覗くと、プラスチック製のバットとボールの他、子供向けの玩具が入っていた。咲はバットを取り出した。百円均一でよく見かけるありふれたものだ。


「前はそれでよく遊んだんだよ」


 健太郎が言った。


「君、ここによく遊びに来るの?」


 咲が尋ねた。


「うん……あのぉ、お姉ちゃんたち、お兄ちゃんを連れに来たの?」


「どうして、そう思うの?」


「だって、前にお兄ちゃんが、自分がいなくなったらイヤかって聞いたから」


「君、お名前は?」


「健太郎」


「健太郎くんはお兄ちゃんが好き?」


「うん」


「どうして?」


「一緒に遊んでくれるし、やさしいし……」


 部屋の中には健太郎のためにそろえた物以外に、ほとんど余計な物はなかった。

 幻術使いにとって、健太郎が生きていくための大きな支えになっているのだろうと咲は推測した。


 ヴァンパイアは長い時間を与えられているが、その長い時間が精神を擦り切れさせていく。


 自分が何者かを知らずに生まれてくる人間は、若いうちは混乱した生活を送るが、他者と関わりあう時間の中で余計なものがそぎ落とされ、年を経るにつれて本来のその人自身が表れ出てくる。それは、真の意味で生きるということの始まりであり、生きる力となるものだ。


 しかし、ヴァンパイアは人間が支配するこの世界にあって、アウトローだ。正当な居場所がなく、嘘をついて生きていかざるをえない。


 生きるための方便であったとしても、嘘は自分を見失わせる。


 自分が何者であるかを知るには真実と向き合うことが絶対に必要だが、嘘とともに生きているヴァンパイアはそうした機会を得られないまま年齢を重ねることが多い。特に、他者と関わりあうことの少ない孤立しているヴァンパイアはその傾向が強い。


 精神は荒廃し、正気を失い、本来あるはずだった自分とはかけ離れた別の何かになっていく。


 そうした意味で、健太郎という存在は、幻術使いにとって正気を保つ支えになっていると咲は考えたのだ。


「そっか」


 咲は健太郎にやさしい笑みを向けた。


 その時、咲は誰かの視線を感じた。

 外からではない。部屋の中からだ。


 ベランダに出るガラス扉は閉じられ、内側から鍵がかけられていた。玄関からは誰も出入りしていない。部屋の外で感じたヴァンパイアの気配は部屋の中からだった。ブーツは玄関に置かれたままだ。この部屋から出て行った者は誰もいない。


 つまり、幻術使いは今もこの部屋の中にいるということだ。


 咲の全身が総毛立った。


(わたしとしたことが、なんと迂闊な……)


 咲は平静を装いながら、もう一度部屋の中を探った。


 部屋の中に大の男が隠れられそうな場所はなかった。注意すると、確かに部屋の外で感じた幻術使いの気配をかすかに感じることができた。気配はするのに目には見えない。咲は幻術にかけられていることを悟った。


(しかし、なぜ襲ってこない?チャンスはいくらでもあったはず……)


 目の前にいる健太郎という少年も、実は幻術使いが作り出した幻ではないかと咲は疑った。

 だが、すぐに考え直した。


 幻術使いが健太郎の幻を見せる意味がない上に、そもそも咲と丑蜜(うしみつ)を部屋の中に招き入れたのは健太郎だ。幻術使いにとっては誤算だったはずだ。


 健太郎が一緒に部屋に入ってきたせいで、幻術使いは咲達に手出しができなくなったと考える方が自然である。それで姿を隠しているのだ。

 それだけ、幻術使いにとって健太郎という少年の存在が大きいということなのだろう。


 咲は今こそ自分が訪問した意図を伝えるチャンスだと考えた。


 咲はバットを元の場所に戻した。

 

「お兄ちゃんは普通の人とはちょっと違うの。困ってると思ったから、助けに来たのよ」


 咲は健太郎というより、この部屋のどこかにいるはずの幻術使いに対して言った。


「助ける?」


 健太郎は怪訝な顔をした。


「そう、わたしたちはお兄ちゃんを助けに来たのよ」


「お兄ちゃんをどこかに連れて行くの?」


「そうなるかもしれないわね」


 健太郎はうつむいた。


「でも安心して。ここにはいられなくなるかもしれないけど、会えなくなるわけじゃないわ」


 健太郎は顔を上げた。


「お兄ちゃんはもうすぐここから出て行くわ。でも、お姉ちゃんたちが助けてあげれば、すぐにまた健太郎くんと遊ぶことができるようになるのよ」


「ホントに?」


「本当よ」


 咲はハンドバックから名刺を取り出し、テーブルの上に置いた。


「お兄ちゃんが帰ってきたら、お姉ちゃんが話をしたいと言っていたと伝えてくれるかな」


「わかった」


「ありがと。いい子ね」


 咲は健太郎の頭を撫でた。

 それから、咲は丑蜜(うしみつ)に合図して、一緒に部屋を出た。


「どうして幻術使いを待たないんでありんすか?」


 アパートの敷地から出たところで、丑蜜(うしみつ)が咲に尋ねた。


「幻術使いは部屋の中にいた」


「えっ?」


 丑蜜(うしみつ)は驚いた顔をした。


「わたしたちをずっと観察していたようだ。あの子がいたから助かったようなものだ。わたしたちが部屋の中にいる間は姿を見せないだろう。今の段階で敵対するのは避けたい。こちらの意図は伝えたつもりだ」


 咲は襟元のマイクに呼び掛けた。


「中村」


「どうなりましたかっ?」


 すぐに中村の勢い込んだ声が返ってきた。


「展開した隊を引き上げさせろ。ヴァンパイア対策本部に戻るぞ」


「ええっ、いいんですか?」


「かまわない。こちらのメッセージは伝えた。あとは相手の反応次第だ。それと三木に連絡を取ってくれ」


「三木ですか?何でまた?」


「ふふっ、やってもらいたい仕事がある」


 咲は意味ありげに微笑んだ。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は5/14(火)投稿予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ