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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第三章 屍食鬼
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術式解析


 社を出てアパートに帰ると、さっそく陸はメモを広げて術式の解析にかかった。

 時間をかけて、術式の構成を丁寧に調べていくと、大きく分けて三つの役割を持つ部分で成り立っていることが分かった。


 すなわち、


 1.対象の生気(オーラ)を吸い上げる

 2.吸い上げた生気(オーラ)を黒い生気(オーラ)に変換する

 3.変換した黒い生気(オーラ)を放出する


 の三つである。


 この術式を刻まれた者は、自身の生気(オーラ)を吸い上げられ、黒い生気(オーラ)に変えられた後、その黒い生気(オーラ)に自分自身が蝕まれるという状態に陥る。


 要するに、自分自身の生命力によって衰弱していくという仕組みだ。それこそ社で見た屍食鬼(グール)のように、永続的な苦痛に苛まれ、生命力を失った体はあらゆる疾患に侵され、腐り果てていく。


 この術式を作った者は、相当に性格が悪いと言わざるを得ない。まさに呪いのような術式である。


 陸は、生気(オーラ)を吸い上げる部分、黒い生気(オーラ)を放出する部分の理解はできたが、生気(オーラ)を黒い生気(オーラ)に変換する部分が理解できなかった。


 いや、術式自体は目の前にあるので、社で見た屍食鬼(グール)の状態から、そのような結果を生み出すのだろうと推測をしたのだが、理屈がわからなかった。


 これは論理で構成された術式だ。必ず何らかの理屈にのっとって作られている。自分が知らない概念があるのだろうと、陸は結論づけるしかなかった。


 それに加えて、通常の術式を発動するように、生気(オーラ)を使ってこの術式を組んでも、うまくいかなかった。


 実際に術式を組んでみたところ、生気(オーラ)を変換する部分にさしかかった途端、術式が崩壊した。おそらくこの部分を機能させるには、黒い生気(オーラ)で術式を組む必要があるのだろう。


 術式とは汎用的なものだ。陸の幻術のような術者の資質に大きく依存する術とはちがって、術式を覚えさえすれば、誰でも使用できる。極端な話、術式の理屈なんかを理解していなくても、決められたとおりに組めば、誰でも発動させることができる。

 それができないということは、組み方の問題しかない。


 屍食鬼(グール)に刻まれた術式は、通常の白い生気(オーラ)と黒い生気(オーラ)の二重構造になっていた。白い生気(オーラ)と黒い生気(オーラ)を接触させると、両方とも消失することは社で見たとおりだ。黒い生気(オーラ)の正体が不明ではあるが、この二つの生気(オーラ)を両立させていることが驚きである。


 陸は術式を作った術者に興味を持った。

 しかし、決して会いたいとは思わなかった。ロクでもない奴に違いないからだ。


 仕方がないので、生気(オーラ)を吸い上げる部分だけで術を組んでみた。術式の中の白い部分を抜き出して、独立した術式に作り直したのだ。術は問題なく組み上げることができた。


 陸はアパートを出て、近くにある河原に向かった。実地テストをするためだ。


 手ごろな生き物がいないか探していると、電線にカラスがとまっていた。

 陸は術式をカラスに試してみた。

 術を受けたカラスは電線から墜落した。


 カラスはぶるぶると震え、体が動かせなくなっていた。術を解くと、カラスはよろよろと起き上がり、逃げるように飛び去っていった。

 

 それから陸は、河原で見かけた生き物に、手当たり次第に術を試してみた。


 小鳥のような小さな生き物であれば、術を当てた途端、昏倒した。人間や犬のような大きな生き物に使うと、術が機能している間は急に元気がなくなって座り込んだり、動かなくなったりしたが、しばらく時間が経つと術を構成していた生気(オーラ)が霧散してしまった。そうすると、術をかけられた生き物は何ごともなかったかのように元の状態に戻った。


 陸の力量では、大きな生き物に術を維持するだけの生気(オーラ)の強度が足りないようだった。

 自分と術式を刻んだ者との差を思い知らされた気分である。


 あの術式を刻んだ者は数年以上、屍食鬼(グール)に対して術を維持している。目に見える術式の高度さだけでなく、組み上げた術の強度に陸は舌を巻いた。

 一体、自分とどれほどの差があるのか、と陸は嘆息せざるを得なかった。


 しかし、成果がなかったわけではない。


 陸は生気(オーラ)で作った犬を目の前に作り出した。動くこともできない見た目だけの初歩的な術である。

 この犬に生気(オーラ)を放出する術式を使ってみた。すると、犬を構成する生気(オーラ)が分解され、犬は消えてなくなった。

 術の強度的に継続的な効果は望めないだろうが、短い時間であれば、相手の術を邪魔したり、隙を作ったりする程度のことはできそうである。


 機会があったら、試してみよう、と陸はひっそりと笑みを浮かべた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 その日は朝から吸血部隊が水質管理センターに集結していた。

 住宅街のヴァンパイア殲滅作戦がひと段落し、幻術使いの捜索を行うことになったのだ。


 咲はこの日を待ち望んでいた。ようやくそのタイミングが訪れたのである。その顔はやる気に満ちていた。


 集まっているのは壱番隊と弐番隊である。参番隊は非常の事態に備えて、ヴァンパイア対策本部で待機していた。


 吸血部隊所有の濃紺のセダンが敷地内に入ってきた。車はハンドルを切ると、居並ぶ隊員達に助手席を向けて停車した。


 助手席のドアが開き、形のいい脚がすっと突き出された。

 隊員達は息を呑んだ。

 往年のハリウッド女優もかくやという優雅な所作で、丑蜜(うしみつ)が車から降りてきた。

 

 着ている服こそいつもの和服と洋服を掛け合わせたスタイルだが、全面にあしらわれたスパンコールの花が太陽の光をまばゆく照り返している。髪のかんざしもいつもの五割増だ。

 まさに本日の主役にふさわしいキラキラしい格好である。

 

 丑蜜(うしみつ)は呆気にとられた隊員達を見回すと、振袖で口元を隠し、妖美な笑みを浮かべた。


 丑蜜(うしみつ)は今、輝いていた。


「お前は何を考えているんだ!潜入捜査だと言っただろう!舞台に上がって歌でも歌うつもりか!」


 咲の雷が落ちた。


「だって、だって、わっちの晴れ舞台でありんすよ!それなりの演出があってもいいじゃありんせんか!」


 丑蜜(うしみつ)は両手をバタバタさせて必死に言い返した。


「だから、絶対怒られるって言ったのに……」


 頭を抱えて、運転席から燐が降りてきた。


「ちょっと、こっちに来い!」


 咲は丑蜜(うしみつ)を強引に指揮車に引っ張っていった。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「それだけは許してぇぇぇ!」


 指揮車の中から丑蜜(うしみつ)の悲鳴が聞こえてきた。


 指揮車は全面を装甲板で覆われた小型バスで、窓がないため、中で何が行われているかわからない。

 吸血部隊の面々は固唾をのんで、事態の推移を見守った。


 やがて、丑蜜(うしみつ)の悲鳴が聞こえなくなった。

 指揮車のドアが開いた。


 ぷんぷん怒っている咲に続いて、指揮者から丑蜜(うしみつ)が降りてきた。

 キラキラしい衣装ははぎ取られ、代わりに婦人警官の制服を着せられていた。咲の予備である。


 ただ、サイズが合わなかったらしい。

 どこがとは言わないが、無理やりに詰め込まれた大質量の二つの物体により、ワイシャツがぴちぴちになっている。胸のボタンが今にも弾け飛びそうだ。


「姐さん、これ胸が苦しいでありんす……」


 丑蜜(うしみつ)が決して口にしてはならない言葉を口にした。

 場の空気が凍りついた。


 咲が怒髪天を衝く形相で振り返った。

 咲から発せられたただならぬ生気(オーラ)が周囲の風景をゆがませている。


「それは、わたしの胸が小さいと言っているのか?」


 咲が地の底から響くような声を出した。


「ひえええ」


 丑蜜(うしみつ)の顔が真っ青になった。


 一瞬にして、咲は丑蜜(うしみつ)を押し倒して、馬乗りになった。


「これかっ!この脂肪の塊がそんな口を叩くのかっ!」


 咲が丑蜜(うしみつ)の胸を鷲掴みにした。


「痛い!痛い!痛い!」


 丑蜜(うしみつ)は悲鳴を上げて、足をバタつかせた


 ちなみに咲のサイズは大きくもないが、小さくもない。いたって普通である。丑蜜(うしみつ)が規格外なだけだ。

 だが、丑蜜(うしみつ)の巨大なモノを前にした時、敗北感に押しつぶされそうになるのは避けようがない。


「すげえな、丑蜜(うしみつ)ちゃん。ナチュラルに中隊長の勘所を踏み抜いていくなあ」


 隊員の一人が感慨深げに言った。


「あそこまでいくと、一種の才能だよな」


 隣にいた隊員がうなずいた。


「中隊長。話が前に進みませんので、それくらいで」


 やれやれといった様子で中村が出てきて、丑蜜(うしみつ)から咲を引き離した。


「はぁはぁ……そ、そうだな。こんなことをやっている場合じゃないな」


 我に返った咲は、息を整えて襟を正した。


 ひと悶着あったが、吸血部隊は先住ヴァンパイア捜索作戦を開始した。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は5/3(金)投稿予定です。


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