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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第三章 屍食鬼
33/62

呪印


「それで、一体、何があった?あれは何だ?」


 屍食鬼(グール)には変わらず、黒い生気(オーラ)が巻き付いていた。

 それはゆっくりと屍食鬼(グール)の体を這い進んでいた。時折、鎌首をもたげることもあったが、すぐに何事もなかったかのように元に戻った。


「わからん。親父は何も言わなかった。だんだん様子がおかしくなって、言葉も通じなくなっていった。そのうち、あの黒い生気(オーラ)が現れるようになった」


「紗良の生気(オーラ)を喰ったように見えたが……」


 鉤爪(クロー)は陸にこれまでの経緯を説明した。


 幾多の残虐行為で悪名高い屍食鬼(グール)だが、そうした行為を行っている時間を除くと、一人で部屋に閉じこもって瞑想していることが多かったそうだ。


 一度部屋に閉じこもると、何日も出てこなくことは当たり前で、例外は『食事』に出るわずかな時間だけだった。


 気分がいい時は、鉤爪(クロー)に戦い方を教えることもあったようだ。

 屍食鬼(グール)の教え方は実戦形式で容赦がないものだったらしい。鉤爪(クロー)の言葉によると「何度も死にかけた」そうだ。


 そうして、不意に部屋から出てきたかと思うと、何かに取り憑かれたように狂気の行為を繰り返した。


 鉤爪(クロー)にその真意を伝えることはなかったが、衝動に駆り立てられた時の屍食鬼(グール)は、普段とはまるで別人で、狂気とも思える熱情と凄まじい異能の力を発現させた。


 潮目が変わったのは、陸が作られた後だそうだ。


 それ以前から、屍食鬼(グール)鉤爪(クロー)に自らの行動に同行させなくなっていた。鉤爪(クロー)はその意図を問いただしたが、屍食鬼(グール)は「余計な影響を排除するため」とだけ答えた。


 部屋に閉じこもることは相変わらずだったが、何をするわけでもなく、ただぼうっとしていることが多くなった。何を尋ねても、返答はなかった。そうしているうちに、体がどんどん弱っていき、それに伴い知性も失われていった。


 二体が話をしていると、屍食鬼(グール)が悲鳴を上げて苦しみ始めた。

 見ると、巻き付いていた黒い生気(オーラ)の動きが活発になっていた。


 黒い生気(オーラ)は脈打つように、太くなったり細くなったりを繰り返しながら、精力的に屍食鬼(グール)の体を這い回っていた。


 それはまるで黒い生気(オーラ)屍食鬼(グール)を貪っているように見えた。黒い生気(オーラ)の動きに合わせて、屍食鬼(グール)が発している僅かな量の生気(オーラ)が目に見えて少なくなっていく。


 鉤爪(クロー)は水筒を取り出すと、蓋を取って屍食鬼(グール)に中身を飲ませた。

 屍食鬼(グール)の悲鳴が止まった。苦しみが和らいだようだ。

 屍食鬼(グール)の体に巻きついていた黒い生気(オーラ)もすうっと消えていった。


「それは?」


「血だ。血を飲むと、苦しみが和らぐらしい。だが、一時的なものだ。状態は悪くなる一方だ」


 ひとしきり血を飲んで落ち着いたのか、屍食鬼(グール)は社の隅に移動して、膝を抱えた。

 身じろぎ一つせず、床をじっと見ている。


「……お前、ずっとこれの世話をしていたのか?」


「親だからな」


 鉤爪(クロー)は水筒の蓋を閉めた。

 陸は確かめるように、鉤爪(クロー)の顔を見つめた。

 単なる戦闘狂だと思っていた鉤爪(クロー)の意外な側面を見た気がしたからだ。


「何だよ?」


「いや、何でもない」


 陸は鉤爪(クロー)から視線を外した。


 陸は屍食鬼(グール)の体を調べることにした。

 黒い生気(オーラ)を警戒して、一枚一枚慎重に包帯をめくっていった。黒い生気(オーラ)は活動を休止しているらしく、屍食鬼(グール)の体から消えていた。

 屍食鬼(グール)は抵抗せず、されるがままになっていた。

 

「襟首のところに妙な術式が刻まれている。それが原因じゃねえかと思うんだが……」


 鉤爪(クロー)の言うとおり、屍食鬼(グール)の襟首には白色と黒色で構築された術式が刻まれていた。円の中に文字や記号、図形がびっしりと書き込まれている。

 一見すると、和風の魔法陣といった趣だが、密度が異常だ。今まで見たことがない複雑な術式だった。


 通常、術式は生気(オーラ)を使って組み上げる。

 術式自体は論理的な回路に過ぎない。紙に書くこともできる。ただ、術を発動するには、生気(オーラ)で組み上げる必要があった。術式を構成する生気(オーラ)が呼び水となって、力が生まれ、術が発動するのだ。

 つまり、術式は通常であれば生気(オーラ)の色である白色をしているはずだ。


 だが、この術式は違う。

 術式の複雑さもさることながら、白と黒が混在している。黒い部分は、おそらく黒い生気(オーラ)で組まれたものだ。見ているだけで、不安を掻き立てられるような嫌な感じがする。それが屍食鬼(グール)の首筋に焼き付けられているのだ。


 試しに、陸は生気(オーラ)の塊を作って、術式の前に置いてみた。


 すると、術式から蛇のような形の黒い生気(オーラ)が現れ出て、陸の生気(オーラ)に喰いついた。生気(オーラ)を喰らうにつれ、黒い生気(オーラ)も小さくなっていき、やがて両方同時に消えてなくなった。


 その様子は、まるで相反する性質のものがぶつかりあった時のように互いに打ち消しあっているように見えた。


 陸はこのような性質のものを見たことがなかった。これは反生気(オーラ)というべきものだった。


「さっきは紗良の生気(オーラ)に反応したのか?しかし、この生気(オーラ)は何だ?」


 生気(オーラ)が生の発露とするなら、黒い生気(オーラ)は死の発露とでもいうべき性質である。とても、生きた存在が扱える術式だとは思えなかった。


「この術式は何だ?誰が組んだ?」


 陸は後ろで様子を見ていた鉤爪(クロー)に問うた。


「わからねえ。オレが気づいた時には、親父はもう正気を失っていた」


 鉤爪(クロー)は首を振った。

 陸はメモを取り出すと、術式を書き写した。


「術式を調べてみる。少し時間をくれ」


「頼む。オレたちは当分ここにいる」


 陸は術式のメモを持って、社を後にした。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 夜遅く、笹島は丑蜜(うしみつ)を呼び出した。場所は、吸血部隊が泊っているビジネスホテル近くのいつものファミレスである。


 笹島は市警から盗み出した麻酔弾を丑蜜(うしみつ)に渡した。

 丑蜜(うしみつ)は麻酔弾を手に取って、しばらくの間、目を閉じていた。


「これなら大丈夫でありんす」


 笹島はほっとした。


鉤爪(クロー)がこれに触れた場所は、市役所の屋上でありんしたか?」


 丑蜜(うしみつ)は麻酔弾を笹島に返した。


「そうだ」


 笹島は麻酔弾をバッグにしまった。


「なら、それを持って、そこ行く必要がありんす」


 丑蜜(うしみつ)曰く、幻術使いの捜索が決まったということだった。近く、幻術使いの潜伏場所を突き止める作戦が実行される。その翌日は非番になるので、その日に決行しようということになった。


「すまないが、それで頼む。面倒をかけて申し訳ない」


 笹島は丑蜜(うしみつ)に頭を下げた。

 丑蜜(うしみつ)はにっこりと微笑んだ。


 少し離れたテーブル席に、丑蜜(うしみつ)と笹島の様子をじっと見つめる人影があった。

 人影はため息をつくと、静かに店を出ていった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は4/30(火)投稿予定です。


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