兄と弟
テレビでは貨沢市に入りこんだテロリスト一派が一斉に逮捕されたというニュースが流れていた。市役所で吊るされた死体もテロリストの犯行だということにされている。ただし、ただし、まだテロリストが潜伏している可能性があるので、市民は十分に警戒し、異変や異常を感じれたらすぐに警察に連絡するように呼びかけていた。
一時、テロリスト制圧に向かう婦人警官の写真が、「美しすぎる婦警さん」というキャッチフレーズでSNS上で出回ったが、すぐに消された。何らかの圧力がかかったらしい。
ヴァンパイア騒ぎも終息に向かっているようだ。貨沢市に入りこんだヴァンパイアの対処が終われば、警察の目は元々貨沢市に住んでいたヴァンパイアに向かうだろう。すなわち陸のことだ。
陸は貨沢市を出ていくかどうか迷っていた。どうにも嫌な予感がしてならない。
そこで、
「なあ、健太郎。兄ちゃんがいなくなったら嫌か?」
と、つい健太郎に聞いてしまった。
健太郎と陸並んで、TVゲームをしていた。健太郎がはまっている邪悪な吸血鬼王討伐のゲームである。
ゲームは終盤に入っており、舞台は吸血鬼王の城の中だ。城のモンスターは手強く、雑魚キャラでも簡単に倒せない。オンライン機能がある為、陸と健太郎はそれぞれ別のキャラクターを作り、パーティを組んで戦っている。健太郎が攻撃を担当する光の勇者で、陸が回復や補助を担当する聖女である。城に入ってから、パーティは何回も全滅していた。
「いや!」
健太郎は即答した。
「そうか……そうだよな」
「兄ちゃん、どっか行っちゃうの?」
健太郎はゲームの手を止めて、不安そうに聞き返した。
聞かなければよかったと、陸は後悔した。
「いや、まだ決まったわけじゃない……多分、大丈夫だよ」
陸は健太郎に笑ってみせた。
健太郎は探るように陸の顔を見ていたが、「ふーん」と言って、ゲーム画面に目を戻した。
警察に目をつけられた以上、いつまでも貨沢市に居続けることはできない。彼らは仲間が多く、執拗だ。できるだけ早く、他の土地を探さなければならない。執着することは身を滅ぼすことにつながる。
陸はそのことを十分に理解していたし、健太郎と知り合う以前なら、とっくにこの町から出ていったことだろう。しかし、今はなかなか踏ん切りがつかずにいた。
ゲームをしていると、ふいに、陸が気をそらした。
陸が気をそらしている間に、健太郎の勇者が敵の攻撃を受け、HPが0になってしまった。
「ああっ!兄ちゃんのせいだ!ちゃんと回復してって言ったのにぃ!」
健太郎は悲鳴を上げた。
「あっ!悪い、悪い」
陸は慌ててゲーム画面に目を戻した。
地に伏した勇者を筋肉隆々の角が生えた鬼のような吸血鬼が踏みつけ、雄たけびを上げていた。
「あーあ、また門のところからやり直しだー」
健太郎は陸を見て嫌味ったらしく言った。
「だから、悪かったって」
陸は健太郎の頭をぽんぽんと叩いた。
その後すぐに母親が迎えに来たので、健太郎は家に帰った。
健太郎親子を玄関で見送ると、陸はすぐさま部屋に取って返した。そして、勢いよくベランダのカーテンを開いた。
ベランダの手すりに鉤爪が座っていた。
陸はベランダのガラス扉を開いた。
「気づいてたか。探したぜ」
鉤爪はにやりと笑った。
「どうしてここが分かった?」
「臭いだ」
「臭い?」
「お前を追い回していたヤツらがいただろ。つかまえて、ちょっとお話をしてな。そうしたらどうも幻術使いは下水処理場のあたりに隠れているっていうじゃねえか。で、下水処理場を見に行ったら、警察がいっぱいいるから何かあったなと。それで臭いを探ってみたら、建物の中からくっせえ臭いが出てきたことが分かってな。たどってみたら、ここに行き着いたってわけだ」
鉤爪は愉快そうに笑った。
犬みたいなヤツだ、と陸は思った。
「……とっくにこの土地から出て行ったと思ったんだがな」
陸はため息をついて頭をかいた。
「それにしても、あの子供は何だ?ペットのつもりか?」
鉤爪は怪訝な顔をした。
「そんなんじゃない。あの子には構うな」
「構えと言われても構わないさ。オレは子供が嫌いだ」
鉤爪は手すりから下りた。
「そんなことより、お前に話がある。ちょっと邪魔するぜ」
鉤爪はずかずかと部屋に入ってきた。
「この土地が欲しいんならやるよ。俺はここから出て行く」
「こんな土地に用はない。俺が用があるのはお前だ」
鉤爪はダイニングの椅子に座り、足を組んだ。
「お前が陸だな?」
鉤爪は陸をじっと見据えた。
探るような目ではない。確信がある目だ。
「なぜそう思う?」
「血だ。血でわかる」
鉤爪はそう言うと、首をかしげた。
「それにしても聞いてた話と全然違うな。まさか人間の子供と遊んでるなんてな……」
「誰から聞いた?」
「オレとお前の親父だ」
鉤爪は陸の目を見て、にやにやと笑みを浮かべた。
「……」
陸は視線を落とした。不愉快な予想が当たったからだ。
ヴァンパイアになってから、陸は他者との関わりを極端に避けてきた。人間はおろか、ヴァンパイアからも身を隠すように生きてきた。陸と関わりがあるヴァンパイアがいるとすれば、陸をヴァンパイアに作り変え、アンタッチャブルが生まれるきっかけを作った屍食鬼以外になかった。
「その顔を見ると、予想はついてたみたいだな」
「お前も屍食鬼に作られたのか?」
陸は顔を上げた。
「そうだ。つまり、俺たちは兄弟ってわけだ」
鉤爪は愉快そうに笑った。
「だが、勘違いするなよ」
鉤爪は表情を一変させて、じろりと陸を睨んだ。
「オレが兄で、お前が弟だ」
それはどっちでもいい、と陸は思った。
「兄弟というなら、それでもいいさ。その兄弟が俺に何の用だ?」
「実は親父が死にかかってる。一緒に来てもらいたい」
「屍食鬼が死にかかってるだと!?」
屍食鬼こそヴァンパイアの中のヴァンパイアであり、化け物の中の化け物という形容がふさわしい存在だった。
強力な力を持ち、その残虐無道な行為に、人間だけでなくヴァンパイアまでもが鬼と呼んで恐怖した最凶最悪のヴァンパイアである。
その屍食鬼が死にかかっているなど、陸にはとても想像できなかった。
「信じられないって顔だな。俺だって、いまだに信じられない。だが、事実だ」
「嫌だと言ったら?」
陸は生気を広げた。陸の周囲の空気が歪んだ。
戦うには近すぎることは分かっていた。
近接戦闘に特化した鉤爪と精神攻撃主体の陸とでは戦い方がまるで違う。何の手も打たずに、鉤爪と一戦交えるのは無謀という他なかった。
だが、『そうですか。はい、わかりました』なんて言えるわけがない。
鉤爪は陸を手で制した。
「やめとけ。この状況じゃ、お前に勝ち目ないだろ」
「……っ」
陸は歯を軋ませた。
しかし、確かに今、鉤爪に戦いを挑んでも無駄死にするだけだった。
鉤爪は陸の生気が落ち着くのを待ってから、言葉を続けた。
「お前が親父をよく思っていないことは大体察しがつく。色々聞いたしな」
鉤爪は立ち上がった。
「だったら、どうする?」
陸は神経をとがらせた。
「この通りだ。一緒に来てくれ。頼む」
鉤爪は陸の前で両手をついた。
「おい、何の真似だ?」
陸は呆気にとられた。
「俺じゃ、どうしようもないんだ!頼む!」
鉤爪は絨毯に頭をこすりつけた。
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次回は4/23(火)投稿予定です。




