地下迷宮2
「しっかりしろ。幻術を破れば、チャンスはある」
リーダーはメンバーの背中をぽんぽんと叩いた。
「幻術にも限界がある。どこかに必ず綻びがあるはずだ。何か違和感を感じたら、すぐに声を上げろ。幻術を打ち破るぞ」
頭上からイバラが伸びてきた。イバラは壁を伝って壁のある空間全体を包み始めた。
「くそっ!」
「誰だよ、幻術使いは楽に狩れるって言ったヤツは!化けもんじゃねえか!」
メンバーが喚いた。
「梯子を昇ってダメなら、出口はこっちだ!鉄格子をぶち壊して進むぞ!」
『血の風』は鉄格子のある方に走った。
鉄格子の前に小さな女の子が立っていた。
長い髪をおさげにし、薄汚れた病衣のようなものを着ている。
「ひっ、出た!」
女の子は普段、陸の中に棲んでいる。
そして、陸の生気を吸って、その存在を維持している。
しかし、陸の生気だけでは到底、足りない。かろうじて存在を維持するだけの生気しか得ることができないでいた。
生気を吸いすぎてしまうと、陸が死んでしまう。かといって吸わなければ女の子が消滅してしまう。女の子が存在を維持できる最小限度、かつ陸が死なない程度で生気量を抑える必要があった。
生気とは生命エネルギーそのものである。
術を発動するために使うのは勿論だが、それは全体のわずかの量に過ぎない。生気の大半は生命を維持するために消費される。
陸は、自分と女の子の二体分の生気をまかなっていた。
言うなれば、二基のエンジンを積んだ自動車のようなものだ。両方のエンジンをまともに動かそうとすると、二台分の燃料が必要になる。陸にそんなものはない。つまり、常にガス欠に近い状態なのだ。
陸は、残り少ない生気を何とかやりくりして術を使っていた。
しかし今、女の子は『血の風』のメンバーの生気を十分に吸収することによって、陸の生気なしで活動できるようになった。
そして、その分、陸の負担も軽くなった。陸は生気量に悩まされることなく、術を使えるようになった。
二体は、ここに来てようやく本来の力を振るうことができるようになったのだ。
陸が一体ずつ『血の風』を始末することをやめて、勝負を仕掛けたのはそういう理由だった。
女の子が冷たい目を『血の風』に向けた。
イバラが全方位から『血の風』を襲った。イバラはうねうねと蠢きながら、『血の風』に押し寄せた。
「ひいっ、助けて!」
イバラに囚われたメンバーが悲鳴を上げた。
リーダーは、襲いかかってきたイバラを縫うように避けて飛び上がると、壁を走って女の子に向かっていった。
「おい、よせっ!やめろっ!」
後方にいたメンバーが止めたが、リーダーは止まらなかった。
リーダーが女の子に殴りかかった。
女の子は消えた。
攻撃をすかされたリーダーは、勢い余って倒れこんだ。
女の子が離れた場所に出現した。
女の子は手のひらを上に向けた。
水しぶきを上げて、水面から突き出したイバラがリーダーを包み込んだ。
「なめんじゃねえぞ、ごらぁ!」
リーダーが切り札を切った。
全身の筋肉が膨れ上がり、生気量が爆発的に上がった。
リーダーはイバラを引き千切って、拘束を抜け出した。
市役所の戦いで、陸が鉤爪から引き出したものと類似した力だ。
「くたばりやがれ!」
リーダーが振り向きざまに、女の子に殴りかかった。
が、動きが止まった。
「かっ…………はっ……」
リーダーは血を吐いた。
リーダーの胸から刃が突き出していた。
振り向くと、血に濡れた剣鉈を持った陸が立っていた。
膨れ上がった筋肉が元に戻っていく。
「……こ……の…………野……郎……」
リーダーは血が噴き出る胸を押さえながら、震える手を陸に伸ばした。
陸はリーダーの首を切り飛ばした。
ぼちゃん、と音を立ててリーダーの首が水の中に落ちた。
首を失ったリーダーの体が陸に倒れかかった。
陸は体をずらしてそれを避けたが、リーダーの指が陸のコートのボタンにかかり、ボタンを毟り取った。
リーダーの体はそのまま水中に沈んだ。
陸は剣鉈を振って、血を振り払った。
「畜生っ!」
最後のメンバーが、逃げ出そうと振り返ったところで、水中から飛び出したイバラがメンバーを包み込んだ。
メンバーは声を出すこともできずに、イバラの中に封じ込められた。
陸は剣鉈を鞘に納めた。
「あらかた片付いたな。これでやっと家に帰れる」
疲れた様子で、陸は大きく息をついた。
と、その顔をしかめた。
陸はコートの袖を鼻につけて、クンクンと臭いを嗅いだ。
「さすがに臭うな。早く風呂に入りたい」
陸の目の先では、女の子が拘束したヴァンパイアの生気を啜っていた。
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笹島は再び、ヴァンパイア対策本部のある警察署に戻ってきた。
警察に復帰するためではなく、丑蜜に求められた物を手に入れるためだ。
「何でもいいので、鉤爪が触れた物を手に入れておくんなんし」
丑蜜が言うには、力を使うにあたり、何か足がかりになるものが必要になるとのことだった。
もちろん、笹島に否やはない。必ず手に入れてくると約束して、丑蜜と別れたのだった。
市警は大混乱に陥っていた。
ヴァンパイア殲滅作戦が進むにつれ、現場対応でただでさえ手薄になっている署内の警察官は、保護された被害者の事情聴取、続々と運び込まれる押収品の整理、そしてヴァンパイアの死体の処置に追われていた。
これ幸いと、笹島は何食わぬ顔をして警察署に入った。
目深に被ったハンチング帽で顔を隠してはいたが、警察官達は笹島を気にする余裕もないようだった。
笹島は倉庫で使用済みの麻酔弾を見つけると、持ってきたビニール袋に入れた。市役所の屋上で、鉤爪に撃ち込んだものだ。
さらに、倉庫内を物色すると、血で汚れた防弾チョッキが見つかった。防弾チョッキには笹島隊のマークが入っていた。
笹島は自責の念に襲われた。自分は本当に屍食鬼以外のことは何も見ていなかったのだと思い知らされたような気がした。
しかし、今さらどうすることもできない。死後の世界というものがあり、彼らに出会うことがあったなら、いかような罰でも甘んじて受けようと笹島は思った。いずれにせよ、それほど先のことではないという予感があった。
防弾チョッキに手を合わせてから、笹島はジャケットの下にそれを着こんだ。
拳銃の弾も補充したかったが、さすがに管理が厳しくてあきらめた。それに、切り札は他にある。
喧騒にまぎれて、そそくさと笹島は警察署を後にした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これで第2章は終わりです。
次回より第3章に入ります。
次回は4/16(火)投稿予定です。




