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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第二章 吸血部隊
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地下迷宮1


 『血の風』のメンバーは、リーダーを先頭に地下下水道をばしゃばしゃと水音を立てて走っていた。


 煉瓦で造られたアーチ状の下水道は、膝丈ほどの濁った緑色の汚水で満たされている。ヴァンパイア達が足を動かす度に沈殿していた汚泥が撹拌され、悪臭が広がった。


 おおよそ走るには向かない環境だったが、『血の風』は速度を落とさないよう懸命に走った。


 貨沢市では、明治時代に築造された煉瓦造りの下水道管が今でも現役で使われている。水質管理センターの建屋の地下には、この下水道管に入る扉があった。この下水道は、おおよそ貨沢市の四分の一弱にわたって張り巡らされている。


 とはいうものの、人間が歩ける大きさの下水道が敷設されている範囲はさほど広くない。下水処理施設がある水質管理センターの周辺だけである。通常であれば、少しくらい道に迷ったところで、歩き続ければさほど時間もかからずに出口が見つかる広さだ。


 ところが、『血の風』はこの地下下水道から出ることができなくなっていた。

 いや、出ることができないだけならまだよかった。入った時に六体いたメンバーは、すでに三体にまで数を減らしていた。


 代わり映えのしない下水道をひたすら走り続けると、『血の風』は壁のある場所に突き当たった。八メートル四方ほどの高い壁に囲まれた場所だ。


 左は下水道が続いているが、すぐ先のところで鉄格子で塞がれている。鉄格子の先は滝で、ざあざあと水が流れ落ちる音が聞こえていた。

 正面の壁の右手には金属製の梯子が取り付けられていた。見上げると、床がせり出しており、床の先端にそって手すりが設けられていた。


 『血の風』のメンバーは苦虫をつぶしたような顔になった。


 そして、リーダーの下に集まって相談しようとした時だった。先ほど、走ってきた下水管の奥から、しゅるしゅると何かが移動してくる音が聞こえてきた。


「畜生!話は後だ!早く上に上がれっ!」


 リーダーが叫んだ。

 メンバーは急いで梯子を登った。


 梯子を登ると、小さなデッキがあり、突き当りの壁に四角い入口があった。

 入口には錆びついた鉄扉が取りつけられていたのだが、今は破壊されてすぐデッキの上に転がっていた。

 扉を破壊したのは『血の風』である。


 デッキから下水道を見下ろすと、下水道の奥から伸びてきたイバラが壁を伝って広がっていく様子が見えた。


「くそっ、今はとにかく進め!」


 『血の風』は入口に駆け込んだ。


 入口に入ると、廊下が真っすぐ伸びていた。

 廊下を照らす電灯は大半が切れているか、点いたり消えたりを繰り返している。壁はところどころひび割れ、割れ目から滲みだした水が床を濡らしていた。


 イバラがデッキに上がってきた。

 『血の風』は廊下を走った。


 廊下の途中で、ヴァンパイアが死んでいた。

 ヴァンパイアは両足を投げ出し、両手をだらりと下げて、壁にもたれかかっていた。


 『血の風』は顔を背けるようにして走り抜けた。

 死体は苦楽を共にした『血の風』のメンバーの一体だった。


 廊下の先には楕円形のため池があった。

 左右に煉瓦製の下水道が伸びている。


 『血の風』はため池に入った。

 ため池は少し深さがあり、入ると腰まで水に浸かった。


「右だ。右に進むぞ」


 リーダーがメンバーに号令をかけた。


 『血の風』がため池を進んでいくと、ヴァンパイアが水の中に沈んでいた。

 『血の風』は目をそらして、無言のまま進んだ。

 『血の風』が進む時に起こした波で、ヴァンパイアはゆらゆらと反対方向へ漂っていった。『血の風』のメンバーだった。


 『血の風』はため池から上がると再び、ばしゃばしゃと水音を立てて下水道を走り出した。



 どのくらい走っただろうか。

 死んだヴァンパイアが下水道の天井からぶら下がっていた。両手首をイバラで拘束され、吊り下げられている。ほんの少し前まで、行動を共にしていたメンバーだった。


「ああ……ああ…………」


 メンバーの一体が足を止めた。

 このメンバーと死んでいるヴァンパイアは特に仲が良かった。はぐれはしたが、きっと生きているとわずかな希望を持っていたのだ。


 メンバーはふらふらと死体に近づいた。


「おい、やめろ!近づくな!罠だ!」


 リーダーがメンバーを羽交い締めにした。


「放せよ!いくら何でも、このままじゃ可哀相だろ!」


 メンバーはリーダーを振り払おうとした。


「お前も同じ目に遭いたいのか!今は我慢しろ!」


 リーダーは力を入れてメンバーを押さえ込んだ。


「ううっ、うっ、うっ……」


 メンバーはしゃがみこんで泣き出した。



 『血の風』は再び走り出した。

 やがて、行く手にぼんやりとした光が見えてきた。『血の風』は足を速めた。そして、光の場所に出た。


 そこは、高い壁のある場所だった。

 壁の右手に金属製の梯子が取りつけられている。左側は下水道が続いているが、鉄格子で先に進めないようになっていた。


 これまで何度もやってきた場所だった。


「同じ場所だ!出口がねえよ!」


 メンバーが悲痛な声を上げた。


「幻術だ。何か抜け出す方法があるはず……」


 リーダーが焦る気持ちをこらえて、つとめて冷静に応えた。


「幻術は一体しかかけられないって話は何だったんだよ!」


 メンバーは壁を横殴りした。


「……なあ、謝って許してもらった方がいいんじゃないか?」


 別のメンバーが泣き言を言い出した。友の死体の前で涙を流したメンバーだ。


「馬鹿野郎!そんな真似ができるか!こっちは仲間を殺されているんだぞ!」


 リーダーは怒鳴り声を上げた。


「そうは言ってもよお……」


 メンバーはぐずぐずと泣き出した。


「相手は殺る気だ。幻術使いを殺る以外に、俺らが生き延びる方法はねえ」


 リーダーは唇を噛んだ。



 発端は、四体目のメンバーが殺された時だった。


 悲鳴を聞きつけたメンバーが駆けつけると、仲間の死体の前に幻術使いが立っていた。

 幻術使いは『血の風』のメンバーを見ると、慌てた様子で水質管理センターの建屋に逃げ込んだ。


 『血の風』は幻術使いを追った。

 そして、建屋の中を探し回ると、地下下水道に降りる扉が開いていることに気がついた。幻術使いは地下に逃げ込んだらしい。『血の風』は迷わず地下に降りた。


 それが罠だったのだ。

 罠だと気づいた時には遅かった。


 地下に下りる時に六体いたメンバーは、三体にまで減らされた。

 今や地下下水道は『血の風』の屠殺場と化していた。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は4/12(金)投稿予定です。


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