ヴァンパイアにされた少女
「あの中にいるでありんす。数は二体」
丑蜜が一軒家を指さした。
カントリー風の小洒落れた外観で、カーポートに人気のドイツ車が停められていた。
「よし、わたしの隊が出る。丑蜜はこのまま探知を継続。ヴァンパイアが見つかったら、他の隊は中村の指示で動いてくれ」
言い残すと、咲は車を飛び出していった。壱番隊の隊員達も、それぞれ車を降りて咲に続いた。
車は吸血部隊の車両ではなく、市警と県警から借り上げた覆面パトカーを使っている。できるだけ目立たないようにするためだ。
担当の安江に覆面パトカーを使いたいと要望を伝えたところ、異常なハイテンションで手配してくれた。咲が心配するほどのハイテンションっぷりだった。
咲達は静かに家を取り囲み、いくばくかの確認を行った後、家の中に突入していった。
丑蜜は、咲達が家の中に突入していく姿を見送った後、再び意識を探知に集中した。
吸血部隊は丑蜜に気配探知をさせながら、ヴァンパイアが潜む住宅街を車で走っていた。そして、丑蜜がヴァンパイアが潜伏している家を見つけると直ちに制圧に取りかかった。
作戦はとにかく時間との勝負である。潜伏している他のヴァンパイアに気づかれる前に、次々と制圧していく必要があった。ヴァンパイアを制圧すると、後始末は市警と県警に任せ、ただちに作戦行動に復帰するという強行軍である。市警と県警は全面バックアップを約束してくれていた。
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「それ以上、近づくな!この女がどうなってもいいのか!」
リビングに逃げ込んだヴァンパイアが主婦を盾に叫んだ。
この家を乗っ取っていたヴァンパイア三体の最後の生き残りだ。他の二体は突入時に排除済みである。
ヴァンパイアは主婦の首に腕を回していた。その気になれば、一瞬で首の骨を砕くことができる。
この家では見せしめに祖母が殺されていたが、他の家族は無事だった。子どもを人質にされ、両親は外に助けを求めることもできず、表面上は普段通りの生活を送っていた。
咲は有無を言わさずベレッタでヴァンパイアの頭を撃ち抜いた。
ヴァンパイアはリビングの壁に脳症をぶちまけて沈黙した。
盾にされていた主婦はへなへなと座り込んだ。
「すまないな。のんびりつきあっている時間がないんだ」
咲はベレッタをホルスターに納めた。
今日だけで三度目の突入である。隊員達の疲労も濃くなってきた。
休憩をはさむべきか咲が考えていると、外から隊員が駆け込んできた。壱番隊の隊員ではなく、燐が率いる弐番隊の隊員だ。咲は嫌な予感がした。
隊員は咲を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「中隊長!」
「どうした?何かあったのか?」
「それが……」
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咲は隊員に案内されて、とある家にやってきた。燐の弐番隊が突入した家だ。
屋根瓦がある二階建ての日本家屋で、生垣がある為、隣の家とは少し離れている。入り口には補助輪がついた子供用の自転車が置かれていた。
玄関に入ると、靴箱の上に並べられたトロフィーが目についた。壁には賞状が飾られている。
咲はちらりとそれらに目をやると、隊員に案内されて、すぐに二階に上がった。
燐は二階の奥にある子供部屋にいた。
子供部屋は畳敷きの八畳ほどの広さで、窓辺に学習机が二台並んでいる。部屋の中にはブロック玩具が散乱し、ラジコンカーが転がっていた。
そして、燐の前に少女がいた。
高校生のようだ。半袖シャツにリボンつけた制服を着ている。
だが、様子がおかしい。
「ヴーー……」
少女は涙を流しながら、唸り声を上げ、周りを威嚇していた。
完全な興奮状態で、人好きがしたであろう顔はゆがみ、よだれが垂れる口には牙が見えた。
「ヴァンパイアにされたのか……」
咲はため息を漏らした。
少女のうしろでは、幼い男の子二人が抱きあって身をすくませていた。弟だろう。
少女が燐に飛びかかった。
「お姉ちゃんを殺さないで!」
男の子が叫んだ。
少女は爪で燐の顔を引っ掻こうとした。
相手がただの人間なら顔半分がもぎ取られたことだろう。
だが、燐はヴァンパイアである。しかも、戦闘訓練を受けたヴァンパイアだ。ヴァンパイアとはいえ、素人の少女の攻撃が当たるはずもない。
燐は少女の攻撃をいなした。
ただ、燐に反撃するつもりはなく、単に受け流しただけだ。
少女はバランスを崩してたたらを踏んだ。
少女は振り返ると、キッと燐を睨みつけた。それから、すぐさま横っ飛びして壁を蹴り、弟達のところに戻った。
少女は弟達を背にして、警戒心のこもった目で隊員達を見回すと、再び唸り声を上げ始めた。
燐が困った様子でちらりと咲に目を向けた。
「あの子たちを守ろうとしているのか……」
咲はひとり呟いた。
(ヴァンパイアになったばかりで、血を求める激しい衝動に襲われているだろうに。家族愛がそれに勝るのか……)
咲は驚嘆していた。
「あの娘をヴァンパイアに変えた親の方はどうした?」
咲はそばにいた隊員に尋ねた。
「一階で死体が見つかりました。あの娘が射殺したものと思われます」
「射殺!?あの娘が!?」
咲は驚いた。
「はい。クレー射撃用のライフルが見つかりました。至近距離からヴァンパイアを撃ったようです」
咲は玄関で見たトロフィーを思い返した。
トロフィーはライフルを構える人間をモチーフにしていた。
「他の家族は?」
「両親と思しき死体が見つかっています」
「……あの娘がやったのか?」
「いえ、この家に侵入したヴァンパイアがやったようです。どうやら彼女はヴァンパイアにされた後、弟たちを守ろうとして戦闘になったらしく……」
隊員がやるせないといった表情で答えた。
「そうか……」
咲はため息をついた。
そして、部屋に入ると、燐の肩を叩いた。
「わたしが代わろう」
燐は咲に場所を譲った。
少女が咲に飛びかかった。
咲は一歩踏み出し、少女の鳩尾を刀の柄で突いた。
「うっ」
少女の体が力を失った。
「「お姉ちゃんっ!?」」
弟達の悲痛な叫びが上がった。
咲は少女を抱き留めた。
「この娘はホームで保護する。市警に連絡を取ってくれ」
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「そうか。鉤爪は見つからなかったか……」
丑蜜の報告を聞いて、笹島はがっくりと肩を落とした。
笹島と丑蜜は、吸血部隊が定宿としているビジネスホテル近くのファミレスで会っていた。
夜も遅い時間で、笹島と丑蜜の他には、酔いつぶれたサラリーマンが一人、テーブルに突っ伏しているだけだ。
「ごめんなんし。力になれなくて……」
丑蜜はすまなさそうに言った。
「いや、無理言って協力してもらっているのはこちらだ。君のせいじゃない」
笹島はそう言ったが、見るからに消沈していた。
期待があった分、落胆も大きい。
「ここまでしてもらっただけで十分だ。ありがとう。後は自分で何とかするよ」
笹島は空笑いして、丑蜜に頭を下げた。
もちろん、あてがあるはずもない。
丑蜜は胸が締めつけられる思いがした。
「少なくて申し訳ないんだが、これを……」
笹島はジャケットの内ポケットからお金の入った封筒を取り出して、テーブルの上に置いた。
丑蜜は焦った。
このまま行かせてはいけないと思い、つい秘密を口にした。
「姐さんには内緒にするように言われているんでありんすけど、一つだけ鉤爪を探す方法がありんす」
丑蜜にはデータベースに登録されていないもう一つの能力があった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は4/5(金)投稿予定です。




