クラン『血の風』
浅手川は貨沢市の中心を流れる二級河川で、市街地を外れた場所に、生活排水や雨水を浄化、循環させる水質管理センターがある。
水質管理センターの処理は自動化されており、遠隔地から二十四時間体制で監視はされているものの、建屋内は無人だ。センサーが異常を検知した場合か、決められた日に保守作業員がやってくるだけである。
水質管理センターの敷地内には、ポンプ施設がある建屋と最終処理を行う沈殿池が造設されていた。建屋内には下水道に降りる階段がある。
その敷地内を三体のヴァンパイアが歩いていた。ヴァンパイア達は幻術使いを探していた。
「腹減ったなあ」
最後尾を歩いていたヴァンパイアがこぼした。
ヴァンパイアは決闘が終わってから何も口にしていなかった。幻術使いを討ち取るまでは余計なことをせず、集中しろとのリーダーのお達しがあったからだ。
このヴァンパイアが所属するクラン『血の風』のリーダーは血の気が多い男だったが、同時に、仕事に対して異常なまでにストイックで潔癖でもあった。一度、仕事に集中すると、他のことが一切見えなくなるタイプである。
自分はそれでいいかもしれないが、それを他のメンバーにまで無理強いするのはどうだろうか、とヴァンパイアは思った。
しかし、そうしたリーダーの猪突猛進さが、『血の風』を十名を超えるクランに育てたことも事実である。
確かに、長老達が率いるような大手のクランに比べれば、吹けば飛ぶような規模に過ぎないが、クランを名乗って馬鹿にされない程度の規模ではある。
また、小さなクランであればこその楽しさもある。
色々不満はあるけれど、リーダーについていくこと自体に疑問は持たなかった。
ただ、もう少しだけ融通がきけばなあ、と思うばかりである。
だが、リーダーは現状に満足しておらず、常々クランをもっと大きくすること目標にしていた。
リーダーの虚栄心が強いことは確かだが、小さなクランは何かあった場合に真っ先に標的にされるという事情もあった。
クランを外に向けてアピールするには、何か分かりやすい勲章があると一番効果的だ。そうしてクランの名を売る機会を窺っていたところに今回の決闘騒ぎである。リーダーは飛びついた。
そこで、貨沢市にやってきてメンバー全員で市役所の戦いを見学したのだが、鉤爪に挑むことはすぐにあきらめた。勝てる気がしない。あれは無理だ、とメンバー全員が口をそろえた。
幻術使いは厄介そうだが、脆さも垣間見えた。鉤爪を封じ込めた力量は大したものだが、別に一対一で戦う理由はない。クランの名を売るのが目的なのだから、全員でかかって押しつぶしてしまえばいい。『血の風』は幻術使いをターゲットに定めた。
しかし、何も幻術使いを狙うのは『血の風』だけではない。同じことを他のヴァンパイア達も考えたはずだ。要するに、早い者勝ちである。そうした訳で、飲まず食わずで『血の風』は、幻術使いを追うことになっているのであった。
ヴァンパイアが空腹に苦しみながら思いを巡らせていると、敷地内に宅配便の小型トラックが入ってきた。荷台に黒猫が描かれた町中でよく見かけるトラックだ。
トラックが建屋の正面に停車すると、すぐにドアが開き、グリーンの制服を着た女性ドライバーが降りてきた。
女性ドライバーはキャップをかぶっていたが、ポニーテールをキャップのうしろの穴に通しているため、首筋がむき出しになっていた。汗ばんだうなじがひどく艶めかしい。
ヴァンパイアは他のメンバーの様子を窺った。メンバーは建屋の裏にある藪の中に入っていくところだった。
後から追いかければいいよな、とヴァンパイアは考えた。
空腹は耐えがたいものになっていた。その目の前に特上のご馳走が置かれたのだ。選択の余地はなかった。
女性ドライバーは荷台から段ボールを下した。一抱えほどの割と大きな段ボールである。女性ドライバーは慣れた様子で段ボールを抱えると、えっちらおっちら歩き出した。女性ドライバーは正面入口には入らず、裏口のある建屋の右手に回った。
ヴァンパイアは音を立てないように注意して、女性ドライバーの後を追った。
そこは壁に囲まれた狭いスペースで、金属製の扉があった。
しかし、女性ドライバーの姿が見当たらない。
「あれ?もう、中に入ったのかな?」
ヴァンパイアは扉のノブをガチャガチャとひねったが、鍵がかかっていた。
ヴァンパイアは首をかしげて、顔を上げた。
目の前に女の子が立っていた。
「うわっ」
驚いた拍子に足をもつれさせ、ヴァンパイアはうしろに転んだ。
長い髪をおさげにした年端もいかない女の子だった。薄汚れた古い型の病衣のようなものを着ている。
女の子はぞっとするような冷たい目をヴァンパイアに向けた。
「う……」
ヴァンパイアは思わず後ずさった。
その背中に何かがぶつかった。イバラだった。イバラはヴァンパイアの体に絡みついてきた。
ヴァンパイアはイバラを振り払って、逃げ出そうとした。
逃げ道はなかった。
ヴァンパイアが歩いてきたはずの場所はイバラが壁を作っていた。イバラは生きているかのように蠢き、逃げ道を塞いでいた。いつの間にか、狭いスペース全体にイバラが張り巡らされていた。
イバラがヴァンパイアの足に絡みついてきた。
ヴァンパイアはイバラを振り払い、大声で助けを呼ぼうとした。
「う……あ…………」
声は出なかった。
喉が痙攣し、かすれた音が出ただけだった。
イバラがさらに絡みついてきた。振り払っても振り払ってもイバラは絡みついてきた。
ついにヴァンパイアは身動きが取れなくなった。イバラがヴァンパイアをぎりぎりと締め上げた。
体が痺れ、力が抜けていく。
女の子がゆっくりと近づいてきた。
イバラがさらに絡みついてきた。
もはや腕一本動かすこともままならない。
絶望したヴァンパイアが最後に見たものは、女の子のうしろで煌めく金色の瞳だった。
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「くそっ、またやられた!」
クラン『血の風』のリーダーは怒りに任せて壁を殴りつけた。
轟音と共に水質管理センターの建屋が揺れた。壁がひび割れ、中心に拳の痕が残った。無人化されていなければ、建屋の中から人が飛び出してきたことだろう。
花が散ってしまった桜の木の下で、胎児のように丸まったヴァンパイアが死んでいた。
外傷は見当たらない。だが、死因は調べるまでもない。生気を全て吸い尽くされたのだ。
「だから、幻術使い相手に一対一になるなってあれほど……」
クランのメンバーが、死んだヴァンパイアを囲んでいた。
十二体いたクランのメンバーは九体までに減っていた。これで三体目だ。
「おい、お前ら。常に複数で行動しろ。単独行動は絶対にやめろ。小便に行く時もだ。徹底しろ」
リーダーがメンバーに声を荒げて命令した。怒りが抑え切れない様子だ。
「何だかさあ、これじゃ、俺たちが狩られる側みたいじゃないか。狩るのは俺たちじゃなかったのかよ」
メンバーの一体が愚痴をこぼした。
「うるせえよ!今さらガタガタ言ってんじゃねえよ!」
リーダーが愚痴をこぼしたメンバーの胸倉をつかみ上げた。
「落ち着けって。仲間割れしてる場合じゃないだろ」
別のメンバーがリーダーとメンバーを引き離した。
「ここまで来たら、首を取るだけじゃすまされねえぞ」
「逃げ帰ったら、『血の風』はいい笑いものだ」
「探し出して絶対に殺すぞ。晒し者にしてやる。このあたりにいることは間違いないんだ」
怒りに体を震わせて、リーダーが言った。
そして、『血の風』は一体ずつ数を減らしていった。
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次回は4/2(火)投稿予定です。




