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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第二章 吸血部隊
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手助け


 笹島は目を覚ました。


 笹島が目を開けると、丑蜜(うしみつ)が笹島を見下ろしていた。

 丑蜜(うしみつ)は笹島の頭を膝に載せ、扇子でゆるやかな風を笹島に送っていた。

 笹島は目覚めの余韻に浸ったまま、丑蜜(うしみつ)の顔をぼうっと見上げていた。

 細面だが垂れ目気味で、死んだ妻によく似ていた。


「旦那さん、目が覚めんしたか?」


 丑蜜(うしみつ)がにっこり笑った。


 笹島は慌てて体を起こした。


 笹島は通りから少し奥にある緑のスペースにいた。花壇の前に石のベンチが一つあるだけの小さなスペースである。頭上で大きく枝を広げた欅が、春から夏に向かう日差しから二人を隠していた。

 幼い子供の手を引いた母親がやってきたが、丑蜜(うしみつ)と笹島の様子を見て、子供に見せないようにそそくさと通りすぎていった。


「君が私をここへ運んでくれたのか?」


「あい」


 丑蜜(うしみつ)は微笑んだ。


「君は私が誰だか知っているのか?」


「いいえ。でも、悪い人には見えんせんでありんしたから。きっと、何か事情があるんでありんしょう」


 丑蜜(うしみつ)は懐からハンカチを取り出し、笹島に差し出した。

 笹島の頬には、涙を流した痕がくっきりと残っていた。


「すまない」


 笹島は涙をぬぐうと、ハンカチを丑蜜(うしみつ)に返した。


「旦那さんのお世話をしていたら、昔のことを思い出したでありんす」


 丑蜜(うしみつ)は懐にハンカチをしまうと懐かしそうに笑った。


「聞いてくれるか?」


「あい」


 笹島は自身の身に降りかかった出来事を全て話した。


 そうして屍食鬼(グール)を憎み、妻子の復讐を果たすだけためにその後の人生を生きてきたこと。最大のチャンスで鉤爪(クロー)に逃げられた上に捜査を外され、八方塞がりになっていること。鉤爪(クロー)の足取りを追うには、どうしても丑蜜(うしみつ)の協力が必要なことを訴えた。


 笹島が他人に対して、そこまで赤裸々に自分のことを語るのは初めてだった。ましてや相手はヴァンパイアである。


 ヴァンパイアに対して自分の身の上を打ち明けることが、どのような結果になるのか、この時の笹島は全く考えなかった。平生の笹島からは考えられないことだった。

 それだけ追い詰められていたということもあるが、丑蜜(うしみつ)には柔らかく人を包むというか、どこか笹島を安心させるところがあった。


「私は本当は臆病でダメな奴なんだ……」


 話しながら、笹島は涙をこぼした。


「妻と子供のかたきを討つこともできない。長年支えてくれた部下も死なせてしまった……」


 丑蜜(うしみつ)は黙って笹島の話を聞いていた。


「お願いだ。助けてくれ。どうしても君の力が必要なんだ。助けてくれたら、どんなことでもする」


 笹島は両手をついた。


 笹島が顔を上げると、丑蜜(うしみつ)は涙を流していた。


「まっこと、人の命はままならないものでありんすねえ」


 丑蜜(うしみつ)は袖で顔を隠し、涙を拭いた。そして凛とした顔で笹島に向き直った。


「分かりんした。力を貸しんしょう」


「本当か」


「旦那さんは正直に御心を打ち明けんした。わっちはその御心に応えなければなりんせん」


「感謝する。ありがとう」


 笹島はもう一度、頭を下げた。


 丑蜜(うしみつ)の中で、咲の優先度はないに等しいものになった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「今何時だと思ってるんだ!みんな待っていたんだぞ!今までお前は何をやっていたんだ!」


 夜中になって、ようやく吸血部隊の詰所に顔を出した丑蜜(うしみつ)に咲が激怒した。


 吸血部隊は、笹島隊と入れ替わりに市警の一室を詰所として使用していた。詰所にはヴァンパイア出現連絡に備えて、交代制で隊員が待機している。

 ただ、この日は丑蜜(うしみつ)が来るとあって、朝から特別体制を組んで夜番を除く全員が集結していた。


 ちなみに、市警にやってきた丑蜜(うしみつ)を見て、ヴァンパイアは美人が多い説が警察官達の間に広まったのは余談である。


「だって、だって、ずっとホームに閉じこもりで、久しぶりに娑婆に出てきたんでありんすよ。少しくらい見て回ったっていいじゃありんせんか」


 手をばたばたさせながら、丑蜜(うしみつ)は必死に言い返した。


「何度も非常事態だと言っただろう!そんなことは仕事が終わってからにしろ!」


「だってぇ」


 丑蜜(うしみつ)は握りこぶしを作って、いやいやした。


「だってもヘチマもない!今度やったら二度とホームから出さないぞ!」


「ううぅー」


 丑蜜(うしみつ)は涙ぐんだ。


「まあまあ、終わったことは仕方ないでしょう。今日はそのくらいで」


 中村が間に入って、咲を宥めにかかった。


丑蜜(うしみつ)ちゃんも、もうやらないよね?」


「あい」


 丑蜜(うしみつ)はこくんと頷いた。


「今回は許してやってあげたらどうです?俺らもちょうど休息がほしかったところですし」


 鳴海が前に出てきた。

 この男は勇猛を誇る吸血部隊の中でも、特におっぱいに弱い。丑蜜(うしみつ)の絶対的な支持者である。

 燐は見ざる言わざるに徹していた。


 参番隊の隊員達がぞろぞろと咲の前に出てきた。


「何だ、お前たち?」


 咲が怪訝な目を隊員達に向けた。

 隊員達は一斉に頭を下げた。


「お願いします!許してあげてください!」


 隊長があれなので、配下の隊員達も似たり寄ったりである。


「みなさん……」


 丑蜜(うしみつ)は胸が一杯になった。


「くっ、どいつもこいつも、おっぱいに惑わされるとは嘆かわしい」


 咲はどかっと椅子に座った。


「そこは男の性と言いますか……てへっ」


「てへじゃない!そうやってお前たちが甘やかすから、いつまで経ってもこいつは問題を起こすんだ!」


 咲はテーブルをドンと叩いた。


「まあまあ」


 中村が咲の前にお茶を出した。

 咲は不機嫌な顔でお茶をずずっとすすった。


「……他に余計なことはしていないだろうな?」


 咲は疑い深い目を丑蜜うしみつに向けた。


「するわけありんせん」


 丑蜜(うしみつ)は即答した。


「本当だろうな?」


「もちろんでありんす」


 丑蜜(うしみつ)は胸を張った。

 大きな胸がぷるんと揺れた。

 隊員達から、おぉーと感嘆の声が上がった。

 咲がキッと睨んだ。

 隊員達はそっぽを向いた。


「それならいいが……」


 咲は探るような目で丑蜜(うしみつ)の目をじっと見た。

 丑蜜(うしみつ)は毅然とした顔で咲の視線を正面から受けた。


「……今日はもういい。明日は朝からきっちり働いてもらうぞ。燐、丑蜜(うしみつ)をホテルに送ってやってくれ」


「……はい」


「ホテルに着いたら早く寝ろ」


 咲は立ち上がると、ぷんぷん怒りながら詰所を出ていった。


 丑蜜(うしみつ)は小さく舌を出して、ほくそ笑んだ。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は3/26(火)投稿予定です。


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