07
夢で見たことが現実で再現された。
その再現がこれからも続くなら、それらを阻むこともきっとできるはずだ。私はどうやって「鳴海花穂」と「織部誉」の関係が進むのかを知っている。それなら、この再現は私にとって有利なはずだ。
もとよりなにより、私は二人の出会いをつくったりはしない。
誉と彼女が話すきっかけになるようなやり取りももう随分としていない。
突然、頭に暖かなものが触れてびくりとする。目を開くと誉が申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。
今は帰りの車の中だった。
「ごめん、起こしちゃったね」
首を振ってその言葉を否定する。桜の中の場景に同様した私は体調が悪いと言って、目を瞑り寝たふりをして実際は眠っていなかった。
「俺に寄りかかりなよ」
そのまま頭を引き寄せると手のひらは離れていった。誉が自分から私に触れるのは、私の体調が悪いとかそういった理由のある時だけだ。こんなにぴったりとくっつくのも久しぶりのことだった。肩に寄せた頬に制服のざらざらとした感触と呼吸が伝わってくる。眠れるわけがない。
「……ありがとう」
自分と全然違うリズムに狼狽してしまい、それを隠すために声がどうにも小さくなってしまう。
「うん」
それを聞き逃さないでくれる彼に、胸がつきりと痛む。
「織部誉」が「鳴海花穂」に出会うことで変わるなら、誉が彼女に出会わないことは彼を不幸にするだろうか。
何故だかそんな考えが浮かんだ。
** **
家に帰ってはじめに、勉強机の一番下の引き出しを開ける。そこにはファイルノートが入ってる。手にとって最初の何枚かをめくると、目的のページが見つかる。
春、放課後、桜、裏庭、薬袋司、――そんなことが細々と書き付けてある。今日見た光景の、夢の記録だ。
「薬袋司」は「鳴海花穂」の幼なじみで、小学生の時に彼が引越すことで一度離れ離れになるが、彼女と同じ高校に入学することになる。同じクラスで、「鳴海花穂」は入学式の時には彼が幼なじみだと気付くが、話しかけようとしてもそっけない彼の態度に、同姓同名の別人なのではないかとまで思うようになる。けれど、入学式の日に彼女が「西園寺統馬」に声をかけられ、気にかけられるようになったことを妬んだ内進生に呼び出された折に「薬袋司」が助けに向かう。どうして特に親しくもない彼がやってきたのか尋ね、そこで彼が彼女を幼なじみだと気付いていたと認める、というのがあの場面だった。自分を助けに来てくれた彼に幼い頃の姿を重ね、幼い頃から「薬袋司」は泣き虫な「鳴海花穂」のヒーローだったと後になって回想していた。
『忘れるわけないよ。だって、大切な……幼なじみだから』
耳にしたばかりの言葉を思い出す。
同じ幼なじみだというのに、私たちと彼らはだいぶ違うようだ。
宝箱にしまって大切にあたためておくようなやさしい思い出をもつ彼女たち。
対して、私は。
幼い頃自らが彼にしてきたことを思い出すと時間を巻き戻したくて喉をかきむしりたくなる。
夢の通りだとすると眼鏡に長い前髪で視界を隠すように覆っていたあの男子生徒が、薬袋司だということになる。
ゲーム中の終わりに近い展開を知っている私は、「薬袋司」がどんな思いを込めてその言葉を口にしたのか知っている。今の今まで、この不思議な夢の誉に関する以外の部分についてあまり気にとめてこなかったけれど、目の当たりにしてみるともの悲しくなる。ゲームの中では、何度選択を違えて、相手を違えても、その度に「鳴海花穂」と彼女に選ばれた彼は幸せを迎えられる。けれど、現実でハッピー・エンドを迎えるのは彼女に選ばれるのは一人きりだ。
そう思う反面、裏を返してどうしようもなく身勝手な希望を抱いてしまう。
誉が彼女に選ばれなければいい。
繰り返し見る夢がそうするためにあるように思えてきて仕方ない。だというのに、鳴海花穂が現れたせいかどうにも不安な気持ちがやまない。
花びらの中で見た彼女の姿を思い出す。くりくりとした目が印象的な小動物のような子だった。特別美人というわけでも可愛いというわけでもない。彼女より綺麗な子も甘い顔をした子もきっとたくさんいる。同じような髪型、格好をしている子だって多くいる。それでも、彼女が鳴海花穂だろうという確信めいたものがあった。
彼女に向けられた彼の眼差しは、まるでまぶしいものを見つめるようだった。
「薬袋司」もそうやって「鳴海花穂」を見つめていた。「西園寺統馬」も「五十嵐翔」も「烏丸章人」も、「織部誉」もそうだった。