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恋の鱗は隠せない~満月の夜に、10年前の約束をもう一度~  作者: 猫塚ルイ


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第7話

悲観的な言葉が口をつく。


そんな私の言葉を遮るように、シエルは静かに、けれど力強く首を振った。


「怯える必要なんて、どこにもない。その鱗こそが、君が僕を求めて海を越え、過酷な運命を乗り越えてきてくれた、愛の証なんだから。僕にとっては、どんな高価な宝飾品よりも気高く、美しく見える……。だから、もう自分を責めないで。僕に君を守らせてほしい」


彼はそう言って、上着の隙間から覗く私の白皙な肩口


そこにはまだ、先ほどの水分で微かに虹色の光を宿した皮膚があった。


彼はその場所に、まるで神聖な儀式を執り行うかのように、誓いの接吻をそっと寄せた。


その瞬間


背中の奥でチリチリと暴れていたあの呪いの熱が、潮が引くように凪いでいくのを感じた。


彼の唇から伝わる確かな情熱が、私の毒を浄化していく。


「シエル……ありがとう」


10年前、暗い海の中から必死に手を伸ばし、見上げていたあの眩しい太陽。


届かないと、触れることさえ許されないと諦めかけていたその光が


今、私のすぐ隣で確かな体温を持って、私という存在を丸ごと温めてくれている。


私は溢れ出す愛おしさに身を任せ、彼の首に腕を回した。


逞しい彼の広い肩に顔を埋めると、そこからは彼が愛用している清潔な香草の香りがした。


「ねえ、シエル。あと数日で、あの約束の満月がやってくるの」


私の囁きに、シエルの体が僅かに強張るのが腕の中で伝わった。


「結ばれなければ泡になる」という魔女の残酷な呪い。


どれほど愛し合っているという自覚があっても


魔術の絶対的なルールがいつ、どのような形で牙を剥くかは誰にも分からない。


「分かっている。その夜まで、いや、その先もずっと……たとえ世界がひっくり返ったとしても、一分一秒だって君を離さない」


彼は私の髪を梳くように愛おしそうに撫でながら、耳元で甘く、熱く囁いた。


「明日は、僕たちの本当の『再会』を祝おう。二人きりで、誰の目も届かない、誰にも邪魔されない場所で」


その夜、私はシエルの腕の中で、静かな安らぎと共に眠りについた。


窓の外では、月が確実にその円を完成させようと


白く冷たく、無慈悲なほど輝きを増している。


幸せを感じれば感じるほど、心の片隅には


いつか自分が一房の泡となって、彼の指の間を音もなくすり抜けて消えてしまうのではないかという


恐怖が、波のように寄せては返していた。


けれど、私を抱きしめる彼の腕の力強さと


時折眠りの中で私の名を愛しそうに呼ぶ声が、私をこの陸の世界に繋ぎ止めてくれる唯一の錨だった。


「私も、シエルにずっと、ずっと会いたかったの。海の底で、あなたのことだけを考えてた…わたしの、たった一人の初恋の人だから……」


シエルの寝顔を見つめ、消え入りそうな声で、けれど確かな決意を込めて呟いた。


「……ラム……っ」


眠りの中でも私の声に応えるように、シエルが私をさらに強く引き寄せる。


運命が私たちを引き裂こうとするのなら、私は何度でもその運命に、魔女の呪いに抗ってみせる。


たとえこの身に癒えぬ傷や呪いがあっても


彼への愛という名の光が消えない限り


私は私という一人の女として、彼の隣にいられるはずだと信じて──



◆◇◆◇


翌朝


シエルは私を王都の喧騒から遠く離れた、湖畔に佇む別邸へと連れ出した。


そこは深い森の静寂に守られ


まるで世界そのものから切り離されたような、二人だけの聖域だった。


鏡のように澄み渡った湖面は、今日という良き日を祝福するように穏やかに凪ぎ


周囲の緑を鮮やかに映し出している。


「さあ、入って。今日だけは僕たちのことだけを考えよう」


シエルに促され、光が降り注ぐテラスへと足を踏み入れた。


そこには純白のテーブルクロスがかけられ、色鮮やかな季節の果実や


熟練の料理人が腕を振るったであろう繊細な細工の料理が並べられていた。


二人の「再会」を祝うための、密やかで贅沢な祝宴。


「こんなにたくさん……私一人のために?」


「これでも足りないくらいだよ。君が陸の料理を気に入ってくれるといいんだけど」


シエルは騎士のように恭しく私の椅子を引き、自らクリスタルのグラスに黄金色のワインを注いでくれた。


私たちは、10年間の空白を埋めるように、一言一言を慈しみながら言葉を交わした。


私が暗い海の底で、水に溶ける彼の音のかけらを探し続けていたこと。


彼が陸の上で、あの日見た「人魚の幻」を追い求めて、狂ったように鍵盤に向かい続けてきたこと。


「ねえ、シエル。どうして10年前、私にあんなに優しくしてくれたの? 私はただの、奇妙な海の生き物だったはずなのに」


私の問いに、シエルはふっと目を細めた。


その蒼い瞳は、遠い日の記憶の彼方を辿るように、穏やかに、そして少しだけ悲しげに揺れた。


「あの日……僕は、自分の存在そのものに絶望していたんだ。音楽の才能を期待され、大人たちの欲望を満たす道具にされる日々に疲れ果てていた」


「海に身を投げようとさえ思っていたんだよ。でも、そこで君を見つけた。必死に生きようと、潮だまりで藻掻いているラムをね」

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