第58話 拍手の裏側
医療天幕の中は、妙に静かだった。
外ではまだ人の声がしている。
拍手。
ざわめき。
怒号。
説明を求める声。
誰かを責める声。
その全部が、布一枚を隔てて遠く聞こえた。
俺――アキト・アオキは、簡易寝台に腰を下ろしていた。
立っているのが、きつかったからだ。
倒れてはいない。
倒れてはいないが。
まあ、ほぼ倒れる一歩手前だった。
情けない。
だが、ノルン・エルシアが真剣な顔で治癒符を貼ってくるので、文句は言えない。
「動かないで」
「動いてない」
「喋るのも少し控えて」
「それは難しい」
「控えて」
「はい」
素直に従う。
今のノルンには逆らいにくい。
さっき、彼女は演習場で声を上げた。
沈黙した治癒師ではなかった。
その事実が、今もまだ胸に残っている。
ノルンは俺の額に手をかざした。
「魔力の減り方がひどいよ。精神疲労も強い」
「注釈挿入、重かった」
「重かった、で済ませないで」
「はい」
また素直に返事をする。
最近、俺の周囲には注意してくれる人間が増えた。
ありがたい。
そして、少し怖い。
慣れると、なくなった時に痛いからだ。
そんなことを考えた瞬間。
「顔が暗いわ」
リュミエル・アークレインが言った。
いつの間にか、寝台の横に立っていた。
白と青のローブ。
銀に近い髪。
静かな翡翠の瞳。
顔はいつも通り。
ただし、目が少し怒っている。
「考えごとを」
「悪い方向ね」
「よく分かるな」
「分かるわ」
即答だった。
「今は考えすぎないで。倒れるわ」
「もう座ってる」
「精神的に倒れる」
「それは困る」
「なら休んで」
「はい」
リュミエルにも逆らえない。
完全に包囲されている。
そこへ、天幕の入口が開いた。
ミラ・クロウが顔を出す。
「おー、生きてる?」
「ギリギリ」
「よし、生きてるなら勝ち」
軽い。
だが、この軽さが今は助かる。
ミラの後ろから、トーヤ・ラインハルトも入ってきた。
巨大な盾は外に置いてきたらしい。
天幕に入らないからだろう。
「アキト」
「何だ」
「よくやった」
短い。
でも、重い。
俺は少し笑った。
「ありがとう」
「倒れなかったのも、よかった」
「支えられてたけどな」
「支えられても、立っていた」
トーヤは真面目に言った。
「それは立っていたことになる」
こういうところだ。
トーヤの言葉は、妙にまっすぐ刺さる。
ミラがにやっと笑う。
「外、すごいことになってるよ」
「何が?」
「さっきまで新人くんのこと外れ職って言ってた連中、急に口数減った」
「ざまぁか」
思わず言う。
ミラが目を丸くしたあと、満足そうに頷いた。
「ざまぁだね」
リュミエルが静かに言う。
「ただし、油断はしないで」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
いつもの確認。
だが、今日のそれは少し違う。
外れ職という評価は、少しだけ崩れた。
でも、それで敵が消えたわけじゃない。
むしろ。
本命はここからだ。
演習場に仕込まれていた広域校閲杭。
送信元は、学園外部ではなかった。
学園内部。
その事実が、頭から離れない。
「その顔」
リュミエルが言った。
「また考えているわね」
「内通者のことをな」
「今はフィン先生と副院長が動いている」
「分かってる」
「あなたが今すぐ動く必要はない」
「……それも分かってる」
分かっている。
だが、腹の底が冷たい。
学園の中にいる。
俺たちの近くに。
拍手している者の中に。
記録を取っている者の中に。
心配そうな顔をしている者の中に。
転生者狩りへ繋がる誰かがいる。
気持ち悪い。
見えない釘を背中に打たれているような感覚だった。
「アキトくん」
ノルンが言った。
「今、休んで」
声は柔らかい。
でも、逃げ道はない。
俺は両手を上げた。
「分かった。休む」
タイムラインが勝手に淡く光る。
【休息推奨】
現在状態:
魔力低下
精神疲労重度
思考過多
推奨:
治癒茶
糖分
睡眠
「また糖分が入ってる」
ミラが覗き込んで笑った。
「タイムライン、分かってるね」
「お前が教育したんじゃないだろうな」
「してないよ。たぶん」
「たぶんが怖い」
そんな会話をしていると、天幕の外がまたざわついた。
入口の布が揺れる。
入ってきたのは、レオン・グランベルだった。
剣術科の制服。
白銀の髪。
整った顔。
演習場では、彼もかなり目立っていた。
神の剣ではなく、ノルンを守る剣として。
レオンは俺の前に立った。
「具合は」
「見ての通り、だいぶ弱ってる」
「そうか」
「心配してくれてるのか?」
「している」
即答だった。
少し、言葉に詰まった。
前なら絶対に言わなかっただろう。
レオンは変わっている。
それを見ていると、人は本当に台本を書き換えられるのかもしれないと思う。
「外で」
レオンは言った。
「剣術科の連中が、お前の話をしている」
「また悪口か?」
「いや」
彼は少しだけ目を伏せる。
「評価が割れている。だが、少なくとも“役に立たない”と言う者は減った」
「それは、いいことだな」
「ああ」
レオンは静かに続けた。
「俺自身のことも、だ」
「レオンの?」
「神の剣ではないと口にした。多くの生徒の前で」
「ああ」
「もう戻れない」
その声は、重かった。
神の剣。
勇者候補。
その肩書きは、彼を縛っていた。
同時に、守ってもいた。
それを公の場で否定した。
戻れない。
たしかに、そうだ。
俺は言った。
「後悔してるのか?」
「していない」
レオンは顔を上げた。
「怖くはある」
正直な言葉だった。
「だが、後悔はしていない」
「なら、よかった」
「お前は?」
「俺?」
「外れ職ではないと示した。もう隅には戻れない」
その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。
隅。
あれは楽でもあった。
誰も期待しない。
誰も見ない。
失敗しても、やっぱりなで済む。
でも。
もうそれはできない。
今日、俺は舞台に立った。
いや。
立たされた。
その上で、降りなかった。
「怖いよ」
俺は言った。
「けど、後悔はしてない」
レオンは小さく頷いた。
「ならいい」
そこで天幕の入口から、また別の声がした。
「失礼する」
ヴァイス・ローレンだった。
魔導科上位生徒。
俺を外れ職と呼んだ男。
そして今日、俺に暴走を止められた男。
彼は入り口で一瞬だけ迷った。
プライドと礼儀が喧嘩している顔だった。
最終的に、礼儀が勝ったらしい。
「少し、話がある」
ミラがにやにやする。
「お礼?」
「違う」
即答。
「じゃあ謝罪?」
「それも違う」
「素直じゃないねえ」
ヴァイスはミラを睨んだ。
だが、以前より威圧感が薄い。
負けたわけではない。
ただ、自分の知らなかったものを見せられた人間の顔だった。
彼は俺を見た。
「アキト・アオキ」
「何だ」
「君の表示ログを確認した」
「表示ログ?」
「私に絡んでいた敵性記述のことだ」
「ああ」
ヴァイスは少しだけ言いづらそうにした。
「君は、私の魔術制御を保持したまま、強制命令だけを切った」
「そうだ」
「なぜだ」
「なぜ?」
「私を見下していたなら、魔術ごと潰せばよかった」
「そんなことしない」
「なぜ」
しつこい。
でも、彼にはそこが分からないのかもしれない。
俺は少し考えた。
そして言った。
「それをやったら、俺が転生者狩りと同じになるからだ」
ヴァイスの表情が変わる。
「同じ?」
「相手の力を勝手に奪う。役割を勝手に決める。本人の意思を無視して制御する。それは、俺が一番嫌いなやり方だ」
俺はタイムラインに触れる。
「君の力は君のものだ。俺が切ったのは、君に貼られた強制命令だけ」
少し、沈黙。
ヴァイスは視線を落とした。
「……私は」
珍しく、言葉が鈍い。
「君を、外れ職と呼んだ」
「呼んだな」
「隅にいろとも言った」
「言った」
「その相手に、助けられた」
「そうなる」
「……屈辱だ」
「素直だな」
「黙れ」
前の棘とは違う。
自分に向いた怒りが混じっている。
ヴァイスは息を吐いた。
「だが、事実は事実だ」
彼はまっすぐ俺を見た。
「アキト・アオキ。私は君を外れ職と呼んだ発言を撤回する」
天幕の中が静かになった。
ミラでさえ茶化さなかった。
ヴァイスは続けた。
「君は危険だ」
「そこは残るのか」
「残る。危険な力だ」
「まあ、そうだな」
「だが」
彼は悔しそうに言った。
「役に立たない力ではない」
その言葉は、思っていたより胸に来た。
外れ職じゃない。
ただ、それだけ。
でも、それだけがどれほど重いか。
俺は短く答えた。
「受け取る」
「礼ではない」
「分かってる」
「謝罪でもない」
「そこは謝罪でいいだろ」
「……今は撤回だ」
「面倒くさいな」
「君に言われたくない」
少しだけ、天幕の空気が緩んだ。
その時。
布の外から、別の声が聞こえた。
「ヴァイス様」
取り巻きの一人だった。
顔色が悪い。
「魔導科の教官が、お呼びです」
ヴァイスは眉を寄せた。
「何だ」
「その……演習準備委員会の件で」
俺の中で、何かが止まった。
演習準備委員会。
それは、タイムラインが示した関連権限の一つ。
合同演習準備委員会。
演習場術式管理担当。
神殿派遣監査補助。
ヴァイスも、表情を変えた。
「演習準備委員会?」
「はい。ヴァイス様の承認印が、地下制御石の術式更新記録に残っていると……」
天幕の中が、一瞬で凍った。
俺は、リュミエルを見る。
リュミエルも、俺を見ていた。
ヴァイスの顔から血の気が引く。
「何を言っている」
声が低い。
「私は、そんなものに承認印など押していない」
取り巻きは震えながら首を振る。
「ですが、記録上は……」
「あり得ない」
ヴァイスは吐き捨てた。
しかし。
俺のタイムラインが、かすかに震えた。
【新規情報】
地下制御石の術式更新記録に、ヴァイス・ローレンの承認印が存在する可能性。
関連:
広域校閲杭
合同演習準備委員会
魔導科上位生徒権限
内部協力者
警告:
即断は危険です。
承認印の偽造、盗用、強制使用の可能性あり。
俺は息を吐いた。
タイムラインの警告は正しい。
ここでヴァイスを犯人扱いするのは簡単だ。
彼は嫌なやつだった。
俺を見下していた。
魔導科の上位権限も持っている。
演習にも関わっていた。
条件は揃いすぎている。
揃いすぎている。
だから、怪しい。
逆に。
「ヴァイス」
俺は言った。
「確認する」
彼が俺を見る。
怒りと焦りで、目が鋭い。
「君は、校閲杭を仕込んだのか?」
「仕込んでいない」
即答だった。
「俺を陥れるために、演習場を本番化しようとしたのか?」
「するわけがない!」
彼は声を荒げた。
「私は君を見下していた。だが、生徒全員を巻き込むような真似はしない!」
その声には、嘘の匂いが薄い。
少なくとも、俺にはそう見えた。
タイムラインも反応する。
【対話ログ整理】
発言矛盾:
現時点では検出困難。
感情反応:
怒り、屈辱、混乱。
敵性誘導反応なし。
推奨:
承認印の履歴確認。
本人記述の即時登録を提案。
本人記述。
なるほど。
「ヴァイス」
「何だ」
「君の現在記述を作る」
「は?」
「今すぐ」
彼は本気で意味が分からない顔をした。
「なぜ私が、特異職科の奇妙な儀式に付き合わねばならない」
「君が犯人じゃないなら、名前と役割を悪用されている可能性がある」
俺は言った。
「なら、君自身の記述が必要だ」
リュミエルが頷く。
「承認印は名前に近いわ。誰かがそれを使ったなら、本人の現在記述が防御になる」
ヴァイスは言葉に詰まった。
プライドが邪魔している。
だが、状況はそれどころではない。
「魔導科上位生徒としての誇りがあるなら」
俺は言った。
「自分の印を勝手に使われたままでいいのか?」
その一言で、ヴァイスの目が変わった。
「……いいわけがない」
「なら書け」
「命令するな」
「じゃあ、提案する」
「同じだ」
「じゃあ、協力を求める」
ヴァイスは苦々しい顔をした。
「君は本当に面倒だな」
「よく言われる」
リュミエルが静かに言う。
「本当によく言われるわ」
そこはフォローしてほしかった。
ヴァイスは少し考えたあと、天幕の小卓に置かれた記録紙を取った。
ペンを握る。
しばらく動かない。
やがて、短く書いた。
【ヴァイス・ローレン】
私は最大火力を誇示する魔導師ではない。
私の魔術は、制御によって価値を示す。
俺はその一文を見た。
「いいな」
「評価するな」
「でも、いい」
ヴァイスは視線を逸らした。
「黙れ」
タイムラインが光る。
【現在記述】
ヴァイス・ローレン
本人記述を確認。
登録しますか?
「登録していいか?」
俺が聞くと、ヴァイスは渋々頷いた。
「好きにしろ」
「登録」
【登録完了】
新規対象:
ヴァイス・ローレン
関連:
魔導科上位生徒
合同演習準備委員会
承認印盗用疑惑
俺は続けて言った。
「これで、君の承認印に絡んだ記述を追えるかもしれない」
ヴァイスは眉をひそめる。
「私も同行する」
「医療天幕で休めって言われてるんだけど」
「君ではなく、私が行く。私の印だ」
「一人では行かせない」
リュミエルが即座に言った。
「承認印が使われたなら、次に狙われるのはあなたかもしれない」
ヴァイスは不快そうにした。
だが、否定しなかった。
その時、天幕の入口にフィン先生が現れた。
いつもの黒すぎる茶はない。
つまり、本気の顔だった。
「話は聞いた」
「先生」
「アキトは動くな」
「まだ何も言ってません」
「言いそうな顔をしている」
「信用がない」
「実績だ」
ぐうの音も出ない。
フィン先生はヴァイスを見る。
「ヴァイス・ローレン。お前の承認印が使われている」
「私は押していません」
「だろうな」
ヴァイスが少し驚いた顔をした。
「信じるのですか」
「犯人なら、ここまで雑な出方はしない」
先生は言った。
「お前は性格は悪いが、雑ではない」
ヴァイスは複雑な顔をした。
「褒めているのですか」
「半分な」
「半分……」
フィン先生は俺を見る。
「アキト。今のお前は動けない。だが、タイムラインで承認印の外部構造だけ見られるか」
「見られると思います」
リュミエルが即座に口を挟む。
「魔力を使わせすぎないでください」
「分かっている。外部構造だけだ」
俺はタイムラインを起動した。
本当は、少し頭が痛い。
でも、ここは見るべきだ。
「編集操作」
青い視界が薄く広がる。
フィン先生が持ってきた制御石ログの写し。
そこに刻まれた承認印。
【ヴァイス・ローレン】
ただし。
その周囲に、違和感があった。
本人の魔力筆跡ではない。
印の形だけが合っている。
中身が薄い。
まるで、署名を写し紙でなぞったような感じ。
「偽造です」
俺は言った。
ヴァイスの肩から、わずかに力が抜ける。
だが、安心するには早い。
「ただ、完全な偽造じゃない。本人の印に触れた痕跡があります」
「どういうことだ」
ヴァイスが聞く。
「君の本物の承認印から、外側の形だけをコピーして使った可能性がある」
タイムラインがさらに表示を出す。
【承認印偽造痕】
方式:
表層コピー
接続元:
魔導科準備室
演習用備品管理棚
関連記録:
三日前
深夜
閲覧者不明
「魔導科準備室……三日前の深夜」
ヴァイスの顔が険しくなる。
「その時間、私は寮にいた」
「証明できるか?」
フィン先生が聞く。
「寮の入退室記録があります」
「なら確認する」
俺はログをさらに見る。
深追いはしない。
表層だけ。
すると、承認印の偽造痕の端に、赤黒い小さな記号があった。
記述釘とは違う。
校閲杭とも違う。
でも、同じ系統。
そして。
その記号の周囲に、薄い文字。
【準備は整った】
【外れ職を舞台へ上げよ】
背筋が冷えた。
「……俺を、舞台へ上げる?」
リュミエルの表情が変わる。
「どういう意味?」
「分からない」
俺はログを読み上げた。
「準備は整った。外れ職を舞台へ上げよ。そう書いてある」
フィン先生の顔が、完全に冷えた。
「つまり、合同演習の暴走は、アキトを潰すためだけじゃない」
「むしろ」
リュミエルが続ける。
「アキトに力を使わせるため?」
俺の喉が乾いた。
そうだ。
俺は今日、注釈挿入を使った。
未習得機能。
代償付き。
広域校閲杭への対抗手段。
あの状況で、使わざるを得なかった。
つまり。
敵は、俺の新しい力を引き出したかった?
タイムラインが赤く光る。
【警告】
広域校閲杭の目的を再評価。
当初推定:
合同演習の本番化
アキト・アオキの失脚
追加推定:
アキト・アオキの新機能誘発
【注釈挿入】の観測
学園内評価反転の誘導
「評価反転の誘導……?」
俺は呟いた。
ヴァイスが眉をひそめる。
「何だ、それは」
「敵は、俺を外れ職のまま潰そうとしたんじゃないかもしれない」
言いながら、寒気がした。
「俺に、外れ職じゃないと証明させたかった可能性がある」
ミラの顔から笑みが消えた。
「それって……ざまぁまで台本だったってこと?」
嫌な言い方だ。
でも、そういうことになる。
俺たちは評価を反転した。
外れ職ではないと示した。
それは勝利だった。
だが。
その勝利すら、誰かに用意された舞台だった可能性がある。
フィン先生が低く言った。
「敵は、アキトを隠れたままにしたくない」
リュミエルが続ける。
「舞台に上げたい。観測したい。能力を引き出したい」
レオンが拳を握る。
「神殿か、転生者狩りか」
ヴァイスが苦々しく言った。
「あるいは、学園内の誰か」
俺はタイムラインを閉じた。
頭が痛い。
だが、もう分かってしまった。
拍手の裏側。
ざまぁの裏側。
勝利の裏側。
そこに、別の台本がある。
俺は拳を握る。
「それでも」
全員が俺を見る。
「今日、助かった生徒がいる。ノルンは声を上げた。レオンは自分の意思で守った。ヴァイスは制御した。俺たちがやったことまで、敵のものにはさせない」
リュミエルが静かに頷いた。
「ええ。そこは譲らない」
フィン先生も言った。
「勝利が罠に利用されたとしても、勝利そのものが偽物になるわけではない」
その言葉で、少し呼吸が戻った。
そうだ。
敵が舞台を用意したとしても。
その上でどう動いたかは、俺たちのものだ。
ただし、次はその舞台を疑う。
拍手にも。
称賛にも。
ざまぁにも。
裏側があるかもしれないと。
フィン先生が制御石ログを畳んだ。
「アキトは休め。リュミエル、見張れ」
「はい」
「ヴァイス、お前は俺と来い。魔導科準備室を調べる」
「分かりました」
ヴァイスは一度、俺を見た。
「アキト・アオキ」
「何だ」
「私の印を勝手に使った者は、私が見つける」
「分かった」
「君は休め」
「ヴァイスにまで言われるとは」
「今の君は邪魔だ」
「正直だな」
「事実だ」
少しだけ、笑えた。
ヴァイスは天幕を出ていった。
フィン先生も続く。
レオンはその後ろにつき、トーヤとミラも警戒へ回る。
天幕に残ったのは、俺とリュミエル、ノルンだけだった。
ノルンは静かに治癒茶を差し出す。
「飲んで」
「ありがとう」
リュミエルは俺の隣に座った。
「休むわよ」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
俺は治癒茶を飲んだ。
苦い。
でも、体に染みる。
外では、まだ拍手の残響が続いている気がした。
俺たちは、外れ職という評価を書き換えた。
だが、敵はその瞬間すら観測していた。
舞台に上げられたのかもしれない。
それでも。
俺は、もう隅へは戻らない。
ただし次からは。
舞台そのものを、まず疑う。




