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第53話 外れ職は舞台に立つ

翌朝。


俺――アキト・アオキは、特異職科の教室へ向かう途中で、明らかに視線を集めていた。


昨日までも見られていなかったわけじゃない。


外れ職。

追放者。

神殿査問会の対象者。

神託で保留された異端。


肩書きだけ並べると、もう完全に学園七不思議の一つである。


できれば不思議枠ではなく、普通の生徒枠で生きていきたい。


だが、現実は甘くない。


廊下を歩くたびに、ひそひそ声が耳に入る。


「ほら、あれだろ。編集者」

「神殿が拘束しようとしたやつ?」

「でも、学園が保護してるって」

「危険職らしいぞ」

「レオン様を操ったって噂もある」

「逆じゃないの? レオン様を助けたって聞いたけど」

「どっちにしろ、関わらない方がいいよ」


噂は、便利な魔物だ。


勝手に増える。

勝手に形を変える。

しかも、倒しても経験値が入らない。


最悪である。


「人気者だね、新人くん」


窓の外から、ミラ・クロウがひょいと顔を出した。


なぜ廊下の窓の外にいるのかは、もう考えないことにした。


特異職科に所属すると、常識を一つずつ棚に置いていく必要がある。


「嬉しくない人気だな」


「有名税ってやつ?」


「俺、まだ何も稼いでないんだけど」


「じゃあ、有名赤字だ」


「言い方がつらい」


ミラは笑いながら、窓枠を歩く。


「でも、噂の流れが変だよ」


「変?」


「うん。昨日までは“神に保留された異端”って感じだった。でも今朝から、“レオン様を操った”とか“特異職科が勇者候補を取り込んだ”って話が急に増えた」


俺は足を止めた。


「それ、自然な噂か?」


「さあね。でも、誰かが混ぜてる匂いはする」


ミラの目が、少しだけ鋭くなる。


「噂にも匂いがあるのか」


「あるよ。人が勝手に喋ってる噂と、誰かが流してる噂は違う」


「すごいな」


「斥候だからね」


いつも軽いのに、こういう時のミラは本当に頼りになる。


逃げ道担当。

そして、空気の違和感を見つける斥候。


転生者狩りが俺たちを役割で呼んだ時、ミラを“影の獣”と呼んだ。


でも違う。


彼女は、仲間に逃げ道を残す斥候だ。


黒板に書いた現在記述が、ふと頭をよぎる。


「アキト」


今度は背後から声がした。


振り向くと、リュミエル・アークレインが立っていた。


朝の光を受けた銀色の髪。

白と青のローブ。

翡翠色の瞳。


いつも通り静かな表情だが、目だけは少し警戒している。


「おはよう」


「おはよう。顔色は悪くないわね」


「昨日ちゃんと寝たからな」


「六時間?」


「六時間半」


「よろしい」


完全に生活指導である。


俺が少し苦笑すると、リュミエルは廊下の奥を見た。


「噂が広がっているわね」


「ああ。ミラによると、誰かが混ぜてるかもしれないって」


「でしょうね」


即答だった。


「早くないか?」


「神殿や転生者狩りだけが敵とは限らないわ。学園内にも、あなたの存在を嫌がる人間はいる」


「まあ、危険職扱いだしな」


「それだけではないわ」


リュミエルは静かに言った。


「あなたは、既存の評価軸を壊す存在よ」


「評価軸?」


「剣術科は戦闘力。魔導科は魔力量と術式。神聖科は神託適性と治癒能力。貴族は家柄。勇者候補は神の加護」


彼女は俺を見る。


「でも、あなたの力はそこに収まらない。弱く見えるのに、記録や役割や術式の構造を変える。だから怖がられる」


「俺自身は普通に怖いんだけどな」


「怖がっている人間ほど、他人からは危険に見えることもあるわ」


「深いこと言うな」


「事実よ」


廊下の先で、数人の生徒がこちらを見て慌てて視線を逸らした。


その中の一人が、小さく笑う。


聞こえないようにしているつもりなのだろう。


でも、聞こえた。


「外れ職がエルフの天才に守られてるだけじゃん」


胸の奥に、ちくりと刺さる。


守られている。


それは事実でもある。


リュミエルに助けられている。

フィン先生に守られている。

特異職科のみんなに支えられている。


だが、それを嘲笑として言われると、やはり痛い。


リュミエルが一歩前に出ようとした。


俺は小さく首を振った。


「いい」


「いいの?」


「少し痛い。でも、今ここで反論しても火に油だ」


リュミエルは少しだけ俺を見る。


それから頷いた。


「判断としては正しいわ」


「感情としては?」


「不愉快ね」


「そこは同じか」


少しだけ笑えた。


特異職科の教室へ着くと、フィン先生がすでに黒板の前に立っていた。


珍しく、黒すぎる茶を飲んでいない。


つまり、今日も何かある。


この先生が茶を持っていない日は、だいたいろくでもない。


「全員そろったな」


教室には、俺、リュミエル、ミラ、トーヤ、ノルン、セリア、レオンがいた。


レオンは剣術科の制服のまま、少し気まずそうに席に座っている。


もう普通にいる。


初期のころを思うと、なかなか不思議な光景だ。


セリア・フレイムロードが腕を組んで言った。


「先生、合同演習の話?」


「ああ」


フィン先生は黒板に大きく書いた。


【学園合同演習】


その下に、さらに一行。


【三日後】


「三日後?」


俺は思わず声を上げた。


「来週じゃなかったんですか?」


レオンも眉をひそめる。


「俺も来週と聞いていました」


フィン先生は淡々と答えた。


「予定が前倒しになった」


「なぜ?」


リュミエルが聞く。


「表向きの理由は、神殿査問会の影響で学園内の安全確認を早めるため」


「表向き」


俺が繰り返すと、先生は頷いた。


「裏の理由は、アキトの能力を見たい連中がいる」


教室の空気が少し重くなる。


「学園評議会ですか?」


「評議会、神殿、貴族、各科の教官。全員ではないが、関心は高い」


「俺、展示品ですか」


「近い」


「否定してほしかった」


「現実を見ろ」


この言葉、最近一日に一回は聞いている気がする。


フィン先生は黒板に演習の概要を書いた。


【合同演習概要】

・剣術科、魔導科、神聖科、特異職科の合同参加

・四科混成の小隊戦

・目的は救助、護衛、魔物対応、拠点制圧

・上位生徒、教官、評議会記録官が観覧

・一部、神殿関係者も見学予定


「神殿関係者も?」


ノルン・エルシアの声が少し震えた。


神聖科の生徒である彼女にとって、神殿はまだ完全に切り離せない存在だ。


信頼。

恐怖。

迷い。


その全部が混ざっている。


フィン先生は頷いた。


「神殿は、アキトが本当に学園の管理下で安全に能力を使えるか見たいらしい」


「見世物ですね」


俺が言うと、先生は答えた。


「そうだ」


「そこも否定してほしかった」


「現実を見ろ」


二回目。


今日のノルマ達成である。


レオンが低く言った。


「神殿は、演習中に何か仕掛ける可能性がありますか」


「ある」


フィン先生は即答した。


「さらに言えば、転生者狩りが便乗する可能性もある」


教室が静かになった。


ミラの尻尾が止まる。


トーヤが盾に手を置く。


セリアは眉を吊り上げる。


「合同演習で仕掛けるなんて、他の生徒も巻き込まれるわよ」


「だから厄介なんだ」


フィン先生は言った。


「人が多い。混乱が起きやすい。記録も多い。観客もいる。誰かを陥れるにも、誰かの能力を試すにも、都合がいい」


「最低ね」


セリアが吐き捨てる。


「最低の想定をしておけば、少しは生き残れる」


フィン先生は黒板にさらに書いた。


【特異職科の目標】

一、生徒の安全確保

二、アキトの能力を必要以上に晒さない

三、神殿・転生者狩りの干渉を検出

四、学園内評価の改善

五、ざまぁ


最後の一行で、俺は固まった。


「先生」


「何だ」


「最後のやつ、黒板に書く言葉ですか?」


「必要だろう」


「必要ですか?」


ミラが即答した。


「必要!」


セリアも腕を組んで頷いた。


「必要ね」


トーヤも真面目に言う。


「名誉回復は必要だ」


ノルンも小さく頷いた。


「うん。アキトくんのこと、みんな誤解してるから」


レオンまで、静かに言った。


「必要だと思う」


「レオンまで?」


「お前は、外れ職ではない。それを俺は知っている」


その言葉で、少し胸が詰まった。


レオンにそう言われる日が来るとは、正直思っていなかった。


だが、次の瞬間。


教室の扉がノックもなく開いた。


入ってきたのは、見知らぬ男子生徒だった。


魔導科の制服。

整った金茶色の髪。

胸元には上位クラスの証である銀色のピン。


後ろには、取り巻きらしい生徒が二人。


見るからに、面倒なタイプだった。


「ここが特異職科か」


男子生徒は教室を見回し、少し鼻で笑った。


「噂通り、ずいぶん変わった顔ぶれだな」


セリアの眉がぴくりと動く。


ミラは窓枠でにやにやしている。

トーヤは無表情。

ノルンは少し怯えている。

レオンは目を細めた。


フィン先生は教卓に寄りかかったまま言った。


「ノックを知らんのか、ヴァイス・ローレン」


ヴァイス・ローレン。


魔導科の上位生徒らしい。


ヴァイスは笑みを浮かべた。


「失礼しました、フィン先生。ただ、合同演習の顔合わせ前に、話題の人物を見ておきたくて」


その視線が、俺に向く。


値踏みする目。


嫌な目だ。


「君がアキト・アオキか」


「そうだけど」


「外れ職の編集者。神殿に保留された異端。そして、レオン・グランベルをたぶらかした男」


教室の空気が一瞬で冷える。


レオンが立ち上がりかけた。


「ヴァイス」


しかし、フィン先生が手で制した。


ヴァイスはレオンを見る。


「おや、勇者候補殿。最近ずいぶん特異職科に入り浸っているそうですね。剣術科の誇りはどうされました?」


レオンの拳が握られる。


だが、彼は前へ出なかった。


「俺は、自分の意思でここにいる」


その声は低く、はっきりしていた。


ヴァイスは少しだけ目を細める。


「そうですか。まあ、合同演習で分かるでしょう。誰が本当に役に立つのか」


彼の視線が再び俺に向く。


「編集者君。演習では、せいぜい記録係として足を引っ張らないように」


その言葉に、胸の奥が冷えた。


外れ職。

記録係。

役に立たない。


昔の追放の記憶が、一瞬だけよぎる。


だが、今は違う。


俺は一人ではない。


リュミエルが一歩前へ出た。


「ヴァイス・ローレン」


彼女の声は静かだった。


「彼の価値を見誤ると、演習で恥をかくわ」


ヴァイスは少し笑った。


「リュミエル嬢。あなたほどの天才が、なぜそのような外れ職をかばうのか理解に苦しみますね」


「理解できないなら、演習で学ぶといいわ」


教室がしんと静まった。


リュミエルが珍しく、かなり強い言い方をした。


俺の方が驚いた。


ヴァイスも一瞬だけ笑みを消したが、すぐに取り戻した。


「楽しみにしていますよ」


そう言って、彼は扉の方へ向かう。


去り際に、俺へ小さく言った。


「外れ職は、外れ職らしく隅にいることだ」


扉が閉まった。


少しの沈黙。


そしてセリアが爆発した。


「何なの、あいつ!」


ミラが笑っているが、目は笑っていない。


「分かりやすい小物が来たね」


「小物って言うな」


俺が言うと、ミラは首を傾げた。


「違う?」


「いや、違わないけど」


フィン先生が黒板の最後の一行を指した。


【ざまぁ】


「な?」


「な? じゃないですよ」


しかし、正直に言うと、少し火がついた。


ヴァイスの言葉は痛かった。


でも、それ以上に思った。


演習で見せる必要がある。


俺が何者かを。


外れ職として隅にいるだけの存在ではないと。


「アキト」


リュミエルがこちらを見る。


「無理に見返そうとしなくていいわ」


「分かってる」


「本当に?」


「本当に」


俺は一度息を吸った。


「でも、必要なら見せる」


リュミエルの瞳が少し揺れた。


「何を?」


「編集者が、戦場で何を見ているのか」


俺はタイムラインに手を置いた。


見返すためだけではない。


ざまぁのためだけでもない。


でも、俺を外れ職と呼ぶ連中がいるなら。


俺の力を危険職として管理したがる連中がいるなら。


俺を利用しようとする連中がいるなら。


公開された場で、自分の使い方を自分で示す必要がある。


人を支配するためではなく。

記憶を奪うためではなく。

誰かを勝手に役割へ戻すためでもなく。


理不尽を剥がすための編集。


それを見せる。


タイムラインが淡く光る。


【新規目標】


学園合同演習に向けた準備を開始します。


目的:

・安全運用の証明

・外れ職評価の反転

・神殿および転生者狩りの干渉検出

・特異職科の連携強化


推奨:

演習用編集プランを作成してください。


俺は黒板を見る。


【ざまぁ】


フィン先生の字が、妙に堂々としている。


少しだけ笑ってしまった。


「分かりました」


俺は言った。


「やりましょう」


ミラが拍手する。


「はい、外れ職ざまぁ作戦開始!」


「その作戦名は嫌だ」


トーヤが真面目に言う。


「なら、名誉回復作戦」


「そっちの方がいい」


セリアが腕を組む。


「でも、ちょっとくらいはざまぁでもいいんじゃない?」


ノルンも小さく笑った。


「みんなに、ちゃんと見てもらいたいね」


レオンが静かに言う。


「俺も証言する。アキトの力は、俺を縛ったものを切った」


その言葉に、胸が熱くなる。


リュミエルは最後に、いつもの静かな声で言った。


「では、編集しましょう」


「何を?」


俺が聞くと、彼女は少しだけ微笑んだ。


「外れ職という誤った評価を」


その瞬間、俺は思った。


ああ。


このヒロイン、やっぱり強い。


そして少しだけ、胸が熱くなる。


合同演習まで、三日。


学園中の視線が集まる舞台。


そこで俺たちは、もう一度台本を書き換える。


ただし今度は、神の台本ではない。


外れ職を笑う、学園の空気そのものを。

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