第54話 外れ職の作戦会議
「では、外れ職ざまぁ作戦を始める」
フィン先生が黒板にそう書いた瞬間、俺――アキト・アオキは思わず手を上げた。
「先生」
「何だ」
「その作戦名、正式採用なんですか?」
「不満か」
「かなり」
「では、名誉回復作戦」
トーヤ・ラインハルトが真面目に頷いた。
「そちらがいい」
「いや、待って」
ミラ・クロウが窓枠から身を乗り出した。
「外れ職ざまぁ作戦の方が勢いあるよ」
「勢いだけで生きてないんだよ」
俺が言うと、ミラは尻尾を揺らして笑った。
「でも読者受けしそう」
「読者って誰だよ」
「さあ?」
ミラはにやりと笑う。
この世界には、時々こういう妙にメタいことを言うやつがいる。
油断ならない。
リュミエル・アークレインは黒板の文字をじっと見つめてから、静かに言った。
「作戦名は重要よ」
「リュミエルまで?」
「名前は呼称になる。呼称は認識を作る。ふざけすぎた名前にすると、作戦の軸がぶれるわ」
「真面目な理由だった」
フィン先生は面倒くさそうにチョークを動かし、黒板の文字を書き換えた。
【合同演習対策】
【目的:安全運用の証明と評価反転】
うん。
かなりまともになった。
「最初からこれでよかったのでは?」
俺が言うと、先生は黒すぎる茶を飲みながら言った。
「少し遊びがないと、重すぎる」
「先生がそれ言います?」
「俺も人間だ」
たまに疑っている。
教室には、いつもの面々がそろっていた。
リュミエル。
ミラ。
トーヤ。
ノルン・エルシア。
セリア・フレイムロード。
レオン・グランベル。
そしてフィン先生。
合同演習まで、あと三日。
昨日、魔導科上位生徒のヴァイス・ローレンが特異職科に乗り込んできた。
外れ職。
記録係。
隅にいろ。
そんな言葉を置いていった。
正直、胸には刺さった。
でも、不思議と沈みきらなかった。
怒ってくれる人がいた。
止めてくれる人がいた。
笑いに変えてくれる人がいた。
だから今、俺は黒板の前に立っている。
外れ職と笑われたまま隅にいるためではなく。
編集者として、何ができるのかを示すために。
フィン先生が黒板に演習内容を書いた。
【合同演習】
形式:四科混成小隊戦
想定:市街地に魔物が侵入
任務:
一、民間人役の救助
二、護衛対象の安全確保
三、模擬魔物の討伐
四、拠点防衛
五、緊急異常への対応
「緊急異常への対応?」
俺はその項目を見て眉をひそめた。
「そんなのありましたっけ?」
「今年から追加された」
フィン先生は言った。
「表向きは、神殿査問会や北門異常の影響で、想定外事態への対応力を見るため」
「表向き」
最近、この言葉が出るたびに胃が痛くなる。
「裏は?」
リュミエルが聞く。
「アキトの能力を見るためだろうな」
先生はあっさり言った。
「異常事態でどう動くか。人間対象の編集をするのか。どこまで制御できるのか。評議会も神殿も、それを見たい」
「本当に見世物ですね」
俺が呟くと、フィン先生は頷いた。
「そうだ。だが、見世物にされるだけで終わるな」
「どうすれば?」
「舞台に立たされたなら、演出を奪え」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
舞台。
台本。
演出。
俺の得意だったもの。
前世の俺は、カメラの前に立つ側ではなかった。
番組の流れを作り、場面を選び、人が輝く瞬間を拾う側だった。
この世界でも、きっと同じだ。
俺が剣を振る必要はない。
炎で敵を焼く必要もない。
ただ、場面の流れを読む。
誰がどこで詰まり、何が原因で崩れ、どの一手を入れれば全体が動くのか。
それを見る。
それが編集者の戦い方だ。
「アキト」
リュミエルが俺を見た。
「今、少し良い顔をしているわ」
「そうか?」
「ええ。無茶を考えている顔ではない」
「判定基準がそこなのか」
「大事よ」
まあ、大事だ。
フィン先生が次に黒板へ部隊分けを書いた。
【特異職科側基本編成】
前衛防御:トーヤ
斥候・退避誘導:ミラ
魔力暴走検出:セリア
治癒・発話保護:ノルン
対神殿式観測:リュミエル
構造解析・編集支援:アキト
外部観測・補強式照合:レオン
レオンが少し眉を動かした。
「俺は特異職科側で出るのですか?」
「正式には剣術科所属だ」
フィン先生は言った。
「だが、お前は今回、剣術科代表ではなく、補強式検証対象兼協力者として動く」
「つまり、半端な立場ですね」
「今のお前にはちょうどいい」
なかなか容赦ない。
だが、レオンは怒らなかった。
むしろ少しだけ考えてから頷いた。
「分かりました」
セリアが感心したように言う。
「本当に素直になったわね」
「必要なら従う」
「前は必要でも従わなかったでしょ」
「……否定しない」
教室が少しだけ笑った。
レオンは気まずそうに視線を逸らしたが、以前のような尖った空気はない。
彼も変わっている。
俺も変わっている。
それが少しずつ、この教室の空気を変えていた。
ノルンが小さく手を上げた。
「あの、演習で本当に転生者狩りが仕掛けてくると思いますか?」
「可能性はある」
フィン先生が答える。
「ただし、堂々と襲ってくるとは限らん。むしろ、演習用の術式に混ぜる、模擬魔物に仕込む、生徒の不安を利用する、噂で誘導する。そういう形だろう」
「噂……」
俺は昨日の廊下を思い出した。
レオンを操った。
勇者候補を取り込んだ。
危険職。
異端。
誰かが意図的に混ぜているかもしれない噂。
ミラが言った。
「噂も記述の一種だよね」
「そうだな」
俺は頷いた。
「あいつは危険だ、役に立たない、操っている。そういう言葉が広がると、周囲の見方が固定される」
リュミエルが続ける。
「それも広い意味では校閲に近いわ。本人ではなく、周囲の認識を整える」
セリアが嫌そうな顔をした。
「つまり、学園全体に“アキトは危険な外れ職”って注釈を貼ってるわけ?」
「可能性はある」
俺は言った。
「だったら、その注釈を剥がす」
フィン先生が黒板に新しく書いた。
【評価反転の条件】
一、アキトが単独で無双しない
二、仲間の強みを引き出す
三、救助・防御・異常対応で価値を示す
四、敵性干渉を見抜く
五、周囲に理解できる形で結果を出す
「一番大事なのは、五だ」
先生は言った。
「周囲に理解できる形で結果を出す」
「どういうことですか?」
「お前の能力は、見えない部分で効く。記録、記述、役割、誘導。普通の生徒には分からん」
「確かに」
「だから、ただ助けても伝わらないことがある。何が起きて、何を防いだのか、周囲に見える形にしろ」
「可視化ですね」
「そうだ」
俺は少し考えた。
前世の番組でも、見えない努力は伝わらない。
伝えるには、構成が必要だ。
視聴者が「何がすごいのか」を理解できる流れを作る必要がある。
たとえば、誰かが役割固定で動けなくなる。
それをただ切って助けるだけでは、周囲には何が起きたか分からない。
でも、タイムラインで敵性記述を表示し、対象者の現在記述を呼び返し、解除後に本人が動けるようになる。
その流れを見せれば、分かる。
編集者の仕事は、見えないものを見える形にすることでもある。
「やってみます」
俺が言うと、リュミエルが少しだけ目を細めた。
「無理に見せようとして危険な情報まで出さないで」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
ミラが笑う。
「この確認、もはや儀式だよね」
「必要な儀式よ」
リュミエルは真顔で言った。
その後、実戦形式の訓練が始まった。
場所は特異職科裏の訓練場。
今回は、合同演習を想定した小隊連携訓練だ。
フィン先生が三体の訓練人形を並べる。
赤札。
青札。
黒札。
以前、熱を切って青へ貼る訓練で使ったものだ。
今回は、それに加えて小さな民間人役の木偶人形と、護衛対象役の水晶球が置かれている。
「状況を説明する」
フィン先生が言った。
「模擬魔物が三体。民間人役が二体。護衛対象が一つ。黒札の人形には、敵性記述が仕込まれている」
「敵性記述?」
「演習中に誰かを役割固定する想定だ」
「また嫌な訓練を」
「必要だ」
フィン先生が合図を出した。
「開始」
瞬間、ミラが消えた。
いや、正確には視界の端へ滑るように移動した。
「左、民間人一体。右奥に黒札。足場に罠あり」
速い。
ミラの情報を受けて、トーヤが前へ出る。
巨大な盾を構え、模擬魔物二体の前に立ちはだかる。
「ここで止める」
短い宣言。
盾が地面に響く。
セリアがその後ろから火球を構える。
「トーヤ、右肩越しに撃つわよ」
「分かった」
「ミラ、民間人を左へ誘導!」
「はいよ!」
ノルンは護衛対象の水晶球に防護符を貼る。
「発話保護も準備します!」
レオンは少し離れた位置で剣を抜き、しかし前に出すぎない。
以前の彼なら、真っ先に突っ込んでいただろう。
今は違う。
全体を見るように立っている。
俺はタイムラインを開く。
「編集操作」
青い視界の中で、戦場が線として見える。
トーヤの防御線。
ミラの退避経路。
セリアの火力線。
ノルンの治癒範囲。
リュミエルの精神保護。
レオンの剣撃可能範囲。
そして、黒札人形から伸びる赤黒い線。
狙いは、セリアだった。
【燃える魔術師】
【怒れ】
【最大火力で焼け】
【制御不要】
「セリア、黒札が来る!」
俺が叫ぶ。
セリアの赤い髪が揺れる。
「分かってる!」
だが、黒札の赤黒い線がセリアの魔力に絡む。
炎が一瞬、大きく膨れた。
「っ……!」
セリアの顔が歪む。
怒りを増幅されている。
昨日のヴァイスの言葉。
学園の噂。
自分が燃えるだけと見られる苛立ち。
そこを突かれている。
「セリア・フレイムロード!」
俺は名前を呼ぶ。
「君は燃えるだけの魔術師じゃない! 自分の炎を自分の意思で制御する者だ!」
ノルンも続く。
「セリアちゃん、炎を小さく!」
トーヤが盾を構えながら言う。
「俺は受けられる。焦るな」
セリアは歯を食いしばった。
膨れ上がった炎が、ぎゅっと圧縮される。
「誰が……制御不要よ!」
彼女は叫んだ。
「私の炎は、私が決める!」
炎が細く鋭い槍になり、黒札人形の足元だけを撃ち抜いた。
爆発ではない。
制御された一撃。
黒札人形が停止する。
【名前呼び防御成功】
【役割固定を解除】
【対象:セリア・フレイムロード】
タイムラインに表示が出る。
「解除成功!」
俺が言うと、フィン先生が記録板に何かを書き込んだ。
訓練は続く。
今度は、黒札人形の残りの赤黒い線がトーヤへ伸びた。
【盾】
【動くな】
【壊れるまで守れ】
トーヤの足が一瞬止まる。
「トーヤ・ラインハルト!」
ミラが叫んだ。
「君はただの盾じゃない! 守る相手を選べる盾!」
俺も続ける。
「右へ一歩! 守る対象は水晶球じゃない、今は民間人役だ!」
トーヤは即座に動いた。
ただ立って受けるのではなく、一歩右へ。
その移動で、民間人役への攻撃線を遮断する。
「俺は、選ぶ」
トーヤの盾が模擬魔物を弾き飛ばした。
【名前呼び防御成功】
【対象:トーヤ・ラインハルト】
いい。
かなりいい。
これは使える。
合同演習でも、敵性記述が出た瞬間に、本人名と現在記述で呼び返す。
ただし、それだけでは周囲に伝わりにくい。
俺はタイムラインを操作する。
「表示を外部化できるか?」
【システム表示】
訓練環境内に限り、簡易表示が可能です。
表示対象:
敵性記述
本人記述
解除結果
警告:
本番環境では、魔力消費が増加します。
「簡易表示」
俺がそう言うと、訓練場の空中に小さな文字が浮かび上がった。
【敵性記述:盾】
【本人記述:守る相手が選べる盾】
【解除成功】
ミラが目を丸くした。
「おお、見える!」
セリアも振り返る。
「今の、周りにも見えるの?」
「訓練場では見えるみたいだ。本番でも魔力を使えばいけるかもしれない」
フィン先生が口元を上げる。
「いい。これだ」
「これ?」
「見える形で結果を出す。お前の価値を周囲に理解させるには、それが要る」
リュミエルも頷いた。
「演習中に敵性干渉が起きた場合、アキトが何を見て、どう解除したかを示せる」
「ただし、危険情報を出しすぎないように」
俺は言った。
「表示は簡易化します。具体術式の詳細は出さない」
「よろしい」
リュミエルの合格が出た。
少し嬉しい。
訓練が一通り終わる頃には、全員汗をかいていた。
だが、空気は悪くない。
むしろ、昨日よりずっと前向きだった。
セリアは自分の炎を見つめて、小さく笑った。
「制御できたわね」
ノルンが嬉しそうに頷く。
「すごかったよ、セリアちゃん」
「まあ、当然よ」
そう言いながら、耳が少し赤い。
トーヤは盾を磨きながら言った。
「選ぶ盾、か。悪くない」
ミラが隣で笑う。
「いいじゃん。かっこいいよ」
「そうか」
「うん。重いけど」
「盾が?」
「存在が」
「そうか」
この二人のやり取りは、地味に癖になる。
レオンは訓練の様子をじっと見ていた。
「アキト」
「何だ」
「お前の戦い方が、少し分かった」
「どういう?」
「お前は前に立たない。だが、全員が前に立てるようにする」
その言葉に、少し驚いた。
レオンがそんなふうに見てくれていたとは思わなかった。
「それは、褒めてるのか?」
「褒めている」
「素直だな」
「今はな」
今は。
でも、それで十分だった。
その時、訓練場の入口から拍手が聞こえた。
ぱち、ぱち、ぱち。
振り返ると、そこにヴァイス・ローレンが立っていた。
昨日の魔導科上位生徒。
取り巻き二人もいる。
「なかなか面白い見世物でした」
彼は笑っていた。
「外れ職が、仲間の名前を叫んで応援する。まるで劇団ですね」
セリアが一歩前へ出る。
「何か用?」
ヴァイスは涼しい顔で言う。
「合同演習の顔合わせです。魔導科代表として、特異職科の準備状況を見に来ただけですよ」
ミラが小声で俺に言った。
「絶対うそ」
「分かってる」
ヴァイスの視線が、空中に残っていた簡易表示へ向く。
【敵性記述】
【本人記述】
【解除成功】
彼の目が、ほんの少しだけ鋭くなった。
「なるほど。可視化ですか。外れ職にしては、小細工がうまい」
胸に少し刺さる。
だが、今度は沈まなかった。
俺は一歩前へ出た。
「小細工でも、役に立つなら使う」
ヴァイスは少し意外そうな顔をした。
「へえ。言い返すんですね」
「昨日よりは準備してる」
「では、合同演習で見せてもらいましょう」
彼はにこりと笑った。
「本当に君が戦場で役に立つのか。それとも、天才エルフや勇者候補に守られているだけなのか」
空気が冷える。
リュミエルが前に出ようとした。
だが、今度は俺が手で制した。
「見れば分かる」
俺は言った。
「俺一人で何かをするつもりはない。でも、俺がいることで、みんなが少しでも動きやすくなるなら、それが編集者の仕事だ」
ヴァイスは目を細めた。
「編集者、ね」
「そうだ」
俺はタイムラインを握る。
「外れ職かどうかは、演習で判断してくれ」
一瞬、沈黙が落ちた。
ヴァイスは小さく笑った。
「楽しみにしていますよ」
彼はそう言って、背を向けた。
取り巻きたちも続く。
ただ、去り際に一人がぼそりと呟いた。
「どうせ本番じゃ何もできないだろ」
聞こえた。
でも、今は怒りよりも静かな熱が残った。
フィン先生が黒板代わりの訓練板に一行を書いた。
【演習用編集プラン・初稿】
敵性干渉を見抜き、仲間の現在記述を可視化し、戦場の流れを整える。
「初稿完成だ」
先生は言った。
「ここから磨くぞ」
「はい」
俺は頷いた。
外れ職と笑うなら、笑えばいい。
演習で見せる。
俺は前衛じゃない。
主砲でもない。
神に選ばれた勇者でもない。
でも、戦場の流れを読む。
仲間の強みを繋ぐ。
理不尽な役割を剥がす。
それが編集者だ。
合同演習まで、あと三日。
学園中の空気は、まだ俺を外れ職として見ている。
なら、その空気ごと編集してやる。
静かに。
でも、確実に。




