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第5話 死体を探す勇者候補

「俺、あいつと少し話す」


そう言った瞬間、リュミエル・アークレインの翡翠色の瞳が、ありえないものを見るように細められた。


「正気?」


「正気かどうかは、自信ない」


俺――アキト・アオキは、正直に答えた。


「でも、逃げたらたぶん後悔する」


水晶に映る通路の先。


そこには、俺をダンジョンに置き去りにした勇者候補パーティの姿があった。


レオン・グランベル。

セリア。

ノルン。


さっきまで仲間だと思っていた人間たち。


いや、違う。


俺が勝手に仲間だと思っていただけの人間たち。


「アキト」


リュミエルが低い声で言う。


「今のあなたが正面から出ていったら、勝てないわ」


「分かってる」


「レオン・グランベルは本物の勇者候補よ。性格はともかく、剣の腕もステータスも高い」


「性格はともかくって言ったな」


「事実よ」


「否定しない」


少しだけ笑いそうになった。


でも、笑えなかった。


俺の胸の奥には、熱いものと冷たいものが同時に渦巻いていた。


怒り。

恐怖。

悔しさ。

そして、疑問。


さっき表示された文字。


【対象のスキル構成に、不自然な編集痕があります】


あれは何だ。


レオンの才能は、神殿か誰かにいじられているのか。

それとも、俺の【編集操作】が見せたただの誤認か。


どちらにせよ、確認したい。


あいつが俺を追放した理由。

俺が不要だと切り捨てられた理由。

その裏に、何かがあるなら。


見ないふりはできなかった。


リュミエルは小さく息を吐いた。


「分かった。ただし、条件がある」


「条件?」


「絶対に戦わないこと。近づきすぎないこと。私が退けと言ったら退くこと」


「了解」


「それと、感情で動かないこと」


「……それが一番難しいな」


「でしょうね」


リュミエルは机の引き出しから、薄い灰色の布を取り出した。


肩掛けほどの大きさ。

見た目はただの古い布だが、表面に細かい魔法陣が縫い込まれている。


「これを羽織って」


「マント?」


「簡易認識阻害布。視線を少し逸らすだけの道具よ。透明になるわけじゃない」


「十分すごいだろ」


「過信しないで。音も匂いも消えない。近距離で動けば見つかる」


俺は布を受け取り、肩にかけた。


ほんの少しだけ、周囲の空気がぼやけるような感覚があった。


【システム表示】


外部魔導具効果を検出しました。


効果:

【認識阻害・微弱】


持続時間:

約十分


「十分か」


「行って、戻るには足りる」


「説教するには?」


「足りないわ」


「じゃあ、短めにする」


リュミエルは呆れたように俺を見た。


でも、その目には少しだけ心配が混じっていた。


「アキト」


「何?」


「あなたを捨てた相手に、答えを求めすぎない方がいい」


その言葉は、思ったより深く刺さった。


答え。


そうだ。


俺はどこかで、まだ聞きたかったのかもしれない。


なぜ置いていった。

なぜ誰も止めなかった。

なぜ俺じゃ駄目だった。


でも、きっと。


傷つけた側は、傷つけた理由を覚えていないことがある。


「……分かってる」


俺はそう言って、隠し研究室の扉に向かった。


リュミエルが魔法陣に手をかざす。


石壁が静かに開いた。


冷たいダンジョンの空気が流れ込んでくる。


俺は一歩、外へ出た。


さっきまで死にかけていた通路。

潰れたポイズンスライムの残骸。

毒で焼けた石床。


その少し先に、レオンたちの声が近づいていた。


「遅いぞ。早く探せ」


レオンの苛立った声。


「でも、本当に戻る必要があったの? アキトはもう……」


セリアの声は少し震えていた。


「死んでいるだろうな」


レオンは平然と言った。


その言葉に、胸の奥が冷たくなる。


死んでいるだろうな。


まるで、壊れた道具の話みたいだった。


「だったら、なおさら急げ。あいつの荷物に、俺たちの攻略記録が残っているかもしれない」


「攻略記録?」


俺は壁際に身を寄せながら、息を殺した。


レオンたちはまだこちらに気づいていない。


認識阻害布のおかげだろう。

それに、彼らの意識は俺が死んでいる前提で固まっている。


生きて隠れているとは思っていない。


「第七階層以降の罠の配置。魔物の巡回経路。アキトはそういう細かいものをよく書いていただろう」


セリアが小さく呟いた。


「……使えないって言ってたのに」


「使えないとは言ったが、記録は別だ」


レオンの声に、悪びれた様子はなかった。


「荷物持ちにも使い道はある」


手が、勝手に握りしめられた。


怒るな。

今は怒るな。


リュミエルに言われたばかりだ。


感情で動くな。


俺はゆっくり息を吸い、レオンを観察した。


白銀の鎧。

腰の聖剣。

整った顔。

高いステータス。

誰もが憧れる勇者候補。


だが、今の俺の視界には別のものが見えていた。


薄い青色の線。


レオンの周囲に、何本もの線が絡みついている。


その中で、剣を握る右腕から胸元にかけて、金色の文字列のようなものが流れていた。


見える。

でも、読めない。


近づけば、もっと分かるかもしれない。


【システム表示】


対象:レオン・グランベル


スキル構成に不自然な接合痕を確認。


推定:

外部付与スキル

才能補正

称号補強


詳細解析には距離不足。


「外部付与……?」


思わず声が漏れそうになり、慌てて口を押さえた。


レオンの才能は、自然なものじゃない?


いや、決めつけるな。


この世界には加護も称号もある。

勇者候補なら、神殿から何かしら補正を受けていてもおかしくない。


問題は、不自然な接合痕という言葉だ。


貼られている。

無理やり繋げられている。


まるで、別の映像素材を雑に編集で繋いだ時の違和感みたいに。


レオンが足を止めた。


「……おい」


まずい。


見つかったか?


レオンは剣に手をかけ、周囲を見回す。


「何かいる」


セリアが杖を構えた。


ノルンは不安そうに胸元の聖印を握る。


「魔物?」


「分からん。だが、気配がした」


レオンの勘は鋭い。


性格はともかく、実力は本物。

リュミエルの言う通りだ。


俺は壁際の影に体を押しつけ、息を止めた。


だが、その時。


足元の小石が、かちりと鳴った。


ほんの小さな音。


普通なら聞き逃すような音。


しかし、レオンの目がこちらを向いた。


「そこか!」


レオンが剣を抜く。


白い剣閃が走った。


速い。


避けられない。


俺は反射的に、視界に浮かんだ線を探した。


剣じゃない。

斬撃じゃない。

今の俺にそんな強いものは切れない。


もっと弱いもの。


音。

足音。

気配。

反響。


俺の存在を伝えているもの。


そこだけを切る。


【システム表示】


編集対象を検出しました。


対象:アキト・アオキの足音の反響

強度:低


実行可能操作:

【カット】


「カット……!」


声にならないほど小さく呟いた。


直後、周囲の音がふっと消えた。


いや、完全に消えたわけじゃない。

俺の足元から広がっていた反響だけが、壁に届く前に途切れた。


レオンの剣は、俺のすぐ横の石壁を切り裂いた。


石の破片が頬をかすめる。


痛い。

熱い。


でも、生きている。


「外した?」


セリアが驚いた声を上げる。


「いや、今たしかに――」


レオンは眉をひそめる。


その瞬間、俺の肩に温かい光が触れた。


リュミエルの声が耳元で響く。


「戻って。今のは危なすぎる」


遠隔通信か。


俺は頷きそうになった。


だが、その前に、レオンの言葉が聞こえた。


「アキトか?」


心臓が跳ねた。


レオンは、剣を構えたまま暗闇を睨んでいる。


「生きているのか?」


セリアが息を呑む。


「まさか……」


ノルンが一歩前に出た。


「アキトくん?」


その声には、ほんの少しだけ安堵の色があった。


でも、レオンは違った。


彼の目に浮かんだのは、驚きでも喜びでもない。


苛立ちだった。


「生きているなら出てこい。お前に確認したいことがある」


確認?


笑いそうになった。


置き去りにした相手が生きていた。

普通なら、まず言うことがあるだろう。


無事だったのか。

悪かった。

戻ろう。


そういう言葉じゃないのか。


なのに、確認。


やっぱり、こいつは俺を仲間として見ていない。


俺は認識阻害布を握りしめた。


出るな。

今はまだ早い。


分かっている。


でも、胸の奥で何かが軋む。


言いたいことがあった。


ずっと飲み込んできた言葉が、喉元まで上がっていた。


「アキト」


リュミエルの声が、もう一度耳に届く。


「今は退いて」


その声で、ぎりぎり踏みとどまった。


俺は一歩ずつ後退する。


足音の反響は、さっき切ったおかげでほとんど響かない。


ただし、効果は長くなかった。


【システム表示】


対象:【足音の反響】

カット効果が終了します。


まずい。


あと数秒。


俺は壁際を回り込み、研究室の入口へ向かう。


その時、ノルンの声が聞こえた。


「レオン、もしアキトくんが生きているなら、助けないと……」


「助ける?」


レオンの声が冷える。


「不要だ。あいつはもう、パーティを離脱した」


「でも、私たちが置いていったんだよ」


「本人の能力不足が原因だ」


その言葉に、足が止まりかけた。


違う。


そう叫びたかった。


俺は全力で耐えた。


今出たら終わる。


怒りで動くな。

感情で動くな。

俺はまだ弱い。


俺は、弱い。


だからこそ、生き残らなきゃいけない。


リュミエルの研究室の扉まで戻る。


魔法陣が淡く光り、石壁が開いた。


中へ滑り込むと、扉がすぐに閉じた。


途端に、膝から力が抜けた。


「はぁっ……はぁっ……!」


心臓がうるさい。


怖かった。


怒りより、悔しさより、まず怖かった。


レオンの剣は速かった。

あれが少しずれていたら、俺は死んでいた。


リュミエルが腕を組んで立っていた。


「無茶をしすぎ」


「分かってる」


「本当に分かってる?」


「今、かなり分かった」


俺は頬に触れた。


石片で切れたのか、指先に血がついた。


ほんの少しの傷。


でも、それが現実を教えてくる。


俺はまだ、レオンと向き合える強さを持っていない。


「でも、収穫はあった」


俺は息を整えながら言った。


「レオンのスキルに、やっぱり何かある」


リュミエルの表情が変わる。


「何が見えたの?」


「外部付与スキル。才能補正。称号補強。あと、不自然な接合痕」


「……やっぱり」


「知ってるのか?」


リュミエルはすぐには答えなかった。


水晶に映る外の様子を見つめる。


レオンたちはまだ通路を探している。


やがて、リュミエルは静かに言った。


「勇者候補制度には、昔から噂があるの」


「噂?」


「神殿が、才能ある子供に加護を与えているという表向きの話とは別に」


彼女は俺を見た。


「足りない才能を、どこかから継ぎ足しているという噂」


継ぎ足す。


その言葉で、背筋が冷えた。


才能を継ぎ足す。

スキルを貼り付ける。

誰かの可能性を、別の誰かに移す。


それは、俺の【編集操作】に似ている。


でも、もっと乱暴で、もっと冷たい。


「まさか……」


俺は言いかけて、言葉を失った。


その時、水晶の映像が揺れた。


通路の奥に、新しい人影が現れた。


白い法衣。

金色の刺繍。

顔を覆う薄い仮面。


リュミエルが息を呑む。


「神殿査察官……」


白い法衣の男は、レオンたちの前で足を止めた。


そして、低く告げた。


「この階層で、禁忌の記述改変が確認された」


俺の背中に、冷たい汗が流れた。


男の仮面が、ゆっくりとこちらの隠し扉の方を向く。


見えているはずがない。


なのに、その視線はまっすぐ俺たちを貫いている気がした。


「対象は近い」


仮面の奥の声が、静かに響いた。


「外れ職【編集者】を発見次第、拘束せよ」

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