第23話 自分の物語を語る準備
査問会まで、あと一日半。
俺――アキト・アオキは、特異職科の教室で黒板を見上げていた。
そこには、フィン先生の荒っぽい字でこう書かれている。
【査問会で語るべきこと】
・自分の能力
・自分の限界
・自分の倫理
・誰に止められるか
・何を守りたいか
簡単に書かれている。
だが、内容はまったく簡単じゃない。
神殿査問会。
そこで俺は、ただ質問に答えるだけでは足りない。
自分の能力を説明しなければならない。
自分が危険ではないと示さなければならない。
でも、危険性がないと嘘をついてもいけない。
俺の【編集操作】は便利な力だ。
毒を切れる。
罠の命令を切れる。
暴走した加護の過剰稼働を切れる。
証言誘導印も、一部なら切れた。
そして、コピーも使えるようになった。
けれど、それは同時に危険な力でもある。
人の記憶を切れるかもしれない。
称号を切れるかもしれない。
呪いを切れるかもしれない。
いつかは、心にさえ触れてしまうかもしれない。
だから、俺は自分の言葉を持たないといけない。
神殿に定義される前に。
誰かの台本に、勝手な役割を書き込まれる前に。
「では、始めるぞ」
フィン先生が教卓の前に立った。
いつものように黒すぎる茶を持っている。
目の下には相変わらず影がある。
たぶん、この人は寝ていても疲れている顔をしているタイプだ。
「今日の課題は、査問会で語る冒頭陳述だ」
「冒頭陳述?」
俺は聞き返した。
「質問される前に、自分の立場を先に示す言葉だ」
フィン先生は黒板を叩く。
「神殿は、お前を“危険な禁忌職”として始めたい。だから、その前にお前は自分を定義しろ」
リュミエル・アークレインが頷く。
「最初の印象は重要よ。神殿側の言葉で始まると、以後の質問もその枠に閉じ込められる」
ミラ・クロウが机に頬杖をつきながら言った。
「つまり、相手が『こいつヤバいやつです』って紹介する前に、『自分はこういうやつです』って名乗るってことね」
「雑だが合っている」
フィン先生が言う。
ミラはにっと笑った。
「雑さは分かりやすさだから」
「限度はある」
トーヤ・ラインハルトは真面目な顔で俺を見る。
「アキトなら、できると思う」
その言葉がまっすぐすぎて、少し照れた。
ノルン・エルシアも教室の端で小さく頷いている。
彼女は今日も来てくれた。
神聖科の生徒であるノルンが特異職科に出入りするのは、かなり目立つはずだ。
それでも彼女は、自分の治癒記録と向き合うためにここにいる。
みんな、それぞれの形で覚悟を決めている。
俺だけが、逃げるわけにはいかない。
「まずは言ってみろ」
フィン先生が言った。
「査問会で、お前は何者として立つ?」
何者として。
その問いに、俺は言葉を探した。
外れ職?
編集者?
禁忌職?
追放者?
特異職科の仮所属生?
どれも間違いではない。
でも、どれも俺の全部ではない。
俺は一度、深く息を吸った。
「俺は、アキト・アオキです」
教室が静かになる。
「職業は編集者。能力は【編集操作】。対象の状態を読み取り、不要な変化を取り除き、必要な場所へ再配置する補助系の能力です」
フィン先生は黙っている。
俺は続けた。
「この力には危険があります。対象を間違えれば、相手を傷つける。理解しないまま使えば、能力や身体や記録を壊す可能性があります」
自分で言っていて、少し怖くなる。
だが、ここは隠してはいけない。
「だから俺は、人間を対象にする時、本人の同意と安全確保を原則にします。命に関わる緊急時だけ、救命処置として最小限の編集を行います」
リュミエルの視線を感じた。
俺は彼女を見ないまま続けた。
「俺は、人の心や記憶を、自分に都合よく編集するためにこの力を使いません」
その言葉だけは、はっきり言った。
教室の空気が少し変わる。
フィン先生が聞く。
「では、レオン・グランベルへの干渉はどう説明する?」
来た。
想定問答。
俺はレオンの顔を思い出した。
演習場で暴走しかけていた時。
療養棟で、自分の力を疑いながら苦しんでいた時。
証言誘導印を切れと言った時。
俺は答える。
「レオン・グランベルへの干渉は、救命処置です。彼の右腕の魔力回路には過剰な負荷がかかっていました。放置すれば重い後遺症が残る危険があった。俺は、彼の加護全体ではなく、暴走していた過剰稼働部分だけを切りました」
「本人の同意は?」
「その時は取れていません」
俺は逃げずに言った。
「そこは反省しています。ただし、緊急性があり、本人も正常判断が難しい状態でした。だから、救命を優先しました」
フィン先生が目を細める。
「神殿はこう言う。“あなたは自分の判断で神の加護に手を入れた。傲慢ではないか”」
「傲慢さはあったと思います」
俺は答えた。
「でも、見捨てるよりは、その傲慢を背負う方を選びました」
教室が静まり返った。
少し言いすぎたかもしれない。
神殿相手に言えば危険な言葉だ。
だが、これは俺の芯だった。
誰かを救う時、完全に綺麗な判断なんてできないことがある。
それでも選ばなきゃいけない時がある。
その責任から逃げたくはない。
フィン先生が、ふっと笑った。
「悪くない。危ういが、お前らしい」
「危ういんですね」
「かなりな」
「そこは削った方がいいですか?」
「言い方は整える。だが芯は残せ」
リュミエルが静かに言った。
「“傲慢”という言葉は使わない方がいいわ。神殿に利用される」
「じゃあ、どう言えばいい?」
「“独断であったことは認めるが、救命目的の最小限の処置だった”」
「なるほど」
ノルンが小さく手を上げた。
「治癒師の立場から言うなら、“緊急救命に準じる判断”という言い方ができます」
フィン先生が黒板に書く。
【緊急救命に準じる判断】
【独断であったことは認める】
【目的は救命】
【編集範囲は過剰稼働部分に限定】
「いい。これなら戦える」
ミラが机の上で足をぶらぶらさせる。
「でもさ、神殿は絶対こう聞くよね。『次も勝手にやるのか』って」
「聞くだろうな」
フィン先生が頷く。
ミラは俺を見る。
「新人くん、どう答える?」
次も勝手にやるのか。
簡単に答えられる質問ではなかった。
俺は少し考える。
「原則として、本人の同意を取ります」
「でも、また命がかかってて、時間がなかったら?」
ミラの声は軽い。
でも、問いは鋭い。
俺は答えた。
「その時は、また救命を優先するかもしれない」
リュミエルの表情が少しだけ動く。
俺は続ける。
「ただし、その判断が正しかったかどうかを、後から必ず検証します。記録を残し、第三者に確認してもらう。俺一人の判断で終わらせない」
フィン先生が、満足そうに頷いた。
「それだ」
「これでいいんですか?」
「かなりいい。神殿に管理されるのではなく、記録と検証によって制御する。学園側も乗りやすい」
リュミエルも頷く。
「あなたの能力には、使用後の検証が必要。そこを自分から言えるのは強いわ」
俺はタイムラインを見る。
黒い石板の中には、演習記録のコピー、ノルンの治癒副記録要約、神殿式閲覧印の要約ログが入っている。
記録を残す。
それは俺にとって、ただの証拠以上の意味を持ち始めていた。
俺が間違えた時に、間違えたと分かるようにする。
自分の力に酔わないための楔だ。
トーヤが真面目に言った。
「アキトは、誰に検証してもらいたいんだ?」
誰に。
俺は一瞬、リュミエルを見そうになった。
でも、その前に考える。
リュミエルだけに背負わせるのは違う。
彼女は俺を止めてくれる者だ。
でも、全部の責任を彼女一人に預けるのは、重すぎる。
「特異職科」
俺は言った。
「フィン先生、リュミエル、必要ならトーヤやミラ、ノルンにも見てもらう。俺が使った編集を記録して、複数人で確認する」
ミラが目を丸くする。
「私も?」
「嫌なら無理には」
「嫌じゃないよ。ただ、私に見せたら結構ズバズバ言うけど」
「その方が助かる」
ミラは少しだけ黙った。
それから、ふっと笑った。
「じゃあ、見る。新人くんが変な方向に行きそうだったら、後ろから蹴る」
「できれば言葉で止めてくれ」
「状況による」
怖い。
でも、頼もしい。
トーヤも頷いた。
「俺も見る。難しい理屈は分からないかもしれない。でも、誰かが傷つく使い方なら止める」
「ありがとう」
ノルンも、小さく手を握った。
「私も、治癒師として見られるところは見るよ」
「助かる」
リュミエルは、最後に静かに言った。
「私は、あなたが深層編集をしようとした時に止める役目でしょう?」
「そうだな」
「なら、遠慮なく止めるわ」
「頼む」
「本当に遠慮しないわよ」
「少しはしてもらえると助かる」
「検討するわ」
これはしないやつだ。
でも、それでいい。
フィン先生が黒板に新しい項目を書いた。
【編集後検証制度】
・編集内容を記録する
・使用目的を明記する
・対象者の同意有無を記録する
・結果と副作用を確認する
・特異職科で第三者検証する
「これで、査問会での防御線が一つ増えた」
先生は言った。
「神殿が“危険だから管理しろ”と言ってきたら、“学園内で記録・検証・監督する体制を作る”と返せる」
「神殿に渡さないための管理案ですね」
「そうだ。管理という言葉を嫌うな。誰に、どう管理されるかが問題だ」
その言葉は重かった。
自由は大事だ。
でも、危険な力を持っている以上、完全に好き勝手できるわけではない。
自分でルールを作り、信頼できる人に見てもらい、間違えたら止めてもらう。
それは支配ではなく、自分を守るための枠なのかもしれない。
その時、タイムラインが淡く光った。
【システム表示】
使用後検証の仕組みを設定しました。
【編集倫理・初稿】が更新されます。
新規項目:
【編集後検証】
【第三者確認】
【同意記録】
効果:
人間対象への編集時、記録項目が自動生成されます。
編集後、検証ログを作成可能になります。
深層編集への警告精度がさらに上昇します。
俺は表示を見て、小さく息を吐いた。
ルールを決めるたびに、能力の形も変わっていく。
この力は、ただ強くなるだけじゃない。
俺がどう使うか。
何を許し、何を禁じるか。
誰と約束するか。
それに応じて、成長の方向が変わっている。
まるで、能力そのものが俺の選択を読んでいるみたいだった。
「また何か出た?」
リュミエルが聞く。
「編集後検証の項目が追加された。記録ログを作れるらしい」
フィン先生が頷く。
「いい。査問会で言えるな」
「スキル表示をそのまま見せるんですか?」
「全部は見せるな。だが、使用後検証の仕組みがあることは言っていい」
「分かりました」
フィン先生は黒板の最初の項目を丸で囲んだ。
【自分の能力】
【自分の限界】
【自分の倫理】
【誰に止められるか】
【何を守りたいか】
「最後だ」
先生は俺を見る。
「アキト。お前は何を守りたい?」
何を守りたいか。
これは一番難しい問いだった。
自分の命。
仲間。
リュミエル。
特異職科。
ノルンの証言。
レオンの言葉。
自分の自由。
いろいろ浮かぶ。
でも、もっと根っこの部分がある気がした。
俺はしばらく黙った。
教室のみんなが待ってくれている。
急かされない。
それがありがたかった。
やがて、俺は口を開いた。
「俺は、誰かが勝手に決めた役割で、人が壊されるのを止めたい」
言葉にした瞬間、自分の中で何かが繋がった。
「外れ職だから不要だとか、勇者候補だから退けないとか、巫女候補だから神に縛られるとか、獣人だから見下していいとか」
ミラの耳が少し動いた。
リュミエルは静かに俺を見ている。
「そういう、誰かが貼った役割で、その人自身が見えなくなるのが嫌だ」
俺は続けた。
「俺は、自分が追放されたから、それが痛いって分かった。レオンを見て、貼られた強さが人を壊すことも分かった。リュミエルを見て、祝福って呼ばれるものが鎖になることも知った」
リュミエルの瞳が、わずかに揺れた。
「だから俺は、この力で、誰かの人生を勝手に書き換えたいわけじゃない」
俺はタイムラインに手を置いた。
「勝手に貼られた理不尽を、本人が望むなら、一緒に剥がせるようになりたい」
教室が静まり返った。
自分で言っていて、少し恥ずかしくなる。
綺麗事かもしれない。
でも、これが今の俺の本音だった。
フィン先生は、しばらく何も言わなかった。
やがて、黒板に大きく書いた。
【守りたいもの】
本人の意思。
勝手に貼られた役割から、人を取り戻すこと。
「これだ」
先生は言った。
「査問会で全部は言うな。長いし、神殿に喧嘩を売りすぎる」
「ですよね」
「だが、お前の芯はこれでいい」
ミラが小さく笑う。
「新人くん、主人公っぽいこと言うじゃん」
「やめろ、恥ずかしい」
トーヤは真面目に頷いた。
「俺は、いいと思う」
ノルンも言った。
「うん。アキトくんらしい」
リュミエルは、少しだけ視線を逸らした。
「……悪くないわ」
その一言が、なぜか一番嬉しかった。
「ありがとう」
「勝ってから言う約束でしょう」
「今のは別件」
「あなたの別件、多すぎない?」
「編集者だからな」
「便利に使いすぎよ」
少しだけ、教室に笑いが生まれた。
その時。
教室の窓の外で、鐘が鳴った。
昼を告げる鐘。
査問会まで、あと一日半。
まだ準備は終わっていない。
でも、俺の中には少しずつ言葉ができていた。
俺は何者か。
何ができるのか。
何をしてはいけないのか。
誰に止められるのか。
何を守りたいのか。
神殿がどんな台本を用意していても、俺は俺の言葉で立つ。
そのための初稿は、ようやく形になり始めていた。




