表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/39

第22話 副院長カサンドラ

査問会まで、あと二日。


俺――アキト・アオキは、特異職科の机に突っ伏していた。


眠い。


とにかく眠い。


昨日は五時間寝られた。

フィン先生いわく「成長報酬」らしい。


だが、俺の体はまったく報酬を受け取った気がしていない。


むしろ、睡眠不足と緊張と魔力疲労がまとめて請求書を叩きつけてきている。


「……異世界転生、労働基準法ないのか」


思わず呟く。


向かいの席で資料を読んでいたリュミエル・アークレインが、顔を上げた。


「労働基準法?」


「俺の故郷にあった、人を働かせすぎないための決まり」


「素晴らしい制度ね。この世界にも必要だわ」


「まずフィン先生に適用したい」


教卓の前で黒すぎる茶を飲んでいたフィン先生が、こちらを見た。


「俺は生徒を働かせているんじゃない。鍛えている」


「便利な言葉ですね」


「教師は便利な言葉を三つは持っておけ」


「ろくでもない教育論だ……」


ミラ・クロウが窓枠で尻尾を揺らしながら笑う。


「新人くん、もう特異職科に染まってきたね」


「うれしくない」


「褒めてるよ?」


「半分くらいだろ」


「よく分かってきたじゃん」


トーヤ・ラインハルトは教室の隅で盾の整備をしている。

ノルン・エルシアは、昨夜まとめた治癒記録の言い回しを確認していた。


神聖科の生徒であるノルンが特異職科にいるのは、かなり目立つ。


だが、今さらだ。


神殿に目をつけられ、剣術科に睨まれ、勇者候補の証言誘導印まで切った。


もう目立たない努力をしても、焼け石に水だ。


フィン先生が黒板を叩いた。


そこには昨夜からの続きが書かれている。


【査問会対策】

一、編集操作の定義

二、救命処置としての説明

三、証拠提出順

四、誘導質問への対応

五、緊急脱出策


俺は五番を見て、ため息をついた。


「先生。五番、本当に必要なんですか」


「必要だ」


「査問会って、学園と神殿の正式な手続きですよね」


「正式な手続きだから安全、という考えは捨てろ」


「この世界、世知辛すぎません?」


「世知辛いから教師がいる」


フィン先生は真顔で言った。


どこまで本気か分からない。


だが、たぶん本気だ。


その時、教室の扉がノックされた。


こん、こん。


昨日から、扉が叩かれるたびに心臓に悪い。


ミラの耳がぴんと立つ。

トーヤが盾に手を伸ばす。

リュミエルが短杖を握る。

ノルンも緊張で背筋を伸ばした。


フィン先生だけが面倒くさそうに言った。


「開いてる」


扉が静かに開いた。


そこに立っていたのは、ひとりの女性だった。


淡い紫の髪。

深い藍色の瞳。

白い学園ローブの上に、銀の飾り鎖。

年齢は二十代後半から三十代前半に見える。


穏やかな微笑み。

柔らかな物腰。

けれど、教室に入った瞬間、空気が変わった。


この人は、ただの教師じゃない。


リュミエルが小さく息を呑む。


「カサンドラ副院長……」


副院長。


王立アルカディア魔導学園の副院長。


カサンドラ・イリス。


俺は名前だけは聞いていた。

学園の運営側で、神殿や王国との調整役をしている人物。


つまり、偉い人だ。


そして、こういうタイミングで偉い人が来る時は、だいたい面倒ごとがセットでついてくる。


カサンドラ副院長は、にこりと微笑んだ。


「お邪魔するわね、フィン先生」


フィン先生は露骨に嫌そうな顔をした。


「もう邪魔している」


「相変わらずね」


「そっちこそ、相変わらず面倒な匂いしかしない」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


「受け取るな」


二人の空気は、普通の同僚というより、長年の腐れ縁に近かった。


カサンドラ副院長は教室を見回し、最後に俺へ視線を止めた。


「あなたがアキト・アオキくんね」


「はい」


俺は立ち上がった。


「特異職科仮所属、職業は編集者です」


「ええ。報告は受けているわ」


彼女の瞳が、ほんの少しだけ細くなる。


優しい表情のままなのに、観察されている感覚があった。


神殿査察官の冷たい視線とは違う。


もっと柔らかい。


だが、柔らかいから安全とは限らない。


むしろ、柔らかい刃物の方が深く入ることもある。


「演習記録も見たわ」


カサンドラ副院長は言った。


「素晴らしい判断だった。あなたがいなければ、レオン・グランベルくんは重い後遺症を負っていた可能性がある」


その言葉に、教室の空気が少しだけ緩む。


少なくとも、表面上は俺を責めに来たわけではなさそうだ。


だが、フィン先生は警戒を解いていない。


「で、本題は?」


「せっかちね」


「お前が遠回しに話す時は、だいたい碌でもない」


「なら、率直に言うわ」


カサンドラ副院長は、俺を見た。


「三日後の査問会、学園としてはあなたを守る方針です」


俺は少しだけ息を吐きかけた。


だが、すぐに止めた。


この話には続きがある。


絶対にある。


「ただし」


ほら来た。


「学園があなたを守るためには、あなた自身が“管理可能な能力者”であることを示す必要があるわ」


「管理可能……」


嫌な言葉だった。


フィン先生の眉がぴくりと動く。


「カサンドラ」


「分かっているわ。言い方がよくないのは承知している」


副院長は穏やかに続けた。


「でも、現実問題として、神殿はあなたを危険能力者として扱う。ならば学園側は、あなたが無秩序に能力を使う存在ではなく、ルールと倫理を持って行動できる人物だと証明しなければならない」


その言い方なら分かる。


俺は頷いた。


「昨日、編集倫理の使用指針を作りました」


「聞いているわ。人間対象への編集は、本人の同意と安全確保を前提にする。命に関わる緊急時のみ、最小限の救命処置を許容する」


「はい」


「悪くない」


カサンドラ副院長は微笑んだ。


「とても、あなたらしいわ」


俺は少し違和感を覚えた。


あなたらしい。


この人は、俺と会ったばかりだ。


なのに、まるで以前から知っているような言い方だった。


リュミエルも同じ違和感を覚えたのか、わずかに目を細める。


「副院長。アキトについて、どこまで報告を受けていますか」


「学園が把握している範囲よ」


「神殿からではなく?」


「両方ね」


教室の空気が少し冷えた。


神殿から。


つまり、この人は神殿側の情報も持っている。


味方か敵か、簡単には判断できない。


カサンドラ副院長は、それを分かった上で微笑んでいるようだった。


「警戒するのは当然ね。特に、アキトくんは追放された直後だもの」


胸の奥が少しだけ硬くなる。


この人は、それも知っている。


「ダンジョン第七階層で、勇者候補パーティから置き去りにされた。神殿査察官に追われ、リュミエルさんに保護され、特異職科に仮登録された」


彼女は淡々と並べる。


「その後、演習でレオンくんの暴走を止めた。ノルンさんの治癒記録と、訓練迷宮の記録を確保した。さらに昨夜、レオンくん本人と接触した」


俺の背筋に冷たいものが走った。


そこまで知っているのか。


フィン先生の目が鋭くなる。


「誰から聞いた」


「学園内で起きたことを把握するのは、副院長の仕事よ」


「便利な言葉だな」


「ええ。便利でしょう?」


フィン先生は不快そうに舌打ちした。


カサンドラ副院長は、俺へ視線を戻す。


「安心して。昨夜の件を責めに来たわけではないわ」


「じゃあ、何をしに来たんですか」


俺は聞いた。


声が少し硬くなった。


副院長は、静かに答えた。


「取引をしに来たの」


取引。


教室の空気が、さらに重くなる。


「学園は、査問会であなたを守る。その代わり、あなたは査問会後、特異職科の監督下で能力研究に協力する」


「研究……」


嫌な響きだった。


道具扱いされるのはごめんだ。


俺の表情を見て、カサンドラ副院長は少しだけ首を傾ける。


「もちろん、強制ではないわ。本人の同意を前提にする。危険な実験はしない。あなたの倫理規定も尊重する」


「口では何とでも言えます」


自分でも驚くくらい、はっきり言葉が出た。


「俺は昨日まで、仲間だと思っていた人間に置き去りにされました。神殿には捕獲対象にされました。だから、綺麗な言葉だけでは信用できません」


カサンドラ副院長は、怒らなかった。


むしろ、少しだけ満足そうに微笑んだ。


「いいわね」


「え?」


「その警戒心は大事よ。力を持つ者が一番危ないのは、自分を守る疑いを失った時だから」


この人、やりにくい。


正論を言う。

穏やかに受け止める。

こちらの警戒すら肯定してくる。


まるで、会話の主導権を自然に握られている感じがする。


俺の視界に、薄くシステム表示が浮かんだ。


【対話ログ整理】


相手発言内の誘導要素を検出。


発言:

「学園はあなたを守る。その代わり、能力研究に協力する」


隠された前提:

保護と研究協力が交換条件として結びつけられている。

拒否した場合の保護範囲が不明確。


俺は息を呑んだ。


対話ログ整理。


さっそく役に立った。


「副院長」


「何かしら」


「今の話だと、研究協力を拒否した場合、学園の保護は弱くなるように聞こえます」


カサンドラ副院長の目が、ほんの少しだけ見開かれた。


フィン先生が口元を上げる。


リュミエルも静かに俺を見る。


俺は続けた。


「学園が学生を守るのは、取引条件なんですか?」


教室が静まり返った。


カサンドラ副院長は、数秒だけ俺を見つめた。


そして、ふっと笑った。


「なるほど。あなた、思ったより厄介ね」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「ええ。褒めているわ」


初めて、彼女の笑みに別の色が混じった。


楽しんでいる。


この人は、俺を試していた。


「答えるわ。学園は、あなたが研究協力を拒否しても、仮所属生として最低限の保護を行う」


「最低限?」


「神殿による即時拘束への拒否。査問会への学園側立会人の派遣。証拠提出の補助。ここまでは保証する」


「それ以上は?」


「交渉次第」


正直だ。


正直だが、甘くない。


「研究協力を受け入れた場合は?」


「特異職科の正式所属に向けた推薦。学園内での保護権限強化。能力研究に必要な資料、設備、教師の提供。神殿への情報開示制限」


かなり魅力的な条件だった。


今の俺には、能力を理解する場が必要だ。

資料も設備も欲しい。

神殿から守られる権限も必要だ。


だが、簡単に頷いていい話ではない。


「研究協力の内容を、書面で出してください」


俺は言った。


「目的、範囲、禁止事項、俺の拒否権、記録の扱い、神殿への情報共有の有無。全部です」


カサンドラ副院長は静かに微笑んだ。


「当然ね」


「それと、隠し条項があれば切ります」


フィン先生が小さく吹き出した。


ミラが窓枠で「強い」と呟いた。


カサンドラ副院長は、笑みを深める。


「本当に、面白い子ね」


「俺は面白枠で神殿に狙われてるわけじゃないんですが」


「そうね。失礼したわ」


彼女は一枚の魔導紙を取り出した。


「これは草案よ。正式契約ではないから、今すぐ署名する必要はない」


俺は受け取らず、まずリュミエルを見る。


リュミエルは静かに頷いた。


フィン先生も言う。


「読め。だが署名はするな」


「はい」


俺は魔導紙を受け取った。


視界が青く染まる。


すぐに文字の層が見えた。


表面の契約文。

保護条件。

研究協力項目。

拒否権。

情報管理。


そして、下層に薄い灰色の条項。


【緊急時、学園長または副院長判断により、対象能力の封印措置を一時的に行うことができる】


俺は眉をひそめた。


「副院長。封印措置の条項があります」


「あるわ」


「隠れてます」


「まだ草案だから」


「草案でも隠れてます」


「見つけられるか試したの」


「この学園、試す人多すぎませんか?」


フィン先生が言った。


「類は友を呼ぶ」


「先生も含まれてますよ」


「自覚はある」


最悪の自覚だった。


俺はカサンドラ副院長を見る。


「封印措置って何ですか」


「あなたの能力が暴走した場合、学園側が一時的に【編集操作】の発動を止める処置よ」


「俺の同意なしに?」


「緊急時には」


「それは、俺にとって神殿の拘束と何が違うんですか」


カサンドラ副院長は、すぐには答えなかった。


リュミエルの表情も硬い。

彼女は呪印で縛られている。

能力や身体を他人に封じられることへの嫌悪は、俺より深いはずだ。


副院長は静かに言った。


「違わないかもしれないわね」


その答えは意外だった。


「少なくとも、あなたから見れば」


彼女は続ける。


「だからこそ、条項として明文化し、条件を厳しくする必要がある。誰が、どの状況で、どの範囲まで封印できるのか。封印解除の条件は何か。第三者の監査を入れるのか。そこを曖昧にすれば、それこそ神殿と同じになる」


俺は黙った。


この人は危険だ。


だが、馬鹿ではない。

むしろ、よく分かっている。


分かった上で、危険な選択肢を提示してくる。


「俺は、その条項には今のままでは同意できません」


「ええ。そう言うと思っていた」


「なら、なぜ入れたんですか」


「あなたに考えてもらうため」


カサンドラ副院長は、まっすぐ俺を見た。


「力を持つ者は、自分が暴走した時に誰に止めてもらうかを決めておく必要がある」


その言葉に、胸が少しだけ冷えた。


俺が暴走した時。


考えたくなかった。


でも、考えないわけにはいかない。


毒を切った。

証言誘導印を切った。

加護の過剰稼働を切った。

契約書の隠し条項を切った。


今はまだ、ぎりぎり制御している。


でも、もっと強くなったら?

もっと深い記憶や称号や呪いを編集できるようになったら?


俺が間違えない保証なんて、どこにもない。


その時、誰が俺を止めるのか。


教室が静かになった。


俺は、リュミエルを見た。


彼女は驚いたように、少しだけ目を見開いた。


「……なぜ私を見るの?」


「いや、なんとなく」


本当は、なんとなくじゃない。


もし俺が誰かを勝手に編集しようとした時。

力に酔いそうになった時。

救うためだと言い訳して、他人の意思を踏みにじりそうになった時。


止めてほしいと思った。


リュミエルなら、きっと止める。

冷静に、厳しく、俺の間違いを切ってくれる。


カサンドラ副院長は、その様子を静かに見ていた。


「答えは今すぐでなくていいわ」


彼女は魔導紙を机に置く。


「査問会が終わった後、改めて話しましょう」


「分かりました」


「ただし、一つだけ助言しておくわ」


副院長の声が、少しだけ低くなる。


「神殿査問会では、あなたの能力そのものよりも、あなたが“誰に止められる人間か”を問われる可能性がある」


「誰に止められるか……」


「ええ。危険な力を持つ者が、誰の言葉なら聞くのか。それを神殿は見る」


俺は思わず拳を握った。


管理可能な能力者。


その言葉の意味が、少しだけ分かった。


神殿は俺を管理したい。

学園は俺を保護したいが、同時に制御可能か見ている。

副院長は俺を研究対象として見ている。


どこに行っても、俺は誰かの台本に置かれそうになる。


でも。


誰に止められるかを、自分で決めることはできる。


それだけは、奪われたくない。


「助言、ありがとうございます」


俺は言った。


「ただ、俺は神殿に止められるために生きるつもりはありません」


カサンドラ副院長は微笑んだ。


「でしょうね」


「でも、間違えた時に止めてくれる人は、必要だと思います」


俺は少しだけリュミエルを見た。


彼女は視線を逸らした。


耳の先が、ほんの少し赤い。


ミラがにやにやしていたが、リュミエルに睨まれて口を閉じた。


カサンドラ副院長は満足したように頷いた。


「いい答えだわ」


フィン先生が不機嫌そうに言う。


「用が済んだなら帰れ。生徒を休ませる時間だ」


「ええ。長居して悪かったわ」


副院長は扉へ向かう。


そして、出る直前に振り返った。


「アキトくん」


「はい」


「査問会では、神殿の質問に答えるだけでは駄目よ」


「どういう意味ですか」


「あなたの物語を、あなた自身の言葉で語りなさい」


その言葉を残し、カサンドラ副院長は教室を出ていった。


扉が閉まる。


しばらく、誰も喋らなかった。


最初に口を開いたのはミラだった。


「うわー、副院長こわ」


「こわいのか?」


「こわいよ。笑顔で首輪の相談してくるタイプじゃん」


言い方は軽い。


でも、かなり的確だった。


フィン先生が頷く。


「あいつは味方にしておくと便利だが、信用しすぎると食われる」


「それ、味方って言います?」


「政治では言う」


嫌な世界だ。


リュミエルは、机に置かれた草案を見ていた。


「封印措置の条項は危険ね」


「ああ」


「でも、副院長の言うことにも一理あるわ」


「俺が暴走した時の話か」


「ええ」


彼女は俺を見る。


「アキト。もしあなたが人の心や記憶を勝手に編集しようとしたら、私は止めるわ」


「頼む」


即答した。


リュミエルが少しだけ驚く。


「いいの?」


「むしろ、そうしてほしい」


俺はタイムラインに手を置いた。


「俺はこの力が怖い。便利だからこそ怖い。救えるかもしれないからこそ、間違えた時に止まれなくなるのが怖い」


教室が静かになる。


「だから、もし俺が“救うためだから”って言いながら誰かの意思を踏みにじりそうになったら、止めてほしい」


リュミエルは、しばらく俺を見つめていた。


そして、小さく頷いた。


「分かった。約束する」


約束。


また一つ、俺たちの間に約束が増えた。


今度の約束は、優しいだけのものじゃない。


俺を止める約束。


俺が俺でいるための、少し痛い約束。


その瞬間、タイムラインが淡く光った。


【システム表示】


自己制御に関する外部停止条件を設定しました。


対象:

リュミエル・アークレイン


条件:

アキト・アオキが本人の同意なく、心・記憶・人格への深層編集を行おうとした場合。


効果:

警告強度上昇。

編集実行前に確認段階を追加。

対象者リュミエルへの異常通知。


【編集倫理・初稿】が更新されました。


新規項目:

【止めてくれる者】


俺は、その表示を見つめた。


止めてくれる者。


それは、信頼の形なのかもしれない。


守ってくれる人ではなく。

甘やかしてくれる人でもなく。

間違えた時に、ちゃんと止めてくれる人。


俺はリュミエルを見た。


「通知、行くらしい」


「何の話?」


「俺がやばい編集をしようとしたら、リュミエルに異常通知が飛ぶっぽい」


「……勝手に?」


「たぶん」


「あなたのスキル、時々とんでもなく失礼ね」


「俺もそう思う」


ミラが腹を抱えて笑った。


トーヤも少しだけ笑っている。

ノルンは驚きながらも、ほっとしたような顔をしていた。


リュミエルはため息をついた。


でも、その表情は嫌そうではなかった。


「まあ、いいわ」


「いいのか?」


「あなたを止める約束をしたのは事実だから」


その言葉に、俺は少しだけ笑った。


教室の空気が、ようやく少し軽くなる。


だが、黒板にはまだ査問会の文字が残っている。


神殿。

証拠。

証言。

誘導質問。

緊急脱出策。


問題は山積みだ。


それでも、俺は一人ではない。


フィン先生が黒板に新しく一行を書いた。


【査問会で語るべきこと】

・自分の能力

・自分の限界

・自分の倫理

・誰に止められるか

・何を守りたいか


先生は俺を見た。


「明日は、これを言葉にする」


「はい」


「今夜は寝ろ。六時間だ」


「また増えた」


「副院長の相手をした報酬だ」


「それは確かに欲しい報酬ですね」


俺は少しだけ笑った。


査問会まで、あと二日。


神殿の台本は、まだ俺を異端にしようとしている。


でも、俺の手元にも少しずつ言葉が集まっていた。


証拠。

仲間。

倫理。

約束。


そして、止めてくれる者。


神の台本を書き換えるには、まだ遠い。


けれど、まずは神殿の用意した小さな台本を、一枚だけ破る。


そのための準備は、確かに進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ