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第17話 神殿が用意した台本

【中央神殿より通達】


神殿査問会において、追加証人を召喚する。


証人:

レオン・グランベル


証言内容:

アキト・アオキによる勇者候補能力への不正干渉


その文字を見た瞬間、特異職科の教室から音が消えた。


俺――アキト・アオキは、黒い魔導記録板【タイムライン】を握りしめたまま、白い炎に浮かぶ通達文を見つめていた。


不正干渉。


その言葉が、やけに重かった。


俺はレオンを助けた。

暴走していた神殿式補強から、【過剰稼働】だけを切り取った。


放っておけば、レオンの右腕は壊れていたかもしれない。

魔力回路に後遺症が残っていたかもしれない。


それでも、神殿はこう書く。


不正干渉。


まるで俺が、勇者候補の力を壊した加害者であるかのように。


「……なるほどな」


フィン先生が、低く呟いた。


普段の眠そうな顔から、完全に笑みが消えていた。


「向こうはもう、筋書きを決めてきたか」


「筋書き……」


俺はその言葉を繰り返した。


神殿が用意した台本。


そこに書かれている俺の役割は、おそらくこうだ。


外れ職の少年。

禁忌の力に目覚める。

勇者候補の能力に勝手に干渉する。

神殿の秩序を乱す危険人物。


そして最後は、神殿が管理すべき異端。


「先生」


俺は声を出した。


喉が少し乾いていた。


「これ、かなりまずいですよね」


「ああ。かなりまずい」


フィン先生は即答した。


「濁してくれないんですね」


「濁したら状況が良くなるのか?」


「なりません」


「なら濁す意味がない」


リュミエル・アークレインが、白い炎の文字を睨むように見つめていた。


「神殿は、レオンの暴走原因を隠すつもりね」


「だろうな」


フィン先生が腕を組む。


「本来なら、今日の演習で問題になるべきはレオン・グランベルの神殿式補強だ。訓練迷宮で暴走しかけた時点で、勇者候補制度そのものに疑いが向く」


「だから、俺のせいにする」


「そうだ」


ミラ・クロウが机の上に腰かけ、尻尾をぴたりと止めていた。


いつもの軽い笑みはない。


「うわー、神殿ってほんと性格悪いね。新人くんを悪者にすれば、勇者様の不具合は隠せるってわけ?」


「不具合って言い方もどうかと思うけど、たぶんそうだ」


俺は答えた。


トーヤ・ラインハルトが、巨大な盾の横で拳を握る。


「でも、実際にアキトは助けた。演習記録にも残っているはずだ」


「記録がどこまで残っているかが問題だ」


フィン先生は黒板に大きく書いた。


【問題点】

一、神殿はアキトを不正干渉者にしたい

二、レオンは証人として呼ばれる

三、演習記録が改ざんされる可能性

四、勇者候補制度の異常は隠される可能性


「改ざん……」


その言葉に、俺は背筋が冷えた。


記録があれば大丈夫。


そう思いたかった。


でも、この世界にはステータスがある。

契約魔術がある。

神殿式の鑑定がある。

そして、世界の記述に触れる術式もある。


記録が絶対に正しい保証なんてない。


「演習記録って、学園側に残ってますよね?」


俺が聞くと、フィン先生は頷いた。


「残っている。訓練迷宮の管理水晶に保存される」


「それを確認すれば――」


「神殿も当然、それを要求してくる」


リュミエルが言った。


「場合によっては、神殿式の照会術式で記録を読み取ろうとするはずよ」


「そこで改ざんされる?」


「可能性はあるわ」


俺はタイムラインを見る。


黒い石板の表面には、演習で使用した素材の空き枠が残っている。


【タイムライン】


保存素材:

空き

空き

空き


演習中に保存していた素材は全部使い切った。

【衝撃緩和】も、【破損進行】も、【消音】も、もうない。


だが、タイムラインには俺が見たものの一部が、ログのように残っていた。


レオンの外部付与スキル。

神殿式補強。

過剰稼働。

暴走予測。

救命処置としてのカット。


これは、俺自身の記録だ。


でも、これだけでは足りない。


俺の能力で出た表示を、神殿が証拠として認めるわけがない。


「証拠が必要だ」


俺は呟いた。


「神殿が消せない証拠」


フィン先生が、少しだけ口元を上げた。


「いい発想だ。続けろ」


俺は頭の中で状況を並べた。


証言者。


俺。

リュミエル。

ミラ。

トーヤ。

セリア。

ノルン。

レオン。


学園の演習記録。

訓練迷宮の管理水晶。

俺のタイムライン。

リュミエルの魔力解析。

ノルンの治癒記録。


「ノルンの治癒記録」


俺は声に出した。


リュミエルがすぐに反応する。


「そうね。治癒師は、治療時に対象の負傷状態を記録することがある」


「ノルンはレオンを治療していた。その時、魔力回路の異常を見ているはずだ」


「ええ。しかも神聖科の治癒記録なら、神殿側も簡単には否定しにくい」


フィン先生が黒板に書き足す。


【証拠候補】

・訓練迷宮管理水晶

・リュミエルの魔力解析証言

・ノルンの治癒記録

・タイムライン記録

・セリアの火力暴走証言

・トーヤ、ミラの現場証言


「問題は、ノルンが証言できるかだな」


フィン先生が言った。


その言葉に、俺は昨日からのノルンの顔を思い出した。


何かを言おうとして、言えなかった顔。

俺に謝った時の震える声。

レオンの怪我を治療していた真剣な目。


ノルンは悪い人間じゃない。


でも、弱い。


いや、弱いと言い切るのは違うかもしれない。


怖いのだ。


レオンに逆らうこと。

神殿に逆らうこと。

自分の立場を失うこと。


俺だって、昨日までは何も言えなかった。


だから、ノルンを責めきれない。


でも、査問会で沈黙されたら終わる。


「俺が、ノルンに話を聞きに行きます」


そう言うと、リュミエルが即座にこちらを見た。


「一人では駄目」


「分かってる」


「本当に?」


「分かってる。今度は本当に」


俺がそう言うと、ミラがにやにやしながら手を上げた。


「じゃ、私が一緒に行く」


「ミラが?」


「隠れて話を聞くの得意だし。神聖科の建物にも抜け道知ってるし」


「なぜ知ってるんだ」


「いろいろあるの」


「聞かない方がよさそうだな」


「正解」


フィン先生が頷く。


「ミラなら適任だな。アキトは交渉、ミラは警戒。リュミエルは別件だ」


リュミエルが眉を動かす。


「別件?」


「お前は俺と訓練迷宮の管理水晶を確認する。魔力解析ができるのはお前だけだ」


「分かりました」


俺は少しだけ不安になった。


「リュミエル、大丈夫か? 神殿が絡むと、お前の方も危ないんじゃ……」


リュミエルは俺を見る。


その翡翠色の瞳は、静かだった。


「危ないからこそ、先に調べるの」


「でも」


「アキト」


彼女は俺の言葉を遮った。


「あなたは、私の呪印を勝手に切らないと言ったわ」


「ああ」


「なら、私の判断も勝手に止めないで」


その言葉に、俺は何も言えなくなった。


正しい。


俺はまた、守りたいという気持ちで、彼女の選択を勝手に編集しようとしていたのかもしれない。


「……悪い」


「謝るほどではないわ」


「でも、今のは俺がよくなかった」


リュミエルは少しだけ目を細めた。


「なら、次から気をつけて」


「ああ」


短い会話。


でも、大事な線引きだった。


俺の力は、誰かを救えるかもしれない。

でも、救いたいからといって、相手の選択を奪っていいわけじゃない。


フィン先生が黒板を叩く。


「感情の整理は後にしろ。時間がない」


「はい」


「三日後の査問会までにやることは多い」


先生は黒板に新しく項目を書いていく。


【三日間の準備】

一日目:

・証拠集め

・証言者確認

・演習記録の保全


二日目:

・想定問答

・編集操作の説明整理

・神殿側の攻撃予測


三日目:

・査問会リハーサル

・証拠提出順の調整

・緊急脱出策の確認


「最後、物騒なの入ってません?」


俺が聞くと、フィン先生は真顔で答えた。


「神殿相手に、脱出策なしで行く馬鹿がいるか」


「いないと思いたいです」


「なら、お前は馬鹿になるな」


「了解です」


本当に、この世界はチュートリアルが厳しすぎる。


フィン先生は次に、俺へ向き直った。


「アキト。お前がノルンと話す時に確認すべきことは三つだ」


黒板に三つの項目が書かれる。


【一、レオンの治癒時に何を見たか】

【二、治癒記録が残っているか】

【三、査問会で証言する意思があるか】


「三つ目が一番難しいですね」


「そうだ。だが、無理に言わせるな」


フィン先生は少しだけ声を低くした。


「脅して証言させたら、神殿にそこを突かれる。相手の意思で言わせろ」


「分かりました」


「それと、ノルンを責めるな」


その言葉に、俺は少しだけ黙った。


フィン先生は続ける。


「お前には責める権利がある。だが、今責めても証言者は増えない」


「……はい」


「許せと言ってるんじゃない。順番を間違えるなと言ってる」


順番。


本当に編集みたいだ。


感情にも順番がある。

怒りを出す場面。

飲み込む場面。

伝える場面。

まだ保留する場面。


俺は、それを間違えないようにしなければならない。


ミラが机から飛び降りた。


「じゃ、さっそく神聖科に行こっか。ノルンちゃん、今なら治療棟にいると思うよ」


「分かるのか?」


「演習後にレオンの治療してたでしょ。あの状態なら、神聖科の治療棟で検査を受けるはず」


「なるほど」


「あと、レオン様はたぶん剣術科の教官に呼ばれてる。今ならノルンちゃんと話しやすい」


「そこまで読んでるのか」


「斥候だからね」


ミラは軽く笑った。


いつもふざけているように見えるけれど、かなり頭が切れる。


俺はタイムラインを腰のベルトに固定した。


リュミエルが俺に小さな護符を渡してくる。


「これを持って」


「何だ?」


「簡易通信符。危険があれば魔力を流して。私に伝わる」


「ありがとう」


「勝ってから言う約束でしょう」


「今のは安全装備のお礼」


「また別件なのね」


少しだけ、彼女の口元が緩んだ。


ミラがにやにやしている。


「ほんと、いい感じだよね」


「ミラ」


リュミエルの声が少し低くなる。


「はいはい、黙りまーす」


絶対に黙る気がない返事だった。


俺とミラは、特異職科の教室を出た。


廊下は夕方の光に染まっている。


古い校舎の窓から、学園の中庭が見えた。


白い校舎。

魔法灯。

制服姿の生徒たち。


普通の学園風景。


けれど、その裏では神殿が台本を書いている。


俺を異端にする台本。

レオンを被害者にする台本。

勇者候補制度の異常を隠す台本。


「ねえ、新人くん」


ミラが横を歩きながら言った。


「何?」


「もしノルンちゃんが証言できないって言ったら、どうするの?」


俺は少し考えた。


怒るか。

責めるか。

失望するか。


たぶん、全部少しずつある。


でも。


「無理には言わせない」


「へえ」


「ただ、見たものをなかったことにはしないでほしいって伝える」


ミラは俺の顔を見て、少しだけ目を細めた。


「甘いね」


「よく言われそうだな」


「でも、嫌いじゃないよ」


その言い方が、リュミエルに少し似ていて、俺は思わず苦笑した。


「特異職科、そういう言い回し流行ってるのか?」


「さあね」


ミラは尻尾を揺らして歩く。


「でも、甘さを捨てすぎた人って、だいたい自分も誰かも切りすぎるから」


その言葉に、俺はミラを見た。


彼女は前を向いていた。


いつもの軽い笑顔ではなく、少しだけ遠い目をしている。


もしかすると、彼女にも何かあるのかもしれない。


称号にあった、不明なノイズ。


でも、今は聞かない。


勝手に見るな。

勝手に触るな。

勝手に編集するな。


俺は自分の中の【編集倫理・初稿】を思い出した。


やがて、神聖科の治療棟が見えてきた。


白い石造りの建物。

入口には聖印。

窓からは柔らかな光が漏れている。


近づくにつれ、空気が変わった。


薬草の匂い。

清潔な布の匂い。

微かな祈りの声。


ミラが足を止める。


「正面から行く?」


「他に行き方があるのか?」


「裏口、屋根裏、洗濯物搬入口、薬草倉庫経由」


「選択肢が犯罪寄りすぎる」


「斥候だからね」


「正面で行こう。今回は隠れる話じゃない」


「りょーかい」


俺は治療棟の入口へ向かった。


中に入ると、受付の神聖科生徒が俺を見て少し驚いた顔をした。


「特異職科の……」


その反応にはもう慣れ始めている。


慣れたくはないが。


「ノルンさんに話があります。演習の件で」


受付の生徒は一瞬迷ったが、奥へ確認に行った。


数分後。


白い神官服の少女が、廊下の奥から現れた。


ノルン。


彼女は俺を見ると、明らかに緊張した顔になった。


「アキトくん……」


「少し、話せるか?」


ノルンは小さく頷いた。


「うん」


俺たちは治療棟の小さな面談室に通された。


ミラは部屋の隅に立つ。


一見、気楽そうに壁にもたれているが、耳は周囲の音を拾っている。


ノルンは椅子に座り、両手を膝の上で握っていた。


その指は震えている。


俺は向かいに座る。


しばらく、沈黙が落ちた。


最初に口を開いたのは、ノルンだった。


「レオンのこと?」


「ああ」


「査問会に呼ばれるって、聞いた」


「俺もさっき知った」


ノルンの顔が青ざめる。


「神殿は……アキトくんがレオンの力を壊したって言うつもりなの?」


「たぶん」


「そんなの、違う」


ノルンは、ほとんど反射的に言った。


俺は彼女を見る。


「ノルンは、そう証言できるか?」


彼女の肩が、びくりと震えた。


言葉が止まる。


分かりやすいほど、恐怖が浮かんだ。


「私は……」


ノルンは視線を落とした。


「私は、神聖科で……神殿の推薦でここにいるの。家族も、神殿の治癒院にお世話になっていて……」


「うん」


「もし、神殿に逆らったら……」


声が震える。


「私だけじゃなくて、家族にも迷惑がかかるかもしれない」


ミラの尻尾が、静かに揺れた。


俺は責めなかった。


責められなかった。


怖いに決まっている。


神殿はただの宗教組織じゃない。

職業も、称号も、治癒院も、勇者候補も、社会のあちこちに影響力を持っている。


ノルン一人に、正義のために全部捨てろなんて、簡単には言えない。


「分かった」


俺は言った。


ノルンが顔を上げる。


「怒らないの?」


「怒りはある」


正直に言った。


「昨日のことも、まだ許せてない。ノルンが何も言わなかったことも、痛かった」


ノルンの目に涙が浮かぶ。


「でも、今ここで怒鳴っても、事実は増えない」


俺はゆっくり続けた。


「俺が聞きたいのは、ノルンが見たものだ」


「見たもの……」


「レオンを治療した時、何が見えた?」


ノルンは唇を噛んだ。


少しの沈黙。


それから、震える声で答えた。


「レオンの右腕の魔力回路が、焼き切れる寸前だった」


俺は息を呑んだ。


「それから?」


「普通の疲労じゃない。加護の流れが強すぎた。本人の魔力回路に合ってない力が、無理やり流し込まれていた」


ミラの表情が、少しだけ鋭くなる。


ノルンは続ける。


「アキトくんが何かを切ったあと、その過剰な流れだけが消えてた。魔力回路は傷ついていたけど、壊れてはいなかった」


「つまり」


俺は静かに聞いた。


「俺が壊したんじゃない?」


ノルンは、はっきり頷いた。


「違う。アキトくんは、壊れる前に止めた」


その言葉を聞いて、胸の奥にあった重石が少しだけ軽くなった。


よかった。


自分でも分かっていた。

でも、治癒師であるノルンの口から聞けたことには意味がある。


「治癒記録は残ってるか?」


ノルンは小さく頷いた。


「残ってる。神聖科の治癒水晶に。でも……」


「でも?」


「神殿から正式要請が来たら、提出しなきゃいけない。改ざんはできないけど、閲覧権限は神殿側にもある」


「つまり、先に押さえないと危ない」


「うん」


ミラが壁から離れた。


「その治癒水晶って、今どこ?」


ノルンが驚いてミラを見る。


「治療棟の記録室。でも、持ち出しは禁止だよ」


「持ち出しじゃなくて、写しは取れる?」


「正式な手続きを踏めば……」


ノルンはそこで言葉を止めた。


そして、俺を見た。


「アキトくん」


「何?」


「私、査問会で証言できるか、まだ分からない」


「うん」


「怖い。神殿も、レオンも、剣術科も。全部怖い」


「うん」


「でも、治癒記録の写しなら、作れるかもしれない」


俺は彼女を見た。


ノルンの手はまだ震えている。


でも、その瞳はさっきより少しだけ強かった。


「それは、ノルンが自分で決めたことか?」


彼女は一瞬驚いた顔をした。


それから、泣きそうに笑った。


「うん。自分で決めた」


俺は頷いた。


「なら、お願いしたい」


「分かった」


その時だった。


面談室の外から、硬い足音が聞こえた。


一人ではない。


複数。


ミラの耳がぴくりと動く。


彼女はすぐに短剣へ手を伸ばした。


「来たよ」


「誰が?」


俺が聞くより早く、扉の外から声が響いた。


「神聖科記録監査部だ」


ノルンの顔が真っ青になる。


「そんな……早すぎる」


俺はタイムラインを握った。


神殿は、こちらが証拠を集める前に動き始めている。


扉の向こうの声が続く。


「本日の演習に関する治癒記録を回収する。ノルン・エルシア、ただちに同行せよ」


ミラが小さく舌打ちした。


「新人くん」


「ああ」


俺は立ち上がった。


神殿の台本は、もう次のページへ進んでいた。


ノルンの証言を消すためのページへ。


でも。


今度は、ただ読まされるつもりはない。

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