第15話 外れ職が救ったもの
神殿は、勇者そのものを作っているのかもしれない。
視界に浮かんだその表示を見た瞬間、俺――アキト・アオキの背筋に冷たいものが走った。
【システム表示】
神殿式補強の異常構造を確認。
関連情報:
勇者候補制度に、外部編集の痕跡があります。
勇者候補制度。
この世界で、勇者候補は憧れの象徴だ。
強い職業。
優れた加護。
神殿の推薦。
王国からの期待。
学園での特別待遇。
レオン・グランベルも、その一人だった。
誰もが彼を見ていた。
誰もが彼を称賛していた。
白銀の鎧。
金色の髪。
強い剣。
堂々とした立ち姿。
まるで、最初から物語の主人公として用意された存在。
でも、もし。
その強さが、本人の努力だけではなく。
誰かがどこかから才能を継ぎ足し、無理やり貼り付けたものだったら。
それは、祝福なのか。
それとも、呪いなのか。
「アキト!」
リュミエルの声で、俺は我に返った。
広間には、まだ焦げた魔力の匂いが残っていた。
幻影騎士は倒れた。
青水晶は中央で静かに浮いている。
演習はまだ継続中。
だが、誰もすぐには動けなかった。
レオンは床に片膝をつき、右腕を押さえている。
その顔色は悪い。
さっきまで体を覆っていた金色の暴走光は消えていたが、魔力回路に負担が残っているのだろう。
ノルンが泣きそうな顔で治癒魔法をかけていた。
「レオン、動かないで。まだ魔力が乱れてる」
「……うるさい」
レオンの声には、いつもの強さがなかった。
セリアは青ざめた顔で、俺を見ている。
「今の……アキトがやったの?」
「暴走していた部分だけを切った」
俺は答えた。
「完全に治したわけじゃない。応急処置だ」
「暴走って……何よ、それ。レオンの加護が? そんなわけ……」
セリアの声は震えていた。
無理もない。
彼女にとって、レオンの力は信じていたものだったはずだ。
勇者候補。
選ばれた者。
神に認められた才能。
その力が暴走した。
しかも、神殿式の補強が原因かもしれない。
信じた足場が崩れる感覚は、俺にも少し分かる。
仲間だと思っていた人間に置き去りにされたばかりだからだ。
ミラが短剣をしまいながら、青水晶を見る。
「で、どうする? 演習は続いてるっぽいよ」
その言葉で、俺たちは現実に引き戻された。
そうだ。
青水晶を取って、帰還地点へ戻る。
それが勝利条件。
しかも、全員の生存と被害最小化が評価される。
ここで揉めている時間はない。
俺は息を整え、広間の中央に浮かぶ青水晶へ近づいた。
リュミエルが隣に並ぶ。
「大丈夫?」
「正直、かなりきつい」
右手がまだ熱い。
さっき、レオンから切り取った【過剰稼働】の断片を一時的に保持した反動だ。
指先がじんじんする。
頭の奥も痛む。
でも、倒れるほどじゃない。
「動ける」
「それ、大丈夫とは言わないわ」
「今は動けるかどうかが大事だ」
「後で説教する」
「予約制か」
「ええ。長めに取っておくわ」
怖い。
でも、少しだけ安心した。
説教するということは、俺が後で無事にいる前提だからだ。
俺は青水晶に手を伸ばした。
その瞬間、視界に表示が浮かぶ。
【演習システム】
青水晶を取得しました。
取得者:
アキト・アオキ
所属小隊:
特異職科混成小隊
帰還地点へのルートを開放します。
広間の奥に、新しい通路が開いた。
同時に、別の表示も出る。
【追加評価条件】
敵対小隊の危機を救援。
重傷判定を回避。
暴走状態を一時解除。
評価加算中……
「評価加算って出た」
俺が言うと、ミラが笑った。
「やったじゃん。外れ職が勇者様を助けたって記録に残るね」
レオンの顔がわずかに歪んだ。
「助けられた覚えはない」
「あるわよ」
ノルンが、珍しくはっきり言った。
全員が彼女を見る。
ノルンはレオンの腕に治癒魔法をかけながら、唇を震わせていた。
でも、目は逸らさなかった。
「アキトくんがいなかったら、レオンは重傷判定じゃ済まなかった。右腕の魔力回路、本当に危なかった」
「ノルン」
レオンが低く言う。
だが、ノルンは続けた。
「それに、昨日も……私たちは、アキトくんを置いていった」
その言葉に、広間の空気が変わった。
セリアが目を伏せる。
レオンは無言になる。
ミラは口笛を吹きかけて、やめた。
トーヤは静かに盾を下ろした。
ノルンは、俺を見た。
「ごめんなさい」
小さな声だった。
でも、確かに聞こえた。
「昨日、止められなかった。言わなきゃいけなかったのに、怖くて言えなかった。ごめんなさい」
胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
謝罪。
たぶん、俺はそれを待っていた。
レオンからではなくても。
誰か一人でも、あれは間違っていたと言ってくれることを。
でも、同時に分かっている。
謝られたからといって、昨日の恐怖が消えるわけじゃない。
毒で死にかけた記憶も、冷たい石壁も、レオンの剣先も消えない。
だから、簡単に「いいよ」とは言えなかった。
俺はノルンを見て、ゆっくり言った。
「謝罪は受け取る」
ノルンの表情が少しだけ揺れた。
「でも、許せるかどうかは、まだ分からない」
彼女は泣きそうな顔で、それでも頷いた。
「うん……それでいい」
セリアが拳を握った。
「私も……」
彼女は言いかけて、言葉を詰まらせた。
プライドが邪魔しているのか。
罪悪感が強すぎるのか。
あるいは、その両方か。
だが、レオンが立ち上がろうとしたことで、その言葉は途切れた。
「もういい」
レオンはノルンの手を振り払うようにして立った。
まだ足元がふらついている。
「演習は続いている。青水晶を取られたなら、こちらは帰還地点で逆転する」
「レオン、今は無理よ」
セリアが止める。
「黙れ」
レオンは俺を睨んだ。
だが、その目は以前と違った。
怒りだけじゃない。
混乱がある。
恐怖がある。
認めたくないものを見てしまった人間の目だった。
「アキト。お前、俺に何をした」
「暴走していた補強を切った」
「俺の力に触れたのか」
「触れた」
「勝手に?」
その言葉に、俺は少しだけ息を止めた。
確かにそうだ。
俺はレオンの同意を取っていない。
命に関わる緊急時だった。
それでも、他人の能力に干渉したことは事実だ。
【編集操作】の危険性が、改めて胸に刺さる。
俺はレオンを見返した。
「緊急だった。放置すれば、お前の右腕が壊れていたかもしれない」
「だから、勝手に俺の力を切ったのか」
「そうだ」
言い訳はしない。
俺は助けるためにやった。
でも、勝手にやった。
それは正当化しすぎてはいけない。
リュミエルが静かに俺を見る。
彼女の【神約の呪印】を思い出す。
あれも同じだ。
救えるかもしれないからといって、勝手に切っていいわけじゃない。
人の力。
人の呪い。
人の記憶。
人の心。
編集できるからといって、編集していいとは限らない。
「次があるなら、同意を取る」
俺は言った。
「ただし、命に関わる時は、また勝手にやるかもしれない」
レオンが目を細める。
「傲慢だな」
「そうかもしれない」
「外れ職のくせに」
「それでも、生きていてほしいとは思った」
言った瞬間、レオンは黙った。
セリアもノルンも、何も言わなかった。
俺自身も、少し驚いていた。
俺はレオンに怒っている。
今でも腹が立つ。
簡単には許せない。
でも、死んでほしくはなかった。
それは甘さかもしれない。
弱さかもしれない。
けれど、そこまで切り捨てたら、俺は俺でなくなる気がした。
広間の奥で、帰還ルートの魔法灯が点灯する。
時間は進んでいる。
フィン先生の声が、迷宮内の通信魔法から響いた。
「全小隊へ通達。演習は継続中だ。負傷者を抱えての帰還判断も評価対象とする」
先生の声は、わざとらしいくらい平然としていた。
だが、たぶん全部見ていたはずだ。
レオンの暴走も。
俺が切ったことも。
ノルンの謝罪も。
「アキト」
リュミエルが言う。
「帰りましょう。長く留まるほど迷宮の反応が上がる」
「分かった」
俺はトーヤを見る。
「トーヤ、レオンを運べるか?」
「もちろん」
「待て」
レオンが拒否しようとする。
だが、トーヤは真面目な顔で言った。
「歩けるとしても、今のお前は小隊の足を引っ張る」
その言葉に、レオンが固まる。
足を引っ張る。
昨日、レオンが俺に向けた言葉と同じだった。
だが、トーヤの声には侮辱がなかった。
ただの事実確認だった。
「守られることは、恥じゃない」
トーヤは続けた。
「少なくとも、俺はそう思う」
レオンは何も言えなかった。
トーヤはレオンを肩で支える。
ノルンが反対側についた。
セリアは悔しそうに唇を噛んだあと、杖を握り直した。
「帰還ルートの魔物は私が焼くわ」
「火力は抑えろ」
俺が即座に言うと、セリアが睨んできた。
「分かってるわよ」
「昨日のセリアなら、分かってなかった」
「……っ」
きつい言い方だったかもしれない。
でも、必要だった。
セリアは悔しそうに顔を歪めたあと、小さく言った。
「分かった。火力、抑える」
初めて、彼女が俺の判断を受け入れた。
俺は頷く。
「ミラ、前方索敵。リュミエル、魔力反応の確認。トーヤはレオンを支えながら中央。ノルンは回復を継続。セリアは詠唱を短く、牽制だけ」
「俺は?」
レオンが低く聞いた。
俺は一瞬迷ってから答えた。
「黙って休め」
ミラが吹き出した。
「新人くん、言うねえ」
レオンは怒りかけたが、立っているだけでも辛いらしく、言い返せなかった。
俺たちは帰還ルートへ進み始めた。
その道中、迷宮は何度も俺たちを試した。
狭い通路での幻影蝙蝠。
床から伸びる拘束鎖。
魔力を乱す霧。
だが、今度は崩れなかった。
ミラが見つける。
リュミエルが読む。
トーヤが守る。
セリアが抑えた火力で牽制する。
ノルンが回復する。
そして俺が、流れを繋ぐ。
「右、二秒後に蝙蝠!」
「了解!」
「セリア、火球じゃなくて火壁!」
「分かってる!」
「トーヤ、半歩下がって。鎖が来る!」
「任せろ!」
「リュミエル、霧の核は?」
「左上。星光弾で抜くわ」
不思議だった。
昨日まで俺の言葉は、誰にも届かなかった。
でも今は、届いている。
俺の指示で、仲間が動く。
仲間の動きで、俺の解析精度が上がる。
そしてまた、次の判断に繋がる。
これが、パーティなのかもしれない。
ただ同じ場所にいるだけじゃない。
同じ目的に向かって、それぞれの役割を信じること。
やがて、帰還地点の光が見えた。
迷宮の出口。
俺たちはほぼ全員、息を切らしていた。
レオンは半ばトーヤに支えられたまま。
セリアは魔力切れ寸前。
ノルンは額に汗を浮かべている。
ミラも肩で息をしていた。
リュミエルの顔色も少し白い。
俺も限界だった。
それでも、全員いる。
誰も欠けていない。
出口の光をくぐった瞬間、演習システムの声が響いた。
【演習終了】
青水晶取得:
特異職科混成小隊
全員生存:
達成
重傷判定:
なし
敵対小隊救援:
達成
被害最小化:
高評価
総合評価を算出中……
周囲の景色が訓練迷宮から、元の地下演習場へ切り替わる。
見学していた生徒たちが、ざわめいた。
「特異職科が勝ったのか?」
「レオン様が運ばれてる……?」
「外れ職が指揮してたぞ」
「青水晶を取ったの、あいつだよな?」
俺はふらつきながらも、タイムラインを握って立っていた。
フィン先生が近づいてくる。
その隣には、演習教官たちもいる。
フィン先生は俺を見て、少しだけ笑った。
「生きて帰ったな」
「はい」
「それが一番偉い」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじわりと熱くなった。
勝ったことより。
レオンを助けたことより。
誰かに認められたことより。
生きて帰った。
ただそれだけの言葉が、今の俺には深く刺さった。
演習魔法板に、結果が表示される。
【総合評価】
第一位:
特異職科混成小隊
評価理由:
目標取得。
全員生存。
敵対小隊の危機救援。
高難度状況における指揮判断。
被害最小化。
代表評価対象:
アキト・アオキ
職業:
編集者
貢献内容:
戦況解析。
罠対応。
味方支援。
敵対小隊救援。
暴走状態の一時解除。
広場が、静まり返った。
そして次の瞬間、ざわめきが爆発した。
「編集者って何だよ……」
「外れ職じゃなかったのか?」
「レオン様を救援?」
「あいつ、神殿に追われてるって噂の……」
レオンはその表示を見上げていた。
その顔には、屈辱が浮かんでいる。
でも、もう一つ。
疑問があった。
自分の強さとは何だったのか。
その問いが、彼の中に生まれてしまったのだと思う。
俺の視界に、システム表示が浮かぶ。
【システム表示】
課題達成:
剣術科合同小隊演習で、編集者としての有用性を証明する。
追加達成:
レオン・グランベルの外部付与スキルを観察。
暴走要素の一部をカット。
敵対小隊を救援。
【タイムライン解析 Lv.1】が安定化しました。
称号候補を取得しました。
【外れ職を覆した者】
取得しますか?
俺は、その文字をしばらく見つめた。
外れ職を覆した者。
悪くない。
でも、まだ早い気もした。
俺はまだ何も知らない。
神殿のことも。
勇者候補制度のことも。
自分の職業の正体も。
それでも。
一つだけ、はっきり言えることがある。
俺は、もう置き去りにされた昨日の俺じゃない。
俺は静かに【はい】を選んだ。
【システム表示】
称号:
【外れ職を覆した者】を取得しました。
効果:
外れ職・特異職からの信頼補正上昇。
貴族・神殿関係者からの警戒補正上昇。
「また面倒な補正ついてる……」
思わず呟いた。
リュミエルが隣で小さく言う。
「でも、悪くない称号ね」
「そうか?」
「ええ」
彼女は演習場のざわめきを見つめながら、静かに言った。
「あなたが、自分で勝ち取ったものだから」
その言葉に、俺はタイムラインを握る手に力を込めた。
その時、演習場の入口に白い法衣の男が立っているのが見えた。
神殿査察官。
仮面の奥の金色の瞳が、じっと俺を見ていた。
拍手も、称賛も、驚きもない。
ただ、観察している。
まるで、新しい危険物の性能を確認するように。
そして彼は、静かに呟いた。
「やはり、放置はできない」
その声は遠く、俺には聞こえなかった。
けれど、彼の視線だけで分かった。
神殿は、俺を見逃さない。
演習には勝った。
外れ職の価値も示した。
でも、本当の戦いはこれからだ。
三日後の神殿査問会。
そこで俺は、世界のルールを握る連中と、初めて正面から向き合うことになる。




