第14話 暴走する勇者候補
「こっちだ」
俺――アキト・アオキは、訓練迷宮の通路を走った。
目の前には、今までとは違う景色が広がっている。
石壁。
床の罠。
魔力の流れ。
幻影魔物の配置。
それらが全部、一本の編集画面みたいに見えていた。
【タイムライン解析 Lv.1】
一時解放されたその力は、未来予知じゃない。
でも、今ある情報から、次に起こりそうな流れを並べてくれる。
レオンたちが通ったルート。
セリアが火魔法で焼いた壁。
ノルンが張った結界の残滓。
迷宮がそれに反応して、魔物を再配置している線。
そして、その先にある黒い揺らぎ。
レオン・グランベルの暴走地点。
「あと何分!?」
後ろからミラが叫ぶ。
「たぶん八分!」
「たぶんって怖いね!」
「俺も怖い!」
正直、全力で叫び返した。
ミラは壁を蹴り、俺たちより少し前を走っている。
トーヤは盾を構えながら、重い足音で俺の横を守っている。
リュミエルは後方で短杖を握り、周囲の魔力を読んでいた。
昨日まで、俺は一人だった。
追放されて、置き去りにされて、毒で死にかけた。
なのに今は、俺の声で仲間が動いてくれている。
その事実が、走りながら胸を熱くした。
でも、感傷に浸っている暇はない。
前方の床に、赤い線が見えた。
「止まって!」
俺が叫ぶと、全員が即座に足を止めた。
直後、通路の先の床が沈み、左右の壁から無数の魔力矢が放たれた。
もしそのまま走っていたら、全員まとめて串刺し判定だった。
ミラが口笛を吹く。
「新人くん、今の見えてた?」
「流れだけな。床が鳴る前に、魔力が壁へ逃げた」
「説明がすでに意味不明だけど助かった!」
トーヤが盾を前に出す。
「どうする? 罠が止まるのを待つか?」
「待たない。時間がない」
俺はタイムラインを握った。
保存素材は三つ。
【破損進行・微弱】
【衝撃緩和・劣化】
【消音・微弱】
ここで使うなら――。
「ミラ、床の起動板、どれ?」
「中央の黒い石板。たぶん踏むと連動する」
「分かった」
俺は床の黒い石板を見た。
視界が青く染まる。
【システム表示】
編集対象を検出しました。
対象:連動罠の起動板
構成:
【圧力感知】
【魔力伝達】
【矢射出命令】
【復帰機構】
実行可能操作:
【カット】
成功率:
五十六パーセント
全部切るな。
罠そのものを壊す必要はない。
今だけ通れればいい。
切るのは、矢射出命令。
「カット!」
ぶちん、と感覚が走る。
赤く光っていた魔力線の一部が途切れた。
【システム表示】
対象:【矢射出命令】をカットしました。
保存スロット満杯。
一時保持状態になります。
警告:
十秒以内に破棄または保存してください。
「十秒かよ!」
俺は舌打ちした。
保存スロットはすでに埋まっている。
このまま持ち続けると暴発するかもしれない。
なら、捨てる。
いや、捨てるだけじゃもったいない。
俺は天井近くの壊れた魔法灯を見た。
「ペースト!」
切り取った【矢射出命令】を、壊れた魔法灯へ貼り付ける。
次の瞬間、魔法灯がびくんと震え、天井に向かって小さな光の矢を放った。
ぱん、と軽い音。
魔法灯が壊れた。
ミラが目を丸くする。
「何それ、こわ」
「俺もそう思う」
でも、床の罠は止まった。
「今だ、走る!」
俺たちは罠の通路を駆け抜けた。
背後で、切られた魔力線が再接続する音がする。
ぎりぎりだった。
通路を抜けると、広い円形の部屋に出た。
中央には青い水晶が浮いている。
演習の目標物。
「目標地点……!」
トーヤが声を上げる。
だが、俺はすぐに首を振った。
「違う。これは囮だ」
「囮?」
リュミエルが水晶を見て、目を細める。
「本物の青水晶じゃないわ。魔力の色が薄い」
ミラが舌を出す。
「うわ、性格悪い迷宮」
俺のタイムラインには、はっきり映っていた。
この部屋は分岐点だ。
囮の水晶に近づいた小隊を足止めし、その間に別ルートへ魔物を流す仕組み。
レオンたちは、おそらくこれを力で突破しようとした。
その結果、迷宮の反応が過剰になった。
そして、レオンのスキル補強が暴走しかけている。
「本物は奥だ。右の通路」
俺が指差すと、リュミエルが頷いた。
「同意見よ。魔力の流れが右奥へ続いている」
「じゃあ行こう!」
ミラが走り出そうとした瞬間。
円形の部屋の奥から、爆発音が響いた。
どおん、と壁が震える。
同時に、熱風が右の通路から吹き抜けてきた。
セリアの火魔法。
だが、様子がおかしい。
炎が強すぎる。
訓練迷宮の幻影魔物相手に使う火力じゃない。
リュミエルの表情が険しくなる。
「セリアの魔力が乱れている。違う……レオンの加護が周囲の魔力を引っ張っている」
「暴走が始まったのか?」
「まだ完全ではない。でも近いわ」
俺の視界に表示が浮かぶ。
【警告】
対象:
レオン・グランベル
外部付与スキル:
【勇者剣技補正】
【身体能力増幅】
【恐怖耐性】
【指揮威圧】
神殿式補強が過剰稼働。
暴走まで:
五分以内。
「五分!」
俺は叫んだ。
「急ぐ!」
右の通路へ入る。
その先は、焼け焦げていた。
壁には剣で切り裂かれた跡。
床には火球が爆ぜた焦げ跡。
幻影魔物の残滓が、黒い煙のように漂っている。
レオンたちが通った痕跡だ。
強い。
確かに、強い。
でも、強すぎる。
力が前へ前へと流れすぎて、後ろが崩れている。
「ノルンの結界痕が薄い」
リュミエルが言った。
「回復と防御が追いついていないわ」
ミラが鼻をひくつかせる。
「血の匂い……いや、訓練用の負傷判定かな。でもかなり濃い」
トーヤが盾を握り直した。
「誰か重傷判定を受けかけてるのか?」
「たぶん、セリア」
俺はタイムラインを見る。
炎の残滓。
詠唱の乱れ。
後退した足跡。
その前に、レオンの直線的な進行。
「レオンが前に出すぎてる。セリアが合わせるために無理な火力を出した。ノルンは回復で手いっぱい。隊列が崩れてる」
「昨日まで一緒だっただけあって、よく分かるね」
ミラが言った。
俺は少しだけ胸が痛んだ。
「分かるよ。見てたから」
そう。
俺はずっと見ていた。
レオンの強さも。
セリアの焦りも。
ノルンの優しさも。
でも、誰も俺を見ていなかった。
通路の先から、レオンの声が響いた。
「下がるな! 俺が斬る!」
続いて、セリアの悲鳴。
「無理よ、レオン! 魔力が……!」
ノルンの声も聞こえた。
「待って、結界がもたない!」
俺たちは通路を抜けた。
そこは、巨大な訓練広間だった。
中央に、本物の青水晶が浮いている。
その前に、巨大な幻影騎士が立っていた。
黒い鎧。
大剣。
赤く光る目。
本来なら、複数人で連携して倒す訓練用ボスなのだろう。
だが今、その幻影騎士の周囲には、異常な魔力が渦巻いていた。
そして、その正面にレオンがいた。
白銀の鎧が光っている。
いや、光りすぎている。
右腕から胸元にかけて、金色の文字列が浮き上がっていた。
それは加護というより、鎖だった。
レオンの体に、無理やり力を流し込んでいる。
【システム表示】
対象:レオン・グランベル
神殿式補強が暴走寸前。
外部付与スキルが肉体限界を超過しています。
警告:
このまま戦闘継続した場合、対象の魔力回路に損傷。
重度後遺症の可能性。
俺は息を呑んだ。
後遺症。
ただの演習じゃ済まない。
レオンは幻影騎士に斬りかかる。
速い。
鋭い。
確かに勇者候補の剣だ。
だが、動きが雑になっている。
力が強すぎて、体が振り回されている。
幻影騎士の大剣が横薙ぎに迫る。
レオンは避けない。
正面から受けるつもりだ。
「馬鹿、避けろ!」
俺は叫んだ。
レオンが一瞬こちらを見る。
驚き。
苛立ち。
屈辱。
その全部が混じった顔。
「来るな! 俺は一人で――」
言い終わる前に、幻影騎士の大剣がレオンに叩きつけられた。
衝撃音。
レオンの体が吹き飛ぶ。
ノルンが悲鳴を上げた。
「レオン!」
俺は走った。
考えるより先に、体が動いていた。
「トーヤ、前!」
「任せろ!」
トーヤが盾を構え、幻影騎士の追撃を受け止める。
轟音。
トーヤの足が床を削る。
「重い……!」
「リュミエル、騎士の動きを止められるか!?」
「三秒なら!」
リュミエルが短杖を振る。
星の鎖が幻影騎士の腕に絡みつく。
ミラが横から回り込み、騎士の膝裏を斬った。
「新人くん、早く!」
俺は倒れたレオンのそばに膝をついた。
レオンは意識がある。
だが、呼吸が荒い。
右腕が震えている。
金色の文字列が、皮膚の上で暴れていた。
「触るな……!」
レオンが俺を睨む。
「俺は……お前の助けなど……」
「黙れ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
レオンが目を見開く。
「死にたいなら後で勝手にしろ。今は演習中だ。小隊の生存が勝利条件だ」
「俺に……命令するな……」
「命令じゃない。状況判断だ」
俺はレオンの右腕を見る。
金色の文字列。
神殿式補強。
暴走寸前。
これを全部切ったら、たぶんレオンの体が壊れる。
外部付与スキルが肉体に食い込んでいる。
切るなら、暴走部分だけ。
加護そのものじゃない。
補強そのものでもない。
過剰稼働している部分。
「編集操作」
視界が青く染まる。
レオンの体が、幾層もの情報として見えた。
筋肉。
魔力回路。
剣技スキル。
勇者候補の称号。
神殿式補強。
そして、暴走して膨れ上がった金色の線。
【システム表示】
編集対象を検出しました。
対象:レオン・グランベルの外部付与スキル補強
構成:
【勇者剣技補正】
【身体能力増幅】
【恐怖耐性】
【指揮威圧】
【神殿式固定】
【過剰稼働】
実行可能操作:
【カット】
警告:
対象は他者の肉体および称号と深く接続されています。
安易な編集は、対象の能力喪失・魔力回路損傷を招きます。
成功率:
三十一パーセント
低い。
低すぎる。
「アキト!」
リュミエルの声が飛ぶ。
「無理に切らないで! 接続が深すぎる!」
「分かってる!」
でも、何もしなければレオンは壊れる。
俺はタイムラインを握った。
保存素材。
【衝撃緩和・劣化】
これを使う。
レオンの暴走を止めるんじゃない。
まず、反動を和らげる。
俺は【衝撃緩和・劣化】を取り出し、レオンの右腕へ向ける。
「ペースト!」
淡い黄色の膜が、レオンの右腕を包む。
【システム表示】
対象:レオン・グランベルの右腕
付与効果:
【衝撃緩和・劣化】
持続時間:
四十五秒
成功率が変化しました。
【過剰稼働】カット成功率:
三十一パーセント → 四十九パーセント
まだ半分以下。
でも、やるしかない。
全部切るな。
神殿式補強は残す。
剣技補正も残す。
身体能力増幅も残す。
切るのは、暴走している【過剰稼働】だけ。
細い線を探せ。
流れの中で、異常に膨らんでいる部分。
編集で言えば、音割れしている波形だけを削る。
「過剰稼働だけ……カット!」
ぶちん。
いや、違う。
切れない。
金色の線が抵抗した。
俺の指先に、焼けるような痛みが走る。
【システム表示】
抵抗を受けました。
対象の神殿式固定が干渉しています。
精神負荷上昇。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。
頭の奥に、声が響いた。
――勇者は強くあれ。
――勇者は恐れるな。
――勇者は退くな。
――勇者は勝利せよ。
うるさい。
これはレオンの意思か?
それとも、貼り付けられた命令か?
分からない。
でも、こんなものに人間を縛らせていいわけがない。
俺は歯を食いしばった。
「レオン!」
「何だ……!」
「お前、本当に一人で勝ちたいのか!?」
レオンが目を見開いた。
「それとも、勝たなきゃ価値がないって、誰かに思わされてるだけか!?」
金色の文字列が、一瞬だけ揺らいだ。
レオンの顔に、初めて迷いが浮かぶ。
その瞬間、接続が緩んだ。
今だ。
「カットォ!」
金色の線の膨れ上がった部分だけが、ぶつりと切れた。
レオンの右腕から、眩しい光が弾ける。
俺の手の中に、燃えるような金色の断片が浮かんだ。
【システム表示】
対象:【過剰稼働】をカットしました。
保存スロット満杯。
一時保持状態になります。
警告:
神殿式補強の断片は高危険素材です。
十秒以内に破棄または安定化してください。
「また十秒かよ……!」
暴れる金色の断片が、俺の手を焼く。
捨てる場所がない。
そのまま破棄すれば、周囲に暴発するかもしれない。
なら、どこに貼る?
幻影騎士。
あれは訓練迷宮の魔力でできた敵だ。
本物の肉体じゃない。
多少暴走しても、被害は抑えられる。
「トーヤ、リュミエル、離れて!」
俺は叫んだ。
「この断片を騎士に貼る!」
リュミエルが一瞬で意図を理解した。
「全員、距離を!」
トーヤが盾で幻影騎士を押し返す。
ミラが横から飛び退く。
セリアとノルンも、何が起きているか分からないまま後退した。
俺は金色の断片を、幻影騎士の大剣へ向けた。
「ペースト!」
光が走る。
金色の【過剰稼働】が、幻影騎士の大剣に貼り付いた。
次の瞬間、大剣が異常な速度で震え始める。
強すぎる力。
耐えきれない器。
幻影騎士の大剣に亀裂が走る。
俺はタイムラインの最後の素材を見た。
【破損進行・微弱】
使うなら、今しかない。
「これも持っていけ!」
俺は【破損進行・微弱】を大剣の亀裂へペーストした。
ぱきん。
小さな音。
だが、その音をきっかけに、大剣全体へ亀裂が広がった。
幻影騎士が大剣を振り上げる。
その瞬間、武器は内側から砕け散った。
黒い光の破片が、広間に降り注ぐ。
リュミエルの結界がそれを受け止める。
幻影騎士は武器を失い、動きが大きく鈍った。
「今!」
俺が叫ぶ。
トーヤが盾で騎士を押さえ込む。
ミラが背後から幻影核を切る。
リュミエルの星光弾が、騎士の胸を貫いた。
幻影騎士の体が、青白い光となって崩れていく。
戦闘終了。
広間に、静寂が落ちた。
俺はその場に膝をついた。
手が震えている。
レオンは倒れたまま、荒く息をしていた。
だが、金色の暴走光は消えている。
ノルンが慌ててレオンに駆け寄る。
「レオン! 大丈夫!?」
セリアも青ざめた顔で近づいた。
「今の、何……? レオンの加護が……」
レオンは俺を見ていた。
屈辱。
混乱。
怒り。
でも、その奥に、ほんの少しだけ恐怖があった。
自分の力が、自分のものではなかったかもしれないという恐怖。
俺は息を整えながら言った。
「レオン。お前の力、何か変だ」
「黙れ……」
「黙らない。今のはただの疲労じゃない。神殿式の補強が暴走してた」
レオンの顔が強張った。
「神殿式……?」
その時、広間の奥で青水晶が静かに輝いた。
演習の目標物。
俺たちは助かった。
レオンも壊れずに済んだ。
だが、演習はまだ終わっていない。
そして俺の視界には、新しい表示が浮かんでいた。
【システム表示】
条件達成:
小隊の生存。
危機状況の解析。
他者の暴走要素の部分的カット。
保存素材の戦術利用。
【タイムライン解析 Lv.1】が正式解放されました。
追加警告:
神殿式補強の異常構造を確認。
関連情報:
勇者候補制度に、外部編集の痕跡があります。
俺は、その文字を見つめた。
勇者候補制度。
外部編集。
つまり、レオンだけじゃない。
神殿は、勇者そのものを作っているのかもしれない。
俺は静かに拳を握った。
この演習は、ただの勝負では終わらない。
神殿の台本の端が、初めてめくれた気がした。




