第六譜 焦燥
「――君たちは、自分がどれだけ無謀なことをしたのか分かっているのか!! 君たちの勝手な振る舞いが命の危険に晒したんだぞ! 君たちだけじゃない! 仲間の命も――だ!!」
「いいですか。今こうして貴方がたが説教を受けられているのは、奇跡だと思ってください。本来であれば、二人はもうこの世にいないんですから」
「ごめん、なさい……」
「すみませんでした」
目覚めた時、薬品臭漂う包帯だらけのアッシュ達を出迎えたのは、怒りに震えるヨハンとマリエラだった。
普段は怒ってもさほど怖くないとされるヨハンも、この時ばかりは、指示を守らず命を捨てかけたことに本気で怒っている。マリエラも、まともに息も出来ず苦しんでいた二人への心配も含めながら、極寒の異名に相応しい冷徹な視線と口調をぶつけていた。
初めて見るヨハンの剣幕に、エトナは痛む身体を丸めてシーツをキツく握りしめ、アッシュは心からの謝罪で頭を下げる。
そんな二人の様子にヨハンは深く息を吐き出すが、ぶつける鋭い視線に変わりはない。
「とにかく、マリューも言ったように君たちは自分がどれだけ幸運だったかを噛み締めるといい。あともう少しこの〈浄火院〉に入れられるのが遅かったら、〈マスク〉があったとしてもそんな傷じゃ済まなかったんだからね」
「よくて半身不随でしょうね。身体には激痛が走っているでしょうが、それは命を繋いだ代償として受け入れなさい」
二人がいるここは、治癒能力の〈合力:浄火〉に特化した者たちが集う〈浄火院〉。【隷獣】との戦闘で傷を負ったり【邪気】に身体が侵されたりすれば、ここに入れられる。
彼らの全身に巻かれている包帯は、【隷獣】の体液を〈浄火〉して作る聖水――回復薬――を染み込ませたものであり、これで体内に入った邪気と汚染された生傷を癒していた。
とはいえ、対人間に特化した【邪神】由来の傷だ。瞬時に治るなんてことはなく、突き刺すような痛みが包帯の下でずっと走っている。
「ごめんね、アッシュ……。私が、倒せたことに浮かれてなかったら……」
「ううん、それについてはお互い様だよ。僕だって一緒に倒せたことに浮かれてたし、考える前にエトナの手を取っていればこんなことにはなってなかったよ。ごめん」
痛みや悔しさに顔を歪めながら謝る、彼らにヨハンは再び深呼吸。心に溜まった感情を吐き出し、代わりに別の言葉と入れ替える。
「まぁ、後輩を守ろうとしたその高潔な心は評価する。君たちの状況を思えば、その心を持ってくれているだけでも、ボクは誇らしく思うよ。君たちにとっては、なにもしてあげられない無能な教師の言葉なんて――って思うだろうけどね」
「……別に、それについてはなんとも思っていませんよ。慣れてますし、元から期待していません。私だってムカつく人達の『やるせない怒り』も理解していますから。……。中立でいてくれるだけでありがたいですし――」
「ただ、どうしても焦っちゃうんですよ。人は有用性を示さない限り、その人本人を心から認めようとはしませんからね。僕らが認められるには、【隷獣】を倒せるところを見せるしかないんです」
「僕らが……というより私が、だけどね」
「それについては異論があるからお口チャック。嫌われてるのは僕も一緒だ」
「ん」
ただそこに在る。それだけで嫌悪されるという理不尽すぎる状況に立たされながらも、諦めずに逆境を跳ね飛ばそうとしている二人。
だからこそ、彼らの『無茶』が今後も変わらないと理解したヨハンとマリエラが、目配せをしてアッシュたちに宣告する。
「焦り、有用性……か。そんなことないって言っても、綺麗事だって君たちには見抜かれるんだろうね」
「ならば私たちも合理的に、今後についての話し合いをしましょう。アッシュ・ヴェンタス、エトナ・アルデンシアン。貴方たちの焦りは理解しましたが、だからといって課された縛りを解いていいことにはなりません。これより貴方たちには〈合力〉の保持時間が五分を越えるまで〈外界〉での活動を一切禁じます」
「なっ……!!」
状況を力技でも変えたい二人にとってあんまりな宣告。
なにせ、彼らが〈合力〉を発動して手を離していられる時間はたったの三秒。しかも〈契り〉を結んでから一年かけて、それだ。
それが百倍。一生〈外界〉での活動を禁じられているようなモノだ。
少しでも滅亡の可能性を減らすため、合理的に効率の良い社会を形成した今の人類。誰もが自らの有用性を示し、認められて生きている。
そんな社会で暮らしていかなければならないからこその、エトナの焦燥なのだがヨハンはそれを認めない。
「無理とは言わせないよ。〈執火科〉の君たちは、対【隷獣】の専門職として外で生存区域を開拓する〈執火官〉になるんだろう? それになる条件はなんだい?」
「……種類は問わず、【二ツ眼】を千体討伐すること」
「そして〈合力〉の発動時間が十五分であること、だね」
「その通り。なら、五分がどれだけ譲歩した条件かは理解出来るね?」
「先の戦いでの動きや、戦闘終了後に手を繋ごうとしたあの動き。あれが当たり前に出来るのであれば、貴方たちなら五分もあれば余裕を持って再発動が可能と判断しました。勿論、そこからの練磨は必要ですが、これならば貴方たちを戦える者として認めます」
「ッ……!」
理路整然とした、否定のしようがない条件にエトナは唸ることもできない。
「教師としては、本来なら危険の少ない〈工火科〉への転科をさせるんだが、モノを造る〈合力:煉火〉は精密で緻密な〈合力〉の操作が前提条件。君たちには無理だし、やる気もないだろう」
「同じ理由で、〈浄火科〉への転科も不可。まぁこちらは適性が無いでそもそも無理ですが」
〈契りの儀〉を交わした後、希望に応じて三つの学科へと進んで社会に貢献できるようにする〈典火院〉のシステム。
戦闘職・生産職・治癒職。その三つに貴賤はないが、〈執火官〉になる条件は〈合力〉を使える者なら容易に突破出来て『誰でも』なることが出来る。
だからこそ、エトナ達がまともに生きるには〈執火官〉になるしか道はない。
「分かるね。君たちが有用性を示したいのなら、ここでしっかりと結果を出すしかない。四の五のは言っていられないよ。無理な戦いをして危険になるのは自分達だけじゃないと分かっているだろう?」
退路は完全に断たれた。
それでも、エトナたちの心は折れたりはしない。逆境なんていつものことだ。そこから這い上がる為に、エトナは今ここにいる。
不安に怯えていた赤い眼には力が宿り、好戦的な笑みを浮かべる。心が元気になったパートナーを見て、アッシュも嬉しそうに強気に微笑んだ。
「上等……! それしかないっていうのなら、やってやるわ……!」
「逆境なんていつものこと。だからいつも通り、エトナと一緒に乗り越えてみせますよ。驚きで腰抜かさないでくださいね」
体が痛むにもかかわらず今にも特訓を始めようとする二人を見て、ヨハンは呆れ笑いを浮かべる。
「戦意旺盛でなにより。けど、動けるならその前に君たちにはやることがあるよ」
「やること、ですか?」
「なにかあったっけ?」
「助けて貰った恩人への感謝だよ。ハスタが咄嗟に炎の刃を飛ばさなければ、君たちは死んでいたんだから――」




