第五譜 元No.1×元No.2
「っていうか……あれ〈マスク〉だよな? 先輩なのに、なんで――」
「あーあれはね」
彼らが指を差したのは、同期たちの戦闘を前に手を繋いだまま佇むだけのアッシュとエトナペア。
〈外界門〉の前で真っ先に〈合力〉を発動した二人だったが、彼らは一歩も動かず、それどころか〈ブルーム〉と同じマスクを付けていた。
そのことを理解した時、〈ブルーム〉達が二人に向けて憐れみや小馬鹿にした不躾な視線を飛ばす。
それが、エトナの癇に障った。
「ひっ……!!」
「あ、あの眼……!? 噂の……!? 先生!」
「大丈夫、大丈夫ですから落ち着きなさい。あれについては何もしないよう、言いつけてありますから。皆さんが注目するのは英雄候補たちだけで構いません――」
エトナが睨んだことで顕になった赤い眼が〈ブルーム〉たちに多大な恐怖を抱かせる。
その視線からマリエラが強制的に逸らさせ、ヨハンがアッシュたちに向かって軽く頭を下げていた。
とはいえ、不快になったエトナの視線は変わらず――
「はいはーい。戦えなくて不機嫌になるのは分かるけど、可愛い後輩たちに八つ当たりしないの。僕たちが見るのは【隷獣】たちでしょ」
「別に、八つ当たりしてない」
「思いっきりしてるじゃん。相変わらず分かりやすいんだから」
「ふん」
アッシュによって強制的に顔を元の位置に戻されるが、エトナの仏頂面は変わらない。
生まれと育ちのせいで色んな嫌がらせを受けてきたせいで陰気な雰囲気に見えるが、溜め込み続ける我慢の塊のせいで彼女の性格はかなり好戦的寄りだ。
そのおかげで〈ブルーム〉だった頃の彼女の成績はかなり優秀。座学も武術も同率No.2だった。
「っていうか……戦えなくて不満なのは私だけじゃないでしょ元No.1。あんなに実力を磨いたのにそれを発揮出来ない悔しさは分かってるつもりよ……」
「ありゃ、バレた? そりゃ折角身につけた力は使いたくなるよね普通」
「やっぱりね。……はぁ、せめて〈合力〉をもっと上手く使えたら。……ごめんね、私のせいで」
アッシュたちが出来るのは〈合力〉を発動するまで。そこからの操作はなぜか上手く行かず、手を離せば即座に暴走して〈合力〉が解除される。
それゆえに彼らは手も〈マスク〉も離せず、今日も見学で【隷獣】の感知のみを任されている。
同期たちは鮮烈な戦いを繰り広げているのに、それを見ている事しか出来ない強烈な悔しさが胸中に広がって掻き毟りたくなるエトナ。
それと共に、原因が自分にあると思っているエトナはアッシュへの申し訳なさで一杯だった。
「こらこら、私のせいなんて言っちゃダメでしょ。〈合力〉は二人の力。上手くいく理由も行かない理由も責任も全部共有なんだから、一人で背負わないの」
「でも……」
「はい、でも禁止。というか、それよりエトナは集中。〈合力〉乱れてるよ。感知に集中しないと、先生達に怒られる」
「あ、ご、ごめん!」
不規則にゆらめく〈合力〉。エトナがぎゅっとアッシュの手を握って深呼吸すると、揺らいでいた〈合力〉の光が綺麗に収まった。
それと同時に、拡張された感知能力が『それ』に気付く。
「アッシュ!」
「エトナ!」
同時に声をかけ、手を繋いだまま二人は走り出す。
〈ブルーム〉たちに教鞭を取るマリエラ、自分達の進路に躍起で【隷獣】を討伐していく同級生達、それを監視するヨハン。誰もが目の前のことに意識が集中して誰も気付いていない。
その意識の合間を縫って、一組の〈ブルーム〉が姿を消していることに――。
「まったく……! これだから力を持ったばかりのガキは……!」
「自分達のことを棚に上げて言うのはアレだけど、それには同感」
大方、〈グロウズ〉の活躍に充てられたのだろう。この世界の人たちが幼年期から訓練を施されているのは、すべて〈合力〉を使いこなす為。ようするに、何年も待ってやっと使える〈力〉なのだ。
つまり、悪く言えばずっとずっと欲しがっていた『おもちゃ』をご褒美に買ってもらった子供と同じ。〈契りの儀〉を交わした後に、どうしても使いたくなってしまうのだ。
〈合力〉が与えてくれる全能感があれば尚更。
「ただ、勝手をするには『今』は不味すぎる。――【隷獣】の数が〈狩場〉にしてはちょっと多い」
焦燥がアッシュの中で湧き上がり、手を繋ぐエトナに伝播する。アッシュの手を掴む彼女の手が少しだけ強く握りしめられた。
本来ならばそういう〈ブルーム〉の逸りを含めた上で、何があっても良いように教師が配置されている。
だが、なぜか今日に限っては【隷獣】の数がいつも以上に多い。教師やハスタ達にとって【二ツ眼】は雑魚でも、【隷獣】という生物は人類の脅威なのだ。
マリエラが言った通り『油断・即死』であり、ハスタ達はそれにかかりっきりだった。
「きゃあああああ!!」
「ッ! エトナ!」
「スピード上げる!!」
離れたところから聞こえてくる悲鳴でようやく全体がその事態に気付く。
だが、彼らが間に合うには時間が足りない。間に合うのは、先に動き出していた〈合力〉をまともに操れない二人だけ。
全員の死角にて【レプリカント】に襲われていた〈ブルーム〉を発見し、握る手を強めた。
二人の頭に〈合力〉を操れないことなんて微塵もない。あるのは、助ける心だけ。
「やるよ、エトナ。助ける準備はできてる? 戦うよ」
「えぇ。こんなところで後輩に死なれても目覚めが悪くなるしね。一か八かの大勝負。私たちも、命懸けるわよ」
「だね。先生達には怒られるかもしれないけど、その時は一緒に怒られようか」
「逃げたら許さないから」
「僕がエトナを置いて逃げるわけないじゃん」
二人の心が一致し、燃えるように熱くなる。足取りは良好。気分も爽快。【敵】の位置は把握済み。
〈合力〉が激しく猛り、戦意旺盛が見て取れる。
もう一度、今度は二人揃って深呼吸。
肺の中の空気を真っ新にし、手を繋いだまま二人は【レプリカント】に向かって勢いよく駆け出した。
その姿にマリエラたちが気付くが、もう止められない。
「いいかい。僕たちの〈合力〉保持時間は三秒。その間に手を繋ぎ直せば、〈合力〉は乱れず暴走も解除もされない」
「一撃で決めるしかないってことね」
「出来るでしょ、僕らなら。今までの見学で【レプリカント】の動きは散々見てきたんだし」
「簡単に言ってくれちゃって。でも、アッシュの言う通りね。せっかくだし元No.1と元No.2の実力、見せてあげましょう――」
そこから言葉は不要。二人にとってもこれは初の実戦。
意識を戦闘に全集中。【レプリカント】を見据える眦が鋭くなり、周りの音を消していく。
二人が感じるのは、お互いの体温と心拍、息遣い。ただそれだけでいい。
あとは、染み付いた戦闘技術と互いを想う心が身体を動かしてくれる。
体長二.五mの【レプリカント】まで、三・二・一
それぞれ昂っていた鼓動が合致する――
「「今!!」」
二人の声が重なり、手を離す。
先に【レプリカント】の間合いに入ったのはアッシュ。目の前に殲滅対象の人類がやってきたことで【レプリカント】は即座に攻撃を開始。逃げ場を塞ぐように、針のように鋭い両腕でアッシュを両断すべく挟み込んだ。
それが、急接近された時に【レプリカント】が取るいつものパターン。
風と共に迫る両腕。アッシュは両手をクロスして、両腕に亀裂が入るほど強く掴むと同時に、硬い胴体に向かって強烈な前蹴り。
逃げ場がなく余すことなく伝えられた衝撃は【レプリカント】の背中を突き抜け、破砕音が鳴り響く。
蒼血が散る中、【レプリカント】の真後ろにいたエトナ。エトナは〈閃光〉を使えないが、〈合力〉を溜めることくらいは出来る。
右手に〈合力〉を集中。そのまま光り輝く拳を、剥き出しになった【レプリカント】の背中に思いっきり叩きつけた。
言うなれば――
「ゼロ距離〈閃光〉!!」
その瞬間に、両腕を離していたアッシュも双掌を腹部に叩きつける。
衝撃を一切逃さない、前後からのズレがコンマ一秒もない完璧な同時攻撃。
【レプリカント】は無数の破片となって砂塵の中に消え、アッシュとエトナは叩きつけた手をそのまま重ねていた。
「「やったね!」」
重なる喜びの声。アッシュもエトナも〈マスク〉の下で満面の笑みを浮かべていた。
だが、ここで初めての成功体験が二人に油断を誘う。
〈合力〉の再発動は、発動する意志が必要なのだ。
だからこそ、二人は喜ぶよりもまず、〈合力〉を再発動させる意志を持たなければならなかったのだ。
アッシュが真っ先に気付くがもう遅い。――制限時間を超え、四秒目に突入。
死のカウントダウンが始まる。
「「あ゛あ゛あ゛ァァァァ……!!」」
〈合力〉が消滅した瞬間に、【邪気】が体内に侵入。〈マスク〉のおかげで致命傷にはなっていないが、肺から脳髄、そして全身にかけて激痛が走る。
まるで無数の針を突き刺され、細胞ひとつひとつが削られているかの如き鮮烈な痛み。〈マスク〉の下は血で溢れている。
意識も朦朧とし、痛みに耐え切れず膝を折って顔を苦痛に歪めるエトナ。そんな彼女をアッシュは痛みを堪えながらしっかりと支える。
しかし、アッシュに出来るのもそこまで。弱りきった二人に【レプリカント】が襲い掛かる。
「あ……やば、い。エトナ、手を……!!」
「あ――」
アッシュが力ない手で弱々しくも、しっかりと繋ぎ直す。なけなしの意識を振り絞り、僅かながらも今度こそ〈合力〉を発動するが、浄化には至らない。
先にエトナが意識を失う。力が抜け重たくなった彼女を腕の中に抱き、自分を身代わりにするアッシュ。最期の足掻きで青灰色の瞳が鋭く【レプリカント】を貫くと、その視界は火炎の一振りによって塗り潰された――
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