第四譜 英雄候補たち
――そこは、砂塵が舞う荒地だった。
日は差さず、視界は不明瞭。〈合力〉による身体強化・五感強化・第六感発現がなければ、一寸先も見えない暗澹たる環境だ。
それでも、ここは〈外界〉の中では最も優しい場所。人類は土地の開拓のために戦線区域を五十五区画まで広げているが、〈狩場〉はその第一区画。最も【邪気】が薄く、【隷獣】も最弱の【二ツ眼】しか現れず、都市にもすぐ帰れる比較的安全区域だった。
「っし! 行くぜミィシャ! 一帯の【隷獣】を燃やし尽くす! 最強の英雄になるのはオレたちってことをガキどもに見せつけてやるぞ!」
「う、うん!!」
ハスタ・ミィシャペアが手を離して我先にと飛び出していく。
〈合力〉が途切れる不安もないのだろう。その動作はとても滑らかで、迷いは一切ない。
そんなかれらが真っ先に出会ったのは、体長三mの人型の【隷獣】――【レプリカント】。人形のように丸みを帯びた顔に、最大の特徴たる赤い眼が二つ。両腕両脚は針のように鋭い。どうやって地面を蹴っているのか分からないが、動きは不規則的で、人間風に見えるからこそ嫌悪感を走らせる。
のっぺりとした銀灰色を下地に紫模様が全身に散らばり、その濃さと範囲によって個体能力と生理的嫌悪感が強烈になるのが【隷獣】の特徴だ。現に、見るのに慣れていない〈ブルーム〉たちは〈マスク〉の下で顔を歪めている。
その中でも【レプリカント】は最も数の多い量産型。斑の紫模様は色が薄く、範囲も銀灰色の方が圧倒的に多い。
殺傷能力は比較的高くなく、せいぜい振るわれる腕が建物の壁を粉砕する程度の威力だ。嫌悪感も、〈合力〉を纏わなければ吐き気を催すくらいの精神汚染で収まる――。
「相変わらず気持ち悪ぃ姿しやがって! どこぞの誰かを思い出すぜ!!」
「でも、これはちゃんと壊していいやつ!!」
ハスタが左手の盾で腕を弾き、無防備になったところを長剣で叩っ切る。溶けるように外殻を切り裂き、蒼い色の血を流す【レプリカント】はたたらを踏んで後退するが、そこをミィシャがすかさず〈閃光〉を飛ばして破壊する。
今、彼らが使っているのは攻撃に特化した〈合力〉――〈合力:熾火〉だ。
〈合力〉を物理攻撃に転換しやすい男性側が武器や四肢などに纏わせ、浄化の力と威力向上によって【隷獣】の外殻を破壊。剥き出しになった肉体に、〈合力〉そのものを〈閃光〉として射出可能な女性側がトドメを刺す。
どちらが欠けても倒せないのが【隷獣】だ。男女二人の淀みない連携が必須であり、【隷獣】への基本戦闘術となっている。
「流石は、現No.1。ハスタは言動が酷いし、ミィシャは普段大人しいくせに、戦闘になったら相変わらず美しいな」
「セヴァドス様」
「心配するなキッカ。これは純粋な賛辞だ。嫉妬でも皮肉でもない。私には私の戦い方がある。力を貸してくれるか?」
「勿論でございます。恐れ多くも、わたくしはセヴァドス様のパートナー。であれば、当然全力を尽くさせていただきます」
「感謝する。それでは、私たちは【ヒュッケバイン】を狙うとしよう。アレがいるのといないのとじゃ、状況は大きく変わるからな」
「はっ!」
――【ヒュッケバイン】は、四枚の翅を持つ体長六十cmほどの飛行体。殺傷能力は低いものの、人類に対する索敵能力が高く、他の【隷獣】たちを誘導してくる案内人の様な【二ツ眼】だ
その【ヒュッケバイン】がいなくなれば後輩達の心労も少しは和らげられるとして、セヴァドスは長槍に〈合力:熾火〉を流し、王族特有の白銀の髪とケープマントを靡かせながら探しに出る。
彼に追随するのは、黒藍色の髪を短くまとめた怜悧な女性キッカ・フェロー。セヴァドスの従者であり護衛役でもある彼女は、弓に〈閃光〉の矢を番えながら狙いを定めていた。
そんな彼らが学年のNo.2。No.1、No.2の姿を見て、他の同期達も戦意を迸らせる。
それに続くのはNo.3。気怠げな小柄な少年ミツキ・ドレヴァンシーと姉御肌として有名な長身のイリーナ・ジーファだ。
「ほらミツキ! みんなもう行ってるよ! ウチらも早く行かないと、全部獲られちゃうじゃん!」
「……えー、だったらそれでもうよくない? ……力んだところで〈合力〉の無駄遣いっていうか……疲れるっていうか…」
「はいはい、こんな時まで面倒臭がりを発動させないの! 後輩たちが見てるんだから、そんなんじゃ示しつかないでしょ!」
「……マリューは格好つけるなって言ってたじゃん」
「マリエラ先生は後輩たちに戦い方を見せろとも言ってたでしょ。ウチたちが多分、一番上手く見せられるんだから、期待には応えないと」
「はいはい……。まったく……おれが期待って言葉に弱いの知ってて使ってるでしょ……。まぁいいけど……。――師匠たちの顔くらいは立ててあげるよ」
ミツキは長いボサボサの前髪を上げ、双剣を構えて勢いよく飛び出す。その隣を、双剣を逆手に構えたイリーナが並んで駆け出した。二人の高速移動によって砂塵が強くなる中、頭の高い位置で結ばれた赤みがかったイリーナの金髪が、軌跡となって〈ブルーム〉たちの視界に残る。
それから他のペアたちも戦闘に参加。
そうしてここは言葉通りの〈狩場〉へと変貌。砂塵の中に無数の【隷獣】の破片と蒼い血が混ざっていく。
最弱の【二ツ眼】とはいえ、人類の脅威たる【隷獣】が蹂躙されていく光景を見て、〈ブルーム〉達は畏敬の念を抱いた。
同時に気後れもする。
「あれ……本当にたった一年違うだけなのか……? 一年後、ああなってるとは思えないんだけど……」
「う、うん……。わたし達も執火官になるために頑張ってきたけど……レベルが違いすぎるっていうか……」
「その点については正直気にしなくても良いよ。ハッキリ言って、あの子達は『違い』すぎるからね。同じことをやろうとしても身を滅ぼすだけだ」
「どういうことですか」
「貴方たちも優秀ですが、彼らはそれ以上ということです。
――高出力の〈合力〉を持ち、卓越な連携で最短効率で【隷獣】を破壊。〈執火官〉の中でも上位の者しか発現させられない『固有能力』を既に身につけつつあるハスタ&ミィシャペア」
ハスタが〈合力〉を長剣に流すと、火種が発生。まだ規模は小さいが、成長すればそれは大炎となるだろう。ミィシャの放つ大木のような〈閃光〉にも強烈な熱が注がれており、【隷獣】の破片が焦げているのが見える。
「――〈合力:熾火〉だけではなく、限られた者しか使えない治癒に特化した〈合力:浄火〉の力を持つ二属性のセヴァドス&キッカペア」
長槍と矢で瞬く間に【ヒュッケバイン】を破壊した途端、誘導されてきた【レプリカント】に背後から攻撃を食らうセヴァドス。
背中に浅い傷が入るが、セヴァドスはそれを無視。痛みを感じる間も無く治癒し、攻撃された勢いのまま長槍をレプリカントに叩きつける。
外殻が剥がれたところを、二十本の〈矢〉が叩きつけられて【レプリカント】は粉微塵になる。過剰攻撃としか思えないが、『そう』なってしまうのがキッカという女性の性格だった。
「――そして、〈合力〉の出力自体は低いものの、上位二ペアを遥かに凌ぐ制御能力で超々高速戦闘を実現させたミツキ&イリーナペア。状況に応じて瞬時に〈合力〉を四肢や武器に流すその技術だけは、私たち教師に引けを取りません」
六体の【レプリカント】に囲まれるミツキたち。しかし、二人に怯えは一切無い。
群れにも見える【レプリカント】だが、奴らに連携という戦術はなく『浮き駒』が必ず存在する。それを適切に見抜き、姿がかき消えるほどの速度で接近。両脚から両腕へと〈合力〉を流し、高威力の連撃を叩きつけて破壊する。
ほんの僅かなミスを起こせば、互いに傷つけ合うのが超接近戦での連携。だが、お互いを信頼しきっているのか、刃が二人を掠めることすらなかった。
他のペアたちも、上位三組には劣るがいずれも高い攻撃力と連携力で【隷獣】を破壊していた。
「ふふっ、こんなに頼もしい生徒を持ったのは初めてだね。黄金世代って他の教師陣が沸き立つのも分かるよ」
「黄金世代、ですか?」
「そ。あの戦闘能力を見たら分かるけど、彼らは十六歳にして【二ツ眼】を圧倒している。ハッキリ言って、学年どころか学院全体でも彼らは丸ごと上位に来る。こんな学生は歴代で見ても人類最強たる〈道導〉だけだった。すぐにでも〈執火官〉になれるだろうね」
「み、〈道導〉と同じレベルってことですか……!?」
人類最強、現英雄たる〈道導〉。彼らは十四歳で飛び級して〈執火官〉となり、隷獣を屠り続けては区画を拡大している。彼らがいなければ、世界はもっと暗く生きていただろう。
そんな英雄と同等の逸材が一世代に集結。これほどの希望はない、と〈ブルーム〉たちはマスクの下で満面の笑みを零した。
――と、〈ブルーム〉の一人が気付く。
「あれ……? でも先生、あそこの先輩方……動いていませんよ?」
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