第三譜 〈合力〉
同心円状の三つの区画からなる都市〈アルカ〉の外縁部。死の温床たる外――〈外界〉に繋がる門があり、有事の際には最前線となるその場所。
そこに、紫がかった外套を制服の上から羽織り、装備を整えたアッシュら生徒たち三十人ほどが集められていた。
これから行われるのは、【テュフォネ】の眷属たる隷獣との実戦授業だ。静かで重い緊張感が漂い、あの王族にすら唾を吐く横柄尊大なハスタであっても肩に力が入っている。
とりわけ、アッシュらより一つ下の後輩たちの顔は酷く青白い。
そんな誰もが手を冷たくする中、率先してアッシュがエトナの手を掴んだ。
「アッシュ……」
「エトナ、落ち着いて。僕たちは僕たちのやれることをやるんだ。怯えるのは良いけど、怯えすぎたら余計な労力をかけるだけ。死を防ぎたいなら、頭は冷静に、心は余裕を――だ」
「――――うん」
柔らかな口調で耳元で囁かれながら、エトナは深呼吸を二回。ガントレット越しだが、手から確かに伝わる温もりがエトナの心拍を落ち着かせた。
手はもう冷たくない。
「よし、良い顔だ」
「ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあやるよ。一番乗りだ」
ぎゅっと手を繋ぎ、互いの存在を意識しながら先にエトナが言葉を紡ぐ。
「連なる翼」
続いてアッシュ。
「調和の結び」
最後は二人で、締めの詠唱を。
「「昇華の種火は我らの手の中に」」
言い終わると同時に、二人繋がれた手から神々しい純白のオーラ――〈合力〉が溢れて二人を包み込んむ。
――〈合力〉とは、善神〈メテウス〉が消滅間際に、力を人類に注いで発現させた〈気力〉と〈魔力〉を融合させた力だ。その力は【邪神】由来のことごとくを容易に浄化させ、対隷獣や【邪気】に対して最高の成果を引き出している。
発動条件は、最も〈気力〉と〈魔力〉の成長率が高くなる十五歳にて相性の良い人と心を通わせて手を繋ぐこと。
そのために人類は統合修練機関――〈典火院〉を設立し、七歳から十八歳までの義務教育を開始。そこで十四歳になるまでは個々人での戦闘技術を磨き、この先必要な座学を終えるようにプログラムが組まれている。
そうして十五歳になると〈合力〉を伝達させやすい指輪に己の血を付着させて相手と交換。〈契りの儀〉を交わし、一心同体・二人三脚で〈合力〉を磨いていくのだ。
アッシュとエトナから放たれる陽だまりの様な温かさが周りへ伝播し、生徒たちの緊張感を解いていく。
それはハスタも同様であり――二人のことを見下す同期たちも負けじと、それぞれのパートナーと共に詠唱を紡いだ。
後輩たちはまだ慣れていないのか、その詠唱は少したどたどしいが無理もない。〈契りの儀〉を交わしたばかりの彼らにとって、これが初の課外授業なのだ。
ヨハンの隣に立っていたマリエラが、全員が〈合力〉を使ったのを見て、ヨハンのパートナーであるマリエラが口を開く。
「よろしい。全員淀みない発動、見事です。優秀ですね」
淡々と裏を感じさせない純粋な褒め言葉。それに後輩たちは嬉しくなるが、その緊張感の撓みをマリエラは許さない。
タァンッと、マリエラは持ち武器である白銀の長杖で地面を叩く。
「ですが、〈合力〉なんて発動できて当たり前。出来なければ死ぬだけですし、出来たとしても死ぬのが〈外界〉です。特に、〈ブルーム〉達はずっと手を繋いでおくこと。貴方たちは〈契りの儀〉を交わしたばかりで〈合力〉のコントロールも保持時間もままなりませんから」
極寒を思わせる碧眼の冷たい視線が生徒たちを射抜き、緊張感を引き締める。
マリエラは包容力のありそうな風体をしているが、性格はとにかく合理的の塊。かっちりとスーツを着こなす固さや白青色の髪も相まって生徒たちからは『氷上の女帝』と裏で呼ばれている。普段は温もりを感じさせるヨハンとは真逆だった。
後輩たちの意識が切り替わったところでマリエラはアッシュ達に向き直る。
「そして〈グロウズ〉。先輩の貴方がたは、後輩に〈合力〉を使った戦い方を見せてください。ですが、決して良い格好をしようと逸らないこと。学生用の〈狩場〉で【二ツ眼】しかいないとはいえ、【隷獣】は【隷獣】。油断即死、です。いいですね?」
はいッ! と、ハリのある返事をしていよいよ『授業』が開始する。
マリエラがヨハンと手を繋ぎ、継ぎ目のない白亜の壁に手を置くと――
「「〈外界門〉オープン」」
重なる二人の声と〈合力〉に呼応し、縦に光の線が入る。
瞬く間にそれは〈門〉となり、外へと続く道となった。
「ここから先はいつ死んでもおかしくありません。〈ブルーム〉は万が一に備えて〈マスク〉を装着するように」
マリエラの指示で、後輩たちが口元を覆う硬質な白銀のマスクを装備する。これは【隷獣】から採れる〈聖鉱石〉を伸ばして作った【邪気】の浄化装置の様なモノ。
〈合力〉は使い方が分かれば、ある程度は手を離しても〈合力〉を続けられるが、〈ブルーム〉はまだそれが出来ない。
だから手をずっと繋いでおく必要があるのだが、それでも何が起こるか分からないのが〈外界〉だ。〈合力〉が途切れる可能性を考慮し、〈マスク〉である程度の害を防ぐのだ。
が、かなり息苦しい上に、【邪気】を吸い込んでしまったら肺が裂けそうなほどの激痛が走る。
あくまで〈合力〉が切れた時の即死を免れる応急手段。
戦いにはそもそも不向きで、〈合力〉の鍛錬に入っているハスタら〈グロウズ〉には必要のないモノではあった。
「では、行きます。今回は後輩に見せるためとは言いましたが、いつも通り【隷獣】討伐は〈執火官〉資格条件に記録されます。対【隷獣】の専門職に早く就きたいのなら、決して手は抜かぬように――」
教師と生徒たちが光に包まれ、都市からその姿を消した。
読んで下さりありがとうございます!
二人の過酷な運命の先が気になると思っていただけたら、【ブクマ】や【評価】などで応援していただけると彼女たちの励みになります! よろしくお願いします!




