第四十六譜 決着
出力と量が釣り合った。エトナの純粋な想いを【邪気】が受け入れるように、反発することなく溶け合いながら混ざり合って〈合力〉が完成――否、進化する。
〈善神〉と【邪神】の相反する力が、その出力を桁違いのモノへと変えていく。失ったモノ以上に供給される力の奔流。
溢れ出す紫白の光が二人の全身を包み込み、全能感が満ち満ちる。
「【いける?】」
「誰に言ってるの! それより、ここからが本当の〈英雄〉への第一歩よ。ちゃんとついてきてよ!」
「【それこそ、誰に言ってるの――だよ】」
以心伝心、一心同体。何もかもが揃った二人は、踏み込む力すらも余すことなく合わせる。
超高速に動く二人は一条の軌跡を描き、ヨハンたちをも追い越して【アラクネア】の前脚を一本斬り飛ばした。
「エトナに、アッシュで良いんだよね……?」
「はい、ヨハン先生。マリエラ先生も、お待たせしてすみません。私たちもここから参戦します」
「【って言っても、もう終わらせるつもりだけどね。これ以上、この街を壊させるわけにもいかないし。ミツキたちもご苦労様。あとはまぁ任せてよ】」
街が壊れること、〈生命力〉が削られることなどを考えれば、返事を聞く時間すら惜しい二人は軽い声掛けだけで【アラクネア】に向かって駆けていく。
いつものヨハンたちなら、なんとしてでも止めただろうが軌跡を見ればその口も塞がるというもの。なにより、エトナたちの言葉には【アラクネア】にやられるという未来が含まれていなかった。
それは勝てる確信があるということで、事実それを目の前で体現していた。
「【エトナ】」
「言わなくても、分かってるわよ」
近づけまいと、降り注ぐ【糸槍】。その中にはアッシュの足を貫いた極細の【糸】も潜んでいた。
けれど、そんなのはもう通用しない。右・左・右・右。跳んで躱し、お互いの手を弾いて体をずらし合い、その間を【糸】がすり抜けた。
着地と同時に手を重ね、変わらぬ速度で二人は【アラクネア】に近づいていく。
アッシュが【隷獣化】したことで体格も変わっているというのに、それを感じさせない二人のステップワーク。
お互いへの想いが、愛する者のやりたいことを全て理解する。
言葉は不要。
振り下ろされようとするもう一本の前脚。手を離し、エトナがアッシュの肩を蹴って、振り下ろされる前に殴ると、刹那の時間差でアッシュも殴って衝撃を余すことなく伝える。
二人が再び手を繋ぐ時と、前脚が木っ端微塵に砕ける時は同時だった。
「っとに、おまえたちは……! 人のやる気ばっかり上げやがって! 後で責任取ってもらうからな!」
「〈英雄候補〉はあんた達だけじゃないんだよ!」
【アラクネア】を圧倒する同期を見て、やる気を漲らせたミツキとイリーナが〈合力〉を昂らせながら超高速で接近。
負けていられない、超高速戦闘の専売特許は渡さないと言わんばかりに、二人はエトナたちと同じように、双剣で刹那の時間差攻撃を中足に繰り出した。
流石の力量であり、天才肌の二人だ。二本の前脚を失ったことでバランスが崩れ、最も負荷がかかっている脚を見抜いて寸分違わず連撃を叩き込む。
今出来るありったけの力を注いだ攻撃だ。砕けるのは必然であり、【アラクネア】が更に前へと崩れる。
「――言っただろう」
「生徒たちばかりに任せてはいられません」
そこにヨハンたちが参戦。ほとんど動かない身体に鞭を打ちながら、無防備となった【アラクネア】の背中側にゼロ距離で渾身の雷撃を叩きつける。
外殻が剥がれ、【コア】が露出する。
そこへの一撃はさせまいと、【アラクネア】は残った脚で高速旋回。緊急回避するミツキらと振り落とされるヨハンたちだったが、彼らの役目はもう終わっていた。
「情けないけど、あとは任せたよ!」
「〈英雄〉になりなさい!!」
「「はい!!」」
【コア】へと駆け出すエトナたちに向かって最後の言葉を投げかける。
常に力の無さで迷惑をかけてきた人からのエールだ。力が漲らないわけがない。
高速旋回が更なる無茶を招いたのか【アラクネア】の動きは止まっている。あとは、そこに致命の一撃を食らわせるだけだ。
「【これで】/おしまいよ」
「「〈万象砕く怒りの鉄槌を〉!!」」
重なり合った手を【コア】に叩きつける。両の手からの〈合力〉の奔流は、【コア】の耐久値を一瞬で奪い取り、全身へと流れていく。
やがて【アラクネア】は内側から弾け、恐怖を撒き散らしていたその存在はキラキラと輝く破片へと変わったのだった。
「アッシュ……」
「エトナ……」
ゆっくりと二人が地上へと降りたところで、力を使い果たしたアッシュの【隷獣化】が解除される。たたらを踏むアッシュを支えるエトナだが、彼女も〈生命力〉を失ったことで、体はもうフラフラだった。
それでも、『支え』がいるなら二人はまだ立てる。
両手で手を繋ぎ直し、額を合わせ、お互い生きていることを確かめ合う。
「ふふっ」
「ははっ」
どことなく自然と溢れた笑い声。【アラクネア】を撃破したことの感動、お互いが生きていることの喜び、未来を二人で歩いていいという希望への嬉しさ。
万感の想いが二人の間を行き来していく。
「っと……!」
とはいえ、限界には違いなくガクッと二人はようやく崩れ落ちる。立つ力はもう残っていない。
「……どうしよう、アッシュ。もう私動けないんだけど……」
「それは僕も一緒だよ。すっからかんだ」
「じゃあ、これからどうする……? 【隷獣】はまだ残ってるわよ……?」
「そう、だね。ここまで来たんだ、限界を無視して抗うのもいいけど――」
【アラクネア】を撃破したとはいえ、〈アルカ〉に入ってきた【隷獣】の一体でしかない。
そこら中で破壊活動は継続しており、人類側は気絶した人の分もあって人手不足だった。見た目の絶望的状況は変わっていない。
けれど、希望は既にやって来ていた。
「――大丈夫、僕たちの役目はもう終わりだよ」
「え?」
笑みを浮かべながらアッシュが言った途端、聞こえて来ていた破壊の音の質が変わる。
その音は散々聞いた【隷獣】が破壊される音だった。それが、都市全土で起こっている。〈外〉に出ていた〈執火官〉が帰還したのだ。
そして【アラクネア】がいたこの現場には、白銀の装備を身に纏った偉丈夫と美麗な女性が二人。
いつの間にかエトナたちの前に立っていた。
「〈斎火の天蓋〉が破壊されて、【アラクネア】が出た――って聞いて急いで帰ってみれば……。やっぱりあの時、お前を拾っておいて正解だったな。私の未来予想図は正しかっただろ、ルーカス?」
「別に、あの時も否定してはおらんわ。というか、この状況が本当に正解と呼べるんかルシア? お主の口調もまだ荒ぶったままだろうに」
「呼んでいいだろ。だって、アッシュがいなかったらこの〈アルカ〉はちゃんと滅んでた。それを防いだ事実だけはちゃんと見ないと、コイツらの為になんねェよ」
〈道導〉――ルーカス・オルビタ・リコーデット。ルシア・オルビタ・リコーデット。
それぞれの黄金色の髪を靡かせながら、現代の〈英雄〉にして最強の二人は余裕綽々に周りを見渡している。
ただその警戒っぷりは、二人を視界にした瞬間に萎縮してしまうほどに怒りが滲み出ていた。
けれど、背中側にいるエトナ達はそう感じない。堂々たる、決して屈しないと分かるその大きすぎる背中は安心感だけを与えてくれていた。
疲れとは別に緊張からの解放で力が抜けていくのを二人は感じ取り、実質息子であるアッシュが〈道導〉に軽口を言う。。
「ったく……遅いよ二人とも。もうちょっと早く来てくれても良かったでしょ」
「こっちもこっちで戦ってた、ってのはまぁ言い訳にもなんねェか。悪かったと思ってるよ」
「それでも、よく儂らが戻るまで保たせたなアッシュ。それから此奴のパートナーよ。あとは儂らに任せ、ゆっくりしておれ。すぐに終わらせるからの」
「この戦いはもう終わりだ。一瞬でケリつけてやるよ」
二人が手を合わせ、〈合力〉を再発動。言葉通り、一瞬でケリをつけるべく〈合力〉を高めていく。
詠唱はルーカスからだった。
「『汝、万夫不当の勇を示せ』」
「『汝、一騎当千の豪を示せ』」
ルシアとルーカスがそれぞれの得物を持ち、全身に黄金色の〈合力〉を纏う。鮮烈で、それでいて陽だまりのように穏やかな気配。【アラクネア】とは真逆に、もう大丈夫と――体現してくれているような雰囲気は瞬く間に〈アルカ〉中へと走り、全員が一つの結論を出す。
「「『我らこそが万難を斬り伏せる者なり』」」
――あぁ、人類は負けなかった。と
「「〈豪勇は万の戦の勝者なり〉」」
盾を捨て、両手に持った巨大な斧と屈強な肉体に〈合力〉を流したルーカスが、地上に流星を描く。通った時にはもう【隷獣】は消滅していた。
城壁に跳んだルシアが白銀の杖を掲げ、その先端に〈合力〉を凝縮。瞬間、放たれた〈閃光〉が上空で弾け、豪雨の如く【隷獣】を穿っていった。
十三秒後、〈アルカ〉から全ての【隷獣】が破壊。
生き残った者たちからの、魂の歓声が都市に轟いたのだった――。




