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第三十三譜 【四ツ眼】

 ミィシャを背に乗せたエトナたちは、荒れた大地が嘘のように乱れなくハスタがいる戦場へと向かっている。

 その間にも傷は塞がり、痛みや引き攣りなどはあるが動きそのものに支障はない。

 むしろ近づくにつれて二人の思考に介入しているのは、この状況の違和感だった。


「アッシュ……これ」

「うん、多分ハスタがやったわけじゃないだろうね。斬った痕が一つもない。十中八九、この先にいる【隷獣】の攻撃に巻き込まれた結果だろう」

「この数を……」


 道なき道を走る中、目の前に散らばっているのは【隷獣】の残骸だ。砕かれ、貫かれ、切り刻まれ――。何百もの破壊の痕跡がそこにはあった。

 【二ツ眼(デュオ)】も【三ツ眼(トレス)】も関係ない。発生した【隷獣】全てが災害の如く広範囲に蹂躙されていた。

 それだけの破壊をもたらす【隷獣】の存在に背筋が寒くなるが、ハスタを救う一心で無理矢理にでも熱を持たせる。

 駆ける、駆ける、駆ける。

 ミィシャが伝えた場所まであともう少し。なのに、戦闘音が一切聞こえてこない。

 (イヤ)な沈黙がエトナたちの耳朶を打ち、ミィシャにも激しい焦りが生まれていく。


「――いた!!」

「ハスタは……!? 無事だよね!?」

「ちょ、落ち着いてミィシャ……! 危ない――」


 三人の思考が凍りつく。

 目にしたのはハスタの後ろ姿。肩が上下しており、生きているのは目に見える。しかし、全身が血塗れ。それどころか、体中のあちこちにミィシャと同じ『穴』が開いており、向こう側が見えていた。

 だが、凍り付いたのはそれだけじゃない。問題だったのは、その彼の前。

 砂嵐も何もない開けた場所に、赫い眼を【四つ】光らせてソレは悠然と佇んでいた。

 記憶が掘り返されたのか、ガタガタとミィシャが震え出す。


「……予想はしてたけど、やっぱりこれはないでしょう」

「【四ツ眼(クワトル)】……。それも【ハルピー】なんて、【噴火期】随分とイヤらしいことしてくれるじゃないか……」


 恐怖と絶望を、魂に突き刺してくるようなその名。

 丸みを帯びた顔に赫い眼が四つ。女性を思わせるような滑らかな上半身に両腕はなく、下半身は鳥の様な造形だ。その特徴が強いのか腕の代わりに背中には巨大な一対の翼がある。

 全長は2m前後と、戦ってきた中では小さな方だ。

 しかし、今までのどの【隷獣】よりも勝ち目がないと本能が告げている。

 ——それを見せつけるかのように……


「ハスタッッッ!!」


 喉の奥が引き裂かれんばかりに放たれたミィシャの呼び声と共に、【ハルピー】の翼から飛び出た【羽】がフラフラのハスタに襲い掛かる。


「エトナ!!」

「うん!!」


 震えそうになる体を無理やり抑え、ミィシャを下ろした二人が勢いよく駆けていく。

 本来ならば、どれだけ速くても間に合う距離じゃない。

 だが、ハスタなら。生存本能なのか、才能の大きさのおかげというべきか、その状態でも致命傷だけは避けていた。

 その時間があれば、二人の速度なら間に合う。


「今だけは全神経、全意識を【羽】だけに集中! 絶対に【ハルピー】本体に意識は向けないこと! いいね!」

「分かってる!!」


 全意識を【ハルピー】に向けることは、【四ツ眼(クワトル)】の高濃度の【精神汚染】を正面から向けることになる。今の状態では、すぐに発狂してしまうだろう。

 二人はまず飛び交う【羽】を流麗な動きで躱していく。意識をそこに注いでいるおかげか、全ての攻撃が必殺であるにも関わらず、『いつも』のように動けている。

 ハスタのところまであと僅か。

 瞬間、新たな獲物に気付いた【ハルピー】が【隷獣】の本能に従ってそちらに意識を向ける。

 その隙が、ハスタを包囲する【羽】の動きにズレを生じさせた。


「今!!」

「撃つ!!」


 二人は真下に向かって〈ゼロ距離閃光〉を放つ。

 強大な破壊音が鳴り響き、撒き散らされた濃い砂塵が三人の姿をかき消す。

 さらにその勢いを利用し、宙を跳んだエトナたちはハスタの下へ一直線。目隠しが晴れる前に血塗れのハスタを抱えて、ミィシャのところへ戻ることに成功した。


「あ……う……」

「ハスタ……ハスタ……!」


 全身穴だらけ。生きているのが奇跡と呼べるほどに惨憺たる身体となったが、まだハスタはかろうじて生きていた。なら、ミィシャと同じように希望はまだある。

 ミィシャがハスタとの〈合力〉が切れないように手を繋ぐ。


「これで第一目標はクリア、かな。ミィシャ、動けるなら今すぐここから移動するんだ。四時の方向に広いクレバスがあったから、そこに身を隠して、少しでも回復して」

「セヴァドス様が来たら、一緒に治してもらいなさい。それまでは、私たちがアイツを食い止めておくから」

「え――」


 いたって平然と言われた戦闘継続の意志に、ミィシャの思考が一瞬だけ止まる。


「に、逃げないの……!? わたし達じゃ、あんなの絶対に倒せないんだよ……!?」


 ――〈執火官〉には四つの階位があり、下から〈点火級(イグニス)〉、〈伝火級(フェッレ)〉、〈燼火級(フランマ)〉、〈叡火級(ルーメン)〉と定められている。

 そして大半の〈執火官〉が〈点火級(イグニス)〉止まりであり、【四ツ眼(クワトル)】との交戦許可が出るのは〈伝火級(フェッレ)〉からだ。どれだけ強くとも、〈執火官〉にもなっていないエトナたちがまともに戦える敵じゃない。


「そうかもしれないけど、今の私たちの状態で、あの【ハルピー】から逃げられると思う? まず間違いなく、追いつかれて背中からズドンッよ」

「倒せなくても、せめて撃退はしないと。ここには僕たちしかいないんだから、なら〈英雄〉になる者としての責務を果たさないとね」

「えい、ゆう……」


 それなのに見惚れてしまいそうな穏やかな笑みを向けられ、彼女たちの『心の強さ』をミィシャは理解する。

 頂点からのどん底。その間、色んな人から罵声や嫌味を言われながらも、二人揃っての這い上がり。

 『上』に上がってくる理由にも納得し、小さくも尊敬の念が芽生えていくのを自覚していた。


「じゃ、もう行くわね。アイツもいい加減、気付くだろうし」

「ミィシャはハスタと一緒に見守ってて。僕たちが〈英雄〉になるその瞬間を――」


 最後は余裕を感じさせる揶揄いの笑みを浮かべ、手を繋いだ二人は死地へと赴く。

 【ハルピー】が次の獲物を見つけて(よろこ)ぶ様に、二人を見据えた。

 恐怖はある。【精神汚染】の濃度と鋭さも【三ツ眼(トレス)】とは比にならない。

 それでも、愛する者と手を繋いでいることがどれだけ安心感を与えることか。

 固く繋がれた手。その存在を常に感じていられることが緩衝材となって【精神汚染】を防いでいく。それならば、恐怖を押し殺して前を向ける。


「さぁ、エトナ。ここを乗り越えたらそれこそ〈英雄〉だ。世界に僕たちアリ――って示すよ」

「もちろん。アナタとなら、どこまでも」


 だが、【隷獣】と対峙するにあたって心の安定は前提条件。

 二人の覚悟も、二人の愛の力も、全てを踏み躙るかのように【ハルピー】が()()()()()()()()


「「あ――」」


 ――これから強大な敵と戦うことで前のめりになりすぎていたのだろう。

 気付いた時にはもう、防ぐ時間も逃げる時間もなくなっていた。

 『油断即死』。マリエラが常々言っている言葉。死の危険が訪れるのは決して劇的なモノじゃない。


【――〜〜〜〜ッッッ〜〜〜ァ――――】


 【ハルピー】から発せられた、空気をズタズタに切り裂き、砕く怪音。

 その音を正面から浴びたエトナとアッシュの体はズタズタに裂け、体の内部を破壊。目や鼻、口などのあらゆる『穴』から血が吹き出すのだった――

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