第三十譜 無双
荒地を強靭な四つ足で駆け抜ける【マスティカ】が、エトナの柔らかい肌を喰い破らんと左側から大きな牙を覗かせる。
そうはさせまいと、アッシュがエトナを思いっきり引っ張って【マスティカ】の間合いをズラす。
間合いが変動しても、その対処に移れない絶妙なタイミング。ガギンッと硬質の音を響かせて牙が空気を喰い破った。
それが【マスティカ】の最期の行動だった。
「はぁぁぁぁ!!」
引っ張られたまま、宙を浮くエトナ。アッシュはその場で足元に渦が出来るほどの回転をし、エトナを【マスティカ】に向かって投げ飛ばす。
「うおりゃぁぁぁ!!」
裂帛の声とともに、エトナの白銀の両脚が【マスティカ】の顔面に突き刺さり、衝撃が突き抜けて全体をバラバラにさせる。
――カウント一秒。
手から離れた瞬間にアッシュも間合いを詰め、エトナが【マスティカ】を破壊したと同時に手を繋いで状況をリセット。
次に狙いを定める。
「それにしても、本当に数が多いわね……! これで何体目よ!」
「二十二体目……いや、これで二十三体目だね」
喋りながら跳んできた【レプリカント】を一撃でアッシュが粉砕。
白銀のブーツに蒼い血が付着するのを見ながら、エトナが辟易とする。その流れで、会話しながら二人は蔓延る【隷獣】に襲いかかっていく。
「……まだ皆と別れてから三十分も経ってないわよ。ハッキリ言ってペースは異常よ」
「これが【噴火期】ってことなんだろうね。だから〈第二区画〉なのに【邪気】の濃度もかなり濃い」
「ヨハン先生が、スコア評価をいつもの三倍にするって言った理由が分かったわ。確かに、それくらいして貰わないと割に合わないわね」
「うん。むしろこれは僕たちにとってもありがたいよ。スコアが稼げるってことは〈執火官〉の任命式に間に合う可能性が高くなったってことだし――」
「――〈英雄〉にも近づける」
突き出された【レプリカント】の腕を、エトナが脇の下に通してそのまま拘束。動きを止め、へし折ると同時にアッシュの左回し蹴りが【レプリカント】の首を斬り飛ばした。
「まぁ全ては、生き残れたらの話だけど」
「僕たちなら大丈夫でしょ。この程度なら、いくら襲ってきてもまだまだ余裕はある」
手を繋ぎ続ける二人は、他の者たちよりも効率が悪くなっている代わりに、〈合力〉そのものの発動時間は〈英雄候補〉の二倍はある。お互い、常に〈合力〉を回し合っている影響なのだろう。
少なくとも、実戦演習の二時間でヘトヘトになったことは一度もない。
油断でもなく、慢心でもなく、純然たる事実をアッシュが口にする。その疑わない自信が、エトナにも余裕を生むのだ。
「っと、話は一旦ここまでだね。次は中々に面倒だ」
「了解。集中していくわ」
重たい轟音による地響きが二人に届き、アッシュたちは目を細めてそれを見る。
現れたのは通常より大きい二m級の【レプリカント】が一体。宙には数十体の【ヒュッケバイン】が飛び交い、それに紛れるように後ろから新たな【二ツ眼】――【エティン】まで現れた。
銀灰色の硬質な体に濃度の濃い【邪気】を全身に張り巡らせる【エティン】は強個体の【レプリカント】よりも大きい四m級。姿は似ているが、体を支える両足は胴張りの柱の様に太く、厳めしい。腕の大きさも同様だ。
動きは鈍重だが、一撃の攻撃力は【二ツ眼】の中でも頂点に位置している。
「よし、じゃあ――」
「――一気に片付けるわ」
肺に一杯の空気を入れ、エトナたちは一歩目から爆発的に加速。呼吸を合わせ、〈合力〉の配分を合わせ、脚そのものの力の入れ具合を統一し、他の〈英雄候補〉では得られない速度を実現。
目では追えない猛スピードによる空気の衝突で【ヒュッケバイン】が弾き飛ばされていく中、【レプリカント】が両腕で超高速の突き。槍衾が形成され、掠っただけで最低でも体の一部が消滅するだろう。
だが、両腕での攻撃である以上は突きと突きの間に『隙間』はある。それを強化された動体視力で見抜き、二人は舞う様に絶死の攻撃を縫って近づいていく。
時間はかからず、無傷で間合いに入る。あとは〈合力〉を纏った両手を叩きつけるだけだ。
「――ッ!」
アッシュが繋いでいる左手を軽く引き上げて合図。攻撃をキャンセルし、二人は【レプリカント】よりも高く跳ぶ。
すると、眼下で【レプリカント】が粉々に砕け散る。
背後の【エティン】による攻撃だ。【レプリカント】に隠れてエトナたちが見えなくなっていたことで、そこにいるものとしてその剛腕を振るったのだ。
『自分が殺す』という意志による、同族の犠牲もお構いなしのなりふり構わない攻撃。
その強引さが厄介なところだが、連携しない相手だからこそ二人は先程以上の余裕が生まれる。
「ったく、宝の持ち腐れだね。つくづくキミ達が協力しないでくれて助かるよ」
「アナタの面の攻撃と【レプリカント】の点の攻撃が合わさったら面倒だったわ」
破片が体に当たりながらも、小馬鹿にしたように笑って【エティン】と正面から対峙。宙に浮いていることで、『四つ』の赤い眼が正面から一瞬だけ交錯する。
そのまま二人は、横薙ぎに振るわれたまま中々戻らない【エティン】の腕に着地。二人が乗っても余裕があるその太い腕を駆け上がり、遥か頭上へ跳躍。
反転。吹き飛んでいた【ヒュッケバイン】を足場として、一気に降下。重力という生物の縛りを味方とし、〈合力〉を纏った両拳を【エティン】に叩きつけた。
衝撃と一緒に破砕音が辺り一体に拡散。瓦礫と化して飛び散る【エティン】の一部が【ヒュッケバイン】を粉々に散らしていく。
銀灰色の雨の中、二人は悠々と荒地に着地した。
「ふぅ、これでひと段落ついたわね」
「うん。ざっと感知してみたけど、反応なし。少しだけど、今なら休憩出来るね」
軽く息が上がり、火照る体を冷ますために二人は水を一口飲む。
静けさが広がる中、この戦いの状況を再確認する。
「ねぇ、アッシュ。この戦い、勝てると思う?」
「勝つしかない――って言いたいところだけど、どうだろうね。この戦場だけで言うなら、間違いなく勝てるとは思うけど……」
〈英雄候補〉の殲滅範囲はかなり広く【二ツ眼】相手なら一蹴出来る。
〈英雄候補〉でなくとも、〈執火官〉確実と言われる〈グロウズ〉が十六組。多少漏らしたとしても『後ろ』は任せて遊撃に出られていた。
だからこそ、比較的『楽』な任務ではあるのだが、都市を壊滅させるほどの【赫醒戦】はそう甘いものじゃないことも二人はオルガを見て理解している。
単純に数の差が歴然なのだ。人口が減っている今、人類は質で対抗するしかない。
だからこそ〈英雄候補〉と呼ばれ、期待されるのだ。
「なんにせよ、僕たちはやれることをやるだけだ。〈執火官〉たちも頑張ってるだろうし、そこを気にすることは信じてないことになる」
「全員を信じて戦う――ね。昔の私が聞いたら笑っちゃうような言葉だし、今でも笑っちゃいそうだけど、アッシュの言葉なら信じてあげるわ」
お互いの存在を確かめるように手をぎゅっと握り、〈合力〉を全身に漲らせる。
【二ツ眼】が押し寄せるとはいえ余力は充分。手を離さなければ、対処は問題ない。
次、と足を向けた時。
――エトナが気付いたのは偶然に近かった。
「アッシュ!!」
「ッ!!」
エトナがなりふり構わず押し倒す。
何を――と確かめる間もなく、アッシュも気付いた瞬間に即座にエトナを抱きしめ回転。空気の刃が背に触れ、衝撃が外套を突き抜けてアッシュの体を打ち付ける。
次いで、その奥に『何か』が着弾。砂埃が二人を覆い隠した――




