第二十九譜 隔絶した実力差
――〈戦線区域〉は、〈執火官〉の上位層が人類の生存区域を拡大しつつ、大陸の最奥【シギラム山】に封印されている邪神【テュフォネ】を倒すために開拓した、〈執火官〉にとっての安全ラインだ。
最奥に近づくにつれて【邪気】の濃度が濃くなり、それに合わせて【隷獣】も強くなる。それゆえに〈執火官〉は、四つの階級によって入れる区画を定めているのだ。
つまり、それはどういうことかというと。
「エトナッ!」
「分かってる!!」
手を繋ぐ二人に向かって放たれる鋭い槍。空気を穿ち、二人の命を貫こうと空気を穿ちながらそれは迫ってくる。
二人は跳んで回避。標的を失った槍が砂の地面を穿つと、衝撃が伝播。砂が爆散し、そこに混ざる礫が強烈な攻撃へと変わる。
嵐の様に飛んでくる無数の礫に対して二人は互いを抱きしめ合う様な形で防御。膨れ上がる〈合力〉の出力だけで、自然の攻撃を防いでいく。
砂埃が晴れた頃、二人の眼前には大きな穴が出来上がっていた。
「……〈第二区画〉に出現する【隷獣】って、大半が【二ツ眼】なのよね? なのに、あの『圧』……。ただの【レプリカント】がどうしてあんなに強いのよ」
「まぁ流石は〈執火官〉専用ゾーンってだけはあるよ。なるほど、ここに来たことでよく分かる。僕らが今までいたところは、文字通りの〈狩場〉だったってわけだ」
〈狩場〉と〈第二区画〉で環境そのものは変わらない。相変わらず砂嵐による視界が不明瞭で、足場も荒れてて歩きにくい。
違うのは【邪気】の濃さだ。〈狩場〉は都市に近いこともあり、〈斎火の天蓋〉の余波が、【邪気】を少なからず浄火しているという恩恵が得られているのだ。
しかし、〈第二区画〉以降からはその余波が届かない。【邪気】は浄火されることなく、本来の【隷獣】が跋扈しているわけだ。
【隷獣】にとって【邪気】は、人間で言う栄養素。構成物質と言ってもいい。濃度が濃くなれば同じ【二ツ眼】であっても『質』がまるで違う。
『攻撃力』・『敏捷性』・『耐久性』・『残虐性』――【隷獣】のあらゆる性質が向上し、〈狩場〉で苦戦するようなモノでは戦いにすらならない。
それこそが、第二区画以降が〈執火官〉しか入れない理由であり、本来は〈グロウズ〉たちが三年以上かけて訪れる場所。
自然の難易度も、押し寄せる緊張感も、命の軽さも、〈狩場〉とは比べ物にならない。
だが――
「けど、これくらいなら問題ないよね」
「そうね。強さの違いには驚いたけど、それだけ。攻撃手段そのものが単純なら、私たちの敵じゃないわ――」
空から彗星の如く落ちてくる【レプリカント】を悠々と躱し、着地の硬直をエトナが狙う。
白光纏うエトナの回し蹴りが【レプリカント】の身体に叩き込まれ、濃く紫がかった外殻全てが粉々に弾け飛んだ。
【隷獣】特有の蒼い血が飛び散り、目の前には剥き出しになった【レプリカント】の生身。エトナが着地と同時にくるりとアッシュと入れ替わり、その遠心力を利用した渾身の拳がグシャリと【レプリカント】の肉体を貫いた。
鈍く重い音を立てて【レプリカント】は機能を停止する。
「ん」
「問題なしっと」
パァンッと、喜びを分かち合う手を二人で叩き、そのまま繋ぎ直して二人は次の獲物を狙う。
そんな様子を、〈18歳組〉のペア一組が信じられない様な面持ちで見ていた。
「な、なんだ……あれは……」
「あの赤目の【隷獣女】とそのパートナー……最下位じゃなかったの……? いや、ここに入ることを許可されたなら、そうじゃないのはわかってたけど……」
二人のことは彼らも知っている。〈典火院〉きっての嫌われ者・欠陥ペア・頂点から最下位への落伍者。
いくら調子が上がったと聞いていたとはいえ、そんな悪評ばかり轟いていたことで、心象も印象も『蔑視』が先頭に来ていたのだ。
けれど、それはものの見事に覆された。なぜなら、先ほど二人が一蹴した【レプリカント】に手こずっていたのが彼らだからだ。
エトナ達の遅れも換算すれば、戦闘経験そのものはかなりの差があるというのに、見た光景の『その差』は逆転している。
【隷獣】とは違った畏怖がペアに走る。
そして、その畏怖はエトナ達だけではない。
「そこっ!!」
「うおおおおお、ッラァ!!」
巨大な〈閃光〉が【レプリカント】二体と【マスティカ】二体を飲み込み、ボロボロになった【隷獣】に向かってハスタが雄叫びと共に長剣を振るう。
純度の高い霊鉱石製の剣は、砂嵐の中にいくつもの光を残しながら【隷獣】を叩っ斬っていく。
「ミツキ」
「分かってるよイリーナ。あれに続けってんでしょ。面倒だけど、足手纏いもいることだしここら辺の奴らはさっさと片付けようか」
互いに双剣を持ち、手の甲で互いの手を叩いて士気を向上させる。
次の瞬間、そこにはもうミツキもイリーナもいない。砂埃すら上げることなく、超々高速戦闘に入った二人は、辺りに押し寄せる【二ツ眼】を見事な連携で蹂躙していく。
手を繋ぐのとはまた違った意味で、近接武器同士での連携の難易度は難しい。高速戦闘ともなればその難易度は遥かに跳ね上がるのだが、二人の動きにそれは感じさせない。
――この三組の活躍を一瞥しただけで〈18歳組〉は気付く。
「コイツらこそ、モノが違ぇ……」
【マスティカ】の突進によって吹き飛ばされ、何かに激突する前にミツキによって回収されたテリアが小さく呟く。
胸の装備は砕け、衝撃が内部にまで響いて傷を負ったがそれもセヴァドスによって治癒済み。けれど、装備が砕けたように彼の『先輩風』という心も砕け、〈英雄候補〉との隔絶した実力差に諦めの心が芽生えていた。
「さて、これでご理解いただけましたかミスターテリア」
「セヴァドス……様……」
「この場において、年功序列は関係ない。実力があるモノが指揮を取るのが一番効率が良くて生存確率が高い。ここはもう〈狩場〉とは違うのです」
「はい……。よろしくお願いします……」
見下された――なんてことはない。セヴァドスがテリアを見る目は、いたって普通の眼差しだ。
けれど、だからこそ惨めさが胸中に広がり俯くことしか出来ない。
「では、僭越ながらこれからは私が士気を取ります。――いいか戦友達よ! この第二区画は広い! ハスタ・ミィシャ! 貴様たちは南西に! エトナ・アッシュは、北西に行け! ミツキ・イリーナと私たちはその反対側を担当する!
了解ッと全員が返事し、それぞれ高速で【隷獣】を倒していく。
「そして、貴様達も顔を上げろ。我々との間に実力差があったとしても、それが諦める理由にはならん。敵はなんだ? このまま我らだけに任せて『後ろ』を守らないつもりか?」
「いえっ……! 違います……!!」
先ほどの気遣う口調から一変し、冷酷さすら放つセヴァドスにハッとなる〈18歳組〉。おかげで自分達がなんのためにいるのかを思い出した。
「よろしい。――では、作戦開始だ。蹂躙せよ!!」




