第二十八譜 死出
雷鳴のように空が戦慄き、【邪気】の濃度がより一層、濃くなったことを感じさせる。その滲みよってくる自然の圧に、心身ともに沈みそうになるが決して立ち止まることはない。
エトナとアッシュが〈典火院〉の門前に辿り着いた時、それぞれの装備を纏った〈グロウズ〉や〈ブルーム〉が慌ただしくも、整列しようとしていた。
かれらの顔は強張っていたりやる気に満ちていたり、あるいは恐怖していたりと様々だが、力ある目から感じる意思は統一されている。
みんな、やるべきことが分かっている。
「エトナ、僕たちも早く装備を取りに行こう」
「えぇ、出遅れるわけにはいかないものね」
手を離し、二人は自室に戻ろうとする。
「ちょっと待った!! エトナ、アッシュ! 君たちはこっちだ!」
「ヨハン先生?」
「私たちだけ、別?」
奥から、どこか腹を括ったような顔をしたヨハンが呼んでくる。
もしかすると、ここでまだ何も出来なかった頃の実習の様に『何もするな』と言われるのかと思ったが、そんなエトナの懸念は彼女たちにとって良い意味で裏切られた。
「ハスタ? それに他のみんなも……」
「先輩たちもいるわ。もしかして私たち……」
整列する〈グロウズ〉たちから少しばかり意味深な視線を貰いながら、離れた場所に連れていかれると、そこにはマリエラの前に〈英雄候補〉や十六組の〈18歳組〉が煌々と輝く白銀の装備を身に纏って集まっていた。
「二人とも、こうなったからには君たちにもちゃんと働いてもらう。この装備を身に付けて、皆の後ろに並んでくれ。これから特別任務を言い渡す」
「特別任務……」
「それに、この装備って……!」
渡されたのは、二人の装備であるガントレットと【邪気】を弾く白銀の外套。そして、橙色が差し色となったブーツだった。
その橙色がある踵の側面には炎が揺らめく意匠がある。それこそが、下を向く人々が前を向くために、大地を照らすべく灯された希望の燈。
〈執火官〉専用防具だった。
それを受け取った意味にエトナは昂揚するが、同時に何故という疑問が浮かぶ。
それも、すぐに分かった。
「よし、これで全員だな。勇敢なる学生諸君、時間がないから簡潔に伝えるよ。この空の有様を見れば分かると思うけど、たった今【噴火期】が発生した。これより【第八次赫醒戦】が勃発するだろう」
「ッ……!」
誰かが息を呑む。
分かっていたこととはいえ、あくまでそれは推察。こうやって言葉にされると、極寒の氷柱を背筋に直接ねじ込まれたように体が強張った。
誰も口を開けない。
「今はまだ被害は出ていないが、【邪気】の濃度もかなり濃くなっている。その証拠に、〈天蓋〉が浄火しきれず、漏れ出す【邪気】が人々に侵入しつつある。かなり希釈され、ほとんど害がなかったからこそ気づかなかったみたいだが、この前から体調不良になっていた者はいると聞く」
「それって……」
エトナとアッシュが思い至るのは、体調不良となったユズハの両親。〈合力〉が使える今の時代、差はあれど人体強度は先史文明時代のそれとは比較にならない。体調不良なんて簡単に吹き飛ばせてしまうのだ。
だからこそ、それが出来なかった時点で、なにかしらの異変が起こっていることに気づくべきだった。
〈天蓋〉も破れていないのに【邪気】が漏れてくるなんて考えもしなかった。
「そこで、もし今体調不良ならば自ら申し出るように。これから君たちが赴く先は、地獄の一端だ」
「地獄? それってもしかして、行くんすか?」
「あぁ。君たちにはこれより『臨時〈執火官〉』となって〈狩場〉を超えて戦ってもらう。〈狩場〉に向かうであろう【隷獣】を〈第二区画〉にて殲滅するんだ」
ハスタの質問に淡々と答えるヨハン。
ヨハンの脳裏によぎる『王命』に、忸怩たる思いに駆られるが決してそれを顔に出したりはしない。
そんな彼の据わった目の意味が分かり、エトナ達も身を固くする。
「私たちが〈第二区画〉か……」
「流石に、これは予想してなかったね……」
二人はあくまで、〈狩場〉での範囲内、あるいは万が一に侵入してきた【隷獣】撃破という防壁役として実用性を評価されるものと考えていた。
だが実際は、直接戦線に向かっての迎撃戦。臨時とはいえ、〈執火官〉として戦うとなれば功績の中身も意味合いも大きく変わってくる。
それでも、やれるという自信が二人の繋ぐ手を強くする。
「なんで、おれたち? しかもわざわざ装備まで用意してさ。正規の〈執火官〉に頼ればいいんじゃないの?」
「【赫醒戦】というのは『全員』でかからなければ対処できない災厄だからだ。他の〈執火官〉たちは既に迎撃に入っているが、どうしても人手が足りない」
「で、オレたち〈英雄候補〉すらも駆り出すってわけか。〈狩場〉での【隷獣】討伐をモノともしないから」
「最近、討伐スコアを必ず聞くようになったのは、〈第二区画〉に出すかどうかの試験みたいなモノだったわけですね」
「あぁ、そうだ。君たちが間に合ってくれて、本当に良かったよ」
〈英雄候補〉たちの鋭い推察に、無機質な返事を返すヨハン。
ずっとこの時のために仕組まれていたこと。だが、それに怯えることはない。未だに顔を固くしている18歳組とは別に〈英雄候補〉たちはずっと笑みを浮かべていた。
「戦意旺盛でなにより。では、これよりボクとマリエラ先生と共に〈外界門〉に向かう。無駄口は叩かず、しっかりついてくるように。全速で行くからね――」
そう言ってヨハンは傍にきたマリエラと〈合力〉を発動させ、エトナ達もそれに続く。避難誘導は完璧で、〈外界門〉まで人に一度もぶつかることなく辿り着いた。
目の前に聳え立つ白亜の壁を見上げ、ハスタが勝ち気な笑みを浮かべる。
「ちょうどいい。〈狩場〉の【隷獣】にも飽き飽きしてたんだ。やっと本物を味わえるってね。全部、燃やし尽くしてやる」
「ハスタ。君の強気な態度はいいと思うけど、油断してたら足を掬われるよ」
「黙ってろ正論野郎。テメェに言われなくても分かってんだよ。言っとくが、これはオレらとテメェらの勝負でもあるからな。どっちが多く狩ったか見せつけてやるよ」
「そういうわけだから、よろしくね二人とも。今度も負けないから」
「こっちの台詞。今度は横取りしないでよね――」
ハスタとアッシュが言い合い、ミィシャとエトナが挑発し合う。ただ、悪態はつけどもハスタ達はエトナ達がいることに疑問は抱いていない。
そんな『いつも通り』の光景を見せられ、他の〈英雄候補〉たちも肩の力を抜いていた。
「はっ、逞しいな我らが同輩は」
「まったく、セヴァ様が気を張れって言っていたのを忘れてるんじゃないでしょうか?」
「……まぁ、良いんじゃない? 緊張いっぱいで戦えってのも難しいし、こういう軽口は正直ありがたいでしょ」
「四人とも! いい加減にしなさい!」
そして彼らもまた『いつも通り』に。
〈狩場〉を超えての初戦闘。【第八次赫醒戦】という重み。死ぬかもしれない恐怖。あらゆる緊張感が襲い掛かるが、それでも彼らは〈英雄候補〉。
臆することはなく、それらを呑み込んで心身のズレを修正した。
敵は殲滅。ただそれだけを胸に抱く。
アッシュが首元が疼くようにオルガから貰ったチョーカーを触り、それを倣ってエトナも自分のチョーカーを触る。自分が、そこにいても良いのだと——誰かに認められているのだと確認するように。
「覚悟は出来たようだね、それじゃあ君たちを今から〈第二区画〉に送る。無茶はしても良いけど、無理だけはしないこと」
「生きているのなら、絶対に助けてみせます。なので、ちゃんと帰ってくるように――」
ヨハンとマリエラが壮行の辞を送り、力強く返事を返すエトナ達。
〈外界門〉が開き、臨時〈執火官〉の彼らは死が遍く〈戦線区域〉へ無事放たれた。
砂が吹き荒ぶ中、18歳組の一人が意気揚々と全員の前に立つ。
「よし。ではここからはこの俺、テリア・スヴェンが指揮を取る。王族がいようが、〈英雄候補〉だろうが、実戦経験は俺たちが――」
――上、という言葉は轟音と共にかき消され、屈強なテリアの体が彼方へと吹き飛ばされた。




