第二十七譜 英雄への第一歩
「バカな!! 【噴火期】にはまだ猶予があったはずだぞ!!」
〈開拓祭〉後の【噴火期】に備え、鍛冶場にいたヨハンが身を乗り出して空を見上げる。
〈斎火の天蓋〉で覆われた漆黒の空は今や〈極彩色〉となって都市全体を強烈に照らしている。一日の終わり、最も穏やかだったはずの時間の消滅。【邪気】濃度がこれでもかと上昇し、上空全域で光が瞬いている。
〈極彩色〉など、色づく空は〈斎火の天蓋〉が【邪気】を浄火する際に発せられる拒絶反応だ。それが起こっている以上、結界は盤石。その身が犯されることはない。
しかし、何度も何度も執拗に弾けては波紋が広がる空は、言い換えれば人類を滅亡させる【殲滅意志】だ。死の予兆が、否応にも恐怖心を煽ってくる。
数秒前のさんざめく祭りの活気は、物静かなものへと変わっていた。
「ヨハン!」
「マリュー、良いところにきた! 装備の発注は切り上げだ! 今あるものだけを持って〈外界門〉に行くよ!」
「ですが、街の皆さんは……!」
「【第七次】を乗り切った人たちなら、どう動けばいいか分かっているはずだ! 彼らに任せる! 両陛下がいる限り〈斎火の天蓋〉も問題ない! それよりも今は【外】に駆り出される〈グロウズ〉たちが最優先だ!」
「ッ! 分かりました! ――〈煉火師〉の皆さん、ありったけの装備を持って〈典火院〉に集まってください! 万が一に備え護衛はしますので、どうか……!」
「承った!!!」
悲痛に顔を歪めるマリエラのお願いを、〈煉火師〉たちは即座に引き受ける。緊張感はあるものの、彼らの動きに淀みは一切ない。
ヨハンが状況把握のために周りを見渡せば、子供たちを除いて大人たちが規律ある行動でテキパキと動いていた。
『今を生きる人たち』はみんな、こうなる日に備えて常に覚悟している。都市の機構も〈典火院〉も、〈執火官〉・〈工火師〉・〈浄火医〉などの進路も全て全人類に役割を持たせ、合理的に生き抜くための戦略だ。
無駄はない。誰もが自分のやるべきことを理解している。
前を向き、倒れたものには手を貸し、生きようとする人々を見て、ヨハンも冷静さを取り戻す。
「大丈夫……まだ最悪じゃない。今なら乗り越えられる……!」
「ヨハン! 皆さんの用意が整いました!」
「よし、じゃあ一直線に〈典火院〉を目指すよ! 〈グロウズ〉にとってはキツい任務になるだろうけど、こうなったからには頑張って貰うしかない! 人類の命運は、人類全員に託す! 乗り越えるぞ!」
オオッと鬨の声を上げ、ヨハンたちそれぞれが〈合力〉を発動させ、〈外界門〉に向かって走り出す。
死の前兆は少しずつ激しさを増していた――
*
「う、うぅぅぅぅ……!」
「ほーらよしよし、大丈夫だからねー」
つんざく鐘の音に怯えるユズハがぎゅっとオルガに抱き付いているが、恐怖心は消えない。瞳に涙を浮かべ、体は震えていた。
だからこそエトナは膝をつき、目線を合わせて安心させるように優しく微笑む。
「だいじょーぶ。お姉さんたちに任せなさい。これでも私たち、結構強いんだから」
「そうだよユズハ。僕のことはもう嫌っててもいいけど、エトナのことはもう大好きなんだろ? 笑顔で送り出してくれたら、エトナも嬉しくなってなんでも頑張れちゃうから」
「……アッシュは?」
「え?」
オルガに顔を埋めながら、小さく呟かれたその一言に思わずアッシュが聞き返す。
「だから、アッシュはどうなの……! わたしがえがおになったら、うれしくなってがんばれる!?」
「――――」
バッと顔を上げ、顔をくしゃくしゃにさせながらユズハはアッシュと視線を合わせる。
全く懐いておらず、嫌っているアッシュの身を心配するユズハの想い。震えも恐怖も残っているのに、ユズハは今アッシュを慮っていた。
アッシュの心に灯っていた火が激しく燃え滾る。
「あぁ……ああ! 僕も頑張れるよ! ユズハの笑顔と勇気が、僕たちを強くしてくれるからね!」
「んっ! だったら……」
精一杯、自分の中の恐怖を抑え込んで『二人のため』に顔を綻ばせる。
強張っているが、その笑顔は二人が見てきた数々の笑顔の中で一番明るかった。
「いってらっしゃい……!!」
「ッ!! 行ってくるわねユズハちゃん! 帰ってきたらお祭り、一緒に行くわよ!」
「今日は安心して眠ってて! オルガ、ユズハを任せたよ!」
「あぁ、もちろん! けど、そっちもだよ! アッシュ! エトナちゃんも! ちゃんと帰ってくるんだよ!」
「「うん/はい!!」」
別れを告げ、手を繋いで〈合力〉を発動させた二人は外に出て屋根へと登って勢いよく駆けていく。
それを見送ったオルガが、ユズハと一緒に寝室へと歩いていく。その道中、二人の無事を祈りながら。
「(お願いアルブレヒト。優しいあの子たちを見守っていて)」
*
「なんにせよ、今は装備が必要だ! 〈典火院〉に戻るよ! きっとヨハン先生たちも動いてる!」
「分かってる! スピード上げるわ! 着いてきて!」
「誰に言ってるのさ!!」
屋根を伝い、生ぬるい空気を掻き分けながら猛スピードで駆け抜けていくエトナとアッシュ。突然の非常事態だったが、セヴァドスの王命と託された想いで問題なく動けている。
思考はクリア。二人の想いの伝達も滞ることは一切ない。
そんな中で、『先』を見据えるアッシュが声色を鋭く変えてエトナに告げる。その意思、言わんとしていることが手から伝わるも、エトナは一言も聞き逃さぬようにアッシュの声に集中した。
「やるよ、エトナ。こう言っちゃなんだけど、今が僕たちが〈英雄〉になることを示す、絶好の機会だ。街のみんなも守って、僕たちは〈英雄〉への一歩を踏み出すんだ。覚悟は?」
「アナタとこの手を繋いでからずっと出来ているわ。世界と【テュフォネ】に見せてやりましょう。私とアッシュの力を――」
繋がった手に力が入る。
世界を救う大義、〈英雄〉になる野望。やるべきこととやりたいことが明白に合致し、二人の動きがさらに良くなった。
〈極彩色〉の光が、手を繋ぐ二人の影を色濃く生み出していく。まるでその姿を大地に刻むように――。




