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手、繋ぐ。人類滅亡間際、救いの二文字は手の中に  作者: 睦月稲荷
第2掌 芽吹き取り戻す栄華
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第十一譜 No.3

「――それでウチらのところに? アッシュさ、あんた嫌われてる自覚ある? ウチらもやることあるんだけど」


 イリーナの大きな藤黄色の瞳が鋭くなって、アッシュを睨む。

 カフェで休息が取れた後、エトナたちがやって来たのは〈典火院(スクール)〉内にある修練場。広い円形になっているここでは、〈グロウズ〉達がヨハンら教師が見守る中、目〈合力〉を磨いている。

 しかし今はこの場にいる全員が手を止めて、ミツキ・イリーナの邪魔をする(形となっている)エトナ達を睨んでいた。


「あるよ。悪いとも思ってる。けど、僕らはもうなりふり構っていられないんだ」

「それでいきなり来て〈合力〉を教えてくれって? なんでウチらがそんなことしないといけないわけ?」

「キミ達の関係性が、僕たちとほぼ同じだからさ。〈気力〉の出力と保有量が小さくて制御能力が抜群のミツキと、〈魔力〉の出力と保有量が多くて制御能力が低いイリーナ。アンバランス具合で言えば、〈グロウズ〉の中でも下の方だ。そんな二人がNo.3になるほどに〈合力〉を操っているんだ。誰だって先生役にしたいと思うでしょ」


 エトナ達とほぼ同条件でありながら、イリーナ達の保持時間は一時間十三分。長さだけなら〈グロウズ〉トップであり、〈執火官〉の第Ⅰ階梯〈点火級(イグニス)〉の上位に位置する

 教師の中にもこれほどの差を持って上り詰めた者はいない。教えを乞うには、これ以上ない人材だ。


「あんたに褒められても何も嬉しくないわ。このまま吐いちゃいそう」

「――――」


 吐きそうに顔を歪めながら、視線で人が傷つけられるならズタズタになってしまいそうなほどの敵意が放たれる。

 というより、心はズタズタになるだろう。にべもないその純粋な嫌悪に、さしものアッシュも笑顔のまま固まってしまった。


「ねぇアッシュ……。アナタ、イリーナに何かしたの? 嫌われてるにしても、他の人と違いすぎるわよ……?」

「何って言われても覚えがないんだけど……。嫌われてるのはいつものことだし」


 皆目見当つかない、とアッシュは首を横に振る。

 そんな態度が癇に障ったのか、イリーナがチラリとマリエラの方を向いた次の瞬間にアッシュの胸ぐらを掴んでいた。


「うぐっ……! えっと……、イリーナさん?」

「あんた、何をしたか覚えてないの?」

「えっ? ちょ、アッシュ!? もしかしてまた!?」

「いやいや、イリーナには何もしてないから! 何か勘違いされてるってこれ!」

「惚ける気? ――マリューと町外れのカフェに行っておいてそんなこと言うんだ? ウチでも、そんなとこにまだ行ったことないのに……!」

「あー……そういえば、イリーナってそうだった……」


 恋敵と言わんばかりの強烈な怒りの形相にアッシュとエトナの顔が引き攣る。

 ギリギリと一秒ごとに強く握りしめられる胸ぐら。今日二度目だーなんて――現実逃避していると、それが伝わったのかより強くなった。

 愛称で呼んでいる様に、イリーナにとってマリエラはただの先生じゃない。相対すれば、ピシッと背筋が伸びる様な強い芯があり、常に毅然とした態度は『かっこいい女性』を目指す人にとって目指すべき対象だった。


 そのうえマリエラとヨハンの戦闘スタイルは、イリーナ達と同じ超々高速近接戦闘。直々の師匠でもあるのだ。

 女性としての敬愛、師匠としての敬服、そしてずっと傍にいたい親愛。恋愛感情ではなくとも、イリーナがマリエラを慕っていることは周知の事実だった。

 そんな大好きな人の隣にヨハン以外の男がいるのだ。そりゃあ憎まれるだろう。

 ちなみに、これが女だったとしてもイリーナの怒りは変わらない。 


「いい! マリューはね、完璧なの! 厳しい指導の中にある優しさや、生徒達への気遣い! 何をするにしても所作は全部綺麗だし、欠点なんてゼロ! 朝起きたら絶対にヨハン先生に笑顔で挨拶するし、一緒に朝食を作る姿なんてもう最高! それにマリューって絶対に部屋から出る時は右足から出るの! なんでか知ってる!? 右足から出るのは魔除けになるからよ! 誤解されがちだけど、みんなの安全祈願を願う優しい人なのよ! あぁ……! かっこ良くてかわいいマリュー……! いい!? 好きな物を食べた時の微笑みは、見た奴全員の心を射抜くんだから! それを目の前で見るなんて……! 万死に値するわ!!」


 ――ただの親愛のはずだ。


「あーえっと……イリーナ。色々ぶちまけちゃってるけど、とりあえず一つだけ。それ完全な誤解だから……。射抜かれてもないし、デートとかじゃないよ」

「そ、そう! アッシュはただ、助けてもらっただけらしいから! イリーナ落ち着いて! アッシュには私がいるから!」


 このままでは殺される、と死刑宣告ばりの恐怖を抱くエトナが、自分が何を口走ったのかも気付かずに、必死になってイリーナを引き剥がそうとする。

 

「……助けて貰った?」

「そ、そうだよ……。ほら、僕ってこんなでしょ? カフェに一人で行った時、客の一人に絡まれちゃって……。荒れに荒らされたから、どうしようか途方に暮れてた時に、マリエラ先生が一蹴してくれて、それで――」

「そ、なら良いや。悪かったね」


 二人の本気の訴えに嘘はついていないと分かったのか、怒りを一瞬で霧散させて胸ぐらを外す。

 そのままアッシュを無視し、マリエラの方を見ながらうっとりと顔を綻ばせた。


「それにしても、流石はマリューね。こんな男のこともちゃんと助けてあげるなんて。マリューの善意を否定するわけにもいかないし、許してあげる」

「じゃあ許す代わりに教えてくれない? 頼りにさせてよ、僕らのお母さん」

「誰がお母さんだ!! 次言ったらその顔面凹ませるよ!」


 よせばいいのに、つい言ってしまう軽口にイリーナの怒りが一瞬で再燃化。

 本気で嫌がる怒号に、まるで自分が言われたように周りがビクついた。それも当然と言えば当然。

 なにせ、イリーナは気風の良い世話焼きな性格だ。困っている人がいれば即座に助け、クラスがまとまりを見せていなかったら、自分が率先して中心に立って纏めている。

 そんなことばかりしているから、気付けば周りから頼られる様になり、その中にはあのハスタもいた。


 エトナに対しても割と中立的な態度を示しているからか、エトナもアッシュ>>>>>ヨハン&マリエラ>イリーナ>>越えられない壁>その他――くらいには信頼している。

 本人としては同年代から『お母さん』なんて言われるのが嫌がっているが、彼女の自然な行動がその名を広げているのだ。内心でお母さんと呼んでいる学生は何百人といる。


「……別に間違ってないんじゃない? イリーナ、いつもおれの世話してくれてるし。面倒くさがりのおれを引っ張ってくれていつも助かってるよ」

「ちょっと黙ってミツキ。その感謝は嬉しいけど、今じゃないかな」


 顔を引き攣らせながら、むしゃむしゃとケーキを食べているミツキを嗜める。


「って、ミツキなに食べてるの?」

「ん、そこにあったお菓子?」

「え? あ、勝手に食べてる!」

「……別にいいじゃん。……どうせこれ、おれらに持ってきた菓子折りなんだろ? だったらいつ食べたって同じ。……鍛錬しすぎて腹減ってたんだよね」

「いや……それはそうなんだけど。どんだけ食い意地張ってるのよ……」

「……鍛錬しすぎて腹減ってたんだよね」


 眠たそうな、気だるげな態度はいつも通り。前髪で目を隠し、感情も相変わらず察しにくい。それでも、ケーキを食べ進めるなら気に入ってはいるのだろう。

 それをアッシュは交渉材料とする。


「イリーナ。確かにあれは僕らが持って来た菓子折りだけど、教えてくれないなら持って帰るつもりだったんだ。それを食べたってことは、受けてくれるってことでいいよね?」

「お願い、イリーナ。アナタ達だけが頼りなの」


 エトナとアッシュが大きく腰を折る姿に、イリーナは眉を顰めながら大きくため息を吐く。


「はぁ……。ミツキじゃないけど、〈合力〉を教えてくれなんて面倒臭いこと言ってくれるね。まぁ、いいか。ミツキが食べちゃったんなら仕方ないし」

「じゃあ!」

「うん、教えてあげる。――だから、ミツキ! あんたもやるのよ! あとケーキ、ウチの分も残しておくこと!」

「……ういー。面倒だけど、報酬を貰ったからにはちゃんと引き受けるとするよ」

 

 ごくんっとケーキを飲み込み、前髪を上げながらミツキが歩き出す。


「ありがとうイリーナ、ミツキ!」

「本当に助かるわ」

「別に、対価があるからやるだけよ。じゃなかったら、エトナはともかくウチがあんたに教えるもんか」


 照れ隠しは微塵もなく、本気で嫌がっている様な視線をぶつけられるも、それを流して笑うアッシュ。

 その飄々さにまた一つ舌打ちし、イリーナはミツキの手を取って歩き出した。


「それじゃあ、ついて来て。ここじゃ、みんなの邪魔になるから――」

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