第八譜 得体の知れない…
女子寮に行くミィシャと一旦別れ、男子寮に入ったハスタを出迎えたのはセヴァドスだった。
王族の証明として白銀のケープマントを身に纏う彼は、気品ある佇まいで殺気立つハスタに苦笑した。
「なにも、あんな態度は取らなくて良かったのではないか? 腐っても同輩だ。勝手な行動は褒められないとはいえ、後輩を守って【隷獣】を倒したことは褒めてやっても良いのでは?」
「だったらテメェでやってきたらどうですか、セヴァドス様よ。テメェがやらねぇことを、なんでオレがやらなきゃいけねぇ。第一、【二ツ眼】一体倒したからなんだってんだ。気色悪い奴を褒める口をオレは持ってねぇよ」
「相変わらずだな、ハスタは。助けた人のセリフとは思えんぞ」
セヴァドスから見ても、いや、他の〈グロウズ〉全員がハスタの咄嗟の行動に驚いただろう。
人を突き放し、どこまでも唯我独尊。王族であるセヴァドスにおもねることは微塵もなく、ともすればパートナーであるミィシャすらも道具扱いしていそうな評価を受ける不遜なハスタだ。
いち早くエトナ達の危機に気付いて、誰よりも早く助けるなんて誰も予想していなかった。
「別に、オレはただオッフェンデレ家の家訓に従っただけだ」
「『人を救う』というアレか。あの高貴で清廉な家訓は、私たち王族も頼りにしている。なるほど、其方に対する前提の認識を私は間違っていたようだ。流石は、オッフェンデレ家の麒麟児。どれだけ粗暴に振舞っていても、根はやはり高潔なのだな」
「……喧嘩売ってんのかテメェ」
「そんなつもりはない。そもそも、其方はもっと堂々としていればいいのだ。過去がどうであれ、今のNo.1は其方たちだ。なにをそんなに其方を卑屈じみた態度にさせる?」
「チッ、それこそテメェに関係ねぇだろうが……!」
もはや、敬う素振りすら見せず豪快に舌打ちしてセヴァドスを睨む。
オッフェンデレ家は〈執火官〉の最高階級を何人も排出している名家だ。メーテリウス王家とも繋がりがあり、その武門の質の高さから〈王の剣〉とさえ言われている。
しかし、そのオッフェンデレ家が総出で戦ったとしても届かないのが現最強の〈道導〉であり、それと同格の【隷獣】だ。
そんな劣等感を感じさせるところに誕生したのが、『全て』を兼ね備えたハスタだった。ゆえに〈道導〉を超える英雄として、花の如く育てられ、鋼の如く鍛えられてきた。
なのに、〈典火院〉に入ってからはずっとアッシュに負け続けた。No.2も、己が嫌っているエトナと同率。
No.1は、エトナ達が〈合力〉を扱えないから貰ったに過ぎない。おこぼれの様なNo.1に、ハスタが一番苛立ちと劣等感を覚えていたのだ。
「其方の心の裡は確かに私には関係ないな。だが、それはそれとして、殺気を飛ばした答えにはなっていないぞ。どれだけ嫌いであっても、オッフェンデレ家の人間として君はエトナのことを救ったのなら、助けた後に殺そうとするなんておかしいではないか」
「……テメェ、自分で言ってて気付いてんでしょうが」
話の軸を強引に戻され、少しだけ冷静なったハスタが不快そうにセヴァドスを睨む。応えるように、セヴァドスは肩をすくめた。
「他の者たちは強大な其方の殺気に怯えて気付いていなかったようだが、其方が殺気を飛ばした相手は一人だけ。――アッシュ・ヴェンタスだ。其方はなぜそこまで彼を嫌悪する?」
「得体の知れねぇモンに警戒するのは当然でしょうが」
鼻を鳴らし、ハスタはギリッと歯を砕かんばかりに噛み締める。
「得体の知れない?」
「ムカつく隷獣女のことなんて分かりたくもないが、それでもあの女が戦う理由は分かる。それ以外、自分の有用性を示す手段がないからな。アイツの置かれた状況を考えれば、許容を超えた無茶くらいはするだろうよ」
だが、と言葉を切ったハスタが再び嫌悪から生じる殺意を滲ませる。
「あの正論野郎だけは、とことん理解出来ねぇ。なんであの野郎が、命を捨てるようなリスクを負ってまで隷獣女と一緒に戦う必要がある?」
「大切なパートナー、だからではないのか? こんな世の中だ。『愛』の力は人を奮い立たせるぞ」
「その愛の力ってモンが脆いことは、親無しのアイツらが一番よく知ってんだろ。〈契り〉を交わしたところで、力がなけりゃ【隷獣】の前で死ぬだけだ。妄想で戦えるのは、都合の良い頭の中だけなんだよ」
その言葉に、セヴァドスも内心で同意する。
大半の人間は、アッシュに対して『嫌いな奴の味方』だったり、言われたくもない正論を無神経に吐いてきたりすることに嫌悪を覚えているという。
この二人もその例に漏れないが、アッシュが放つえも言われぬ歪さに奇妙なモヤモヤがずっと胸の中で蠢いていた。
「まぁ、いつも正論を吐くアッシュに言わせてみれば『人として当然のことをしてるだけ』って言うのだろうが」
「それが常軌を逸してるってんだ。どんな育て方をされたら、そんな考えになるんだよ。気色悪い」
唾を吐きそうな勢いで侮蔑するハスタ。ひたすらに嫌悪感を滲ませる彼に、セヴァドスは優しい口調で語りかける。
「だが、それでも私はやっぱり『愛の力』を推そう」
「あぁ?」
「だってそうだろう。『生命』を生み出す男女が共に手を取り合って、【邪神】と戦うのだ。〈気力〉だけでも〈魔力〉だけでもそれは不可能。愛が必要だと示されてる。その点を考えれば、あの二人ほど強固なモノはないと思うぞ。もし操れるようになれば〈道導〉並に――」
「はんっ。操れるようになってから言え。それにその理屈で言うんだったら、オレとミィシャだって負けてねぇですよ。No.1はオレ達なんだから。ムカつく〈灰被〉も、王族だろうと関係ねぇ。ミツキの野郎も含め、絶対にオレの前には来させねぇからな。せいぜい二位争いしててくださいよ」
そう言い放ち、ハスタはセヴァドスをわざと視界に入れず部屋へと戻る。
そんな姿に健気さを感じながら、セヴァドスも踵を返した。
「ほんと、素直じゃないな。今自分が言ったこと、ちゃんと分かっているのか?」
まるで特大の惚気を聞かされたように、気恥ずかしくなったセヴァドスは手で熱くなった自分の顔を仰ぐ。
そうしていると、ラウンジの方から扉を超えて鬨の声が聞こえてきた。
「ほう、もうエトナを立ち直らせたのか。流石はアッシュ。〈愛の力〉というのも、やはりあながち間違いではなさそうだな」
「セヴァドス様? お食事のご用意が……って、どうかされましたか?」
「いいや、なんでもないさキッカ。支度の方もありがとう。では、行くとしよう――」
女子寮からやって来たキッカの手を取り、セヴァドスはエスコートを始める。勿論、仕える者にエスコートされるなんて、と慌てて手を離そうとするがセヴァドスはその手を優しく掴んだ。
「なに、こうさせてくれ。私も男として負けていられないのだ」
「は、はぁ……」
凛々しい主の声に一瞬で骨抜きにされ、キッカは大人しく従う。
その道中、元気になったエトナ達とすれ違うが、会話はなく目を合わせることもしない。
ただ一方的に義務的な会釈をされた後、誰もいなくなったエントランスを見ながら、セヴァドスは決意を心の中で改める。
「(そうさ、負けてなんていられない。ハスタもアッシュにも……。No.1になり〈英雄〉になるのはこの私だ――)」




