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黒い森の悪しき魔女は三度恋をする  作者: 猫葉みよう@コミカライズ企画進行中
終章

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51/54

51_エピローグ

 その日の夕暮れ時を迎え、イーリカは薬草茶店(クロイターティー)の扉にかかっている木製のプレートを裏返し、閉店(シュリーセン)に変えた。


 ふと後ろに目を向ければ、通りを行き交う街の人々の浮き足立っている姿が見える。

 噂のお祭りは、いよいよ今夜行われるらしい。


 イーリカは楽しげな雰囲気に背中を向けると、足早に店の中へと戻った。


 ふと目に入るのは、カウンターの上に置いているかごに盛られた沢山のりんご。


 一昨日の夜、ライトとラブラが持ち帰ったものだ。


 いつの間にか出かけていたと思えば、突然、山盛りのりんごを積んだ荷車を引いて帰ってきたので、イーリカは目を丸くした。


 どうしたのか問いただすが、

『りんご愛好家にもらったんだ』

 ライトは大好物のりんごがたくさん手に入ったことに浮かれて、ほくほく顔で答える始末。


 まさかりんご欲しさに盗みを働いたりしてないわよね、と不安に思い、ラブラに目をやるが、呆れたように肩をすくめるだけで何も教えてくれない。


 不審に思いながらもひとまず沢山あっても食べきれないしということで、いやがるライトをなだめて、せっかくだから新鮮なうちにお客さまなどにおすそ分けしている。


(それにしても、いったいどうやってあんなにたくさんのりんごを……?)


 イーリカはいまだに首をひねるばかりだ。


 ガヤガヤと通りから聞こえる人の足音や楽しげな話し声などがだんだんと大きくなる。


 向こうの区画の先にある広場では、すでにさまざまな出店が出ているらしく、みなそちらに流れているようだ。


 イーリカは気持ちを切り替えるように、テーブルに手をかけて移動させ始める。


 どうせなら、今日のうちに本当に模様替えをしてしまおうと思っていた。


 すると、コンコンと控えめに扉を叩く音がした。


(誰かしら……。ああ、そういえば、お祭りの夜を空けておけとか何とか、ハンスが言ってたわね……)


 イーリカは息を吐き出し、テーブルから手を離すと、重い足取りで扉に近づく。


「ハンス? ごめんなさい、今晩空けておけとか言ってたけど、わたし──」


 すでに戸締まりしていた鍵を開け、扉を押しながら、イーリカは先に断りを入れようと口を開く。


「へえ、ハンスと待ち合わせでもしてるのか」


 ふいに降りてきた声に、イーリカは弾かれたように顔を上げる。

 目を見開き、息を呑んで固まる。


 ──そこにいたのは、ノアだった。


「どう、して……」


 イーリカはかろうじて言葉を吐き出す。


 ノアは、肩をすくめて自嘲気味に笑う。


「どうして? もう一度、きちんと話しがしたくてきたんだけど、いけない?」


 彼はずいっと体を押し入れて店に入ってくると、後ろ手に扉を閉めた。


 イーリカは唇が震えそうになるのを堪えながら、一歩後ろに下がり、距離をとる。


「……もうここには来ないでくださいと申し上げたはずです。どうぞ、お帰りください」


 イーリカの頑な言葉にノアが息を吐き出す。手に持っていたものを手近なテーブルの上に置く。


 無意識に視線で追いかけると、それはノアには不釣り合いな、イーリカが配達で使うような手提げのかごだった。


 不思議に思ったものの、イーリカはすぐに意識をノアに戻す。


 ノアはイーリカがとった距離を縮めることなく、その場に留まり、じっとイーリカの黒水晶(スモーキークォーツ)のような灰褐色の瞳を見つめている。


「ねえ、イーリカ」


 ノアの呼びかけに、イーリカの肩がびくりと震える。


 名を呼ばれ、うれしいと感じてしまう自分を叱咤するように、イーリカはぎゅっとスカートを握り締める。


「記憶が戻っているというのは、本当?」


 訊かれた言葉の意味をすぐには理解できなかった。

 ゆるゆると言葉が降りてきて、途端にイーリカは真っ青になる。


「ど、どうして、それを──」


 口にして、はっと唇を手で押さえる。それは認めているも同然だった。


「そう、やっぱり本当なんだな」


 ノアは驚くことなく、事実を受け止めるように漏らす。再びまっすぐイーリカの瞳を見つめた。


「何度だって言う。僕はきみが好きだ。僕はきみが魔女だって知っている。でももしきみが魔女であることで、僕がそれを少しでも(いと)うと思っているならやめてほしい」


 そう言ったあとでノアはふわりと微笑む。おもむろに手を伸ばし、テーブルの上に置いたかごの中から何かを取り出すと、ゆっくりとイーリカに近づく。


「僕はね、イーリカ。魔女であるきみも、幼い頃に誘拐された僕を助けて生きる希望を与えてくれたきみも、眠れず苦しんでいた僕を救ってくれたきみも、今僕の目の前にいるきみも、すべてひっくるめたひとりの女の子であるイーリカ、きみがいいんだ」


 イーリカはたまらず目をそらす。

 胸に込み上げてくる想いを必死で堰き止める。

 気づけば、目の前までノアが迫っていた。


 はっとなり、イーリカが後ろに下がろうとした瞬間、ふいに頭の上に何かがのる感触がした。

 手を当てると、懐かしさが瞬時によみがえる。


「これ……」


 ──ハナハッカの花冠だった。


 すると、イーリカの両手があたたかなぬくもりに包まれる。


 ノアがぎゅっとイーリカの両手を握り締めていた。


 ノアが静かに息を吸い込み、言葉を紡ぐ。


「『あなたの手を引くのは、私だけ』──」


 ささやかれた言葉にイーリカは息を呑む。

 それはハナハッカの花言葉だった。


「僕はまだ、きみみたいにハナハッカの花冠を上手に編めないけど、きみの手を引くのは僕だけ。そして幼い頃のように僕の手を引いてくれるのも、きみだけだ」


 イーリカの瞳が大きく揺れる。


「今日お祭りがあるの、知ってる?」


 ノアがわずかに首を傾げ、なぜか唐突に訊ねる。


 イーリカは虚をつかれながらも、こくん、と小さく頷く。


 ノアはイーリカが祭りの開催を知っていたことに目を細めると言った。


「じつはハナハッカのお祭りだ。そして魔女を祝う意味もある」


 イーリカははっと目を見開く。

 ノアが優しく微笑む。


「魔女が若い娘を攫うという悪い噂は、今夜事実無根だと公に訂正されることになっている。さすがに教会が関与していたとは言えないけど、それでも伯爵家が宣言することで今後は悪い噂もなくなると思う」


 イーリカは言葉を失う。薄く開いた唇が何度も震える。


 ノアはジャケットの隠しから一通の封書をそっと取り出すと、イーリカの前に差し出す。


「これを」


 イーリカは戸惑いながらも促されるまま、封がされていない封筒を開け、中の紙に目を落とす。


 しかしすぐに、あまりの驚きに目を(みは)る。


 『タウフェンベルク伯爵家当主、ノールドアルト・タウフェンベルクは、イーリカ・アシュを生涯ただひとりの妻とする』


 そこにはそう書かれてあった。


「ど、どういうこと──」


 イーリカは勢いよく顔を上げる。

 すべてが呑み込めなかった。何から尋ねればいいのかわからず、言葉が出てこない。


「きみだけだ、これからも先、僕が一緒にいてほしいと望むのは」


 ノアがこともなげに微笑む。そして、イーリカの手元の紙の中で一際威光を放っている署名の部分を指差す。


「ほら、ここ、国王の正式な許可も得ている」


 イーリカはひゅっと息を呑んで蒼白になる。

 国王の許可など得てしまえば、もはや撤回など容易にはできないのではないかと思えた。


 ノアはイーリカの激しい動揺をよそに続ける。


「今回の事件解決を受けて、タウフェンベルク伯爵家は代替わりしたんだ。だからきみが妻になってくれないと、伯爵家は僕の代で終わりだ。この領地も王家に返還することになるだろうな。まあ、それも仕方ないかな」

 

「そ、そんな──!」


 さらりと言ってのける脅しのようなその言葉に、イーリカは思わず叫んでしまう。





  * * *





 一昨日の夜、訪ねてきたライトとラブラが帰ったあと、ノアはすぐさま父であるタウフェンベルク伯爵家当主の執務室へ向かった。そして事件解決の報酬で王家に望むものとして、イーリカとの結婚の許可を願い出たのだ。


『それが、我がタウフェンベルク領にとって有益なことだと?』


 顔色を変えずにそう言う伯爵に対し、ノアはまっすぐ見据えると断言した。


『ええ、これ以上ないくらいに』


 イーリカが手がける薬草茶は効能の高さからしても、ノアと同じように悩みを抱える者を救うだけでなく、これから先、多くの領民が健やかに暮らせるための手助けになることは間違いなかった。


 そして何より、イーリカがそばにいてくれるなら、ノアは領地がより豊かになるよう最大限力を尽くせると確信している。


 王家にしてみても悪い話ではないはずだった。


 ノアが望んでいる花嫁は権力などとは無縁のいち薬草茶店を営む娘。その結婚を許可する署名ひとつで、今回起きた前代未聞の事件への借りがなくなるのだから。


 ノアの揺るがない瞳を見た伯爵は、ふっと口元をゆるめる。


『そうか。ならその代わり、お前がタウフェンベルク伯爵家当主になるんだな。いい機会だろう、異論は認めない』


 そしてノアは翌朝、まだ日が昇りきらないうちから馬を走らせ王都へ向かい、国王の許可を得たのち、すぐさまタウフェンベルクに引き返したのだった。





  * * *





 ノアはじっとイーリカの瞳を見つめている。


 冗談めいた口調とは裏腹に、その視線は痛いくらいに真剣そのものだった。


 もうイーリカは目をそらすことができなかった。


 ここで拒めばノアはきっぱりと自分の前には姿を見せなくなるかもしれない。再びこうして心を寄せられ、肌が触れ合うあたたかさを知ってしまえば、それは身を切り裂かれるほど耐え難かった。


(でもだめ、受け入れられないと告げなきゃ……)


 そう思っているのに、心が頑なにそれに反発する。

 そうして抑えきれない思いとともに想いがあふれ出る。


「……好き。ノアが好き」


 一筋の涙が頬を伝う。

 もう偽ることはできなかった。


 歓喜の息を呑んだノアがイーリカの両手から手を離すと、素早く彼女の頬を両手で優しく包み込み、上を向かせる。

 イーリカの真意を確かめるように、その黒水晶の瞳をぐっと覗き込む。


 イーリカも、彼の瞳を見つめ返す。

 澄んだアイスブルーの瞳には自分だけが映っていた。このまま吸い込まれてしまいそうだった。


 気づけば、お互いの唇が触れていた。


 柔らかく少し湿ったそれはわずかに離れ、次の瞬間、今度は性急に強く口づけられた。


 イーリカは目を見開く。

 至近距離で視線が交わった先、そこには熱のこもったノアの瞳があった。


 恥ずかしさのあまり、ぎゅっと目をつむる。


 するとノアはまるで耐えきれなくなったように、唇を離しては、また押し当てた。


 だんだんと深くなる口づけに、イーリカは呼吸の仕方も忘れ、じんと甘く痺れる感覚をただ受け入れる。


 ふいに体が軽くなったと思えば、ノアに抱え上げられていた。


 ノアはイーリカを抱えたまま、すたすたと店の壁際まで行き、路地に面した小窓を勢いよく開けると、なぜか小窓の下に向かって叫んだ。


「聞こえたか!」


 イーリカが顔を覗かせると、そこにはいつの間にか姿が見えなくなっていたライトとラブラがいた。


「ああ、聞いたよ。手出ししないで、証人になる約束だからな」

「ええ、しっかりとね」


 背中を向けたままライトは、うるさそうにしっぽをブンブン振っている。

 ラブラは柔らかく微笑んでいる。


 ライトとラブラに聞かれていたことを自覚し、イーリカの顔が真っ赤になる。


 ノアはそれを見て、最上級の笑みを浮かべたのだった。






\完結しました/


長編でしたが、最後までお読みいただき、本当に本当にありがとうございます!!


なろう様に連載・毎日投稿が初挑戦だったので、途中厳しいときもありましたが、みなさまの応援のおかげで完結までがんばれました……!

至らない点もあったかと思いますが、お読みいただき、本当にありがとうございます!!


「面白かった!」「ほかの作品も読んでみたい!」「応援しようかな!」など思っていただけましたら、ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆ボタン、ご感想などいただけると、とてもうれしいです!次回作もがんばれますので、よろしくお願いいたします(*ˊᵕˋ*)


次回作は、サクッと読んでいただけるような短編を準備できればと思っています。

また機会があれば、覗いていただけるとうれしいです!


【追記】↑短編予定でしたが、”長編”になりました(ˊᵕˋ:)

『その婚約破棄、全力でのっかります。え、じつは婚約継続のための試練? 聞いてないんですけれど……。』完結済

https://ncode.syosetu.com/n5276hx/

よければ覗いてみていただけるとうれしいです!



【お礼】誤字脱字報告、ありがとうございます!助けていただいています!

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