↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い森の悪しき魔女は三度恋をする  作者: 猫葉みよう@コミカライズ企画進行中
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/54

26_ハナハッカの花冠(2)(ノア視点)

「これ、読む?」


 その日は朝からあいにくの雨だった。ここ数日、雨がよく続いている。


 カミラは用事があるとかで朝早くから出かけており、小屋にはヘンリーとイーリカしかいない。


 朝食を食べ終えあと、イーリカがおもむろに差し出したのは一冊の本だった。どこにでもあるような童話集だ。


「本? こんなのどこにあった?」


 一目で見渡せるくらい狭い小屋の中、ひと月ほど経過した今ではどこになにがあるのかヘンリーにも手に取るようにわかっていた。しかし昨日までそんな本は見たこともなかった。


「あっちから母さまに持ってきてもらったの。雨のせいでお外に出られないから、ヘンリーが退屈しないようにって思って」


「あっち?」

 ヘンリーがそう訊き返したとき、

「ワン!」

 向こうの床で寝そべっていたライトが鳴いた。顔を上げ、何か言いたげな表情でこちらを見ている。


「あ! えっと、お外に出かけたときに持ってきてくれたの!」

 イーリカが何やら慌てた様子で言い直す。


「ああ、そうなんだね」


 ヘンリーが回復するにつれて、カミラは今日のように小屋を空けことが多くなった。


 どこに行っているのかイーリカは知っているようだったが、ヘンリーは知らない。あえて尋ねようとも思わない。こんな森の奥深くからどこかへ簡単に行けるとは思えなかったが、いずれにしろ働きに出ている以外に考えようがなかったからだ。


 そして自分を助けてからは、看病のため仕事を控えてくれていたのだろうと思うと申し訳なかった。食いぶちがひとり増えただけでも、母娘の負担であることは容易に想像できた。


(いつまでもここにいられるわけじゃない……)


 近いうち訪れる日のことを想像し、ヘンリーは胸が苦しくなる。


 それに自分の家族のこともずっと気がかりだった。

 ここがどこかはわからないが、かろうじて歩けるようになったときに、カミラに頼んで近くの街か村へでも連れて行ってもらうこともできたはずだった。


(僕がいなくなって、父上と母上は悲しんでいるだろう。でも兄上は……)


 兄のことを思うと、どうしても家に帰る決心ができなかった。

 兄に会ったその瞬間、兄が自分を見る表情次第で本当の意味で裏切られたと知るのが怖かった。


 あんな出来事があった反面、いまだにヘンリーの中には優しくて尊敬できる兄の姿も離れないのだ。


 ヘンリーは、イーリカが差し出す本に目を落とす。


(そもそもあの日、僕が街の本屋に無理に行きたいなんて言わなければ、あんなことにならなかったんだ。そうしたら兄上だって……)


 ぐっと手のひらを握り締める。気持ちが抑えられそうになかった。


 そのとき、ふわりとあたたかな感触がヘンリーを覆った。


 イーリカだった。

 イーリカはヘンリーの体に精一杯手を伸ばし、抱きしめていた。


「泣かないで」

「……泣いてないだろ」


 イーリカがまるで自分のことのように、苦しげに言う。

 気まずさを隠すように顔を伏せたヘンリーは、ぶっきらぼうにつぶやく。


 イーリカがふるふると頭を左右に振る。


「泣いてるよ、ヘンリーのこころが、痛いって泣いてる」


 その瞬間、ヘンリーの瞳から一筋の涙が流れていた。


 あの日、見知らぬ男たちに攫われ、洞窟に捕えられていたときでさえもずっと我慢していた涙だった。


 しとしとと屋根に注ぐ雨音が室内に響く。


 気づくと、ヘンリーはイーリカの背中に腕を回し、抱きしめ返していた。


 ずっとこのぬくもりがそばにあったらいいのに、そう思った。





  * * *





 しかし別れの日は唐突にやってきた。


 夕方近くになって、ヘンリーとイーリカがいつものように外のベンチから帰ってくると、小屋の中ではわずかに顔を曇らせているカミラが待っていた。


 そのあと夕飯の支度をして三人で食卓を囲み、食後にはカミラが淹れてくれたお茶を飲む。もはや当たり前のようになった食事風景だった。


 だがいつもと違って、食事のお茶の前にカミラはどこかあらたまったように、ヘンリーの名前を呼んだ。


 イーリカが不安げに、横に座るカミラの顔を見上げる。

 隙間風がロウソクの淡い光を揺らしていた。


「……ご家族が、あなたのことを探しているらしいわ」

 カミラがヘンリーのアイスブルーの瞳を真っ直ぐ見つめると言った。どうやってカミラが自分の家族のことを知ったのか気にはなったが、問うつもりはなかった。


「そうですか……」


 ヘンリーはわずかに視線を下げて答える。

 あれほど助けを求めていたのに、喜びはまったく湧かなかった。それでも彼にはほかの選択肢はなかった。


「わかりました。もし可能なら、どこか近くの街か村まで連れて行ってもらえませんか。そのあとは自分で帰れます」


 そうやってただ静かに受け入れるヘンリーを、カミラはじっと見つめる。


「……わかったわ。じゃあ、明日の朝、出発しましょう」

「ありがとうございます」


 ヘンリーは真摯に頭を下げた。顔を上げて見た先のイーリカは、今にも泣き出しそうだった。


 少しでも安心させたくて、ヘンリーは無理やり笑って見せた。



もう少し過去エピ続きますので、楽しんでいただけるとうれしいです!


改めて、ここまで読んでくださった方、ブクマ・評価くださった方、本当にありがとうございます……!

初挑戦の連載・毎日投稿、思っていた以上に大変なんだなと痛感していますが、みなさまの応援のおかげで本当頑張れてます(*ˊᵕˋ*)

完結まで引き続きどうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。