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黒い森の悪しき魔女は三度恋をする  作者: 猫葉みよう@コミカライズ企画進行中
第二章

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11_戸惑いと忠告

 そのとき、店の扉が勢いよく開いた。


「イーリカいるか? 急で悪いんだが、頼みがあって──」


 そう言って入ってきたのは、バーンズ商会の次男坊、ハンスだった。


「ハンス!」


 イーリカは慌てて椅子から立ち上がる。


 ハンスはイーリカに目を止め、その向かいに誰か腰かけていることにすぐに気づき、顔をしかめる。見たことのない淡い金髪の見目のよい若い男だった。


 しかしどこか引っかかるものを感じ、しばらくしてその若い男に思い当たると驚きのあまり目を見開く。


「あの──、こんなところで、お会いするとは……」


 そう言って頭を下げるハンスは、明らかにノアのことを知っているようだった。

 しかも敬意を払う態度を見せているということは、バーンズ商会の顧客なのかもしれない。そうなるとやはりノアは貴族だということになる。


「やあ、バーンズ商会だったかな」

 ノアはハンスの視線を軽く受け止めてから言い、おもむろに席を立つ。そしてイーリカに目を向けると、

「今日作ってくれた分は、また後日取りに来るよ。聞いてくれてありがとう、イーリカ」

 と声をかけ、店をあとにした。


 イーリカは一瞬耳を疑った。


(今、イーリカって……?)


 ノアがイーリカの名前を呼ぶのは初めてのことだった。

h イーリカは信じられない思いで、彼が出ていったあとの扉を見つめる。


 同じく呆然と見送っていたハンスははっと我に返ると、慌てた様子で声を荒げる。


「おい、イーリカ、あの方、誰だか知ってんのか⁉︎」


 しかしイーリカが扉を見つめたまま固まっている姿を見て、より苛立ちをあらわにする。


「おい、イーリカ! 聞いてんのか⁉︎」


 その言葉にイーリカはハンスがいたことを思い出す。冷静さを装いながら、テーブルの上にあるノアが使ったカップを片し始める。


「聞こえてるわ、そんなに大きな声を出さないで」

 

 イーリカは少しばかり強めの口調で返す。

 仕事でお世話になっているハンスに対して、普段のイーリカならそんな口の利き方はしない。


 ハンスは常にない彼女の態度に、むっとしたように、

「だから、あの方のこと、誰だか知ってんのかって訊いてるんだよ!」

「知らないわ、どこの誰かなんて。でも大切なお客さまに変わりないわ」

 イーリカはややむきになって答える。


 ハンスがとがめるような視線を向ける。

「お前、この間街で男と歩いてただろ。あのときは後ろ姿でわからなかったけど、あの方だったんだな」


 イーリカは顔をしかめる。

 ノアと街を歩いていたのは、アマンダのところへ配達に行く際に送ってくれた、あの一度きりしかなかった。


(ハンスに見られていたなんて)


 居心地の悪いものを感じながらも、悪い噂が立ってノアに迷惑がかかることを恐れたイーリカは冷めた視線をハンスに向けてから、

「……いつもの配達に行く途中、一緒だっただけよ。紳士だから、気を遣って送ってくださったのよ」

 そう言ってカップを片手にカウンターの中へと移動する。


「やっぱりそうなんだな」


 ハンスはイーリカの言葉に納得できない様子で追いかけてくる。

 すると突然、ハンスはカウンターに身を乗り出し、イーリカの手首を乱暴につかんだ。


「相手は貴族だ」


 つかまれた反動で、イーリカは反対側の手に持っていたカップを落としそうになる。

 痕がつきそうなほど力を込めるハンスを、思わずキッとにらみつける。


「そうかもね」


 イーリカはわざと突き放すように言った。

 しかしハンスはたたみかけるように強く言う。


「深入りするな」


 その態度にイーリカはますます反発してしまう。


「意味がわからないわ。大切なお客さまよ。それ以上でも以下でもないわ」


 イーリカのままならない態度にハンスは苛立ち、彼女をつかんでいるのとは反対の手でカウンターをバンッと大きく叩く。


 驚きのあまりイーリカはびくりと肩を震わせる。


「あいつは、この土地の、タウフェンベルク伯爵家の嫡男だぞ!」


 ピリッとイーリカの体が強張る。

 反論しようとしたが、言葉にならなかった。


 それはつまり、ノアがここ、タウフェンベルク領を治める伯爵家の息子だということを意味していた。


 息を呑み込んだあとで、イーリカはゆっくりとハンスに向き直る。冷ややかな声音で言う。

「……何か急ぎの用事があったんじゃないの」


 ハンスは店に来た目的を思い出したのか、はっとして、つかんでいたイーリカの手を離す。ばつが悪そうに、

「あ、ああ。うちのお客さんの息子が、ここ最近、喘息で苦しんでるらしくて。それでいい薬草茶がほしいって親父が……」


 イーリカは後ろに下がり、ハンスから距離をとる。


「わかったわ。すぐに作って、持っていくから」


 カウンターから出ると、ハンスの背中を両手で力いっぱい押す。


「イーリカ──」

「じゃあ、あとで」


 ハンスが何か言おうと口を開きかけるが、イーリカは力をゆるめず、彼を扉から外へと押し出した。


 強引に扉を閉めたあとで、イーリカは扉を背にして寄りかかる。

 ぎゅっとまぶたを閉じる。

 戸惑いが胸に渦巻いていた。


 ついさっきまではノアとの距離がとても近くなった気がしていたのに、今はもう姿が見えないくらい遠くに感じていた。



次から第三章に移ります!魔女について触れていきます……!


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