第8章 赤蜥蜴と赤羽根、巨人の里へ 第11話、激戦のその後で その9
第11話その9
「ご、ごはぁ……フェ、フェル……」
アレイスローが盛大な血反吐を吐く。吐いた血がアレイスローのローブを赤く染めていく。浴場の床には血は一滴も落ちていないがアレイスローの身体は既に吐血と出血で真っ赤になっていた。そして………そのまま膝をついたアレイスロー。そしてそのまま前のめりに倒れ込んで僅かに痙攣した後、すぐに動かなくなった。
「……………………え…?」
そんな倒れ込んだアレイスローの様子をフェルフェルは………呆然と見つめていた。そして信じられない物を見るような眼で手の中の小型銃に視線を落とす。その瞳は……いつもの様な半眼のジト目ではなく、まるで信じられない物を見たような眼であり、その眼は極限まで見開かれており、身体がガクガクと震えていた。
「……な…何…で…」
そのままガクッと膝をつくフェルフェル。そして見開かれた眼でじっと手の中の小型銃を見つめる。
「……何…で……アレ…イ……」
フェルフェルの瞳から涙がこぼれる。目の前のアレイスローは明らかに死んでいた。だが、フェルフェルの持つ小型銃では人は死なないはずだったのだ。何故ならば……。
「……銃の…弾は……麻酔…弾……だった…はず」
そう呟くフェルフェル。
フェルの持っている小型銃。確かにその2発の弾丸をまともに命中させれば人の命を奪える。それは腕利きの冒険者で有るアレイスローが相手でも変わらない。この小型銃に込められた弾丸が普通の弾丸だったならば、今目の前に広がる光景の通り、アレイスローは息絶えているだろう。だがフェルフェルがこの小型銃に込めていたのは2発の麻酔弾だった。そう、つまりフェルフェルの銃撃でアレイスローが死ぬはずがないのだ。なのに弾丸が麻酔弾から通常の弾丸へとすり替えられていた。その事実にショックを受けるフェルフェル。ありえない話だった。この小型銃はフェルフェルがいざと言う時の為に隠し持っているある意味切り札的な存在の武器だ。当然その存在を知る者はいないはずだ。それに、もし万が一仲間に銃口を向けなければならなかった時の為に弾丸をわざわざ麻酔弾に入れ替えているくらいだ。それなのに今目の前でアレイスローは血を流して倒れている。正直訳が分からない、一体誰が弾丸を入れ替えたのか?本来ならばそれが気になるところだろう。だが、今のフェルフェルはそれどころではなかった。
「…ア、アレイ……ダメ…死んじゃダメ……」
そう呟いたフェルフェル。既に目が見開かれそこからは大粒の涙が零れ落ちていた。そしてそのまま少しアレイスローを見つめていたフェルフェルだったが、そのまま瞳から涙をこぼしながら、小型銃を改めて握りしめた。そして引き金に指をかけ、その銃口を自分のこめかみに当てる。この小型銃は既に2発の弾丸を撃っており、その中には弾丸は入っていない、だがそのことに気付かぬほどフェルフェルは動揺し取り乱していた。
「……ゴ、ゴメン…ね……アレイ……フェルも…そっちに……」
カチリ!
引き金を引いても当然弾丸は発射されない。それでも何度も引き金を引くフェルフェル。
カチッ!カチン!カチカチ!
何度引き金を引いても弾が撃ち出されることは無い。そしてついにフェルフェルは小型銃を投げ捨てると、そのまま石で出来た浴槽の縁に近寄ると、そのまま頭を後ろにのけぞらせた。小型銃の弾が無いので、代わりに浴槽の縁に頭を叩きつけようとしているという事だろう。そんな行動に出てしまうほど今のフェルフェルは錯乱していたのだ。
「……アレイ…本当に……ゴメン…」
涙をボロボロと零しながらそう言ったフェルフェル。そしてそのまま頭を振りかぶるようにして……。
「待ちなさいフェル!」
次の瞬間、アレイスローがフェルフェルの身体を抱きしめて押さえつけていた。頭を振りかぶるようにのけぞらせたフェルフェルの顔とアレイスローの顔が不自然な形で向き合う。
「……え?…え?…ア、アレイ………何…で…?」
涙を流したまま目を見開いているフェルフェル。何がどうなっているのかさっぱり分からない。そんなフェルフェルをアレイスローは強く抱きしめた。そして少し引きずっていき、浴槽の縁から距離をとる。
「……だって…アレイ………さっき…フェルが……」
そう言ってフェルフェルは先ほどアレイスローが倒れていた場所を見る。そこには……変わらず倒れているアレイスローの姿があった。
「……………え?」
一瞬混乱するフェルフェル。血を流して倒れているのがアレイスローなら、今自分を抱きしめているのもアレイスローだ。意味が分からない。混乱しているフェルフェルだったが、そんな中でもとあることに気が付いた。
「………あ…れ………血が…?」
倒れているアレイスローにおかしなところがある事に気が付いたフェルフェル。そう、倒れている方のアレイスローは確かに血にまみれているのだが、それはアレイスローの身体だけで、床には全く血が流れていなかったのだ。本来ならば床も血まみれになっているはずなのに、それが無いのだ。その瞬間フェルフェルは床に倒れているアレイスローの正体に気が付いた。
「………幻影…」
「さすがですねフェル、よく気が付きましたね」
アレイスローがそう言うと、床に倒れている方のアレイスローの身体がまるで最初からそこに無かったかの様に掻き消えた。
「あなたを帝国のスパイだと断罪して……その際にあなたが私を始末して逃げおおせるつもりだった時の為に最初から幻影で作った私の姿を見せていたんです。私自身はすぐ後ろの入り口の陰に隠れていました。残念ながらあなたの早撃ちの技は私の魔法発動よりも早いですからね」
そう言ってウィンクするアレイスロー。そんなアレイスローを呆然と見上げるフェルフェル。
「実際幻影が撃たれたときはショックでしたよ。いくらあなたがスパイでも、仲間として過ごした時間は本物だと考えていましたからね。正直撃たれてショックでした。それで……幻影の方を撃たれて死んだように見せかけたんですが……」
そう言ってアレイスローは気まずそうに頭をポリポリと掻いた。
「まさか麻酔弾を装填していたとは思いませんでした。あなたは……私を殺すつもりは無かったのですね」
申し訳なさそうにそう言うアレイスロー。フェルフェルはそんなアレイスローを見上げながら静かに口を開いた。
「……フェルは……みんな…好き……でも…帝国は……フェルの……大切な…人は…裏切れ……ない…だから……もし…スパイ……だって…ばれた…時は……麻酔…弾で…眠ら…せて……薬…で…最近…の…記憶…を……消去…して……誤魔化す…つもり……だった…の……」
「そ、そうだったのですね…」
さすがにバツが悪そうなアレイスロー。彼にしても自分の死体を見せたことでフェルフェルがあれほど動揺するとは思っていなかったのだ。そう……つまり、フェルフェルにとってアレイスローは……誤って殺してしまったらショックのあまり後を追おうとするほど大切な存在であり……。
「フェ、フェル!わ、私はですね……その……あなたが本当に帝国から抜けたいと考えているならどこまでも力を貸して……」
「……ベー」
「へ?」
突然のフェルフェルのアカンベーにポカンとするアレイスロー。そして次の瞬間。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあ!やめて!止めてアレイ!だめぇ!赤ちゃん出来ちゃうぅぅぅぅ!」
次の瞬間フェルフェルが上げた凄まじい悲鳴。アレイスローが思わず「…………へ?」と呆然としてしまうほどすごい悲鳴だったのだ。何でフェルフェルが悲鳴を上げたのか一瞬理解できなかったアレイスロー。だが、浴場の……女湯の入り口がパァン!と開けられた音を聞いて我に返り、同時にフェルフェルの狙いに気が付いた。咄嗟に離れようとするアレイスロー。だが、フェルフェルはアレイスローのローブをつかんで離さない。それどころか、ローブごとアレイスローを引っ張り、床に倒れ込んでいた。引っ張られたアレイスローはそのままフェルフェルに覆いかぶさる形になり。
「ちょ!フェル!これは……!」
「……ベー……フェル…心配…させた……仕返し…」
焦るアレイスローの耳元でそう呟いたフェルフェル。そして次の瞬間……。
「大丈夫ですかフェルフェルさん⁉なんか凄い悲鳴が聞こえましたけど⁉」
「どうしたフェルフェル!あのムッツリエルフに何かされたのか⁉」
「ついにアレイがフェルに手を出したってこと⁉まったく堪え性の無い覗きエルフめ!」
「ご、ご無事ですか⁉フェル…フェルさん⁉」
そう叫んで女湯になだれ込んできたのはフリルフレアとローゼリット、スミーシャ、そしてメープルだった。
女性陣の登場に顔を青くするアレイスロー。対してフリルフレア達はフェルフェルに覆いかぶさっているアレイスローを見て拳を握り締めたり指の関節を鳴らしたりと思い思いの反応をしている。だが、皆一様にアレイスローの事をゴミを見るような眼で睨んでいた。
「え……えっと、あの……皆さん?」
恐る恐る声をかけるアレイスロー。しかしフリルフレア達の視線が和らぐことは無かった。そして………。
「アレイスローさん、たくさんの火の鳥に焼かれるのと一羽の不死鳥に焼き尽くされるの、どっちが良いですか?」
「おいアレイスロー、鋼線で切り刻まれるのと針で撃ち抜かれるの、どっちが良い?」
「アレイ?フェルに手を出すのは良いけど、あんたちゃんと責任取れんの?」
「え、えっと……その……そういう事は…その……好きな人同士でやるべきだと思います!」
フリルフレア、ローゼリット、スミーシャ、そしてメープルの言葉に、アレイスローはどう誤解を解べきか考えたが、フリルフレア達の様子を見て、何を言っても言い訳としかとられないであろうことを理解したのだった。




