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5、子供なのは私だけだった

「せめて美術館だけでも無くならないで欲しい。」

 心に思っていた言葉が、そのまま口に出てしまっていた。稀川は「え?」と面白そうに聞き返す。昨夜のことが蘇る。とぼけたふりをして聞き出してみようか。悲しいことに私にそこまでの勇気はなかった。

「せめてって、他になにか無くなっちゃったような口ぶりじゃない。」

 稀川は疑う様子もなく話しかけてくる。ええ、その通り。無くなってしまったんです。それが何だか教えて差し上げましょうか。

「でもその願いはさすがに無理だよ。」

 照明の確認をしながら稀川は答える。上を見上げて注意深く眺めながら、業者に向かってグッドサインを出した。

「この場所は美術館からショッピングモールになるんだからね。周辺の住民からも支持が集まってる。無駄に広い敷地を有効活用するんだってさ。ま、しょうがないよね。」

 私よりも長くこの美術館に務めているというのに、淡白なものだ。それにそんなことは私だって分かっている。

 書類に目を通すと、それを私に預けようとし、慌ててやめる。

「おっと、翼くんは重要な仕事があるもんね。雑務系は俺が全部やるから、翼くんは翼くんの仕事頑張って!」

 稀川はぶんぶんと手を振り、書類を持ったまま奥へ行ってしまった。私は追いかけようとして立ち止まる。

 そうだ、仕事を済ませなきゃ。絵本の人気ランキングから抜粋していこうと思っていたが、その作戦は未遂に終わった。このあいだから頭がぐるぐる回っている。何が良い作品で何が悪い作品なのか、もうわからない。

(トイレで頭を冷やそう。)

 裏側にある女子トイレまで行き、中に入ろうと入口の扉に手をかける。とその時、中から声がした。


「ねえ、白藤さんってさ…稀川館長のこと好きだよね。」

「あ〜やっぱり?絶対そうだと思った!」

「上手く隠してるつもりなんだろうけど、館長のこと見てるのバレバレだし。」

「クリスティン先生に嫉妬してる感じ、ちょっと見づらいよね〜」


 若い女の子達の会話。ボランティアに来ていた学生達だ。

 ああ、分かるよ。私もそう思う。最近隠すのが下手になってきた。クリスティンに嫉妬していることも気づいてる。こんな私、醜いって思ってる。

「もう休憩終わっちゃうよ。早く戻らなきゃ……えっ」

「あっ……!」

 扉が開き、立ち往生していた私と女子達が鉢合わせる。彼女たちは一瞬顔を青ざめ、そしてきまりが悪そうに目をそらした。

「────に………」

 君たちの言い分は分かる。気持ち悪いよね。こんないい歳した女が色気づくのは。

 私は君たちが稀川目当てでボランティアに応募したってのも知っている。だけど私は君たちを採用した。猫の手を借りたい一心だったのもあるが、稀川が君たちのような子供を相手にしないと確信していたからだ。

「あんたたちに、何がわかるのよ!!」

 でもそれは私も同じだった。私のような子供を稀川が相手にするはずがない。彼が好きなのは、クリスティンのような年相応に大人っぽく、見た目も美しい女性なのだから。


 その日は私が女子達と取っ組み合いになっている時、たまたま通りかかった業者の方に止められた。彼女らは私を訴えはしなかった。影で悪口を言っていた自分たちが悪いのだと言い、逆に私に謝ったのだ。

 子供なのは、私だけだった。


 月日が流れるのは想像以上に早く、気づけば展覧会開催の二ヵ月前。準備は着々と進んでいた。BGMも決まり、コマーシャルやチラシ配りも始まった。

 だが、絵が決まっていない。絵が決まらなくては額縁も決められない。最低でも一ヶ月前までには決めてしまいたいのだが。

 グッズは展示物に関係なく、色んな作品の絵葉書やしおり、ブックカバーといったものだ。原作の絵本も販売しており、その他にも通販のような形で注文を受けることになっている。

 ようするにあとの問題は展示物だけなのだ。任されたからには責任がある。だが、彼女の作品を知ろうと思えば思うほど、彼女自身のことを知りたくないという感情に覆われるのだ。

 稀川が一度、大変なら自分がやると話を持ち出したことがあった。しかしそれを見たクリスティンがこう言った。

「白藤さんが出来ないのなら、そちらのボランティアの方にやっていただきます。私はそれでも構いません。」

 こう言われて引き下がることができるだろうか。悔しい。悔しいけど、じゃあどうすればいい。

 仕事とプライベートはまったくの別物だ。今までは上手く仕分けてきたし、これからもそうするつもりだった。

 元はと言えば、この女のせいで!


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