3、美しい彼女
クリスティンの来日。世間に特に騒がれることもなく、彼女はやってきた。私が入口のガラス戸を拭いていると、まだ肌寒い季節の中に現れたのは金髪の女性だ。空港まで迎えに行った稀川と並んで歩いている。ノーブランドのサングラスをかけ、大きなミントグリーンのキャリーバッグを転がしている。日本人女性の平均よりも少し高めの身長に、ロングの金髪。
大人っぽい。齢二十六にして、そんなことを思ってしまった。
「じゃあ改めて紹介するよ。絵本作家のクリスティン・夢子先生です!わざわざノルウェーから来てくれました!」
興奮を抑えきれない様子で喋る稀川。パチパチとそれなりの拍手。クリスティンが少し頭を下げるのと同時に、垂らした髪の毛がサラリと滑る。私は無意識に自分の短い髪の毛を指に絡めていた。
「ご紹介に預かりました、クリスティン・夢子です。しがない画家ですが、よろしくお願いします。」
サングラスを取ると、スッキリとした目が見える。金色のまつげの下の瞳は、黒の中に若干紫色が散っていた。
キレイだ。顔つきは日本人だが、肌の色も体つきも外国の血が入っていることが分かる。女性から見ても美しい。稀川が惚れ込むのも分かる気がする。チクリと心臓を刺す痛みに、胸をおさえた。
クリスティンが来たらやることが増える。まずは作品の確認。本来はしっかりと梱包し、ちゃんとした運送業者に頼み込むのが良いのだが、この女は自分の手で、封筒に入れて持ってきた。まあ絵本用の水彩画の原画といえば、そこまで大きいものでは無いのもあるだろうが………雑すぎる。
手渡された茶封筒の封を切り、中の絵を確認する。サイズはほとんど六号くらいか。このくらいの大きさの額縁ならたくさんある。イラストは様々なものがある。だがこれは……多分、全部同じ作品の絵、かもしれない?
「ああ、まだまだあるんで。稀川さんにリクエストされた作品の絵を持ってきました。」
そう言ってキャリーバッグからまた茶封筒を取り出す。ひとつ、ふたつ、みっつ………おいおい、そのキャリーバッグには絵しか入っていないのか。全部で二十の封筒を渡される。……重い。
「あ、あの………」
「貴女の好みに任せます。その中から厳選してください。って言っても、ほとんど同じような絵ばっかりで面白みがないと思いますけど。」
話す彼女は無表情だ。別に感じが悪いというような感じではない。感情を悟らせないというか、何を考えているか分からないというか。
(…はっきり言って、タイプじゃないわね。)
クリスティンを連れて展示場所を歩き回る。間取り図を見せながら、受付や売店の場所、絵を飾る場所の案内をする。
「このように廊下を歩いて、広いホールをぐるっとまわるような造りになってます。あまり沢山の絵は飾れないのですが……」
「構いません。」
無表情のまま彼女が応える。壁を眺める彼女の横顔を眺める。長いまつ毛が瞬きをする度に揺れ、照明の光を走らせた。
「白藤さん?」
じっと見ていると、クリスティンがその視線に気がついて振り向く。私は慌てて目をそらし、持っている間取り図に目を落とした。
「えー、えぇと……な、何か、この絵だけは目立つ場所に置きたいとかありますか?」
「いえ、特には………いや」
少し考え、彼女は顎に手を当てる。
整った鼻筋に形の良い唇。どこからどう見ても彼女は美人と言うのに申し分ない。
(稀川はこういう人が好みなのか。)
いかにも日本人顔な私にとって、ハーフやクオーターは憧れだ。それは子供の頃も、大人になってからも同じだ。まるでマンガの主人公のような人物設定。個性。私にも少しは分けてくれればいいのに。
「一枚だけ強い思い入れがあるのがあって……絵本に使ってる絵ではないんですけど………もしもし?」
目の前で手を振られ、フリーズから目を覚ます。涼しそうな目がまっすぐ私を向いている。
「あ……す、すみません。ぼーっとしてました。」
「いや………」
どうしたんだろう。仕事中にぼんやりすることなんて無かったのに。しっかりしろ。顔を手のひらで叩く。意外と大きな音が鳴り、想像以上に頬に痺れた痛みが残る。
鼻で深呼吸をし、クリスティンに向き直る。彼女は私の動作の一連を眺め、少しだけ、本当に誤差だと思うくらいに少しだけ、口角を上げた。
「グッズも見たいです。どこですか?」
くるりと後ろを向いてしまう。髪の毛の先が遅れてついていく。見事だ。やはり北欧だからだろうか。ここまで見事な金髪は見たことがない。
「や、グッズはまだ届いていなくて……明後日の昼に届く予定です。」
見とれてしまう。
────仕事をしなくては。
私もこんな美人に生まれたかった。
────このあとの予定も伝えて。
絵の才能もあるなんて、人生勝ち組。
────今はとにかく、展覧会の成功を……
どうして私が彼女じゃなかったんだろう?




