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第212話 代官王女の対処と人魚(ケイカ村日和その4)

 聖剣が出来上がるまで戦えない俺は、ケイカ村の屋敷、商店街、旅館、を見て回った。

 


 午前のケイカ村。

 俺は村の中央にある二階建ての代官屋敷へと入った。

 護衛の騎士や世話役の従者と挨拶を交わしつつ、階段を登って二階にある執務室へ向かう。


 執務室では窓を背にして第三王女エトワールが机に座っていた。

 ウェーブの掛かった赤い髪を背にたらし、青色のドレスを着ている。窓から差し込む光を浴びて白い肌が輝くように美しい。

 セリカと同じく気品のある仕草をするが、どこかしら威圧的な雰囲気があった。



 部屋に入ると書類から目を上げて、少し驚いたようにすみれ色の瞳を丸くした。

「ケイカさまっ。おはようございます。どうなさいました?」

「ちょっとな。商人のディプトリーのことだ」

「彼は、村の経営面を支えてくれていましてよ」


「それはわかってる。ただ悪い奴じゃないんだが、見栄を張るタイプだ。やりすぎないよう注意しておけ」

「さすがケイカさまですわね。人々の性格まで把握されているなんて。今後、彼の意見や提案はよく考えてから採用することにいたしますわ」

 エトワールは整った顔に理知的な表情を浮かべて頷いた。



 窓から入る風が、簡素な調度品だけの執務室を吹き抜けた。

 俺は板張りの床を鳴らして、彼女の傍へ近付く。

 不思議そうに俺を見上げるエトワール。その薄い肩に手を置く。

 

「村の運営はうまくいってるか」

 エトワールは細い指を顎先に当て小首を傾げた。

「そうですわね……書類の申請などは終わりました。報告書も滞りなく。ただ少し問題が」

「なにがあった?」

「まず農地の問題。次に移住希望者の問題ですわ」



 俺の眉を寄せた。

「農地は結界を広げてやったはずだが?」

「それが問題ですの。農地の広さに対して税金が掛かります。遊ばせておくわけにはまいりませんわ」

「そういや5倍以上の広さにしたんだっけな……だったら移住希望者を全部許可して畑仕事をさせたらいいじゃないか」


 エトワールは髪を揺らして頷いた。肩に掛けた手の上をさらりと流れる。

「ええ。アタクシもそのつもりですが、ケイカ村に移住を希望する人を全部受け入れると、人数的に町へ昇格させなくてはいけなくなります」

「町にするとどうなる?」


「町として認可されるためには、役所や公共施設の設置、魔物から守る街壁や周辺地域を巡回する騎士大隊の駐屯をしなくてはなりません。周辺の村人が逃げ込める街壁はすでにあるからいいのですが、それ以外の出費が重なりますわ」

「あ~。そういうことか。面倒くさいな」



 エトワールが肩に乗せた手に、しなやかな手を重ねてきた。高貴なまでに温かい。

「ケイカさまは村のままのほうが、よろしいのではありませんこと?」

「義務や制約が増えると自由にできなくなるからな」


「でしたら、勇者にとって必要なことだとか理由をつけまして、村のままで存続させられるように手配しましょう」

「できるのか?」


 エトワールは俺を見上げたまま赤い唇を緩めて、ふうっと笑う。

「いやですわ。アタクシはこれでもダフネス王国の第三王女でしてよ? 裏から手を回して官僚を味方にし、貴族たちの支援も取り付けてみせますわ」



 俺は冗談っぽく笑って言った。

「悪い女だな」

 エトワールは傷ついたように、美しい顔を歪ませた。

「い、いやですわ……。大切なケイカさまのためだからこそ、そのようなことをするのです。もう決して、自分のために権力を使ったりいたしません」


「…………」

 俺が返事をしないでいると、エトワールの顔が泣きそうに崩れていく。

「本当です……信じてください、ケイカさま……っ」


「ああ、信じるよ。エトワールはとてもいい女だ」

 彼女の華奢な体を抱き寄せる。

 薄いドレス生地を通して温かい柔らかさが伝わってくる。


「ケイカさまぁ……」

 エトワールは甘えるような鼻声で、俺の腹に顔を埋めてきた。花のような香りがする。



 よしよしと頭や背中を撫でてやりつつ、しばらくそのままでいた。

 気持ちが落ち着いたのか、彼女は少し立ってから腕の中で「あっ」と声を上げた。


「どうした?」

「忘れておりました。春のお祭りについてでございます」

「あ~。豊作祈願祭りをやめてケイカ祭りにするんだったな」

 俺もすっかり忘れていた。



 エトワールは腹に抱きついたまま、俺を見上げる。

「昨年まで使用した看板や衣装はすべて新品に取り替えることになりますわ。どのような祭りにするのか、何かご提案はございまして?」


 俺は視線を床に向けて、う~ん、と考え込んだ。

 ――もちろん俺を徹底的に祝って欲しい。さらには名前を広めて欲しい。


 ただ、こっちの世界の祭りとの兼ね合いもある。

 神社でするような祭りを押し付けても、文化の違いで参加する人々が楽しめなかったら祭りの意味がない。

 祭りは民俗学的にいう「ハレ」の舞台でもある。

 神への感謝が第一だが、人々のウサ晴らしも兼ねなくては。



 顔をしかめてさんざん悩んでから言った。

「俺を讃えつつ、派手にしたい。国中から人が集まるぐらい派手に。ただ、人々の受けがよく、人以外の獣人やエルフなども楽しめる祭りにしたい」


 エトワールが白い歯を見せてくすっと笑う。

「ケイカさまらしい、欲張りなお祭りになりそうですわね……勇者を讃えるとなると、ドルアースの祭りが参考になりそうですわ。出し物については獣人長マハルさんと巫女のミーニャさん、エルフが喜びそうなものについてはフィオリア親子の意見を伺いましょう」


「そうしてくれ。あと、祭りの指揮はディプトリーに取らせたらいいだろう。豪華にしたがる彼の性格がいい方向に作用するに違いない」

「さすがケイカさま。素晴らしい人選だと思います。すべてはケイカさまのために」

「頼んだぞ」


 頭をポンポンと撫でると、エトワールははにかんだ。

「はい、お任せください」


 それからエトワールと別れて代官屋敷を後にした。



 外に出れば午前の麗らかな日差しが降り注いでいた。

 空気はまだまだ肌寒いが、村のあちこちに温かい陽だまりが出来ている。


「さて、次はどこへ行くかな」

 足のおもむくまま、ぶらぶらと村を歩いた。



 途中、観光客の流れが出来ていたので、なんとはなしについて行った。

 村の西にあるため池に来る。

 池の傍には看板が出ていて、養殖魚へ餌をやる時間が書かれていた。 

 朝昼夕方の計3回。

 ――なんだこりゃ?


 人々は池の縁から覗き込んでいる。

 俺も覗いてみた。

 水中では、人魚のクリスティアが紫の髪を翻して泳いでいた。

 白い肌と下半身の鱗がきらきら光る。



 そして粉末状の餌を撒くたびに、魚がわぁと集まっていた。

 しかも、ただ撒くだけではなかった。

 アクロバティックに体をひねって動き回りながら、すべての魚が餌を食べられるように撒いていく。

 美しい肢体をうねらせて泳ぐ姿は見惚れるものがあった。

 観客たちも、惜しみない歓声を上げている。


 どうやら餌やりがショーになっているようだった。

 だいぶ前に観光資源になるかもと考えたが、まさか実現するとは。



 ――と。

 息継ぎのためか、クリスティアが水面へ上がってきた。

 俺の姿を見つけて岸へと寄ってくる。

「ケイカさまっ。お久しぶりです」

「仕事、頑張ってるようだな」

「はいっ。おかげさまで」


 池の周りにいた人々がざわめき出す。

「ケイカって!」「まさか、勇者さま!?」「初めて見たぜ」「すげー、あいつかぁ」「なんだか神秘的な人ね」「あの男、ただものじゃないな」

 ――このままだと俺まで見世物になってしまいそうだな。


 頬を掻きつつ、水面に髪を広げるクリスティアを見下ろす。

「観客がすごいな」

「ええ、私が魚の世話をしていると噂になってしまったようで……遠くから見に来る人もいます」

「まあ、確かに人魚の餌やりは珍しいだろうな。というか世界でここだけだろう」



 クリスティアは頬を赤く染めて俯いた。

「こんなに大勢の人に見られて……恥ずかしいですわ」

「まあ、そう言うな。ケイカ村に新しい名物ができたようでなによりだ。これからも頼むぞ」

「はい、人魚族の誤解を解くためにも頑張りますっ」

 そう返事すると、クリスティアは息を吸い込んで、また水の中へと戻っていった。

 尾びれが水面を跳ねて、光をキラリと反射した。



 池を離れ、再び歩き出しながら思う。

 ――人魚族の誤解か。

 人魚の肉を食べれば若返ると言うデマ。


 交流する機会がないから妄想ばかりが膨らむ。

 こうして実際に働く姿を見て、話を交わせば人々の考えも変わっていく。

 たんに魚の養殖を任せただけなのに、結果として大きな未来につながっていく。



 俺のやってきたことは小さな積み重ねだったが、やはり無駄ではなかったんだな。


 優しく振舞ってきたつもりはない。

 ただ神として自分のために信者を増やそうとしてきただけだ。

 それなのに虐げられていた者たちが笑顔になり、人々が未来に希望を持つようになるとは。


 神と人との関係とは、結局こういうことだったのかもしれない。

 神の地位に胡坐をかいた傲慢さはダメだが、人々のために傲慢に行動するのは悪くないのか。


 神として持って生まれた性格なんて変えられない。でも、行動は変えられる。

 そういうことかもな。



 冷たいけれど心地よい風が野原を吹き抜け、和服を揺らしていく。

 俺はまだ見ていない最後の施設――学校があったのを思い出し、石の舗装路を歩いて村の北へと向かった。

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