第209話 嵐の前の休日(ケイカ村日和その1)
「第200話 月世界旅行」で声の届き方に伝わり難い描写があったので、二行ほど補足を入れます。内容に変更はありません。
あといくつか誤字脱字を見つけたので全体的に直します。
地邪神ベヘームトと会って愛と魔法少女について語り合った後、リヴィアと偶然一緒に温泉に入り、そこで心から打ち解けあった。
その次の日の朝。
俺はケイカ村の屋敷にいた。
昨日はセリカと一緒に寝たはずだった。
ベッドで寝ている俺の隣では、彼女が規則正しい寝息を立てている。
一糸纏わぬ裸体に乱れた金髪がかかっていた。呼吸のたびに大きな胸が豊かに揺れる。
そして反対側には。
ミーニャが尻尾を抱え込むように丸まって寝ていた。
巫女服ははだけて、白い肌と小さな胸が見えている。たぶん下着を着けていない。
「いつ潜り込んだ、こいつ……」
隠密のスキルでも使ったのか。
知った気配だから警戒していないとは言え、俺に気付かせないとは相当腕を上げたと思わざるを得ない。
柔らかな曲線を撫でつつ、朝の気だるいまどろみの中にいると、突然ノックの音がした。
「勇者どの。起きておられるか?」
「誰だ……? ヘムル爺さんか」
俺はベッドからおきだすと、乱れた和服を調えた。
ミーニャが猫耳をピピッと跳ねさせて、目を覚ます。
「ん……おはよ」
ベッドの上でぺたんとお尻をつけて座り、手を猫のように丸めて顔をぐりぐりと擦っていた。
猫の仕草が板に付いたもんだ。
扉を開けて廊下に出る。
曲がった腰の鍛冶師、ヘムルじいさんが立っていた。
「どうした? こんな朝早くに」
「うむ。それがじゃな。宝石の精製が終わって成分を抽出した。そなたの剣を打ち直したいから貸してはくれんか?」
「早いな。エーデルリヒトを渡したの一昨日だろう?」
「ハーヤが手伝ってくれたのじゃ。どこで見つけたのか知らんが、精製の仕方をすでに知っておったんでのう」
「……なるほど」
ハーヤは前世でエーデルリヒトを求めていた。
すでに精製方法も確立していたのかもしれない。本人は覚えてないかもしれないが。
俺は腰に下げた太刀を鞘ごと抜いた。
「代えの効かない剣だから、大切に扱ってくれよ」
「もちろんじゃとも!」
ヘムルじいさんは目をギラギラさせて太刀を受け取った。
カチッと音をさせて太刀の鯉口を切る。荒い息をしながら波紋打つ刀身を眺め始めた。
――大丈夫か、こいつ?
少しだけ不安になったが、鍛冶の専門家に任せることにした。
「任せたぞ」
「うむ――では、確かに受け取った」
ヘムルじいさんはそそくさと裏庭にある工房へ戻っていった。
早朝の静かな空気。
遠く台所でコトコトと音がする。
元宮廷料理長のクラリッサおばさんが、屋敷に住む全員分の食事を作っているに違いない。
俺は部屋へ戻ろうとして、違和感に気付く。
「腰がすーすーするな」
ずっと一緒に過ごしてきた太刀が腰からなくなると妙な感じだった。
俺は顎に手を当てて考え込む。
「ふむ。魔王を倒すスキル【魔王撃滅閃】は覚えて、聖剣も製作中。セリカとミーニャの新防具も、もうすぐ出来る。ブリザリアのことは昨日リヴィアに頼んだ。あとはドラゴンに乗って魔王城に行き、ファルカンに会えば魔王の元へ行ける、か」
――とりあえず、太刀が聖剣になるまでは戦うことは出来ないが。
だったら、しばらくは休暇だな。
村や人々の様子を見て回るのもいいか。
部屋の扉が開いた。
白と黒の巫女服を着たミーニャが廊下に出てくる。
「ケイカお兄ちゃん?」
「太刀を聖剣に作りかえることになった。出来上がるまで休みだ」
「ん、わかった」
「セリカとラピシアにもそう伝えておいてくれ」
ミーニャの黒く細い尻尾がはたりと揺れる。
「だったら私も行ってくる」
「どこへ?」
「獣人地区。議会つくる」
「そんな話、してたっけな。獣人たちが一つの国として独立できたらいいな」
「いいな、じゃなくて。絶対に、する」
ミーニャが黒い瞳に力強い光を宿して断言した。
「勢い込んでるな」
「ケイカお兄ちゃんをしょうちょうてきめーしゅとする、りっけんくんしゅせーを作るから」
意味が判ってるのかどうか分からない棒読みで言われた。
象徴的盟主とする立憲君主制か。
イギリス女王がイギリス連邦王国としてカナダやオーストラリアの国王になっているのと同じ、あれだ。
まあ、信者が増えるならそれもありだな。
獣人たちを纏め上げられる百獣女王ミーニャならできるだろう。
俺は手を伸ばしてミーニャの細いのどを撫でた。すべすべした肌を指先に感じる。
「頼んだぞ」
「ん、頑張る」
ミーニャは気持ち良さそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「じゃあ、朝食前に村を見てくるか」
「いってらっしゃい」
俺は和服をはためかせて外へと出た。
◇ ◇ ◇
早朝のケイカ村。
引き締まった大気がすがすがしい。
屋敷の庭にある石畳の上を歩く。
エルフのフィオリアが庭木の手入れをしている。見た目は若く美しいが、実際は子供もいる未亡人エルフ。
「朝早くから頑張ってるな」
「あら、おはようございます、ケイカさま」
「朝食前に仕事なんて珍しいな」
「はい。もう少し生垣を作っておこうかと思いまして……」
「ん? 今でも随分立派じゃないか」
「いえ、ケイカさまの銅像に参拝する人々が増えましたので、屋敷の玄関が庭から丸見えというのは問題かなと思いまして。入口を隠すように生垣を作ろうかと」
神社の境内のように広い庭の真ん中あたりへ俺は目を向けた。
拝殿にあたる神楽舞台があり、俺の銅像が備えられている。
朝だというのに、一人の婆さんが拝んでいた。
「なるほど。確かに見られるのはまずいかもな」
「はい、お任せください……あ、あと」
「ん? どうした?」
俺が尋ねると、フィオリアは頬を染めてうつむいた。大きく揺れる胸の前でモジモジと指をいじる。
「あの、娘のリィも手間が掛からなくなりましたし、そろそろ弟か妹を……」
どうしてそんなことで言いにくそうなのかといぶかしんだが、お金の問題かと気付いて答える。
「ああ、養育費のことを心配しているのか。庭仕事をしてくれているんだから、遠慮しなくていいぞ」
フィオリアが目を丸くして顔を上げた。
「え、よろしいのですか?」
「え? ――もちろんかまわないが」
フィオリアは顔を真っ赤にするとまたうつむく。
「で、でしたら、また夜に――お待ちしてます」
そういうなり、彼女は顔を恥ずかしそうに隠し、足早に屋敷へと戻っていった。
――なぜ夜に?
いまいち意味が分からなかくて、俺は首を傾げつつ庭を見渡した。
庭の両側には社務所代わりの奴隷長屋と、お守りを売る販売小屋があった。
小屋は庭に面した大きな窓を開けてすでに営業を開始している様子。
小屋のほうへと向かう。
大きな窓の下にはお守りやお札が並べてあった。
中には修道服を着たファルが座っている。一心不乱にちくちくと小袋を縫っていた。
「仕事に精が出るな」
ファルはベールを揺らして顔を上げる。
「あ! なんだかお久しぶりです、ケイカさま。どうされました?」
「いや、もう営業しているようだったんでな。相変わらず手仕事に夢中か」
「はいっ。お守りがけっこう売れてまして、小袋の補充を頑張らないとです」
「それはよかった。ただ、病院には行かなくていいのか?」
ファルは困ったような嬉しいような様子で、はにかんだ。
「今はもう重篤な患者はいなくなりました。みんなもうすぐ退院できそうなので、病院は昼から顔を出します」
「全員回復したとは素晴らしいな。よくやってくれた」
「いえ、わたしのほうこそ。お力になれて嬉しいです」
「じゃあ、頼んだぞ」
「はいっ、ケイカさま」
ファルはなぜか頬を染めて、上目遣いの熱い視線で微笑んでいた。
俺は敷地を出て通りを歩く。
ラピシア製の石壁に囲まれた村は、上から見ると田の字をしている。
何人もの村人がもう働き始めている。
春が近いこともあって、畑を耕す用意をしていた。
東西と南北の大通りが重なる村の中央まで来る。
中央から南の道には旅館や公衆浴場が接していて、小さな商店も開店していた。
道具屋、武器屋、雑貨屋、食べ物屋。フィード焼きの屋台も出ている。
人通りが増えたが村人の感じはしない。どうやら旅人や旅館の宿泊客らしい。
客たちは建物の影で屋台で買った食べ物を立ち食いしていた。
――ふむ。
こうも人が増えたら、簡易なベンチを設置して軽く休憩出来るようにしたほうがいいな。
客たちを眺めながらそんなことを考えていると、雑貨店から恰幅のよい商人が出てきた。
俺を見るなり往来を横切り、駆け寄ってくる。
「これはこれは、ケイカさま! おはようございます!」
「うむ、おはよう。――で、お前は誰だったかな?」
商人は、ぐほっと咳き込むと早口で言った。
「嫌ですよ、ケイカさま! 勇者の盾を差し上げた、商人のディプトリーでございますよ!」
「ああ、お前か。顔色が見違えたんでわからなかった。確か、借金まみれで娘の治療費を捻出するためにオークションに出品してた……ん? 娘はどうなった? 病院にはもう重病患者はいないと言ってたが」
するとディプトリーが泣きそうな笑顔を作った。
「おかげさまで、娘は回復いたしました。今度から学校にも通う予定でございます。これもすべてケイカさまのお力。本当にありがとうございますっ」
後頭部が見えるぐらい、深々と頭を下げてきた。
「それはよかったな。この商店街も、上手く取り仕切ってるようで繁盛してるじゃないか」
「はい、これぐらいお安い御用です! これからもケイカさまのお力になれるよう、がんばらせていただきます!」
心のこもった声でディプトリーは言った。信奉してくれているようで何より。
俺は物陰で立ち食いをする人々に目を向ける。
「そうそう、ディプトリー。休憩できるベンチを木陰に設置したらどうだ?」
「ああ、これは気が回りませんで。すぐに業者を手配して工事に取り掛かり――」
俺は手を前に出して、ディプトリーの言葉を制する。
「いやいや。そんな大掛かりにしなくていいぞ。公園や休憩所じゃなく、木陰にベンチを置くだけでいいんだ」
ディプトリー不思議そうに首を傾げた。
「お言葉ですが。稀代の勇者、ケイカさまの村なのですから、恥ずかしくない豪華な装いにするべきかと」
「それも悪くないが、今は必要ないな」
「どうしてでしょう?」
「簡易なベンチだけだと小休止程度ですぐに立ち上がるだろう? すると回転率が上がって多くの人が座れるようになる。結果的に大勢の人のためになるんだ」
ディプトリーは目を見開いて驚いた。
「な、なるほど! なにも豪華にするだけが村のためではなかったのですね! さすがケイカさま! 人々の心まで熟知されているとは! ――村にあるイスや箱で、すぐに用意いたしましょう!」
彼は小走りで店へと戻っていった。
俺はその後ろ姿を眉をひそめて見ていた。
――ディプトリーが破産しかけた理由がわかった気がする。
悪い奴ではないんだが、見栄を張る性格をしているんだな。
性格というか、考え方か。
だから家業が傾いても、勇者の盾という特別なものは最後まで手放さなかった。
ちょっと注意が必要だな。あとで代官のエトワールに言っておこう。
「それより今は、旅館だな」
俺は旅館のある南へと向かう。
旅館では食事を提供しているはずで、豪華な夕食と癒しの和朝食を客は食べる。
それなのになんで朝からこんなにも屋台で食ってる奴がいるのか。
気になったので女将のステラに聞いてみることにしたのだった。
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