第208話 温泉で裸の付き合い
夕暮れ時のケイカ村。
極寒の地ブリザリアから帰ってくると体が芯まで冷え切っていた。
俺は屋敷へ上がりながら言う。
「仕事や用事は後回し。温泉に入って温まるぞ」
セリカが嬉しそうに微笑む。
「それがいいですわね。――どうぞお先に」
「待ってても寒いだろう、一緒に入ればいい」
「ひゃう!? は、はい……用意しますね」
セリカは頬を染めて俯くと、そそくさと部屋へ戻っていった。
「ん。私も入る」
「ラピシアも!」
駆け出そうとするラピシア。ミーニャは手を繋いで屋敷の浴場へと向かった。
「賑やかだな。まあ、いいか」
俺は和服の裾を揺らしてゆったりと歩いた。
屋敷の中にはエルフのフィオリアしかいなかった。
――リヴィアに頼みたいことがあったが、またあとにしよう。
屋敷の裏に併設された風呂小屋。
外気が冷たいためか、浴場から漏れてくる熱気が霧のような煙になっている。
脱衣場には脱ぎ散らかされた白い服があった。
ラピシアの姿はすでになく、浴場を仕切る半開きの扉の向こうから「お湯がいたい!」と叫ぶ声が響いてきた。
ミーニャはすでに巫女服を脱いでおり、白衣と黒袴を畳んで籠に入れていた。
白い肢体を隠すのは黒の下着のみ――じゃなくて、ビキニの水着。
そういやずっと水着を着てるんだったな。
「ん? お湯が痛いって、ラピシアもう入ってるのか? 掛け湯はしたのか?」
「見てくる」
ミーニャが細い足をしなやかに進めて、浴場へと入っていった。
俺も手早く脱いで全裸になる。
タオルで隠しつつ中へ入った。
浴槽から溢れる温泉から白い蒸気が立ち上る。
熱気はあるがどこか肌寒い。
全裸のラピシアがまん丸な目をして浴槽の中を覗きこんでいた。体を隠すように垂れる青いツインテールからはお湯が滴っている。
傍にしゃがむビキニ姿のミーニャが手桶にお湯をすくいながら言った。
「体にもっとお湯を掛けて」
「死んでる」
「え!?」
慌てて浴槽に駆け寄って覗き込む。
確かに、少し濁った温泉の底、全裸の幼女が体の前を手で隠して沈んでいた。
水の波紋で歪んで見えるが、それでも女神のように可愛らしい顔が真っ赤に染まっているのがわかった。
「……なにしてんだ? リヴィア、おーい」
俺が浴槽の中に手を入れると、リヴィアがエビのように激しく体を曲げて逃れた。
そして浴槽の隅まで潜水で移動すると、さざめく水面を割って立ち上がる。
小さな体に似合わぬ、大きな胸。必死で手で押さえているが、柔らかくはみだしている。
涙を浮かべた上目遣いで俺を見上げてきた。
「い、いきなり帰ってくるとは、ひどいのじゃ……!」
どうやら一人で温泉を楽しんでたら、俺たちが急に入ってきて慌てて湯船の底に隠れたらしい。
――なにやってるんだか。
俺は片眉を上げつつ、突き放すように言う。
「ここは俺の家だ。嫌なら、公衆浴場を使うんだな」
「わらわは女神じゃ! 普通の者どもと一緒に入れるわけなかろ! ばかものっ!」
「よかったな。ここには神か神職しかいない」
「くぅぅ……!」
唇を噛んで、恨めしそうに睨んでくる。
――と、ダメだ。
頼みごとがあるのに、意地悪をしてたら聞いてくれなくなる。
俺は立ち上がり、入口に向かった。
「悪いな、リヴィア。先に入ってるとは知らなかったんでな。――ラピシアやミーニャ、セリカと一緒ならそこまで不満じゃないだろう? 俺はあとでゆっくり入ることにするよ」
立ち去ろうとする俺に、リヴィアが歯に物が挟まったような言い方をした。
「むう……確かにこの家はケイカの家じゃ。それにブリザリアまで行って冷えたであろう? わらわの体をじろじろ見ないと言うのであれば、一緒に入っても良い」
「見られることが嫌なのか。綺麗でかわいいのにもったいない」
リヴィアの幼い顔が火がついたように赤くなる。
「わらわの体はいびつなのじゃ! もっとスタイルがよかったときなら構わぬが!」
「むしろロリ巨乳な今こそ、需要があるんじゃないか!」
「やはりこやつも変態であったか!」
ざぶっとリヴィアが肩までお湯に浸かった。神々しい胸が見えなくなる。
怒ったように、ついっと顔を背けてしまった。
――「も」ってなんだよ「も」って。
まさか、ベヘームトのことを言ってるんじゃないだろうな。
あれよりかはマシなはずだ、たぶん。
しかし、リヴィアは出て行けとは言わず、出て行こうともしなかった。
壁へ向かってふてくされてはいるが、一緒に入ることを許してくれたようだ。
「ミーニャ、すまないがリヴィアが体を隠せるタオルを持ってきてやってくれ」
「わかった」
「ラピシアは全身を掛け湯してから入れ。体を洗うのは温まってからだ」
「はーい!」
ミーニャから桶を受け取りラピシアにかけてやる。
ザァッとお湯をかけると「ひゃああ」と可愛い悲鳴を上げた。
ずぶ濡れになったラピシアは、伸ばした細い足先で、つんつんと水面を突いた。
冷えた肌が温度差で痛くなるのを警戒しているらしい。
「うん、だいじょうぶ」
そしてゆっくりと浴槽に浸かっていった。
俺も手早くお湯を浴びて中へ入った。
なみなみと溢れる温泉が、体の芯まで温めてくる。
「あー、これは効くな~」
寒さ的にはまったく問題なかったが、やはり肌は冷たくなっていたようだ。
熱いお湯が痛いぐらいに感じた。
ミーニャがタオルを持って戻ってきた。リヴィアへ渡す。
「ん。これ」
「すまんの……タオルをお湯につけても良いのかの?」
「隠したいんだろ。浸けてしまえ」
「わかったのじゃ」
リヴィアは受け取ったタオルをいそいそと小さな体に巻いた。
ミーニャが掛け湯をして入ってきた。
ぶるぶるっと身震いをさせる。黒髪や耳がぶわっと広がった。
ほっと一息つく一同。
ラピシアもミーニャも温泉の気持ちよさを静かに味わっている。
というか、いつものように激しく動いたりすると、お湯の熱さが増して痛くなるので動けないようだった。
俺は白い湯気の立つ浴槽を横切って、リヴィアの隣へ移動した。
「リヴィア、ちょっといいか?」
「な、なんじゃ?」
大きな胸を押さえるように、両手で隠して体を強張らせた。隅にいるので逃げ場がない。
「警戒するな。話をするだけだ。というか、頼みたいことがある」
「この姿の妾に手を出そうというのか、変態じゃ!」
ついにリヴィアの顔が耳まで真っ赤になった。
「そっちの妄想のほうが変態だろ……ベヘームトに伝えて欲しいことがあるだけだ」
「ベヘームトに? ――魔法少女とかいうのかの?」
「ええっとだな……」
俺はベヘームトにあったときのことを手短に話した。
ほほ~とリヴィアは感心して頷いた。
「さすがケイカじゃな。特殊な知識も豊富に持っておるとは、優秀な神じゃ」
「まあな。それでベヘームトに、霜巨人を魔法少女にしたらどうか? と助言してやって欲しい。一般的な霜巨人は魔法が使えないようだし、魔法が使えなくて困ってもいる。それを助けてやるんだ、と。――もちろん俺の名前は出すなよ」
「それぐらいなら構わぬが。彼はどうなるのじゃ?」
「討伐することになるかもな」
リヴィアの目がくわっと見開かれ、俺の首に掴みかかってきた。
湯の中で小さな体が圧し掛かってくる。
「なんということをする気なのじゃ! ベヘームトは変態であるが、悪い奴ではない! 悪いのは我らを邪神扱いにした創世神ぞ!」
「そうだな。でもベヘームトはおかしくなっている。このままだと周りに危害を加えるようになるかもしれない。俺はこの世界を守るために動くぞ」
「う……どうしても退治するのかの? それはあんまりなのじゃ……」
リヴィアの顔が泣きそうにゆがみ、華奢な肢体からくにゃっと力が抜けた。
タオル越しに豊かな膨らみが押し付けられる。
リヴィアの頭を優しく叩く。
「大丈夫、殺しはしない。そうならないために今のうちに叩く。信者を集めて力をつけられたら手加減できなくなるからな」
「ふむ。つまりわざと失敗させるということかの?」
「その通りだ。失敗させてこの世界への未練を断ち切り、元の世界へ帰還するか隠居してもらう」
幼い顔にしわが寄る。
「納得してもらえるかのう?」
「もうこの世界は創世神のものじゃない。確かに世界という器を作ったのはお前たちだが、新しい人や生き物が一生懸命生きているんだ」
「……創世神はほうっておくのか?」
「いや、話を聞いた限り、どうもおかしくなってる。元からなのか、魔王のせいなのかはわからないが。きっちり落とし前はつけさせるさ。話が通じないようなら倒す――だから、もう俺に任せろ」
リヴィアの翡翠のように美しい瞳を見つめて力強く言った。
しばらく俺の目を見返していたが、ふうっと息を吐くと俺の肩に顎を乗せた。
「わかった。創世神に対する我らの恨み、ケイカにゆだねようぞ」
「その願い、聞き届けた」
リヴィアは肌が触れ合うのも拒否せず、そのまま寄り添っていた。
もう恨むことに疲れたのかもしれない。
そもそもリヴィアたちだけでは創世神を倒せないだろうし。
創世神を倒すと世界が消える可能性もあるし。
すると、後ろから柔らかいものが押し当てられた。
すべすべした肌と、ささやかな膨らみを背中に感じる。
振り返るとミーニャがいた。
無表情な目で、俺をじっと見ている。
「どうした?」
「私も、する」
そう言って、ミーニャはリヴィアとは反対側の肩に顎を乗せた。
「俺は顎乗せ台じゃないんだがな」
やれやれと溜息を吐く。
ただ、話が終わるまで待っていたのは、正直偉い。
空気を読めるところは可愛げがあった。
さすが俺の巫女。
パチャパチャと音がした。
温泉で温まったラピシアが泳ぎ始めていた。
「こんなところセリカが見たらなんていうか」
突然、ドアが開いてセリカが入ってきた。
細い腰と大きな胸を隠すのは白い水着。
金髪を上にまとめているため、細いうなじが露わになっている。
セリカの後ろでドアが閉まる。
その場に立ち尽くして、俺たちを呆然と見ていた。
――が。
ふうっと花が開くように笑うと、浴槽へ近付きかけ湯をした。
「リヴィア様とも仲良くなられたようですわね」
「まあな」
「さすがケイカさまです」
整った顔立ちに女神に負けない余裕の笑みを浮かべると、浴槽へ入って俺の前からもたれかかってきた。
誰よりも大きな二つの丸みが押し付けられる。
――これが正妻の貫禄か。
俺は裸同然の三人の女性に密着されて動けなくなった。
触れ合う肌が妙に熱い。三人とも動こうとしないので俺も動けない。
「なんだこれ」
思わず呟きが漏れていた。
ラピシアの元気に泳ぐ音だけが、白い湯気のこもる風呂場に響いていた。




