第207話 おしゃまな保母さん
魔法少女狂のベヘームトと会った帰り道。
ブリザリアの王都の端にある氷竜の厩舎に俺たちはいた。
厩舎の隅にある巨人の居住スペースにて、丸いテーブルを囲んでお茶を飲む。
優しい笑みを絶やさない巨人のティッキーがもてなしてくれた。
ちょっとした気がかりがあったので情報収集をかねていた。
――果たしてこのブリザリアで俺の信者を作れるか、という点。
魔王を倒すには信者を増やして力を得ることが重要。
せっかく来たんだからブリザリアでも増やせないかと考えていた。
ティッキーはクッキーをテーブルに置きつつ言う。
「これもよかったらどうぞ。だいぶ前に焼いたものだけど」
「そんなもん、客に出すなよ……いや、毎日が低温だから腐りにくいのか」
「ええ、そうなの。ここではなんでも長持ちだわ。人が生きていくには大変でしょうけどね」
ティッキーは丸いテーブルに座る。俺の隣になった。
「それで、どうだった? あのお爺さん」
「まだなにかやるかもしれないな」
「困ったものねぇ。みんなが帰ってくる前に、どこかいってくれたらいいのに」
ティッキーは広い肩をすくめて微笑む。呆れているけれど優しい声だった。
冗談で言ってみる。
「あれでも一応神だぞ? 敬っておいたらご利益があるかも知れないぞ?」
「そうだったの。でも私たちはもう間に合ってるからねぇ」
「ほう、謙虚だな……そういや富も名誉もいらないって言ってたな」
「生きていけるだけの家とご飯と洋服があれば、それでいいもの」
――とても達観した考えだが、これはティッキーだけか?
もしかして霜巨人全員が無欲だったりしないだろうな。
それだと信者を増やすのは難しくなる。
セリカが思案深げにゆっくりと話す。
「貯蓄をしておけば、困ったときに対処できるのではないでしょうか?」
「少しはね。あんまり求めすぎると、争いになってしまうもの。それに、困ったときは友達がいるから」
ティッキーは窓の外を眺めた。
広い庭で体格の小さなアイスドラゴンたちが遊んでいた。おそらく子供だろう。
俺は確信が持てないながらも尋ねていた。
「アイスドラゴンが友達なのか」
「あの子たちは子供を育てられないの。体質的にね。いるだけで周りを冷やしてしまうから生まれた子供は凍えてしまうのよ。本来は100匹に1匹ぐらいしか大人になれない。それを私たちが育ててあげてるの」
「見返りは?」
ティッキーは微笑みを絶やさなかったが、真剣な声で答えた。
「私たちは寒くないと生きてはいけない。本来ならブリザリアから出られない。でもあの子たちが傍にいてくれると、氷のない遠くまで行けるわ」
「なるほど――。子育てする代わりに暑い地方へ運んでもらう。共存共栄しているのか」
「時にはケンカもするけど、仲がいいの。生きていく上でお互いが必要だってわかってるから。一生涯の友達がいればお金も名誉もいらないわ。友達以上の宝ってこの世にあると思う?」
「素敵な暮らしなんだな」
ティッキーが余裕のある態度に感じられたのは、命を預けられる友人がいるからか。
霜巨人が排他的なのも、すでに満たされているから必要ないということか。
――となると、俺の信者を増やすのは難しそうだ。
この安定した生活が続くのは俺のおかげってふうに持っていけない。
セリカが溜息交じりで言う。
「なんだか……霜巨人さんたちがうらやましいですわ。他人と仲良くなるのは簡単ですが、一生涯の友達なんて、そうは作れません」
「貧しく見えても、霜巨人の国は恵まれてるのよ。だから裕福だけど満たされてない人たちとは話が合わないの。お金や名誉を欲しがる人って、心のどこかではきっと寂しいのね。あなたはそれほどじゃないけど」
「そうだったのですね……確かに、今のわたくしは満たされているかもしれません。ですが、ケイカさまたちだって」
ティッキーが俺やミーニャ、ラピシアを大きな眼でじいっと見た。
「どうかしら? あとの3人はとっても欲しがりのような気がするけど」
ミーニャがむっとして答える。
「私は、ケイカお兄ちゃんがいれば、ほかに何もいらない」
「でも、彼の全部が欲しいんでしょう?」
「う……」
言葉に詰まるとミーニャはあからさまにそっぽを向いた。いたずらがばれた猫のように。
唐突にラピシアが細い手を上げる。
「はーい! ラピシアは、もっともっと欲しい! お母さんみたいになりたいから!」
「子供が欲張りなのはいいことかもね。子供は何にだってなれる。可能性の塊だから」
「わーい!」
彼女の言った本当の意味なんて大人にならないとわからないだろうに、ラピシアはクッキーを頬張りながら笑って喜んだ。
ティッキーはラピシアの頭をいとおしそうに撫でつつ、ついでに口の周りについた食べかすを取っていた。
突破口を考えつつ、素直に答える。
「俺は……うん。他の誰よりも欲しがりだろうな。ただ、金も名誉も目的のための手段にすぎない」
多くの信者を得て、名実ともに神になる。
そのためならなんだってするつもりだ。
霜巨人たちだって俺の信者にしてやる。
「あら。魔王を倒すのが目的ではないの?」
「俺にとってはそれも手段の一つだ。心からの願いが別にある」
俺の言葉は嘘偽りのない本心。
ティッキーは冷たいお茶を飲みつつ、うなずいた。
「なんだか人の手にあまる目標を持っていそうだけど、あなたなら心配なさそうね。目標のついでに魔王を退治しちゃってね」
「軽い言い方だな。魔王を倒したら勇者さまと崇めてもらいたいところだが」
「魔王に協力してたから迷惑はこうむってないもの。倒したいなら倒せばいいんじゃないかしら。止めはしないわ」
霜巨人たちは無関心ってことか。ますます信者にしにくい。
それとは別に気になっていたことを尋ねた。
「霜巨人たちはどうして魔王軍に協力していたんだ?」
「昔の王様が決めたの。あの人は特別だったのよ。アイスドラゴンがいなくても自分で周りを冷やせたの。みんな反対したんだけど、王様は魔王に協力することを強引に決めてしまった。霜巨人たちはみんな、暑い地方に行ったら融けちゃうって心配してるけど、そんな気持ちがわからなかったのね」
霜巨人王ヨトゥンのステータスを思い出す。
「確かに自分で冬を生み出す能力を持ってたな。時流氷結だったか。それでアイスドラゴンを必要とせず、もっと別な物を欲しがった。結果、魔王軍に協力したってわけか」
「必要なものを持っていたから、逆に満たされないなんて。皮肉なものね」
ティッキーは朗らかに笑った。でもどこか寂しそうだった。
俺は、はっと目を見開いた。
――そうか。
心から充足している者にとっては、神すら必要ないんだな。
神とは満足していないものに対して恩恵を与える存在だから。
じゃあ、世界中の人々が神なしに充足したら、神は必要とされなくなる?
……だったら神とはなんだろうか……。
何のために生まれ、生きているのか……。
思案にふけっていると、ふと視線を感じた。
顔を向ければ、あれほどクッキーを食べるのに必死になっていたラピシアが、大きな金色の瞳で俺を見ていた。
無言のまま、じぃっと俺の様子をうかがっている。
――ああ、こいつも神だったな。今はまだ神の子だが。俺が神としてどんな答えを出すか本能的に気になったのかもしれない。
横を見ればセリカとミーニャも俺を見ていた。
――俺を必要とする者たち。俺にとっても大切な存在。
彼女たちがいるかぎり、俺は生きていける。そう思える。
つまり、それは……。
困ったときに手を差し伸べて、信者を家族と同じぐらい大切にする。
そんな神になってもいいのかもしれないと思った。
だったら霜巨人たちも困っているといえる。
ブリザリアに俺の名を広めるチャンスはある。
俺はティッキーに尋ねる。
「霜巨人たちは、いつ漁から帰ってくる?」
「もうそろそろだわ」
「そうか――だったら今日のところは帰るか。もういいな、セリカ?」
「はい、ケイカさま」
金髪を揺らして頷くセリカ。
それを合図に俺たちは立ち上がった。
ラピシアが元気な声で言った。
「クッキー、おいしかった! ありがと!」
ティッキーが立ち上がって優しげに言う。
「まあまあ、もっとゆっくりしていけばいいのに。――きっと勇者って生き急ぐ存在なのかもね。またお茶を飲みにいらっしゃい」
「そうさせてもらうよ。もし何かあったらケイカ村に知らせてくれ」
村の場所を伝えておく。
アイスドラゴンに乗って一日も飛べば着くだろう。
「じゃあ、元気でなティッキー」
「ええ、またね」
温かい微笑みに見送られて、俺たちは氷竜の厩舎をあとにした。
ブリザリアで信者を増やす方法を考えながら、雪がうっすら積もった庭を歩く。
――邪神は邪神らしくなってもらおう。
「ふふん」
思わず鼻で笑うと、セリカが心配そうに顔をゆがめた。
「ケイカさまが、また悪そうな笑みを……」
「ケイカお兄ちゃん、頑張って」
ミーニャは絶大に信頼する声で応援した。尻尾が楽しそうに揺れている。
「ああ、任せろ」
信頼に応えるためにも霜巨人たちすらも信者にしなければ。
――と。
広い庭を通って、町の通りへと出ようとしたときだった。
なぜかアイスドラゴンたちが周りに集まってきた。
「ん、なんだ? 見送りか?」
ラピシアが近付いて大げさな身振り手振りで話し始めた。
それから振り返って言った。
「拾った場所まで、連れて行ってくれるって!」
「それは助かるな。頼んだ」
ドラゴンたちはしゃがみこむと、地面へくっつくように翼を広げた。
スロープ代わりになり、背中へ登りやすくなる。
ただミーニャだけはなぜか嫌そうに細い眉をひそめた。
「う」
「どうした?」
「このドラゴン、冷たい」
耳がへにゃっと伏せられ、細い尻尾が力なく揺れた。
「ああ、猫は暑さも寒さも苦手だもんな」
「むぅ……そこまで猫じゃない」
少し唇を尖らせてから、巫女服を揺らしつつドラゴンの背中へと登っていった。
俺も後に続く。
全員が乗ると、アイスドラゴンは力強く羽ばたいて飛び立った。
風を切って寒い空を滑っていく。
セリカとミーニャが寒そうに身を縮こまらせた。
俺は二人を抱き寄せて温める。
「帰ったら温泉に入るか」
「ん。そうする」
「いいですわね。温まりますわ」
温泉という言葉に笑顔になるセリカ。ミーニャもまんざらではない様子。
目的地に着くまで身を寄せ合って、柔らかい体温を伝え合った。
書籍の発売日時が決定しました!
めちゃめちゃ素敵なケイカとセリカのイラストも届いていますっ。
イラストレーターさんは驚きのあの人です! 嬉しい!
詳しくは作者の活動報告まで!




