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第196話 魔王城の守護者

 魔王城2階の奥にある、魔王軍作戦室に俺たちはいた。

 外は日が暮れて吹雪いている。


 城の1~2階にモンスターはいなかった。

 廊下も部屋も大きな魔物が動き回れる広い作りになっているのが、かつての城の賑わいを忍ばせた。


 今いる作戦室は3階の作戦書庫室につながっていた。

 3階の書庫室の隣は円卓のある幹部会議室。

 円卓も通常サイズではなかった。数メートルの高さがある。

 ここでエビルスクイッドやゲアドルフが会議をしていたのかと思うと、感慨深かった。



 机や棚を漁って目的の書類を捜す。

 一階で手に入れた「棚の鍵」が丸秘文書を収めた棚を閲覧できるようにするものだったのでそこを重点的に探った。

 ただ数が多いので時間がかかる。


 ラピシアは部屋の隅でたまごを抱えて座っていた。

 関係ないと判断された書類で紙飛行機を何機も作っては飛ばしている。

 部屋が無駄に広いので、飛ばす空間は充分あった。

 時々「新きろく!」という喜ぶ声が聞こえた。

 まあ楽しんでるようでなにより。



 しばらくして3階書個室を漁っていたミーニャが、階段の上から顔をのぞかせた。

 手に持った書類をひらひらと舞わせる。

「ケイカお兄ちゃん。これ、ヴァーヌス教のマーク」

「お! えらいぞ」

 すぐに3階へと向かう。

 2階と同じぐらい狭い部屋。

 広くはないといっても化け物が歩き回れるゆとりがあった。


 ミーニャの見つけた棚にはヴァーヌス教の使い方、戦略や戦術、そして連絡方法や指示を記した書類があった。

 セリカが食い入るように見つめて書類をめくる。

「こ、これは! 襲う村の指示、救援の仕方と信者獲得方法――こちらは、光属性の人間を咎人にするための方法……っ! そんな……! なんて恐ろしいっ」

 セリカが口を押さえた。悔しさか悲しさかで震えている。



 俺は彼女の肩を優しく抱き締めて勇気付ける。

「どうした?」

「ケイカさま……っ。光属性を見つけたら、すぐには殺さないとあります」


「ほう?」

「その人の周りでまずは不幸な出来事を山ほど作って周りから不審な目で見られるようにする。それから罪人に仕立て上げれば、人間が自分たちの手で光属性を排除してくれる、とあります」


「その罪人が、咎人なのか……くっ! そういうことか!」

「え?」

「そのあとで実は無実だとわかったら、手を汚した人間たちは弱みを握られたことになる。ますます魔王の思う壺だ」

「ひどい……ひどいですわ。一生懸命生きている人々を、どれだけもてあそべば気が済むのでしょう……っ」



 セリカが俺の胸に顔を埋めてきた。必死に泣くのを堪えているようす。

 きっと書類に書かれていたようなことが思い当たったのだろう。

 自分の周りにばかり不幸が起きる。

 ――そうか、国が滅びた原因はセリカが咎人として生まれたせいだ、と言われたら権威は失墜してしまう。

 恐ろしく狡猾なやり方だ。


 俺は彼女の華奢な体を抱き締める。

「もう大丈夫だ。こっちの書類にはヴァーヌスが魔王だとはっきり書かれている。これさえあれば咎人システムは今日で終わりだ。――さあ、この辺りにある証拠の書類を持って帰るぞ」 

 セリカが指先で目尻を拭いつつ顔を上げた。笑顔が戻っていた。

「はいっ。ケイカさま!」

 セリカはミーニャに指示を出しつつ、手早く書類を選別していった。



 ――と。

「ケイカ!」

 幼い声が鋭く叫ぶ。

 見れば2階にいるラピシアがドアの前に立ちはだかっていた。

 扉を挟んだ向こう側に邪悪な気配。


「セリカとミーニャは書類調査を続けろ! 俺が行く!」

「はい、お気をつけて!」「がんばる」

 二人を置いて二階へ駆け下りた。


 千里眼で見れば、扉の向こうにいるのは骸骨悪魔のファルカンだった。貴族のような格好をしている。

 廊下でも青白い馬に乗っていた。おそらく馬の亡霊。


 ラピシアが眉を寄せて、ぐぐっと拳を握り締めている。

 子供心に危険な奴だと察したらしい。



 俺は扉近くまで来ると言った。

「なんのようだ、外の奴」


 扉の外から声が聞こえる。

「……貴様、勇者か?」

「ああ、そうだ」

「だったらなぜ、玉座の間に向かわぬ」


「ダンジョンにきたらラスボス前に宝を漁るのがセオリーだろう?」

「そこに宝はないはずだ」

「探してみないとわからないだろ」



 ファルカンは鼻で笑った。

「ふんっ、まあいい。何をしようと、どうせお前たちはここで死ぬのだ。二階の玉座の間で待っている」

「まるでこの城の主のように振舞うんだな?」

「当然だ。私が魔王だ」

「それは嘘だな」

「なに! ……どうしてわかる?」


 扉の向こうで、眼窩にある青白い炎が大きく輝いた。

 ――こいつ、勘が鋭いんだな。

 バカ正直に真理眼で見ましたなんて言ったら能力が一つばれてしまう。

 こちらの情報はあまり渡さないほうがいいだろう。

 ラピシアが小声で「きょっ」と呟いたけれどもこれも黙っておく。



 適当な理屈をこねながら喋った。

「魔王がわざわざ勇者のところまで出迎えたりしない。それは部下や側近の仕事だ。もし魔王を名乗るなら、魔王の名に泥を塗る行為だったと覚えておけ」

 嘘は言っていない。


 ファルカンは顎を撫でる。

「ふむ。いささか軽薄だったか。何者かが城に侵入したと感知したので相手になろうと考えていたのだが、いっこうに降りてくる気配がなかったのでな」

 どうやらとっさの言葉を信じてもらえたらしい。



「やはり魔王ではないんだな」

「いかにも。我が名は側近のファルカンという。そなたは勇者ケイカだな?」

「そうだ」

「……やはりか。ううむ、どうしたものか」


「今から扉を開ける。廊下でいいなら相手してやる」

「……いや、やめておこう。戦っても勝ち目はないと私の勘が言っている」

「賢明だな。じゃあ俺の勘も言わせてもらう。お前四天王より強いんじゃないか? なぜ魔王軍を立て直そうとしない?」

「私の任務は魔王様の護衛。役目を終えた魔王軍に興味はない」

 ――役目を終えた?



 俺は静かに手を動かし、太刀に手を添える。

「魔王は、どこにいる?」

「別の大陸にいる」

「――あとどれぐらいで繭から出てくる?」


 扉の向こうに緊張が走る。

「その答えによっては、お前は扉ごと私を切る、と私の勘が囁いている」

「ご名答……むしろ、ここでお前を斬っておいた方がよさそうだがな」

「それは困る。あと2ヶ月は仕事が残っている」

「あと2ヶ月か……言い残すことは?」


「こんな部屋で時間を潰しているのを見たところ、そちらも準備が整ってはおらぬのだろう? 準備が出来次第、魔王様の元へ案内しよう」

「ほう……魔王が出てくる前に準備が整ったら?」

「お前たちの勝ちだ」



 扉を挟んで対峙する。

 しばし時間が流れた。

 ――ラピシアは扉を睨んだまま「きょ」とは言わない。とすれば、相手は嘘を言っていない。


 俺は太刀から手を離す。

「わかった。その提案を飲もう」

「そうか。では、準備が出来たらまたここへ来るがよい」

 そう言うとファルカンは手綱を引いて馬を歩かせた。

 カポカポと蹄の音を響かせて廊下を去っていく。


 千里眼で見ていると、ファルカンは1階まで降りて、転移室から地下4階へ飛んだ。

 それから広い大広間を横切って反対側の壁へと向かう。

 そこには壁一面に鏡が並んでいたが、急に踵を返して部屋の中を歩き始めた。

 ――俺が見ていることに感づいたか。

 これ以上見てても魔王の居場所を教えるような行動は取らないだろう。



 セリカとミーニャが背負い袋いっぱいに書類を詰め込んでやってきた。

「ケイカさま、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。そっちのほうはうまくいったか?」

「はい。咎人は魔王が作り出した虚構だと分かる証拠が手に入りました。これを公開すればもう咎人の人たちは苦しまなくてすみます」


「よくやってくれた、セリカ。じゃあ、帰るか」

「ん。じゃあ、私が先頭」

 ミーニャが前に出る。

 俺とセリカが続く。


 ラピシアは地面に落ちた紙飛行機を拾い上げた。

「それは?」

「一番飛んだ! 侯爵へのお土産!」

「そんなこと言ってたな。じゃあ迷子にならないように、ついてくるんだ」

「はーい」

 元気に駆け寄ってきた。


 そしてみんなで来た道を戻り、魔王城をあとにした。


       ◇  ◇  ◇


 静かな星空が広がる深夜。

 俺たちはドラゴンのアウロラが住むグリーン山へ戻った。

 広い洞窟の中でアウロラの背から降りる。


「今日は助かった。ありがとうなアウロラ」

「これぐらい問題ない。泊りがけの仕事になるかと思っていたが、さすがケイカだな」

「セリカやミーニャが頑張ってくれたからな」


 するとラピシアがたまごを抱えたままターンした。白いワンピースの裾が広がる。

「ラピシアは?」

「とてもいい子だったぞ」

「わーい」

 その場でくるくると回った。青いツインテールが弧を描く。



 俺はアウロラへ視線を戻す。

「もう一度行くことになるから、その時も頼む」

「ああ、任せておけ――もう一度だけ人を、ケイカを、信じてみよう」

 何かその言い方に含みを感じた。

「大げさだな。何かあったのか?」


 アウロラは、口の端を歪めて自虐的に笑った。

「なに、つまらない話だ。かつて我は人にたくさん干渉して導いた。技術や知識を望むだけ与えた。けれども力を得た人々は傲慢に振舞い、最終的には星そのものを壊してしまった」

「止めなかったのか?」


「たまごを温めていたので気付くのが遅れた。初めてのたまごだったのだ。光と轟音に驚いて外へ出ると、見渡す限り荒野になっていた。……その後、何百年温めても、たまごは一つも孵らず、全部死んでしまった」

 アウロラの目が寂しそうに外へと向けられる。壁の大穴から見える夜空には星がまたたいていた。



 セリカが胸に手を当てて悲しげな顔をした。

「ドラゴンさま……そのようなことがおありでしたとは。お気持ち、お察しします。どうかおいたわりくださいますよう」

「もう昔のことだ。気にしなくていい、王女よ」


「……そう言えば、アウロラは別の世界から呼ばれて来たんだったな。そして世界造成が終わるとダンジョンをもらって引きこもったんだっけか」

「そうだ。もう人を信じられなかったし、干渉する気にもなれなかった。……まあ手伝ったのは暇だったからというのが一番大きな理由だが」

「どんなことでも失敗はあるさ。同じ間違いをしなければいいだけだ」

「そうだな……よかれと思ってしたのだが、難しいな」

 アウロラが俯いた。顔に暗い影が差す。


 きっとアウロラは人々に良い暮らしをしてもらいたいという善意の気持ちで、たくさんの知識を授けたのだろう。

 それが裏目に出てしまい、結果人々を信じられなくなって引きこもりになったというわけか。

 そして、たまごに異常にこだわった理由もわかった。一度目は失っていたから余計に守りたかったのだろう。 



 俺は頬を掻きつつ言った。

「まあ、これからも人は信じなくていいかもな」

「なに!? 勇者になろうとする者の言葉とは思えぬが」

「アウロラは人じゃなくてドラゴンだからな。たまごたちが元気に過ごせる未来だけ、信じていればいい。――人のほうは俺がなんとかしてやる」


 すると、アウロラは口の端をゆがめて笑った。

「ふふん、言ってくれるではないか。――我が子のために、そなたの言葉を信じてみよう」

 さっきまでと違い、とても楽しげな声だった。



 ――と、ダンジョンへ続く非常口から燕尾服を着た痩身の男――地獄侯爵が出てきた。

 侯爵は自信に満ちた足取りで歩み寄ってくる。

「ふははっ! 早かったな。ドラゴン。それにケイカよ!」

「うむ。留守番すまなかった」


 侯爵が俺を見る。

「どうだった? 魔王城は。魔物どもはまだうじゃうじゃ働いていたか?」

「いいや。1~2階を探索しただけだが、魔物は1匹しか遭遇しなかった」


「ほう。強かったか?」

「俺よりは弱いが、戦えばセリカやミーニャが危ないだろうな」

「戦わなかったのか。どんな魔物だ」

「ファルカンという奴だが、知ってるか?」



 奴の名を言ったとたん、侯爵が目を見開く。

「なに!? かつての魔王四天王の一人ではないか! 急に姿が見えなくなったと思ったが、生きておったのかっ」

「知っているのか? 近衛隊隊長だったはずだが」


 侯爵は顎を撫でつつ渋く顔を歪める。

「何考えておるのかわからん奴であったな。根本的に他の魔物とは違う気配がした」

「魔王軍すら役目が終わったからどうでもいいと言ってたな」

「魔王直轄の部下だからだろう。奴も死を操るはずだ」


 気になったので聞いてみた。

「侯爵よりも強いか?」

 すると彼は片手で髪を書き上げた。

「ふふん。我輩の指先は平等に死を与える。奴とて例外ではないわ!」

「ふむ。侯爵なら倒せるのか。さすがだな」

「そうだろう、そうだろう! ふははっ」

 侯爵は胸を反らして高笑いした。



 ――と。

 てててっ、とラピシアが侯爵に駆け寄った。

 持っていた紙飛行機をにゅっと突き出す。


「これ! お土産なの!」

「紙飛行機か」


 軽く説明しておく。

「ラピシアはいらない書類を飛行機にして沢山飛ばしてたんだよ」

「いちばんよく飛んだの!」

 にこにこと笑ってラピシアは言った。


 侯爵が残忍な笑みを浮かべる。

「ふふん! いずれ世界を地獄に変える我輩には、一番がよく似合うとわかっておるではないかっ! 究極の地獄を生み出した時には、真っ先に地獄を味合わせてやろう!」

「わーい!」

 ラピシアは両手を挙げて喜んだ。遊園地へ行く約束をしてもらった子供のように。


 ――いいのか、それで?

 と思ったが、本人が喜んでいるようなので何も言わなかった。



 唐突に侯爵が声を上げた。

「ん? これは」

 折り畳まれた紙飛行機を広げて一枚の紙に戻す。


「どうした、侯爵?」

「……いや、なんでもない。そのうち話そう――では、またな」

 なぜかテンションを下げた侯爵は、マントをなびかせて非常口へと消えていった。


 広い洞窟の中に俺たちとアウロラが残った。

「俺たちも帰るか。またな、アウロラ」

「ああ、気をつけて帰るがよい」



 洞窟を後にして妖精の扉をくぐった。

 セリカはラピシアと手を繋いで歩いている。

「なんとか間に合ったな」

「すべてケイカさまのおかげです」

「あとは根回しだな――セリカ、ミーニャ。3日後までにもう一働きしてくれ」

「ん、わかった」「はい、ケイカさま」

 

 そしてエーデルシュタインへと帰った。

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