第179話 波乱の小国
山に囲まれた小さな国、エーデルシュタイン。
今、この国は揺れていた。
というか、俺が揺らしていた。
レジスタンスに指示をして、各地で民衆を煽ってデモや抗議をおこなわせた。
さらに警備の手薄なところを突いて、物資を収奪。民衆に配った。
千里眼で兵の配置が薄いところを狙っているから、成功率は100%だった。
そのため、新政権は活発化するレジスタンスを取り締まるために、軍の増強。第二次、第三次の徴兵がおこなわれる。しかも薄給で。
人々は、働き手を鉱脈探しや軍隊に奪われて生活が苦しくなっていた。
食料も乏しい。あっても買えない。
お金を稼ぐために長時間働かねばならず、もう爆発寸前だった。
◇ ◇ ◇
エーデルシュタインのとある街にあるレジスタンスのアジトで、俺は作戦の指示を出していた。
数人の男たちがいる。全員、木のテーブルに広げられた地図を見ていた。
俺が地図を指差しながら言う。
「次はこの王都の隣にある町だな。騎士団が王都に引き上げたから手薄だ」
「わかりました。すぐに手配します」
レジスタンスのリーダー、シュバウワーが力強く頷いて、部屋を出て行こうとする。
彼は俺の指示がすべて成功するので、言いなりになっていた。
――と。
シュバウワーが扉を開けると、外から少女が駆け込んできた。シュバウワーの娘、ルイーゼだった。
明るい髪を跳ねさせて、元気な声で言う。
「ケイさん、言ったとおりになったよ! ――新政権が戒厳令を敷いた!」
「きたか――これで人々の行動は制限され、夜間の外出は禁止になるだろう。生きていくにはお金を稼がないといけないのに、働き手を奪われたあげく働く時間を制限された。もうこの国は限界だ」
「さすがです、ケイさま」
シュバウワーが感心した声で言った。
ケイというのが、俺の偽名。セリカはリカと呼ばれている。
するとルイーゼが首を傾げた。
「でも、どうしてケイさんの言う通りになったんだろ?」
「それは、レジスタンスの皆が頑張ったからさ。各地で起こるデモに対処するためには兵士を増やさざるを得ない。でも国庫にはもう金がない。その皺寄せが民衆に向かった結果だ」
「ほへー。ケイさん、すごいや。お父さんが何年もかかって出来なかったことを、たったの数週間でできるなんて」
「時期が良かっただけかもな」
それ以外にも原因はある。わざとこちらの考えるように動いてくれているような気もしていた。
「それでもすごいよ、ケイさん」
「――さあ、各地での作戦は急遽中止。王都での仕上げといくぞ」
「「「はい!」」」
レジスタンスたちは声を揃えて返事した。
◇ ◇ ◇
数日後。
昼過ぎの冷たい太陽光が照らす、エーデルシュタイン王都シェーンブラウ。
湖にせり出すように建つ白亜の城の前に、人々が集まっていた。
数千人はいた。過去最大の抗議デモだった。
俺はすっぽりと体を覆うローブを着て民衆に混じっていた。
大声で叫ぶ。周りへと良く聞こえるように。
「もっと人々の暮らしを考えろ!」
「「「そうだ、そうだ!」」」
同じく変装したレジスタンスたちが声を揃えて答える。
それに釣られて民衆たちも拳を振り上げて声を上げた。
「自由に商売させろ!」「「「そうだそうだ!」」」
「畑仕事させろ!」「「「そうだそうだ!」」」
「働き手を返せ!」「「「そうだそうだ!」」」
抗議の声は続く。
耳を塞ぐかのように城門は硬く閉ざされていた。
人々の心の叫びは終わらない。むしろ募っていく。
相当不満がたまっていたようだ。
頃合いを見て、俺は決定的なあおりを叫ぶ。
「チーシャ女王、退陣しろ!」「「「そうだそうだ!」」」
「退陣しろ!」「「「そうだそうだ!」」」
熱気に包まれた人々は、自分たちの考える以上の要求が出たことに気付かない。
いや、気付いていても熱気を帯びた場の雰囲気に流されて、周りの人々と同じようにチーシャ退陣を要求してしまう。
もう、こうなったら止まらない。
行き過ぎた要求は、過大な反発をまねく。
しっかりと閉ざされていた城の門が開かれていくと、そこには完全武装をした騎士団と兵士達がずらっと並んでいた。
騎士団には魔物と魔族が多く、兵士の大半は獣人と人間。とくに獣人の数が多かった。
騎士団は鎧をガシャガシャと鳴らして外へと出てくる。
兵士たちが続く。
集まった人々を半円状に取り囲んでいく。
集まった人々がどよめいた。
「な、なんだ!」「武力で押さえつける気か!」「話を聞け、女王!」
俺は叫ぶ。
「女王を出せ! 人々の暮らしを改善しろ!」
「「「女王、出て来い!」」」
人々の声は、ますます大きくなっていった。
――と。
白亜の城のテラスに、ドレスを着た少女が現れた。
大きな宝石をあしらったティアラやネックレスをつけた、チーシャ女王。
先端だけが黒い尻尾を揺らしつつ、優雅な足取りでテラスの端へとやって来た。
遠く城門前にいる人々を蔑む目で見下ろす。
「私こそがこの国の法。私のやり方に不満を持つことは許しませんわ」
「そんな勝手な!」「無茶苦茶だ!」「人がいてこその、国ですわ!」
凛、と澄んだ声が人々の中から聞こえた。セリカの声だ。
しかし、すぐに人々の荒らげる声にかき消される。
セリカは出番まで話さなくていいと言っておいたのだが、我慢しきれなくなったらしい。
人々を取り囲んでいた兵士の中、馬に乗って指揮をしていた隊長格の男が言った。
「解散しろ! 戒厳令が敷かれているのを知らんのか! デモや集会はすべて禁止だ!」
「要求が通るまでここを動かない!」
「生活が掛かってんだ!」
「このままじゃ生きていけないんだ!」
チーシャ女王の声が響いた。
「私の言葉が聞けないなら犯罪者と同じ。追い払いなさい」
そういって彼女は手を振りかざして合図した。
その号令にあわせて騎士と兵士が集団を大きく取り囲む。そして盾を前に出して並べて進んでいく。
人々は盾の壁を押し返そうとして小競り合いになる。
――ついに、殴り合いが始まった。
それは瞬く間に人々へと広がる。
暴徒になる――。
騎士隊長が叫ぶ。
「抜刀!」
騎士と兵士がいっせいに剣を抜いた。
弱い日差しの下、掲げられた剣の刃が冷たく光る。
一瞬だけ、声がやんだ。
人々が信じられないといった表情で、居並ぶ剣の輝きを見ていた。
騎士隊長の剣が振り下ろされる。
「皆のもの、かか――」
「いけません!」
ドンッ! と風の塊が爆発した。
「うわぁ」「なんだ!?」「魔法!?」
人々と兵士が吹き荒れる風に身を屈めて耐え忍ぶ。
風が収まった時、爆発の中心には赤い頭巾を被った少女が立っていた。
少女は背筋を伸ばし、毅然とした態度で騎士たちを叱る。
「騎士の剣は国民を守るためにあるのですわ! 尊い血で汚してはなりません!」
「だ、誰だ……!?」「この声、どこかで……」
騎士、人々、双方の視線が集まる中、少女は赤い頭巾を取り去った。
花が開くように、豊かな金髪が広がりながら垂れた。
「わたくしの名は、セリカ・レム・エーデルシュタイン。苦しむ人々のために今、帰参しましたわ!」
「「「おおお!」」」
「まさか!」「王女さま!?」「なんと!」
民衆に隠れて混じるレジスタンスたちが煽った。
「王女様が助けに来てくれたぞ!」
「これでもうこの国は救われた!」
人々の拍手喝さいが続く。
騎士と兵士はどう動いて良いか分からずにいた。
が、遠くからチーシャの声が飛んだ。
魔法でも使ってるのか良く通る声だった。
「証拠があるとでもいうの? その女は王女の名を騙る偽物よ! 排除しなさい!」
セリカはうっと声を詰まらせた。
戸惑っていた騎士と兵士がまた剣を構える。
――が。
黒い風が走った。
セリカの横に並び立つ。黒袴と白衣が風になびいた。
ミーニャは尖った耳をピンッと立てて胸を反らして厳かに言う。
「戦う相手が違う。百獣女王の私に従うべき。……文句があるならかかってきて」
ミーニャの細腕が動いて2本の包丁を抜き放つ。
ギラリ光る刃を見せつける。その迫力だけで兵士たちがあとずさった。
ざわざわっと兵士たちがどよめく。特に獣人たちが口々に驚きの言葉を発する。
「こ、この迫力……」「やべぇ……見てるだけで足が震える」「本物だ。本物の百獣女王だ……」
兵士の大半を占める獣人たちはガクガクと振るえ、中には正座をして足首の下に手を入れる物までいた。恭順のポーズだ。
ミーニャは無表情のままこくっとうなずく。ただ尻尾は嬉しそうに揺れていた。
「わかればいい。――さあ、ほとんどの兵士は私のいいなり。他の人はどうする?」
ミーニャは騎士や兵士を眺めていく。
さらに隣のセリカが言い放つ。
「あなたがたは民をいじめるために騎士になったのですか! 自分の家族や友人に剣を向けるのと同じことをしているのですよ!」
王女の言葉は剣となって彼らの心に突き刺さる。
人間の騎士と兵士の多くが戦意を喪失したようだった。
騎士隊長が馬上で叫ぶ。
「う……お前たち、チーシャ女王の恩を忘れたのか!」
しかし兵士たちは目配せをしあうだけで誰も従わなかった。
あとは魔族騎士と魔物兵士しか剣を握ってはいない。
俺は城のテラスに目を向けた。
チーシャはテラスの手すりを握り締め、身を乗り出すようにしてミーニャを凝視していた。
「そ……そんな! あの生意気な黒猫が百獣女王?! ――はっ! ということは、勇者まで来ている!?」
どうやらミーニャのことは覚えていたようだ。
――またなにか指示を出されたら面倒だ。
ここから一気に畳み掛ける!
俺は姿を隠すローブに手を掛けつつ、思い切り地面を蹴った。
大きく弧を描いて空を飛ぶ。
そして城門の上に着地した。カツッと下駄が高らかに鳴る。
振り返れば、城門前に集まる人々と取り囲む兵士たちが驚きつつ注目していた。
全員を見下ろしながら、ばさっと一思いにローブを脱ぎ去った。
下には当然和服を着ている。風に裾が揺れた。
太刀を抜いて掲げつつ大声を出した。
「俺の名前はケイカ! 魔王四天王をすべて倒した勇者だ! 疑うのはこれを見てからにしろ――《水月斬》!」
ザァンッ!
太刀を振り下ろすと、閉じられていた城門が左右にずれるようにして崩れていった。
俺は少し横に移動して、崩れなかった壁部分に足をかけた。
一瞬後、すべての人々が叫ぶ。
「「「おおおおお!」」」
「あの大きい門を一刀で!」「ありえないわ!」「四天王を倒した力はやっぱすげぇな!」
これだけの力を見せ付けられた人々は、興奮に満ちた声を上げていた。
俺はますます声を張り上げる。
「俺はこの国を救うためにやってきた! ――今こそ立ち上がるとき! 正当なる後継者セリカ王女とともに平和を取り戻そう!」
「「「わぁぁぁぁ!」」」
もう人々の声は意味を成さなかった。
すると、城下町の方からラピシアが駆けて来た。
両肩に大きな木箱をいくつも乗せている。
「どいて! どいてなの!」
ツインテールを振り回しながら人々の中へ分け入ると、無理矢理場所を作っては大きな木箱を置いた。
「なんだ?」「どうした?」
疑問を口にする大人たちの目の前で、ラピシアは箱の蓋を蹴っ飛ばした。
「えいっ!」
バカッと派手な音を立てて開くと、中にはぎっしりと剣が詰まっていた。
「これは!」「なんて良く切れそうな剣なんだ!」「え? この子、この箱を片手で!?」
――そこに疑問を挟んではならない。剣60本が入っているので1箱100㎏ぐらいか。
あとで魔法で運ばせたとか何とか誤魔化しておこう。
「これはあっち!」
ラピシアは人々の中を移動しては、次々と箱を地面に置いていった。
頃合いを見て、俺は叫ぶ。
「さあ、武器を取るんだ! 獣人たちはすでに味方! 人間も大半は戦意喪失。少数の魔族と魔物しかいない。一気にチーシャ女王の悪政を取り除くぞ!」
「「「おおおおお!」」」
人々は争って武器を手に取った。
そしてセリカの元へと集まる。
獣人兵士はミーニャに続き、人間の兵士たちは寝返る者や、武器を捨てて投降する者が現れた。
城の中からは悲鳴のような大混乱が聞こえてきた。
女王チーシャはまだテラスにいた。
唇を血が出るほど噛み締めていたが、ふいに尻尾を立てて城の中へと引っ込んだ。
――逃げられたら厄介だな。
俺は城門上から飛び降りつつ言った。
「乗り込め! 今こそ我らの手に平和を取り戻すときだ!」
「皆のもの、勇者ケイカさまに続くのです!」
セリカの澄んだ声が全員に届いた。
姫騎士スキル【全軍伝達】声を全員に届けるスキルだろう。
わぁぁ、と盛大に叫びながら、兵士と民衆の集団は城の中へとなだれ込んだ。
魔族の高官や、魔物の騎士などが少し抵抗したが、数の暴力に押しつぶされる。
特に寝返った獣人兵士たちの働き振りが素晴らしかった。
次々と魔族や魔物を倒していった。
この時点で反乱軍側は人数で勝っている。
城を守るべき騎士や兵士が寝返ったのだから。
もう形勢は完全に俺たちにあると言えた。




