第178話 クーデターの準備
三日前、レジスタンスに接触したあと、王国軍の包囲網を突破する手助けをした。
その時、王国軍に対して大勝利を収めた。
するとその話は瞬く間にエーデルシュタイン全土に広がり、新政権に対する不満が形となって現れ始めた。
政府に対する抗議や、小規模なデモとなって。
――まあ、レジスタンスの隊員たちが市民に化けて吹聴したからなのだが。
結果、レジスタンスの活躍に影響されて、人々が強気になり始めたのだった。
◇ ◇ ◇
ケイカ村の朝。
朝食後、部屋で今日の日程を考えているとセリカがやってきた。
金髪を揺らして傍へ来る。
「ケイカさま、エーデルシュタインの新政権が、徴兵制を施行したそうです」
「早いな。これで民衆の不満はますます募るな」
「ええ、体制側と民衆側では相当な反発が生まれています。……このまま無事に済んでくれると良いのですが……」
「まだ、大丈夫だ。楽しくなるのはこれからだ」
セリカは心配そうに首を傾げる。金髪がはらりと垂れた。
「心配ですわ」
「俺を信じろ」
眉間にしわを寄せていたが、こくっと一つ頷いた。
「分かりました、ケイカさま。――あと、辺境村の劇場が完成したようですわ」
「もうできたのか。さすがリオネルだ」
「ええ、とても賢い子ですわ。まだ何か作るようですが……」
――ほう。リオネルのことだから二手先、三手先を読んでいるんだろう。
これからエーデルシュタインに掛かりきりになるから、少し様子を見ておくか。
「ちょっと辺境村に顔を出してくる」
「はい、言ってらっしゃいませ、ケイカさま」
穏やかなセリカの声を受けつつ、俺は部屋を出た。
◇ ◇ ◇
辺境大陸ケイカハーバー村の日差しは暑い。
俺は港のあたりを歩いていた。
海へ突き出すように長く太い桟橋ができていて大型船が係留できるようになっていた。
港の側にある大通りには石造りの小屋が並んでいた。
半分崩れていた遺跡のような家並みをそのまま生かした町並み。どの家も通りに面して大きく戸を開けている。
華やかな色のひさしやのぼりが風に揺れている。
商店街らしい。
そんな商店の一角に細身の少年、リオネルがいた。明るい金髪が風に柔らかく揺れている。
リオネルは従業員の現地人に細かい指示を出していた。
俺が近づくと、白い歯を見せてさわやかに笑った。
「やあ、ケイカさん。どうです、少しは町らしくなってきましたよ」
「そのようだな。ここは商店街か」
「ええ、観光客相手の小売りの店です。大口の商談は、港に付随した倉庫街に商館を建ててそちらでおこなおうかと思っています」
「この短期間でここまで本格的にするとはな。急ぎすぎな気もするが」
ふっとリオネルは眩しそうに目を細めた。
「まだまだ理想には遠いので、これからも楽しみにしていてください。ドルアースとの貿易や交流が始まる前に、受け入れ体制を整えますから」
その言い方に少し棘があったのですぐにわかった。
「なるほど。ドルアースの商人たちに足元を見られないようにするためか」
「さすがケイカさん、理解が早いです。商人は弱みを見つけると、付け入ろうとしてくるものですから。特に利権が絡むとやっかいです」
ドルアース町長の息子だけあって、子供とは思えないシビアな意見を披露した。
俺は頼みごとがあったのを思い出す。
「そうだ、リオネル。少しやってもらいたいことがあるんだが」
「なんでしょう? 僕にできることならなんだってしますよ」
「余剰の穀物をすべては売らずに確保していてほしい」
「どの程度でしょう?」
「そうだな……港町ドルアース換算で三週間分といったところか。もちろんもっとも貧しい食事で考えてな」
リオネルは顎に指を当てて考え込む。
「パン1切れと野菜スープ1杯を一食分と考えて……はい、わかりました。米は余剰が少ないですが、もうすぐ蕎麦ができるので、なんとかなるでしょう」
「早いな。さすが土地も日差しも豊かなだけあるな。――ただ、支払いは当分先になるからその点は留意しておいてくれ」
「わかりました、ケイカさん」
――これで問題の一つは片付いた。
「じゃあ、町づくり、これからもがんばってな」
「はい、みんながもっと幸せになれるようにがんばります――さあみなさん、商品の陳列を済ませましょう」
リオネルはすてきな笑顔を作って各商店で働く従業員に呼びかけた。
「……はい」
元気なリオネルの声とは裏腹に、従業員の返事は不満そうに響いた。
――おや?
浅黒い肌の原住民は民族衣装的な格好で働いていたが、心なしかふてくされているように思えた。
「ふむ。あんまり急激な変化をおこなうのもよくないようだな。リオネル、住民の不満を募らせた意味がない。ほどほどにな」
「そ、そうですね。確かに急ぎすぎたかもしれません。気をつけます」
ただ、働いている原住民たちが不満そうなのが気になった。
リオネルと別れた後、町長屋敷のある住居島に向かった。
すると、青々とみのる蕎麦畑まで来たところで、羽根飾りをつけた族長に出会った。
「ケイカさま、神さま! 畑は順調ですぞ。この作物、とてもよく育つ」
「調子良さそうだな」
「でも、よくない」
「ん? どうした?」
族長の日焼けした顔に深いしわが刻まれた。
「神の子、人も自然も働かせすぎ。生きていける分だけで十分。それ以上は、自然が怒る」
「ああ……リオネルは急激に発展させすぎだよな。少し釘を刺しておいたが……。ただ、海の向こうでは食べ物がなくて困ってる人もいるんだ。そういう人たちを俺は助けてやりたい」
「む……さすがケイカさま、海の向こうまで人々を救う。それなら我ら従う」
「すまないな。でもリオネルがやりすぎないように見ててくれ。そして原住民たちが不満を募らせないようになだめておいてくれ」
「わかった!」
族長は頭の羽飾りを盛大に揺らして頷いた。
俺もうなずき返し、そして別れた。
離れ小島へ続く立派な石橋を渡りながら考える。
――とりあえず、これで最悪の事態は回避できるだろう。
食料調達のめどはついた。
これで新政権が国民に困窮した生活を押しつける中、エーデルシュタインの人々の胃袋を押さえられるはずだ。
「次は武力の底上げだな」
俺は空を見上げた。カモメに似た海鳥が青空の下をはすかいに滑っていった。
◇ ◇ ◇
妖精の扉を通ってファブリカ王国の王都インダストリアに出た。
こちらはまだ早朝だった。静けさの中に朝食を準備する音が響く。
俺は街を区切る三重の壁を抜けて王城へと向かう。
時々、冷たい風に身を縮め、襟を立てて歩く職人たちとすれ違った。
王宮の門を守る兵士は大きなアクビをしていた。
俺が懐から銀色のメダル――勇者の証を取り出す。
兵士の背筋が伸びた。
「これはこれは勇者さま、おはようございます」
「少し早いが、王様には会えるか?」
「はい、おそらく大丈夫かと。ご案内します」
「すまないな」
兵士に案内されて王城へ入った。
赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。
そして玉座の間ではなく、三階にある王の寝室へと案内された。
中へ入ると王はベッドで身を起こし、おめざのジュースを飲んでいた。
「こんな朝早くになんのようだね」
「今日は商談があって参りました」
「ほう。朝早くから来るということは、大事なようなのかね?」
「お互いに得になる話でございます、陛下。――前に操られていた大臣が職人に大量の剣を発注しましたよね。あれはどうなりましたか?」
「うむ……兵士たちの武器を新調して、あとは倉庫に眠っておる」
「ということは過剰在庫によって財政が圧迫されているわけですね」
「そうだが……職人達に無理を強いた以上、補填の意味も込めて発注分は買い取らねばならなかったのでな。――それがどうしたのだ?」
俺は微笑みを浮かべて頷いた。
「兵士達の使っていたお古の武器と、あまった武器をそれなりの値段で下取りしたいと思うのですが、いかがでしょう?」
「むむっ! ――むむむっ!」
王様はベッドの上で顔色をころころ変えて唸った。
――そう。
エーデルシュタインの政権奪取はレジスタンスだけでは難しい。
民衆の参加も必要だった。
しかし武器がなければ戦えない。農具や竹やりで戦わせるのは難しい。
それに小国が主権を訴えるには、他国に攻め込まれないための徴兵制を敷いた強い軍隊が必要だった。永世中立国のスイスのように。
だからクーデターが終わってセリカが王女に返り咲いたあとも、沢山の武器が必要になる。
かといって新規に武器を発注すれば、莫大な金と時間がかかってしまう。
そこで、無意味に大量発注して苦しんでいるファブリカ王国から買い取ろうと考えたのだった。
俺はますますにこやかな笑みを浮かべて話しかける。
「魔王四天王は倒して、魔王軍は壊滅状態。隣国と戦争でもするのでない限り当分は武器過剰な武器は必要ないかと。飛竜もいますし。――不良債権となった武器をこのまま倉庫で錆びさせてしまうより、国庫の足しにしたほうがよくはないですか?」
王様は、髭を震わせてぐぬぬっと唸った。
「足元を見られている気がしてならん……」
「そんなことはありませんお互い得になる話です」
まあ俺がかなり得をするんだが、でもファブリカ王国だって不良在庫を一掃できるのだから悪い話じゃない。
それこそ戦争でもない限り大量の武器は処分できないのだし。
けれども王様の顔をしかめてばかり。
「そのほうだけが得をしておるような……」
「お言葉ですが、大量発注したのは俺ではなく、あの大臣――」
王様は俺の言葉を遮って叫んだ。
「ええい、それは言ってくれるな。わかっておる! よかろう、余っている武器を全部相場の30%で引き渡そう」
「もう少し! 15%ではどうでしょう?」
王様は目を見開いた。
「値切るのか、おぬし! 25%じゃ」
「18%では」
「20%じゃ、これ以上はゆずれん!」
「ありがとうございます、陛下」
俺は深々とおじぎした。
大臣が魔物にすり替わっていたのに気付かず、隣国に戦争を仕掛けようとしたというのはさすがに突かれたくない大問題のようだった。
――でもこれで、数千本の剣を破格の値段でゲットだぜ!
王様はジュースのコップを握ったまま、ぐったりとベッドに横たわった。
「朝から疲れたわい。――ほかにようはあるのか?」
「いえ、他には……剣はあとで取りに来させます。ただ、支払いは少しあとになります」
「うむ。ケイカには世話になっておるからな。エルフ村の参加で税収も増えたし、多めにみよう」
「ありがとうございます。――それでは」
俺は軽く一礼して寝室を後にした。
◇ ◇ ◇
ケイカ村の屋敷に戻ってくると、セリカが出迎えた。
「どうでしたでしょうか、ケイカさま?」
「リオネルはちょっと急ぎすぎてて反発を生みそうだったが、おおむね順調だな。もう一つの懸念も払えた」
「それはよかったです」
セリカは、大きな胸に手を当ててほっと息を吐いた。
俺はセリカの傍に立って見下ろした。
「じゃあ、セリカ、準備はいいか?」
「え、なんのでしょう?」
「もちろん、姫に返り咲く準備だ」
「あ……」
セリカは青い瞳をまん丸に見開いて固まった。
「どうした? 怖いか?」
彼女は金髪を揺らして真剣な顔でうなずいた。
「はい。よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ。ここからはセリカの活躍が一番重要だからな」
俺は手を伸ばして、セリカの頭を撫でた。
緊張していたのかセリカは肩の力を緩めて、んっ、と喉を鳴らした。
――これで、エーデルシュタイン奪還の準備は整った。
失敗は許されない。必ず、取り戻す。
俺はセリカの美しい髪を撫でながら内心で決意を新たにした。
今頃気が付きましたが、ファンアートを書いていただいてありがとうございます。とても可愛らしくて嬉しかったです。




