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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第八章 勇者冒険編・亡国の姫君

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第174話 予想外の予定変更

 周囲を山に囲まれた高原にある小さな国エーデルシュタイン。

 なだらかな丘がいくつもあり、高原の中心には青い水をたたえた湖があった。

 湖岸の崖の上には城がある。湖に細い塔を持つ姿が移りこんでいた。

 城の近くに城下町が広がっている。


 俺たちは細い小道を城下町に向かって歩いていた。

 標高が高いから雪が積もっているかと思っていたが、高原はぽつぽつと雪だまりができているだけで地面が見えていた。


 ただ北側の山脈には白い雪が積もっていた。日の光を浴びて青白く輝いている。

「雪はないが、寒いな」

「はい、エーデルシュタインは山に囲まれてますので、山に雪が降り、平地は風が駆け抜けることが多いです。もっとももうすぐ竜の息吹の季節ですが」

「竜の息吹?」

「冬の終わりに一日で人の背丈ほどの雪が降ります。それを昔から竜の息吹と呼んでいるのです。それが終われば春が訪れます」


「なるほど。逆に春から夏はすごしやすそうだ」

「ええ。涼しくてとても爽やかな気候ですわ」

「ふむ……交通網を整備すれば軽井沢のような避暑地化を狙えるな……」

「もう先のことまで考えておられるのですね! さすがですわ」

 セリカは感心したと息を漏らしていた。


「たいしたことじゃない。国を牛耳る悪い奴らをさっさと倒せば終わりだから、その次も考えてしまっただけだ」

「普通はまず相手を倒せるかどうかを考えるものですが……」


 すると前を歩くミーニャが振り返って言う。

「ケイカお兄ちゃんは格が違う。ただの魔物じゃ敵にもならない」

「まあ、そうだな。――それより、あれがエーデルシュタインの王都か」


 行く手の城下町が段々近付いて来る。

 湖の崖上に立つ城と、崖下にまで広がる街並み。

 城にあわせるかのように、白い壁を持つ家が通りに沿って密集していた。どの家も太い木の柱に分厚い壁と頑丈な三角屋根をしている。雪の重みに耐える建築のようだ。

 

「はい、湖の城下町シェーンブラウです……民がどれだけ苦しい生活を強いられているかと考えると……心が痛みます」


「それも今日までの話だ――と、一応確認しておくか」

 俺は千里眼を使って街の様子を探った。

 とたんに俺の足が止まる。


 セリカが不思議そうに首を傾げた。

「どうされました?」


「ちょっと待て」

 ラピシアとミーニャも足を止めた。



 俺は何気なく千里眼を発動して町の様子を探ったのだが、予想とは違っていた。

 町の暮らしは豊かとはいえないが、人々の生活に苦しそうなところはなかった。

 人々は元気に行き交い、店には種類は少ないが品物が並ぶ。

 ちょうど昼食頃らしく、人々は満足げにご飯を食べていた。

 食べ終えた人は談笑しながら仕事へ戻っていく。


「――物資が行き渡っているな。生活が安定してる。事前の情報とは違う」

「まあ、どういうことでしょう。魔族に支配されてからは奴隷のような生活を強いられていると聞き及んでおりましたのに」

「……何か嫌な予感がするな。念のため、セリカは顔を隠せ。――あとは現在の状況を知りたい」


 するとミーニャが巫女服を揺らして一歩前に進み出た。

「私が行ってくる」

「大丈夫か?」

 正直、無愛想なミーニャでは交渉なんて苦手そうだと思ったのだが。

 特に服装も変わっているので目立つ。


 しかしミーニャは、こくっと頷く。

「獣人は私の命令に逆らえない」

「なるほど。百獣の王だものな。頼んだ」

「ん」

 ミーニャは丈の短い黒袴からのぞく細い足を動かして、颯爽と歩き出す。

 とたんに、そこにいるのに彼女の姿が希薄になった。

 ――そういや盗賊スキルの【隠密】を持っていたんだったか。



 俺たちは用心のために小道の傍にあった岩の陰に隠れて帰りを待つ。

 《千里眼》で見ているとミーニャは町の外に広がる畑で、柵の修理をしている一人の獣人に近付いた。ずんぐりとした体格の男。猪らしく、口元に小さな牙が生えていた。


 二人は少し言葉を交わしたとたん、猪男が地べたに正座して足首の下に手を入れた。獣人がおこなう恭順のポーズだった。


 《多聞耳》で話を聞く。

 威圧するように見下ろしながらミーニャは言った。

「暮らしがそれなりに豊かなのはなぜ?」


「支配者が変わられまして、国民全員に施しが振舞われました。城の修繕や道路を作る仕事が出来て人々が働けるようになりました。あと減税もおこなわれまして、暮らしが随分と楽になりました」


「今の統治者はだれ?」

「チーシャ女王さまでございます。とても気品のある猫獣人でして――あ、いや、ミーニャさまのほうがよっぽど威厳があられますが」


「お世辞はいい。ほかには?」

「チーシャ女王には二人の優秀な参謀がついています。一人は死神宰相のミスッターさま。良い施政のほとんどはミスッターさまが発案されたとか」


「もう一人は?」

「キマイラのグレスギーさまです。王国軍の司令官を勤められております。特に軍は生活の立ち行かない者を積極的に正規雇用していまして、大変士気が高いです。当分、エーデルシュタインは安泰かと」


「そう……わかった。また何かあれば聞きに来る。私が来たこと話した内容、いっさい他の人に言わないで」

「わかりました、百獣王さま!」

 はは~と平伏する猪獣人。



 話はそれで終わった。

 岩陰にいた俺は思わず腕組みをしてう~む、と唸ってしまう。

「――これは非常にまずいな……」


 悪い奴らを倒して万々歳ではすまなくなった。

 今の暮らしを良く思っている人たちが大勢いる以上、政権を力で奪取すると大きな反発を招きかねない。

 嫌われてしまったら信者を増やして神になれない。

 予定を大きく変えなくてはいけないが、しかしセリカが納得するか?


 セリカが首を傾げた。金髪がさらりと流れる。

「どうされました? 話し合いは無事終わったようですが……」

「あ、いや。ミーニャが帰ってきたら現状を報告してもらおう」

「はい」

 ミーニャが戻ってくるまでしばらく考えたが、どうにも思いつかなかった。



 ミーニャが戻ってきて報告を終える。

「……というわけで、チーシャ女王になって国の運営がうまくいっているそう」


「民が苦しみから解放されたのはとても嬉しいですわ」

 セリカが、大きな胸に手を当ててほっと安堵の息を吐いた。


 俺は驚きで顔が引きつってしまう。

「そこを喜ぶのか……すごいな、セリカは」

「そうでしょうか?」

「どうやら俺のほうがよっぽど俗物だったらしい。セリカをどう説得しようかと悩んでいたが、杞憂だったようだ」

「まあ、ケイカさまったら」


 ミーニャが岩を背にして座る俺の隣に来た。猫が甘えるように顔を擦り付けてくる。肌寒い大気のため、触れ合う肌が温かくて心地よい。

 そして感情のこもらない声で言った。

「これからどうする? 倒す?」


「いや、それはまずい。例え王家の血筋という正当性があったとしても、善政を行う統治者を追放すれば、俺たちが簒奪者扱いになる。勇者の名声に傷がつくし、セリカへの不審が残ってしまう。将来に禍根を残したくない」

 ――俺にとっても、エーデルシュタインの国民を信者に出来なくなるのは痛手だった。


 セリカがようやく目を丸くして驚いた。

「確かに、わたくしが悪者になってしまいます。……だったら民のためなら、このまま善政者に任せる方がよいのかもしれません」

「諦めるのか?」

「お父さまやおじいさま、そのまたずっとご先祖さまたちが守ってきたこの美しい国をわたくしも守りたかったのです。わたくしも陰から見守るだけでよいかと」


 俺はセリカの青い瞳をじっと見た。美しい瞳は真実の光で満ちていた。

 でも、微笑む顔はどこか寂しげだった。

「ふむ。立派な心がけだな。その割には寂しそうだが」

「自分の力のなさが少し寂しかっただけです。ご先祖様に申し訳ないと思いまして」


「セリカはここまで戻ってきたんだ。充分よくやったよ」

 するとセリカは少し目を潤ませた。細い指先で目尻を拭う。

「ありがとうございます。すべてはケイカさまのおかげです」

 


 大人しく座り込んでいたラピシアが言った。

「おでかけ、おしまい?」

「そうだな……宝石だけは欲しいから、城に乗り込んで話し合いで解決するか――と、その前に」


 俺は《千里眼》と《多聞耳》で城の内部を探った。

 人、魔族、獣人が一緒に仕事をしている。

 執務室では背丈が2メートルを越える六本腕の骸骨が部下からの報告を聞いていた。


 ――あれ、こいつ見たことあるぞ。

 確か獣人地区の砦にいたミストゥスとかいう魔王軍副司令官じゃないか?


 骸骨は腕組みをして唸っていた。

「――つまり、第4鉱山に続いて第7鉱山まで鉱脈が尽きたというのか……」

「はい、四方に坑道を広げて探しましたが、掘りつくしたと思われます」

「ううむ……第1から第3までは掘りつくしたのは知っていたが。残った鉱山ではあまり収入を期待できない……」


「どうしましょうか、ミスッターさま」

「坑道をもっと四方に伸ばして探すしかないだろう。あと人員を強制徴収して山に入らせ、新鉱脈自体を見つけるのだ」

「わかりました。そのように手配します」

 部下は一礼をすると足早に出て行った。



 入れ替わりにあでやかなドレスを着た猫獣人が入ってきた。ぬけるように白い肌に輝く銀髪。

 頭の上の猫耳だけが黒い毛に覆われていた。シャム猫の獣人だ。

 というか昔俺を騙そうとしたチシャじゃないか。チーシャ女王とは彼女のことか。


 チーシャは気品のある服装のため、はるかに美しく見えたが、顔を不満げにゆがめていた。

「ミスッター、さらに食事を悪くするってどういうこと? 服の購入も来年度予算に延期って。私は女王なのよ! なんで貧しい生活に逆戻りしなきゃいけないのよ!」


 ミスッターは、はぁ~と長いため息を吐いた。

「チーシャよ。鉱山が尽きた。しばらくは我慢が必要だ」

「じゃあ、国庫なんて解放しなきゃよかったじゃない!」


「確かに鉱山収入だけに頼った政策は問題があったのかもしれん。魔王軍が予想以上に搾取しておったのだ。しかし、新たに鉱山を見つければすべてはうまくいく。それまでは我慢だ」


 チーシャは嫌味っぽく鼻をフンッと鳴らした。

「それはどうかしら? 落として上げたからみんなが喜んだのよ。上げて落としたら恨まれるに決まってるわ」


「……庶民からの恨みや妬みを回避するためにも、しばらくは生活レベルを落として……」

「いやよ! 国の代表である女王が貧しい格好していたら、それこそ国が上手くいってないと宣伝するようなもの! それに私は貧しくなりたくて女王になったんじゃないのよ!」


「……そういう考え方もあるが……今は内政を一番に重視すべきで――」

「私はこれからも毎日美味しいものを食べて素敵な服を着るわ! あなたがなんとかしなさい!」

 チーシャは踵を返すと、肩を怒らせて部屋を出て行った。


 執務室に独りになったミスッターは、はあっと溜息を吐く。

「あとはもう人件費を削減するしかない……役人と兵士の給料を下げるしかないな……最大の悪手だが。そろそろ次の手を打つべきか……」

 ミスッターはなにやら書類仕事に戻っていった。



 一部始終を観察していた俺は、ふむっとうなずいた。

 確認のため、セリカに尋ねる。

「セリカ、この国の鉱山は幾つで何が取れる? 第1から第3まではもう廃坑になったようだが」

「良くご存知ですわ、さすがケイカさま。第1から第3までは建国と同時に発見された鉱山で、エーデルリヒト、ルビー、エメラルドがそれぞれ取れました」

 俺はセリカの頭の上に載るティアラに目が留まった。姫騎士のティアラ。


「そういえば、そのティアラにも赤と緑の宝石が使われているな」

「はい、この国の象徴でもありますから、きっとそれらの鉱山で産出したものが使われたのでしょう」


「あとの鉱山は?」

「第4が魔法銀、第5が銅、第6がサファイア、第7が水晶です」

「……ということは魔法銀と水晶を堀り尽くしたのか。残るは銅とサファイアか」

「え、どういうことでしょう?」


「今、魔法で話を聞いた。第4と第7を掘りつくしたらしい」

「まあ! 第6鉱山も私が子供の頃になくなったので、もう銅しか残っていませんわ」

 セリカは心配げに口を手で覆った。


 俺は考えながら言う。

「加工はしやすいが、運ぶのに重くて対魔物用としてもあまり使えないので安い。しかもすでに国庫は解放して国民の生活や公共事業に当てたようだ。――これは、国の先行きがわからなくなってきたぞ」

 ――しかも女王チーシャは豪奢な生活を改める気はないらしい。

 国が傾き始める音が聞こえる気がした。



 ミーニャの尻尾がはたりと揺れる。

「じゃあ、どうする?」


 俺はニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「放っておいてもいずれ崩壊するだろうが、ちょっとつついてやればすぐにでも坂道を転げ落ちるように政情は悪化するだろう――が、そのためにはまず情報だ。シェーンブラウの暮らしぶりはわかったから、国の外れの町や村ではどうなってるか知りたい」

 ――俺の予想では、現時点ですでに格差がついているはずだった。

「ん、わかった。私が行く」


 セリカが胸に手を当てて俺を見てくる。

「ケイカさまが恐ろしげな笑みを……また何か思いつかれたのですね」

「これもすべてセリカの愛するエーデルシュタインの人々のためだ」

「はい、わかっております。ありがとうございます、ケイカさま」

 セリカが心からの礼を言った。金髪が風になびいて美しくきらめく。



 するとラピシアが奇声を上げた。

「きょっ!」

「どうしたいきなり。――って、まさか!」

「きょ~きょきょきょっ、今のきょ?」

 妙なイントネーションで「きょ」を連発しつつ、金色の瞳をキラキラ輝かせて首を傾げた。

 きょとは虚だろう。次のレベルアップ条件「虚を知る」に反応したらしい。

 ……言葉を翻訳すると、国民のためと言いながら結局は自分が信者獲得したいだけでは? ということが言いたいらしい。

 嘘も方便なのだからしかたがない。


 俺は適当にはぐらかす。

「別に嘘は付いていない」

「でも、ケイカは――むぐっ」

 ラピシアの小さな口を手でふさいだ。柔らかな唇をもぐもぐさせてまだ喋ろうとする。

「ちょっと黙ってるんだ」

「むぅ――っ! がぶっ」

「痛てっ! こら、噛むな!」

「むむむむむ~っ!」

 ラピシアが小さな口を大きく開けて、俺の手に噛み付いた。しかもかなりの全力で。

 ダメージは当然通らないが歯形ぐらいはつきそうだった。


 セリカがラピシアの体を掴んで引き離そうとする。

「これ、いけません、ラピシアちゃん! ケイカさまになんてことするのです!」

「むむむむむ~!」

 眉間に可愛いしわを寄せて必死で噛み続けるラピシア。

 抑える手を離せばいいのだが、離せば喋り出すに決まってる。

 余計なことは言われたくなかった。勇者としての信頼に関わる。


 すると懐に仕舞った勇者の証からぴこーんと間の抜けた音が聞こえた。

『メンバーが新しいスキルを修得しました』

「なに?」

--------------------

【神の噛撃(バイト オブ S.S.T.)】

攻撃ダメージ3倍。命中時、相手の守備力を大幅に下げる。さらに噛み付いてる間、行動停止状態と守備力低下状態を与え続ける。

--------------------

 なんかまた変なスキル覚えたぞ。

 魔物が使いそうなスキルだ。

 でもSSTってちょっとかっこいいぞ。何の略だろう?

 ――って、ソフトシェルタートル!

 すっぽんかよ!


 このまま噛まれ続けていると状態異常効果で面倒なことになりそうだった。

 すっぽんに噛みつかれたら水に浸ける以外、離させる方法はないが。ラピシアなら土に埋めれば離すか? 大地母神だし。


 ともあれまずはなだめてみる。

 俺は空いた方の手でラピシアの背中をぽんぽんと優しく叩いた。

「わかった、ラピシア。あとで必ず「きょ」について話し合おう。今はエーデルシュタインの情報収集が先決だから、我慢してくれ」


 そう説得するとラピシアが、かぱっと口を離した。いい子だ。

「ぜったい?」

「ああ、絶対だとも。約束する」

「……わかった」

 眉間にしわを寄せていたが、しぶしぶといった感じで納得してくれた。

 もっと子供のように駄々をこねられるかと思ったが意外と聞き分けがよくて助かった。



 俺は気を取り直して、岩陰から立ち上がる。

「それじゃ、国の外れの村を偵察に行こう」

「はい、ケイカさま」「ん」「わかった」

 三人を連れて来た道を戻り、小さな林へと向かう。そこに妖精の扉があった。

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