第173話 特別な猫と辺境村
四天王をすべて倒した俺は、魔王の息の掛かったヴァーヌス教と、陰謀を企てた貴族たちをやっつけ、後顧の憂いを払拭した。
次なる目標は、聖剣の材料である宝石を手に入れるため、セリカの故国エーデルシュタインへ向かうことになる。
それと侯爵からたまごの場所を聞いたので、あとで向かうことに。
◇ ◇ ◇
冬の寒い日。
晴れ渡る空から弱い太陽光が降っていた。
冷たい大気が肌を引き締める。
俺はケイカ村の屋敷の自室で寝ていた。
寒い日はベッドの中でまどろむに限る。
手は無意識に隣に寝るセリカの体を撫でていた。
背中のなだらかな曲線。
柔らかな肌。引き締まった肢体。瑞々しい肌が指先に心地よい。
それに小ぶりなお尻と、その付け根にあるカシミアのように触り心地の良い尻尾――え?
俺は目を開けた。
黒目がちの大きな瞳と目が合った。かすかに頬を上気させ、頭の上の耳がピコピコと動く。
そういえば、身じろぎするたびに揺れ動く大きな胸の感触がなかった。
「ミーニャ、なにしてる?」
「夜這い」
「もう朝だぞ」
「私の夜は始まってない」
「なかなか深い言葉だな」
俺の答えが不満なのか、ミーニャは舌を出して俺の胸元をチロチロと舐めた。
温かく湿っている。少しザラザラした感触が心地よい。
それから俺を潤んだ瞳で見つつ、ぼつっと言った。
「ケイカお兄ちゃん……ずるい」
「何がだ?」
「セリカばっかり」
「う~ん。ミーニャは祖母がいるじゃないか」
「釣った魚は新鮮なうちに捌かないとダメっておばあちゃんが言ってた」
「大胆な例えだな。猫獣人らしいというか」
ミーニャが毛布の中でもそもそと動いて、裸体を俺に密着させると鎖骨をかぷっと甘噛みしてきた。青い若さの残る華奢な肢体。
「……特別になったのに」
「ん? ――ああ、百獣女王になったものな。頑張ったな、偉いぞ」
ミーニャのまっすぐな黒髪を撫でた。
しかし彼女は首を振った。尖った耳が指を避けるようにピッピッと動く。
「そうじゃない。セリカやラピシアと同じになった」
「どういうことだ?」
俺の問いかけに、ミーニャはたんたんとした声で答える。
「二人は特別だった。でも私のできることは別の人でも出来た。料理、解体、戦闘。あの二人は替えが効かない存在。だから私は頑張った。特別になった。なのにケイカお兄ちゃんは構ってくれない」
「ここ最近、忙しかったからな。寂しい思いをさせてすまない」
するとミーニャは、ふるふると首を振った。黒髪がサラリと鳴る。
「さみしくない。ケイカお兄ちゃんの存在は離れていても感じる」
「さすが俺の巫女だな。それじゃダメか?」
また、かぷっと鎖骨を噛まれた。さっきより少し痛い。
「じゃあ、約束して」
「願いは聞くだけなら聞く」
「いつかケイカお兄ちゃんのお嫁さんにして。順番的に3番でいいから」
「知り合った順番か……ラピシアよりあとでもいいのか?」
「だって格が違う」
「知っていたのか」
「ケイカお兄ちゃんと同じ匂いがする」
「まあ、そうなるな。わかった、すべてが終わったら考える」
ミーニャは瞬きもせずに、俺をじーっと見てきた。
それから、小さな吐息を漏らした。
「わかった。ケイカお兄ちゃんを困らせるつもりはないから」
「ミーニャがいつも俺の役に立とうと気に掛けてくれてるのはわかってる。――ありがとうな」
「ん……今はその言葉だけで充分」
そう言うと、ミーニャはするりとベッドから出た。猫のようなしなやかさで。
やはり彼女は全裸だった。
引き締まった細い手足が朝日を浴びて健康的に輝く。
床に散らばっていた黒い水着を下着代わりにつけて、さらに白衣に袖を通して黒袴をはく。
紐を締める手つきは慣れていた。優雅だけれど無駄のない、舞うような動作だった。
いつもながらの無表情なので感情はわかりにくいが、黒い尻尾は不安げに、左右にそわそわと揺れていた。
――心細い思いをさせてしまっていたのか。
芯のある少女になったとはいえ、まだまだ少女だものな。
だから俺は安心させるために言った。
「一つだけ言っておく。俺はお前を見捨てたりはしないから」
ミーニャが俺を見た。吸い込まれそうなほどの黒い瞳で。
けれど思っていたのとは違う言葉が返ってきた。
「また気が向いたら夜這いにくる」
「別に構わないが……急に大胆になったな」
「だってもうすぐ春」
「ん? そうだな?」
いまいち分からず、首を傾げた。
ミーニャは無言のまま歩いて入口へ向かう。足音を立てない静かな動きだった。
そして扉に手を掛けた姿勢で止まった。
ドアノブを見つめたまま、ぽつりと呟く。
「春は猫獣人の発情期」
「え!? ――それって」
俺が続きを言う前にミーニャは扉を開けて、するりと出て行った。
室内に一人残される。
彼女の言葉をよく反芻する。
――つまり、淫らになるということか。
今までミーニャは尽くしてくれた。滅私奉公といっていい。
彼女の気持ちを無碍にするわけにはいかないなと考える。
セリカがどう思うか、それだけが気になるところ。
王族だから血筋を残すという点で気にはしなさそうだけれど。
昔の中国では、地位の高い人は妻を四人まで認められていた。
しかし、世継ぎを生ませるために二番目の妻を娶ろうと正妻にお伺いすると「子供さえ生めれば問題ないのですから容姿は関係ありませんよね?」と村一番のブサイクを第二~第四妻にあてがったそうだ。
自分以外に寵愛の目を向けさせないためらしい。
ミーニャは可愛いのでどうなるかわからないところ。
――と。
変なことを考えていると、コンコンと扉がノックされた。
「なんだ?」
「ケイカさま、ディナさんが来られました」
明るいセリカの声がした。
リオネルのメイド兼連絡係として雇った妖精のディナシーが来たようだ。人間に対してはディナという名前を名乗っている。
「すぐ行く。応接室で待ってもらっててくれ」
「はい、わかりました」
セリカの立ち去る足音がした。
俺はすぐにベッドから出ると、半脱ぎの和服を正した。
そして隣室の応接室へ向かった。
◇ ◇ ◇
応接室でソファーに座るディナと相対した。
少年だがフリルの付いた可愛らしいメイド服を着ている。華奢な体つきをしている上に、髪が長いので言われなければ少女のように見えた。
ディナは頭の上に載ったフリル付きのカチューシャを揺らしてお辞儀した。
「ケイカさま、お久しぶりです」
「そうだな。しばらく会ってなかったか。リオネルは元気してるか?」
「はい、町長としてがんばっております」
「ん? 村長じゃなくなったのか」
「はい、そのこともご報告に――まず離れ小島にある町の造営が終わりました。元の町があった場所は畑にしました。そして港を整備して大型船が停泊できるようになりました」
「港を?」
「はい。リオネルさまは貿易を始められるそうです」
「貿易……そこまで整備できているのか……?」
「ほかに、ホテルと劇場を作る予定です」
「劇場を? なにをする気だ?」
ディナシーは首を傾げた。
「そこまでは聞いておりません。何か考えがあるようですが」
俺は首をひねってから言った。
「リオネルに会って考えを聞いた方がよさそうだな」
「それがよいかと。それに、ぜひ新しくなった町をみてください。リオネルさまが、とても頑張られましたので」
「わかった。行こう」
膝を叩いて立ち上がると、ディナシーを連れて妖精の扉へと向かった。
◇ ◇ ◇
辺境大陸は早朝だった。
妖精の扉はリオネルの屋敷に設置されていた。
屋敷内を歩くと、ピシッとしたスーツを着た執事がいた。名前をスチュアート。
初老ながら厳格な雰囲気を持つ。
「これはケイカさま、お久しぶりです」
「元気そうだな。劇場を作るそうだが、リオネルはどこにいる?」
ステュアートは慇懃な態度を崩さない。
「リオネルさまは劇場建設の指揮に当たられておいでです。場所は港近くでございます。――ディナ、勇者さまを案内してあげてください」
「はい、ステュアートさん」
ステュアートは深々と一礼をして、悠然と立ち去った。
ただ身のこなしには一部の隙もなかった。
「まるで忍者だな」
「にんじゃ?」
「いや、なんでもない。それよりリオネルのところへ行こう」
「こちらです」
ディナはメイド服を可愛く揺らすと、屋敷の外へと向かった。
高い街壁に囲まれた畑に朝日が降り注ぐ。
種をまいてすぐだろうに、青々と葉を茂らせていた。
ディナとともに川沿いを歩く。
日の出とともに人々は起き出して、畑仕事をしていた。
頭に羽根飾りをつけた浅黒い肌の族長が働いていた。
「ケイカさま! とても実った! 神のちから! ケイカさま、神様!」
「頑張ってるようだな、いい心がけだ」
族長の言葉には、俺を心酔する気持ちが込められていた。
悪い気はしない。
族長との挨拶もそこそこに、港へ向かう。
港近くの建物は、半分ほど工事が終わっていた。
厳かな雰囲気のある大きな建物だった。
穏やかな港の水面に石造りの建物が映り込んでいる。
工事現場では少年のリオネルがいた。
建築士のメルビウスと一緒に図面を見ている。
「元気そうだな、リオネル」
「ケイカさん、お久しぶりです」
リオネルは、はっと顔を上げると少年のようにはにかんだ。並びのよい白い歯が光る。
「港と劇場を作るそうだが」
「はい、貿易をしようと思いまして。喫水線の深い大型船が止まれる港にしようと思います」
「畑の調子がいいようだが、米でも出荷するのか?」
「そうです。隣の大陸では珍しい食物ばかりですし。米だけじゃなく、乾燥果物も取引におうかと」
「出荷できるほどの作物は収穫できているのか?」
リオネルは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「この辺は焼き畑農業ばかりでしたので、肥料を使うようにしたら劇的に収穫が改善しました。住民をおなか一杯食わせてまだ余剰があります」
「なるほど。ただ、同じ作物を作り続けると連作障害が出るぞ。順番に作っていくようにな」
「さすがケイカさんです、そのようにしてみます」
俺は気になっていたもう一つのことを尋ねる。
「劇場をつくるそうだが、劇団も作るのか?」
「いえ、この辺境大陸の各部族が今に伝える伝統歌謡や芝居を上演しようかと思います。とても珍しく、興味深かったので」
「なるほど。考えたな」
するとリオネルは首を振った。まっすぐな金髪が柔らかく揺れた。
「違います。辺境大陸の文化を大切にするというケイカさんの言われたことを実行してみただけです。よい観光資源になるかと」
俺は頷いた。古い建物の保護を命じただけで、その先まで考えるとは。
やはりリオネルは賢い子だった。
「人々が安全に海を渡れるようになれば、もっとよくなるな」
リオネルは少し苦しげな顔をした。
「ですね。そこが一番の難題です」
「一つ方法がある」
「なんでしょう?」
「ドルアースに住むナーガたちが遠洋航海する船団を護衛するようになっている。話を通してみようか?」
「そんなことまで……よろしくお願いします」
「わかった。帰りに寄ろう」
リオネルはお辞儀すると、軽く首を振った。
「でも、さすがケイカさんですね」
「どうして?」
「どんなに難しい問題でも、ケイカさんはすぐに解決してしまう。勇者とはこういう人をいうのだろうなぁ、って思います」
彼の言葉は本心からのようで、純真な瞳で見られると嬉しい反面、当惑した。
「すでにあるAとBを組み合わせてるだけで、たいしたことじゃない」
「普通の人にはなかなかできないですよ。さすがです」
俺はうなずいて彼の好意を受け入れた。
「そういうリオネルもいい町長してる。市長になる日も近いな」
「がんばります。ドルアースからこんなにも遠い場所で充実した日々が過ごせるなんて。毎日楽しいです」
「がんばれよ」
俺はリオネルと別れ、妖精の扉のある町長の家へと向かった。
◇ ◇ ◇
帰りにドルアースへ寄った。
海岸沿いの崖の上にあるケイカハウス。
ナーガ族の副族長をしているイエトゥリアがいたので話しかけた。
「イエトゥリア、ひさしぶりだな。ちょっといいか?」
するすると蛇体を這わせて寄ってくる彼女。美しい白い肌が目に止まる。胸と腰を隠すパレオ風の水着が揺れた。
「どうした、ケイカさま?」
「ちょっと頼みたいことがあってな」
するとイエトゥリアは頬を赤らめた。
「そ、それはついに我と関係を――」
「辺境大陸を往復する船の護衛を頼みたいんだが」
俺は彼女の話を遮って言った。
イエトゥリアは、むぅっと端正な顔をしかめる。
「なんだついに我を……いや、なんでもない。ケイカさまの頼みなら、我らが一族をあげてなしとげよう」
イエトゥリアはふてくされながらも快諾した。
俺は手を伸ばし、イエトゥリアの手を取った。
ナーガ族なのに鱗が一つもない、すべすべした肌。きめの細かい白絹のような手触り。
「頼んだぞ。リオネルが頑張ってくれてるからな。ディナという子を連絡係に使っているから、こちらにも来させて打ち合わせするように言っておく」
「わ、わかった……」
イエトゥリアは少女のように恥じらいながら言った。蛇の尾の先がひこひこと動いていた。
――これで野暮用は終わりか。
じゃあ、本題と行くか。
◇ ◇ ◇
俺はケイカ村へ帰った。
セリカは書類作成の仕事を自室でしていたので、ミーニャとラピシアを呼んだ。
部屋に集まったところで口を開く。
「それじゃ、今からエーデルシュタインを取り戻しに行くぞ」
セリカが、はっと息を飲んだ。
「わ、わかりました、ケイカさま。いよいよですね」
ミーニャは相変わらずの無表情のまま、腰の包丁に手を添えて。
「ん」
とだけ言った。
セリカと違ってリラックスしている様子。黒い尻尾がゆらゆら揺れていた。
ラピシアはくるくるとその場で回る。ツインテールがまあるく流れた。
「おでかけ! わーい」
まるでピクニックでも行くかのよう。
俺は苦笑しながら言った。
「まあ、占領する魔王軍の残党を片付ければいいんだから、すぐ終わるだろう」
「そんな簡単に……いえ、ケイカさまならきっと……」
「じゃあ、行こうか」
俺たちは簡単に用意を済ませると、妖精の扉がある部屋へと向かった。
一ヶ月ぶりに再開です。考えてもプロットが完成しないので、書ききるまで見切り発車で行ってみます。




