第175話 崩壊の始まり
エーデルシュタインを訪れてから5日後。
何度も足を運んで作戦を練るための情報を集めた。
情報収集は順調だった。
セリカが現地の地理に詳しく、またエーデルシュタインは獣人が多く住むので、ミーニャが獣人に話を聞けばどんな質問にも答えてもらえた。
ケイカ村の朝。
朝食を終えた俺は、セリカ、ミーニャ、ラピシアを部屋に集めた。
俺はベッドに腰かけつつ、口を開いた。
「ここ数日、いろいろ調べてもらった。特にミーニャ、頑張ってくれてありがとうな」
「ん。なんでもない」
口ではたんたんと答えつつ、俺の隣に寝そべりごろごろと膝に頭を乗せてきた。細くて長い尻尾が、はたりはたりと喜びに揺れている。
椅子に座ったセリカが言う。
「ここ数日で状況が一変したようですわ。新しい鉱山を探すために、人々を強制的に集めて山へ入らせているようです」
「せっかく減税されたから稼ぎ時なのに、働き手を無償で奪われてしまうのは民の不満が高まるだろうな」
「そして役人の給料減額と、貧者に対する炊き出しの廃止。ついにボロが出始めたと噂されております」
ミーニャが俺の膝の上でぼそっと言う。
「それなのに軍隊の給料は下げなかった。不思議」
「王国軍に反旗を翻されたらひとたまりもないから、兵士たちは手なずけておくつもりだろう。だがしかし、軍部優遇は民の不満をさらに高める」
「でも、獣人にとってはよかった。王国軍は半数以上が獣人だから」
俺は思わず目を見開く。
「それは初耳だ。しかも女王までもが獣人。人間からすれば獣人だけを優遇しているように見えてしまうだろうな」
セリカが顔に掛かる金髪を指先で憂鬱そうに払う。
「民衆と兵士の対立を生みそうです」
「種族間の対立も重なって、両者の不満が加速するだろう」
「ええ、すでにエーデルシュタインを魔王軍から解放しようと活動をしていた人たちがいましたが、ここ最近、賛同者を急激に増やしつつあるようです」
「国境の村なんかは放置されていたものな。貧しい村は放置され、都だけが恩恵にあずかっていた」
「いったいどうなってしまうのでしょう……」
俺は立ち上がった。膝の上に乗っていたミーニャがしなやかに着地する。
「今からレジスタンスに合流だ。そして、国を取り戻すぞ」
セリカが顔を曇らせた。
「やはり、国民同士で争うことになるのですね……同じエーデルシュタインで生まれ育った命ですのに」
「ふふん。セリカならそういうだろうと思っていた。安心しろ、おそらく内戦にはならない」
「本当ですか? さすがケイカさまです」
「まあ、うまくいけばだが。内戦で勝って国を取り戻しても、戦いで疲弊した国は立て直すのが大変だからな。やはり人がいてこその国なのだから」
「ありがとうございます、ケイカさま……っ」
国民のことを第一に考える俺の発言に、セリカは青い瞳を潤ませて感激していた。
近付いてそっと頭を撫でた。艶やかな金髪が心地よい。
――と。
「きょ!」
ラピシアが突然叫んだ。それまでは大人しく部屋の隅に座って、まん丸な瞳で俺をじーっと見つめていただけだったが。
「またか」
というか、ここ最近、ラピシアはずっと俺を観察している気がする。
ラピシアは前かがみになって、手をバタバタさせて飛び跳ね回る。
「きょ~きょきょっきょ~!」
「鳥みたいに鳴くんじゃない――少し話し合おうか。セリカとミーニャはレジスタンスに会う手筈を整えてくれ」
「わかりました。……ミーニャちゃん、行きましょう」
「ん。獣人使って渡りつければいい」
二人は軽く話しつつ部屋を出て行った。
ラピシアと二人きりになる。
俺はベッドに座ると隣をポンポンと叩いた。
「さて。こっちに来るんだ」
「きょ!」
ラピシアはてててっと走って隣に座る。勢いで白いワンピースがめくれて細い足が見えた。
お尻から着地したので、シーツがぽふっと小さく鳴った。
どうやって説得しようかと考えつつ話す。
「俺は、嘘にはいい嘘と悪い嘘があると思ってる」
「きょ?」
首を傾げるラピシア。青いツインテールが横に流れる。
「う~ん、例えば病気のお母さんがいたとする。その子供が魔物に襲われて死んでしまった。そのお母さんに子供は遠くの国で元気にしていますと嘘を言う。本当の事を言えばショックで死んでしまうかもしれないとしたら、この嘘は悪い嘘か?」
「む! むぅぅぅん」
ラピシアは腕組みをすると、大げさに顔をしかめて唸った。
「または劇や絵本もそうだ。あれ自体は作者の考えた嘘の話だ。けれど誰も傷つかない。悪い嘘か?」
「絵本は……いい嘘? 本当は何もないのにあるって言うのと同じ?」
「そうだな。空想は実際には何もないな。でも、ある」
「きょぉぉぉ~」
ラピシアは眉間にしわを寄せて体を捻りながら悩んだ。
――そりゃあ悩むだろうな。難しい問題だ。
ていうか「虚」なんて難しい問題を、なぜ母親のルペルシアは設定したのか。
ラピシアにはまだ早すぎるんじゃないか。
「まあ、虚勢、虚構、虚偽、虚には悪い意味が多いけれど、すべてが悪いわけではない。相手のことを思っての嘘なら、それは優しさにもなる」
「んう~。でも、虚は虚。――空っぽの箱には、なにもないがある。嘘にはいい嘘と悪い嘘がある。ううぅん~きょっ!」
思考がショートしたのか、突然奇声を上げてベッドの上で跳ね出した。
「あんまり考えすぎても、疲れるだけだ。それこそ、むなしくなるな」
「また、きょ! 何もないからむなしい。嘘はむなしい。おなか減ったらむなしい」
「考えたところで答えが出ないからむなしい、なんてな。まあ、話を戻すとだな。俺は確かに神になりたいという自分の理由を最優先に考えているが、でもセリカや他の人々のことを忘れたわけじゃない。なんていうのか、俺の嘘は作戦を円滑にしたり、人間関係をうまく回したりするためにしている、はずだ」
ちょっと最後は自信がなくなったので断定は避けた。
「いい嘘、人を助ける嘘。それも、きょ」
「俺は勇者として振舞わなくてはいけない。そのためには本心とは違うことを言うこともある。しかしそれは、すべて勇者を欲する人々のためなんだ」
「みんなのための嘘。嘘だけど、あり」
ラピシアは顔をしかめつつも、うむっと大仰に頷いた。
どうやら納得してはくれたようだ。
しかし、レベルアップの光は発しなかった。
俺はベッドから立ち上がった。
「さあ、わかったなら行くぞ」
「おでかけ!」
ラピシアはベッドの上から、ワンピースのスカートを広げつつ飛び降りた。
そして俺の横まで来たので、手を繋いで部屋を出た。
◇ ◇ ◇
山々に囲まれた高原にあるエーデルシュタイン。
俺たちはその山の一つにある谷間の道を登っていた。谷の奥に作られた鉱山町グラーベンを目指している。
昼の日差しは弱く、寒かった。日陰になっているところは土が凍っていた。
そんな土をザリザリと鳴らして登っていく。
谷間に生える木々は葉が枯れていて、寒々とした風が吹きぬけた。
ただ雪がないだけマシだった。
枝の間から見える山々は山頂に雪が白く輝いている。
土の道といっても幅は広かった。馬車が余裕を持ってすれ違えるぐらい。
そのほか、道の端にはレールがあった。長いこと使われていないらしく、赤く錆びていた。
緩やかな坂をのんびりと登りながら、横を歩くセリカに声を掛ける。
「このレールはトロッコのか?」
「はい、そうですわ。昔は何台も連ねて走らせていたそうです……わたくしがものごころついた時にはもう廃坑になっていましたが」
赤い頭巾を被ったセリカは遠い目をして道の先を見つめた。
「廃坑になったあとの鉱山町か。確かにレジスタンスが隠れ住むのにはちょうどいいかもな――いや、逆に目立つか」
「そうかもしれません。人がほとんどいないはずの町にたくさんの人が生活していたら怪しみますわ」
「よく今まで無事だったな。あんまり敵として考えられてなかったのかもしれないな」
そんなことを喋っていると、後ろを歩くミーニャが言った。
「ケイカお兄ちゃん、それは違う」
「というと?」
「レジスタンスたちのほとんどは廃坑に住んでるって言ってた」
「なるほど。廃坑なら通路がたくさんあって、逃げ隠れしやすいな――会う前にそんなことまで話してくれたのか、レジスタンスの連中は」
「ん。それも違う。聞いたのは王国軍の獣人」
「ほう? 国にはすでに所在が知られていると?」
「だから今日、レジスタンスを攻めるって言ってた」
「そうなのか。それは大変だな――って、おい! のんびり歩いてる場合じゃないだろ、それは!」
ミーニャが細い足をしなやかに動かして俺の前に出た。
「包囲網が完成するまでは攻めないから大丈夫。出口が沢山あるからまだ時間がかかる」
「ふむ――しかし、面倒な事態になったな」
「むしろチャンス」
ミーニャの猫耳がぴこぴこと楽しげに動いた。
何かを期待している様子。
俺は口に手を当てて考える。
――困ってる相手を助ければ恩が売れるということか。
そうすれば俺の意見が通りやすくなる。そこから逆算すると、まずはレジスタンスを掌握する必要があるな。そしてチーシャ女王に対して情報戦をしかける。
で、ミーニャの期待は俺が活躍することだろうな。
俺はミーニャを見て言った。
「なかなかしたたかな女になったな」
「ケイカお兄ちゃんのためならこれぐらいできる」
ミーニャは無表情ながらも得意げに胸をそらせた。尻尾がぴーんと立っている。
俺はさらに考えつつ言う。
「まずはレジスタンスの掌握。それからは情報戦だな」
「情報戦ですか?」
セリカが首を傾げる。
「ああ、兵士の半数が獣人だそうだが、その比率を高めるためにな。さらに俺たちの存在はしばらく隠す」
「そうすると、どうなるのでしょう?」
「勇者がエーデルシュタインに来ていると分かれば、常に行動をともにしてきたセリカやミーニャの存在が予想されてしまう。すると対策を立てられかねない。だから隠密に――まずミーニャ」
「なあに?」
「先に鉱山へ行って王国軍の獣人兵士だけで構成されている場所を見つけておくんだ」
「それだけ?」
「あー、そうだな。こっそり接触して、レジスタンスが来たら戦わず負けた振りをさせろ。、そして「人数が予想以上に多くてとても強かった」と上に報告させるんだ」
「ん、わかった」
ミーニャは軽く頷くと、膝を落として細い足に脚力を溜めた。
次の瞬間、白衣の袖を翻して、風のように駆けて行った。
ふと気になって、俺はラピシアへ眼を向ける。上目遣いで、じぃっと見上げていた。
「きょ?」
「ラピシア、今からいい嘘を見せてやるぞ。勉強するといい」
「たのしみ!」
ラピシアはスキップをしながら先頭を歩き出した。




