第150話 病院と学校
麗らかな午後の日差しが降る。
冬が近いためか肌が引き締まるような澄んだ大気をしている。
俺はケイカ村を見て回った。
まずは病院へ行く。旅館はステラに会って、どんな状況か大体わかったので。
村中央の十字路まで来ると、南の方に行列が出来ているのが見えた。
旅館の前を通り、行列のところまで行く。
村人の行列は小道の奥にある病院にまで続いていた。
「はぁい、押さないでください~。順番ですからー。怖くないですよー」
修道服を着たファルが元気な声で叫んでいた。
健康診断のようだった。
村人たちが行列を作って診察や検査をされている。
ファルや検査技師が患者たちの間を駆け回っていた。
「うまくいってるようだな」
血を集めれば侯爵への恩になるし、病気の早期発見につながる。
いいこと尽くめ。
忙しそうだったので、ファルたちには話しかけずに病院を離れた。
どんどん村が理想的に回り始めているのを実感しながら、俺はまた引き返した。
村の中央に戻ったところで、ナーガに会った。
東の大河から歩いてきたらしい。
銀髪に白い肌のイエトゥリアと、8歳ぐらいの幼いナナ。いつものビキニ姿の上にジャケットを着ている。
ナナは白いブラウスに黒の吊りスカート。小学生っぽい。
もちろん二人とも下半身は蛇体だが。
「おお。ケイカさまではないか」
「イエトゥリアか。久しぶりだな――ナナも元気そうだな」
「はい、ケイカさまのおかげです」
ナナは、にっこりと微笑んだ。外輪船の見張りをしっかりこなして以来、自信のある笑顔をするようになった。
「学校に来たのか」
「はい。お勉強、がんばりますっ」
本格的な授業開始は春からだったが、その前に予行練習としてプレオープンさせていた。
人間以外も通う学校にしたかったので、ナーガ族に協力を頼んでいた。
イエトゥリアが言う。
「それで学校はどこにあるのだ?」
「村の北だ。案内しよう。こっちだ」
先に立って歩き出す。
すれ違う村人がナーガを見て驚いていた。
まあ、普通はそうだろうな。
むしろ俺が案内することで無用な揉め事を回避できてよかったかもしれない。
人々の視線を感じてか、イエトゥリアがすまなそうに言う。
「わざわざ案内させてしまってすまぬ。忙しくはないのか?」
「気にするな。獣人地区を開放してきたところだ。しばらく休んでも問題ない。――泊まるところはあるのか?」
「学生寮を使わせてもらう。もちろん我は帰るが……しかし、川から村まで少し距離があるな」
大河から村までまっすぐ歩いても、3~4時間はかかった。
「そういや何もしてなかったな……馬車が走れるよう道を舗装しないとな」
「むしろ水路を広げてくれてもよかろ」
「ふむ……」
俺は顎に手を当てて考えた。
船が通れるほどの水路。
馬車よりも大量に運べるし、ナーガも泳いでこれるはず。
しかし、東西を繋ぐ幅広の水路を作ると、南北への通行の妨げになる。
生き物たちの生活環境に大きな影響が出る。
人も困るだろう。
橋を作るか? それでは人だけが利用できて、野生動物は通れない。
水を大量に流すということは、水害にも気をつけないといけない。
流れ込む先が村のため池なのだから。
それに、あまり川幅があると魔物が入り込む危険もある。
「影響を考えると水路の幅は4~5メートルが限度か。それだと泳ぎながら船を引くのは難しいか……」
俺の呟きに、横をずるずると這うイエトゥリアが言う。
「あまり幅を広げたくないのか?」
「急激に環境を変えると、いろいろな問題点が出てくる。――ところどころに船だまりを作ったら行き違えるか?」
「ナーガたちを甘く見るでない。それぐらい簡単だ」
「時刻表を作って運営すれば何とかなるか」
田舎の単線鉄道のように。
イエトゥリアが首を傾げる。銀髪がさらっと動いた。
「じこくひょう? それはなんだ?」
「船の速度を決めて、時間通りに動かす……だめだ。まず細かい時間を測る時計は高級品だし、個々人で筋力の違うナーガたちの負担が大きくなりすぎる」
「この川と村なら、そんなに運ぶものもなかろ。片道1時間ぐらいになるのだから、朝と夜だけ往復すればよい」
「そうするしかないか。ナーガたちが何名か駐留することになるな……あとで代官のエトワールに相談しよう」
イエトゥリアが微笑む。
「仕事場が増えるのは良いことだ」
「ナナも早く引きたいです!」
ナナが小さく手を握って、にっこりと笑った。
話しているうちに北側にある学校へと着いた。
イエトゥリアと一緒に校長と挨拶を済ませる。
ナナは学校の施設や学生寮を見て回ることに。
その間、授業はどんなものかと思い、俺は教室へ向かった。
見学させてもらう。
教室では、村の子供たちが机に並んで座っていた。獣人の子もいる。
賢いのでスカウトしてきたララもいる。前に盗賊に襲われていた村の俺に願った少女。
また人間に混じってクラゲ神獣のマーリンやプルラがいた。
けんかもせずに馴染んでいる様子。
教室の前には黒板があり、先生が立っていた。
みんなで声を揃えて教科書を読み、先生の書く黒板の文字を写していた。
――で。
その教壇に立つ先生は、妖精のマージリアだった。もちろん人間に化けている。
顔を凛々しく引き締めて、赤い髪を頭の後ろに結んでいた。スーツのようなぴっちりとした服も似合っている。胸が窮屈そうだったが。
新任女教師といった雰囲気があった。スカートがミニ裾丈なのが、妙にエロく感じる。気のせいか。
「さあ、みなさん。次は文字の書き取りですよ」
「「「は~い、せんせい」」」
子供たちは元気な声で明るく答えた。
――いい感じ。この調子で育っていって欲しい。
ラピシアを通わせてもいいかもしれない。
というか、マージリアのやつ、威圧的だった喋り方を変えてるな。子供相手だからか。
すると教室の前にある扉が開いた。
校長が立っている。ナナの案内は終わったらしい。
「マージリア先生、新しい生徒がきましたよ。名前はナナです」
「まあ、初めまして。私が先生のマージリアよ。こっちにきて自己紹介できるかしら?」
「はいっ」
ナナが蛇体の半身をくねらせて、するすると入ってきた。
どよどよと子供たちが騒ぐ。というか狼狽している。
「蛇だ」「蛇のお化けだっ」「モンスターこわいっ!」
マーリンとプルラまで抱き合って震えている。
お前たちは人魚とエビルスクイッドの子供だろうっ、とツッコミを入れたくなったが黙っていた。
ナナは黒板に自分の名前を書くと、堂々と前を向いた。
「ずうっと南にある港町、ドルアースからやってきました。ナーガ族のナナと言います。人魚さんとは仲良しです」
「おかーさんと仲良し?」「よち?」
「はい。そうですよ。ナーガと人魚は仲良しです。みなさん、よろしくお願いしますね」
ぺこり、と頭を下げた。
下半身が魚か蛇かの違い。
子供たちはこれはこれでありなのかと思い始めた様子。
ヤンチャそうな男の子が強がって言った。
「お。おう。仲良くしてやらぁ」
マージリアが言った。
「ではナナちゃん、後ろの席に座ってくださいね」
「はい」
ナナが席に座り、授業が再開される。
イエトゥリアが教室後ろの扉から入ってきて俺の横に並んだ。
俺にだけ聞こえる声で言う。
「あの教師……人ではないな」
「ああ、妖精だ」
イエトゥリアが赤い瞳を丸くする。
「ほう……ならば心配無用か。ナナを任せても安心であるな」
「ナナも強い子だな」
「ナーガ族として誇りを持って生きておるからの」
うむ、と俺は頷いた。
なかなか楽しい学校になりそうだった。
その後、イエトゥリアには屋敷に戻ってもらい、俺は代官屋敷へ向かった。
用水路の拡張について王女のエトワールに相談するつもりだった。




