第151話 エトワールご乱心
俺は村の中央にある代官屋敷へ来た。
2階建てで中庭のある大きな屋敷。
召使いや騎士たちに頭を下げられつつ中へ入る。
2階の元書斎を執務室にしたと教えられたので、階段を上がっているとヘンな声が聞こえた。
執務室からだった。歌っているような澄んだ声。
不思議に思って中へ入ると、美しいドレスのような服を見来たエトワールが、執務机だけがある広い部屋でくるくると回っていた。
辺りには書類が散乱している。
「なんですのー! なんなのですの~! ありえませんわ~! おほほほほ~」
呆けたような笑みを浮かべて回り続けた。ドレスの裾が広がり、すらりとした細い足が見える。
おかしくなっていた。
「どうした? エトワール」
俺が呼びかけると、我に返ったエトワールが走り寄ってきた。赤髪がふわふわと広がる。
「ああっ! ケイカさま! この村、今まで土地改修や新規事業のための関係各所への許可申請や、周辺貴族への根回しをまったくやっておられませんわー! 全部違法建築でどうにもなりませんわー!」
「ん? そうなのか? 王様には直々に会って許可は貰っているぞ?」
「それは聞いておりますが、関係各所にこういう設備や事業を計画しておりますと、事前に書類を提出しておかないといけないのですわ……」
まあ、それもそうか。病院に学校、旅館など、大人数を収容できる施設。
そして騎士団詰め所に高い防壁。
うがった見方をすれば、反旗を翻そうとしているとも取れる。
いつの世でも突出した軍事力は国から目を付けられるものだ。
「そうなのか。では、事後承諾で頑張ってくれ」
「はあぁ……が、頑張りますわ……」
がっくりと肩を落とすエトワール。
――まあ、エトワールに来てもらったのは、国と対立する意志がない証拠として王族を代官に迎えた、という意味合いがあった。
エトワールには頑張ってもらうしかなかった。
俺はにこやかな笑みを作った。
「そんなに気を落とすな。俺がいるんだから何とかなる。――まあ、頑張ってくれてるエトワールには褒美をやらないとな」
「ほ、褒美? なにをいただけるんですの?」
期待に頬を染めて俺を見上げてきた。小ぶりな胸に手を当てている。
「大河から引いてる用水路の幅を、船を走らせられる広さに今から工事するから。申請よろしく頼むな」
エトワールは頭を両手で抱えて叫んだ。
「いやぁぁ! 仕事が増える~! 根回ししておりませんのにぃぃ! ――鬼ですわー! ここに鬼がおられますわー!」
「うん、元気が出たようだな。頑張れ」
「ふぇぇぇ……。やってみますわ……ぐすんっ」
美しい顔を歪めて泣きべそをかいていた。
少し可哀想になったので、抱き寄せて背中をポンポンと叩いた。
「こういうのは得意な奴に任せるしかないからな。頼りにしてるぞ」
「ず、ずるいですわ……あぅ」
赤くなった頬を隠すように、エトワールは俺の胸に顔を埋めた。
服越しに、ツンと張る胸が押し付けられた。
少し時間がたつと理性を取り戻したのか、エトワールが顔を上げた。
吊り目がちの強気な瞳を至近距離で覗き込む。
「そう言えばケイカさま」
「なんだ?」
「貴族の中で怪しい動きがありますわ」
「怪しい?」
「どうも領地貴族たちが裏でこそこそと集まって、ケイカさまの足を引っ張ろうとしているようですわ」
「領地貴族?」
「ええ。ここダフネス王国には領地を持った貴族と、領地を持たず官僚として国に仕えている貴族がおりますの」
「なるほど……俺がケイカ村を作ったことで警戒してるんだな。今後、活躍すればさらに領地を奪われるかもしれないと」
「たぶんそうですわ」
「そう言えば、前に王様にケイカ村の申請をしたとき、反発している貴族がいたな」
「誰でしょう?」
俺は頭に手を当てて名前を思い出した。
「確か5人いたな。オリスタルコス、ミルフォード、ザラゴン、パストリアス、カトウィッチ、だったか」
エトワールは俺の腕の中で頷いた。赤髪が揺れる。
「その人たちは旧王族にあたる公爵家ですわ。大規模な領地を持つ領地貴族ですの」
「分家筋ってことか」
「いえ、違います。ダフネス王国は元は6つの国だったのですわ」
「ほう」
「それが魔王軍との戦いにおいて各国で対応してては勝てないということで、同じ君主を掲げる同君連合王国を結成したのです。その後勢力争いやいろいろあって、中原を支配するアタクシのダフネス家が王家筋となりました」
そして彼女はざあっと早口で昔の国々を述べた。
エトルリア王国 ダフネス家 王都クロエ(中原)
オリシャ王国 オリスタルコス家 王都ケルキラ(西方)
ミッドランド王国 ミルフォード家 王都チェスター(北方)
カタリーナ王国 ザラゴン家 王都ドルアース(南方)
ポートメトラ王国 パストリアス家 王都ポンバハル(東方)
ツァリア王国 カトウィッチ家 王都コボロフ(西北)
「いくつか立ち寄った町があるな。大きい地方都市だとは思っていたが、旧王都だったのか」
「このケイカ村は、元はミルフォード公爵家の領地なのですわ」
「いつか徴税官として嫌がらせに来たよな……賄賂を要求してきたが」
はっとエトワールは端整な顔を青褪めさせる。
「ま、まさか、渡してしまったんですの!?」
「揚げ足とって追い返した」
ほっと安堵の息を吐くと、俺の胸にまた顔を埋めた。柔らかい体温を感じる。
「さすがケイカさまですわ……安心いたしました。その話に乗っていたら『賄賂を使って便宜を図ろうとしてきた』と逆に告発されていましたわ」
俺は眉間に自然としわが寄るのを感じた。
「ウザイな……俺を罠にはめようとするとは」
「貴族社会とは揚げ足の取り合いですの」
しんみりとした声でエトワールが言った。
そういう彼女も横暴に振舞いながら証拠をつかませずに失脚しなかったのだから、相当したたかな少女のはずだ。
俺はエトワールの背中を撫でながら、ふと疑問を口にした。
「ファブリカ王国はそこまで貴族に発言権があるようには見えなかったな」
「あちらは、国の大半が砂漠化したせいで貴族が力を失い、すべて官僚貴族になってしまったのですわ」
「それで中央集権化できたってわけか。絶対王政だな」
「ただ、土地を守っていた貴族まで強引に官僚貴族にさせられたので不満分子がいるそうですわ……ひゃあっ!?」
俺は突然、ぎゅっと腕に力を込めた。エトワールの華奢な肢体がびくっと固まる。
「――面倒くさいな、本当に。貴族どもには近寄りたくない。エトワールに任せ……いや、待てよ?」
「……え? どうされたのでしょう? ケイカさま?」
なぜか熱い吐息を漏らしていたエトワールが、首を傾げた。
俺はオークション大会を思い出していた。
「ミルフォードの貴族がプリンセスティアラを競り合ったよな。条件奴隷の騎士団長を競り落としてたのもミルフォード家だ」
エトワールの眉間にも可愛いしわが寄った。
「……きな臭いですわ」
何を仕掛けてくるかいろいろ考えられるが、せっかくここまで育った村をむざむざ壊されたくない。
今は魔王を倒すために信者集めをしなくてはいけないのだから。
「やられる前に、やったほうがいいな。――エトワール、今から挨拶に行くぞ」
「ええ、わかりましたわ。書類と馬車の準備がありますので、しばらくお時間をいただきますわ」
「任せる。俺はその間に土木工事終わらせてくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
エトワールが俺の胸に手を置いて、名残惜しそうに離れた。
「ああ、行ってくる」
俺は手を伸ばすと、彼女の赤髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「ひゃあっ! なにをなさるんですのっ! いやぁぁん!」
エトワールが可愛い悲鳴を上げた。
俺は思わず笑いながら、そのまま退室すると代官屋敷を出た。




